光のサロンで勉強をした人達のこと

私のもとに勉強にきてくださる人達を単なる生徒とは思っていません。私はどんな場合でも、あくまでも導き手であって、けして偉くもなければより聡明でもない。ただできるだけお手伝いをさせていただく。それにつきます。さて、いったいどんな人達がどんな勉強にきて、そしてどんな変化を体現し、変わっていかれたのか、あるいは渦中にあるのかについて、各人のプライバシーに配慮し、さしさわりのない範囲でご紹介をしたいと思います。

・アロマセラピスト、カウンセラー、Aさん
レイキを修了後、瞑想と呼吸法のトレーニング、霊的なガイドとのチャネリングの方法、幾つかの特別なマントラを授けました。それによって霊力が安定し、守護霊や聖霊との交信ができるようになりました。また、職業柄、人の健康についての知識が豊富な方なので、心身の相談から恋愛相談、スピリチュアルな鑑定依頼まで幅広く対応なさっています。

・サロンを開設したBさん
自宅でサロンを開き、スピリチュアルなセッションやレイキの伝授、ヒーリングを行なっています。レイキを修得するまではごく普通のOLさんでした。楽しみながら人の役にたてることを学び取りたい、ということでなにげなくレイキを修得し、家族や友人にとても喜んでもらえたことで少しずつ勉強がはじまりました。アロマ、パワーストーンもメニューに加え、誰でも気軽に通ってもらえる雰囲気を大事にしていらっしゃいます。

・スピリチュアルカウンセラーのCさん
はじめてお会いした時は、自分の非現実感についてのご相談でした。それらはすべてアカシックレコード(宇宙のデータベース)から届けられているということを説明してさしあげたところ、当初ご本人はかなりびっくりしていましたが、次第にそれが運命であることを理解し、受け入れてからはカウンセリングをはじめられました。霊媒というよりも、アカシックレコードをリーディングできるタイプの方なので、基本的にはあらゆる情報をひもとける、という能力を運命的に持っておられたのです。経験不足を補う為に、レイキやパワーストーン等の勉強を重ねておられます。

※アカシックレコードからの情報を受けとっている方も、時々みうけられます。図形でくる方もいればそのまま映像でみえる(私の場合がそうです)方もいます。自分では意味すらわからないことが多く、誰にも話したことがないという人も多いかと思います。有名な人ではかつてエドガーケイシーというチャネラーが実在しました。彼がよみとったアカシックレコードからは古代文明に関する情報も多く見受けられ、非常に興味深いです。私もときおりプレアデスやアトランティスに関する情報を読み取ることがありますが、ケイシーのリーディングと共通点が多く驚きます。

・霊媒のDさん
前世でシャーマンだった方。最初から自然霊との対話ができる方でした。薬草の効果を直感的に理解できる、ということをお伝えしたところ、体質改善についての相談を受けてみようと思い立ったようです。天気を変えることも自由自在ですよ、とお話ししましたが、さすがに雨ごいをする必要は今生ではないのかもしれません。

・会社員のEさん
本当にごく普通の若い方で、ある時からご縁があってレイキの勉強にいらっしゃいました。仕事の合間をぬって通っていただくなかでご自身の体調が改善していくこと、仕事の疲労回復が早まり、ストレスが軽減したこと、また人間関係がより発展し、充実したことにとても驚かれていました。家族にもヒーリングをしてあげたところ、体調が非常によくなり喜んでもらえたということで、ティーチャーに進みました。ご家族と親族に伝授をして、皆に喜ばれているとのことです。仕事も順調で、あらゆることが好転していかれました。

その他にも、前世で風水をみたり加持祈祷をしていた、という方もいらっしゃいました。そういう経験値を魂がもっていると、ふたたび学び直しますとまたたく間に才覚を発揮できるようになります。あとはご本人次第です。

他にも本当に多くの方が日々、勉強に通ってくださっていて、そのなかで毎年開業する方、ひっそりと能力を発揮して草の根的に活動を始める方、スピリチュアルな才能を潜在的に生かして、普通の会社員として、営業職として、会社経営者として、飲食店経営者として、各業界の専門家として活躍をしている方はたくさんいらっしゃいます。また機会があればご紹介したいと思います。

霊媒として生きること

神様から授かった資質であり、みっちり修業して磨き上げたこともあり、それなりの年月を重ねてひとまずはほどほどの霊媒になれたかな、プロとしてある程度の実績は得られたかなという段階にあるかと思います。今おもえばよくここまでこれたな、という気持ちです。10年前の今頃はまさかここまでこれるとは思ってもいなかったのです。当時は人にみえないものがみえる、といってもまだ経験不足でしたから、いったいどれだけの結果をだせるのか本当に未知でした。多くの人達に、そして天上界のガイド達に導いてもらうことがなかったら、とてもここまで来ることはできませんでした。また、自分の可能性について明確に見極めてくれる人が恩師のなかにいなかった事もあって本当に試行錯誤でした。こういう未知の資質は、トレーナーやコーチがいて、どういうトレーニングをつめばどこまで能力が伸ばせるか、明確に指針を得られないと力を発揮することは本当に難しいと思います。私の場合はまったくいきあたりばったりで瞑想を学んだり、座禅を組んだり、滝に打たれたり、ヒーリング、カウンセリングを学んだり…。いわば昔ながらの修業のスタイルだったのですね。恩師は無口で余計な助言は一切ありませんでしたが、いずれなにかが起きるという予言だけははっきりもらっていたので、それなら取り組んでみようと思いました。いつか自分になにかが起きるのなら、どうしてもそれを確かめないままにはいられませんでした。乗りかかった船という感じでした。そうでもしないと、どうしてこんなに苦しい思いをして修業をしているのか、自分の人生に絶対になっとくすることができなかったのです。結果的に、霊界のことがリアルにわかるようになり、前世もはっきり見えるようになり、今では苦手だった病気の可能性についても予見できるようになりました。

霊感がアンバランスで、やむをえず修業を重ねていた時代は本当に苦しかったので、同じような霊媒体質の人に出会うと心から同情してしまいます。同類だから非常にピンとくるものです。多くの霊媒の資質を持つ方にお会いしましたが、その方の可能性、発展性についてはできるだけ明確な助言を心がけてきました。すでに活動をはじめた人もいますし、しばらく待機をしている方もいます。いまだに方針が定まらない方もいらっしゃいますが、そういう方はまだ本人からご相談をお受けしていないのです。こちらは一見してぱっと分かりますが、本人が口を開かない限り、私のほうから余計なおせっかいはしません。逆に自分には霊的な感覚があると勘違いしている方も時々いらっしゃいます。たとえ資質があっても、それを人の為に役立てられるように伸ばすことは本当に大変で難しい。人の何倍も努力をしなければなりませんし、よい指導者を探す必要もあります。安易におすすめできる生き方ではありません。が、これからの時代はより多くの霊媒が活躍していくことになります。潜在的な多くの能力がこれから開花していくでしょう。そんな方はある日ある時、背中をおされることになっています。

私はふりかえらない

「前世のことは知りたいとは思わない」ときっぱりおっしゃった方があって、なにかすがすがしい気持ちになりました。何年も前からのおつき合いのある方ですし、今でも定期的にご来訪いただいていますが、たしかに前世のことやオーラの色をお尋ねになったことがありません。自分のケアの方法や、瞑想のトレーニング、現実の生活のこと、自分自身をしっかり保つ為に必要なことをしっかり学んでいかれます。前を進むことを大切にしたいという明確な意志をはっきり感じられました。

私たちは輪廻転生を繰り返している、そのまっただなかにある存在です。学生にたとえれば小学生3年生かもしれないし、高校1年かもしれない。浪人中かもしれないし、大学院に残っているのかもしれない。前回の時代をさだかに覚えていない、ということは例えていえば友達と折り合いが悪かったことも、同級生に恋して破れたことも、先生にこっぴどく怒られたことも、部活で失敗したこともひきずらなくて済むようなものですから、悪いことばかりではないでしょう。それよりも、今という時代にあっての自分の課題をしっかりみつめ、自分が納得できる生き方を目指したい。そう考えることはとても素直なことに思います。

今の自分はなぜこんなに苦しいのだろう、ということをお尋ねになる方はとても多いです。でもこの苦しみから自分はなにを学び取るべきなのでしょうか、とお尋ねになる方は多くはありません。でも、今の自分に足りないものを学びとっていこうという姿勢を見失わないで欲しいのです。私たちは魂の学生なのですから。一生かけてなにかを目指しつづけていくべきなのです。

前世のことを知って納得できることがあれば、それはそれでいいでしょう。自分をより肯定して受け止められるようになるかもしれません。自分の性癖についてあまり悩まなくても済むかもしれません。そこから今生の課題もみえてきますから、とても参考になる場合も多いです。でも、過去の蓄積があって「今の自分」があるのですから、「今、そしてこれからの課題」を明確にするだけも、前世を知る以上に「めざすべきもの」ははっきり浮上することでしょう。

私自身も、チャネラーを介して自分の前世や自分の由来について、そしてまた自分の方向性についての情報を得た経験を持っています。その時は非常に心が揺さぶられました。非現実感のなかに唐突にほおり出されたような感覚でした。ありのままに受け入れることはとても難しかったのです。納得するまでに時間がかかりました。肯定したい気持ちと、本当にそうなのだろうか、という気持ちのはざまでしばらくはゆれ動きました。それから「なぜ、私の守護霊は前世の情報を与えてくださったのだろう」と考えましたし、自分の前世の情報からいったいなにに気づくべきなのかということについて、かなり長い年月悩みました。結局、私にとっての前世の情報は、今の自分を肯定する為に非常に参考になりましたし、実際のところ絶対に必須でした。そうでなければ今の自分のありかたをすべて肯定することもかなわなったでしょうし、自分のマスター(魂の指導者)が誰であるか理解し、受け入れることは無理だったことでしょう。でも、非現実の情報は消化して糧にできるまでに時間を要することもあります。そういったことも守護霊は計算しつくしていて、タイミングをみはからってスピリチュアルなメッセージを与えてくれます。ですから前世をきくためだけに当サロンに予約を取ろうとすると、どうしてもうまくいかない事もあります。それはその時期ではないと守護霊さんが教えているのですね。ということは、今の自分に必要なアドバイスだけを最小限に求めようと考えてみる。そうするといつでも予約がとれます。気持ちはすっと前にでるようになるはずなんです。そんな時は守護霊さんも、それなら大丈夫だからきいてごらん、とうながしているのです。

ほとんどの方は無意識領域で守護霊とコミニュケーションができます。ですから、どうしても私のような霊媒に会うことができない、タイミングが合わない、ということで悶々とするのではなく、なぜ足がむかないのかということを自分の守護霊さんにむかって心のなかでよく問いかけてみるといいでしょう。どんな質問、どんな問いかけをすると天(そら)が応えてくれるのか。そのコツがわかってくると、スピリチュアルな世界はあなたの頭上におおきく開けていきます。最初はちょっとだけかみあわなくて、むずかしく感じるかもしれませんけれど。

最近は高校生の方もお母さんにすすめられて来られます。年齢層が本当に幅広くなりました。

虚無と意地。

ランディさんが今日のブログで書きつづけることの不安と虚無感について書いているのを読んで少なからずはっとしました。

ゲーム業界で仕事をしていた頃、とにかくゲームを作ることが好きでした。ビデオゲームの世界はファンタジーだったんです。映画もそうでしょう。でも、ゲームの世界も映像の奥に不思議な世界が繰り広げられる…アニメやSFやファンタジーの世界そのものが広がっていた。それを自分の手で生み出せるのですから、どこまでも探求し続けていきたいという欲求がそう簡単には消えませんでした。が、どんなにものづくりを続けても、誰もめんとむかって褒めてくれないどころか日々クレームばかり。よりよいものをしかも商品として売れるものを作らなければいけないのですから当然なんですが、自分の作りたいものと、求められるものが一致するとも限らない。納得できないものを作っても、そこそこ売れてしまうこともある。マーケットというものがよくわからなかったし、ユーザーが本当に楽しんでくれているのかどうかも、結局のところいまいちピンとこなかったんです。だからmixiで自分の作品のファンの方がいて、コメントをたくさん残してくれたことが本当に嬉しくてトロフィーをもらったような気分でいます。

ゲーム作りの現役だった頃はいつも不安で、どこかしら虚無感をいだいていました。自分の場合はそれがある時期にひっくりかえっちゃったような気がするんです。ゲームの世界も大きなプロジェクトを組まないと作れないほど規模が肥大化して、個人のクリエイターの意見はあまり通らなくなってしまいましたし。自分のようなタイプは古いんですね。天才だったらまだまだがんばれたのかもしれませんが。凡人なので虚無感に負けちゃいました。それでゲームの仕事は最前線から身をひいて、コンサート活動を始めたんです。音楽を通して自分が必要としてもらえることをどうにかして、確かめたかったのだと思います。本業のかたわら(当時はまだ会社員だったので)会場をさがし、チケットを売って小規模ながら演奏会をひらき、CDも作って数年間活動をしました。でも自分がどれほど必要とされているのか、まだまだつかみとれなくて不安ばかりでした。加えて自分のスピリチュアルな能力を磨きたいという欲求も高まっていって、ヒーリングに傾倒していったわけです。同時にカウンセリングも始めるようになっていました。

いつも不安や虚無感におされ、負かされ、一方で好奇心にひきこまれてここまできたようなものです。

でも、今の自分はどうなんだろうと考えた時に、お伝えしているアドバイスがほんとうに皆さんのお役にたっているのかどうか、これからもこんなことを続けて食べていけるのだろうか、という不安を覚えない日はないんです。面とむかって話をしているので、帰り際の皆さんの表情で伝わってくるものがたくさんあります。でもメールや手紙でアドバイスを書いた時は、すごく虚無感が残ることがあります。電話ですら虚無感は少なくないんです。ですから、今はなるべくお会いできる方か、一度お会いした方とのご縁をなるべく大切にしていこうと考えています。そうでないと、不安で続けられなくなってしまうんです。

音楽活動をずっとしていないのですが、どうしてモチベーションがあがらないのかというと、コンサートという形式だと距離がありすぎるんです。自分の場合はすべて直感を感じながら、その場で即興演奏をするのですが、自分でもいったいなにを感じて、なにを弾いているのか本当のところよくわからないんです。頭のなかはほとんど空っぽで、手がかってに動いている感じ。どういう方向の演奏になるか、最初の一音を奏ではじめたらもう止めることができません。録音を聞き返すこともほとんどありません。ライブは、その時、その場にいる人の為の一度きりのメッセージだと思っているので。でも、コンサートの感想を寄せてくださる方はさほど多くないんです。あんな演奏でほんとうによかったのかな、という不安でライブのあとは何日か眠れなくなってしまい、次につなげていくだけの力を再び得るまでに何年もかかってしまいます。運営も告知もすべて自分ひとりでやっていますから、虚無感を乗り越えて前へ進み続けるだけの力を産み出すことがなかなかできないまま、今日に至っているという状況なんです。

でも、1人でも、あなたの音楽を多くの人が必要としてくれている、と言ってくれる人がいるだけでがんばれるんです。やってみようと思える。音楽家なんて単純なものですね。どんなに不安や虚無におしつぶされそうになっても、誰かが聴いてくれるかもしれないと思うだけで弾きたくなっちゃう。それがたとえ一生に1人でも、また誰か自分の音楽を求めてくれるんじゃないのか、という幻想を追い求めすがって生きていこうとするのが音楽家のサガなのでしょうね。

ランディさんには、ばななさんがいてくれてよかったな。僕にはランディさんがいてくれて本当によかった。音楽を作ったり、奏でることの意地と根性を今、鍛え直しているところです。もう少し時間がかかるかもしれませんが。

私のなかの知恵

私はけしてあなた達を愛しているとはいわない。
けれど、あなた達が愛されていることを知っている。
だから私のあなた達への愛はけしてゆらがない。

前世の情報をうけとるには

ご来訪になられる方の性別は男性が少ないのですが、最初に奥さんがご相談にみえて、その後ですすめられてご主人もいらっしゃる場合があります。家庭や仕事があって比較的社会的に立場のある方ですと、人に相談するということも慣れていらっしゃらないし、さほど相談しなければならないほどの事情があるわけでもないとなると、足が向かないかと思います。奥さんにすすめられるままにこられる男性の場合は「なにが前世をしることが参考になるのであれば」というわりと軽い感覚でおいでになられるので、ご本人の総合的な性質や人生の方向性、注意事項、より納得できる人生をおくるためのコツなどを、できるだけ分かりやすくお伝えするようにしています。ご家族との向きあい方、健康、財運、仕事運についてもひととおりコメントします。また前世からひきついだ特質がなんであるか、どういう方向で今生はそれを生かすべきなのかも紐解いていくので、今生の指針として参考にしていただけるようです。

カウンセリングという形式なので、問題や葛藤がなければ相談してはいけないのでは、と誤解なさっている方もいらっしゃるかもしれませんが。私は情報を受けとる媒体でしかありません。うまく利用していただくことによって、ご本人がより前向きな人生を生きられるのであれば、それが本望なのです。人の人生にとやかくいえる立場ではありませんし、まして運命を変えることはできません。辛い厳しい状況の方には、できるだけ励ましてさしあげたいと思いますが限られた時間のなかでお伝えすべき情報を紐解きますと、気配りをかけてあげられる時間も限られます。自分なりにできるだけのことをさせていただく、カウンセリング中はその思いだけで全神経を高次元からもたらされる情報に向け、受けとったものをできるだけ正確にお伝えし続けています。

何度かお会いして懇意になっても、なかなか前世のことをお話しする機会に恵まれないこともあります。たとえ分かったとしてもこちらから一方的にお伝えするわけにもいかず、残念に思うことがないわけでもありません。でもご本人が知ろうとしてくださらないと情報は届けられないので…私がどんなに願っても、なにも形にすることはかなわないのです。前世の情報を受けとるかどうか、結局はご本人次第なのです。

#追記
どうすれば前世の情報を受けとれますか、と尋ねられることがあります。その問いに対する答えはありません。問いかけのようでいて、ただ許可を求めている場合は誰にもどうすることもできません。前世の情報は「単なる情報」にしか過ぎないのです。それをひも解けるのは「本人」だけなのです。自分の心の中でそれを強く求める、という作業を始めないと宇宙はあなたの問いかけに呼応はしません。

私のなかの罪悪感

罪悪感。

生きていることにすら罪悪を感じるようになったのはいったいいつの事だったでしょうか。
理由はわからないのに、自分の存在、行い、思考などあらゆるものが罪悪感の対象でした。けしてそれがすべての理由ではないけれど、人と関わることが怖い。怖いくせに寂しくてわかってもらいたいと渇望もしている。本当に自分の性格がややこしく、扱いにくく、そしてめんどうでした。

そして、ある時期からその罪悪感と向きあう知恵のようなものがこの世には存在しているかもしれない、と光明を探し求めるようになりました。記憶をたどると定かではありませんがたぶん14〜5歳ぐらいから、そんなふうに考えるようになったと思います。丁度その頃、友人にさそわれて一度だけ教会に足を運んだことがあります。洗礼をみて、ひどく衝撃を受けたのをよく覚えています。なぜあんなに洗礼の儀礼がショックだったのか…がてんがいくまでそれから長い月日がかかりました。過去世で自分自身が洗礼に関わっていたからだったんですね。前世の記憶がよみがえるとわけもわからないなにかが、自分の細胞のなかでいっせいに騒ぎ出すような感覚になります。そしてそのインパクトは永遠に忘れられない。だからいつでもずっと探しつづけている感じになってしまうのでしょう。

いろいろな意味で教会で洗礼の儀礼を目撃した瞬間、というのが自分の今生での「魂が目覚める」最初のきっかけになったことは間違いないようです。それから聖書を何年かに一度ひもとくようになりました。縁あってカトリック系の高校に進み、授業で新約には触れることになりました。聖書の内容にはさほど感銘も受けず、共感もできませんでしたし、信仰には近づく気持ちにすらなれなかったけれど教会や信仰に関わる人達の存在感には、嫌悪感よりは共感するもののほうが多かったかもしれません。

自分にとって聖書はさほど救いにはなりませんでした。というより信仰のなかになにかを求めていくという動機は最初からなかったのです。三浦綾子さんの作品やエッセイは随分読みましたが、敬虔な信仰をもつ人達を尊敬することはあっても仲間入りはできない自分であることは、どういうわけか最初からわかっていました。自分の場合は信仰を持っても救いはないのではないか…。でもなにか「その方向性で探し当てられるものがあるのではないだろうか」とはかんがえていました。信仰ではなく、たとえば信仰を持つ人達が行なう所作、そのなかで積み重ねていく経験や知識、そういったもののなかに「なにか」見出せないのだろうかと思い、宗教的なものや神学的なもの全般にとても興味をもち、たくさんの本を読むようになっていったのです。

ほんとうに乱読といった読み方だったと思います。どんどん本が溜まるのですが理解できない本も多くて、買ってもよまなかったり何年も放置したままだったり。そんなことを長いこと繰り返していました。

最終的に、文字から得られる知識や情報には限界があると悟り、瞑想の世界にヒントを求めるようになったのです。結局、今でこそはっきりわかるのですが自分はチャネリングをしたかったのです。この地上に答えがないのであれば高次元の意識と対話するほかはないだろう、と。それはあさはかな考えだったかもしれません。無謀だったようにも思う。けれど、もうそれしか求め得るものが残っていないせっぱ詰まった状況でもあったのです。淡々と上辺だけの人生を生きながら、罪悪感から逃れたいという自分の潜在的な(けして誰にも見せられない)内なる渇望は止むことがなかったのですから…。

おりしもチャネラーと呼ばれる人達が活動をしていることがわずかながら情報としては得られました。が、会いにいくことはかないませんでした。また、遠くにわざわざ求めていくこともなにか違うような気がしましたし、正直な気持ちとして「外人」のチャネラーに会いたいとは思わなかったのです。なぜか自分は「神道」に強く魅かれていました。修験道の行を積んでいましたから密教の方向でもよかったのですが、どうしても自分にとっては「神道」の枠がはずせなかったのです。それで「神道」にかかわる人達のなかで「神様の言葉」を話せる人を探していたのです。

求めつづければ出会うものなのでしょう。

結果的に、私は「神道」の世界を通じて神々の意識と通じることができました。何年も何年もかけて、最初は人を通じてしか言葉を受けとることはできませんでした。が、ついに自分で対話することができるようになったのです。

私自身がものごころついた頃から抱きつづけてきた罪悪感の意味や、それと向きあう知恵を授かった今、迷いがないといえば嘘になります。悟ったかどうかなどという大それたことを言えるほど偉い人間になったつもりは毛頭ありません。ただ、本当に素晴らしい知恵を持っている「高次元の存在」というのは実在します。見ることも声をきくことも残念ながらできないのですが、私は感じとることができるようになりました。そして私という人間のもつ精神のなかで彼らから伝わってくるメッセージをわかりやすい言葉に(ときに音楽に)翻訳して皆さんに伝えることができるのです。

もし、これが自分が望んだ役目だとすれば(今はそう信じています)、できるだけ多くの人に「光のことば」を伝えていきたいと願っています。

すべては私のなかに組み込まれた「罪悪感」からはじまったのでした…。

「祈りの海へ…」のご紹介

わが友人でもあり、ピアニスト仲間でもある高橋 全(あきら)さんのてがけたニューアルバム「祈りの海へ…」が発売されます。笙の伊藤えりさんの演奏、高橋さんのピアノという珍しいコラボレーション。スピリチュアルカウンセラーの江原啓之さんも語りで参加しています。まもなく予約受付けも開始です。

高橋さんのピアノは本当におだやかで、いつもききほれてます。笙の音色は本当に繊細。ピアノと組み合わせるのは至難の技。高橋さんは知るひとぞ知る超絶技巧の録音エンジニアでもあるので、どんなに繊細な音でもおにのような技と執念で見事に収録してしまう人なのです。こんなに楽器のはなつ輝きを音としてみごとに収録できる人は彼をおいて他にはいないでしょう。いつか自分の演奏も彼に録音をお願いしたいなぁといつもいつも思っています。新しいソロアルバムも準備中とのこと。そちらも実に楽しみ…。人の宣伝ばかりしてないで自分はどうなの、といわれそうなのでこのへんで。。。

今年度のレイキセミナーについて

きたる4月19日にセミナーの予定を組みました。

午前は「ファミリーケア」。
このセミナーのコンセプトは、自分自身と家族を癒すこと。レイキを実践していくうえで体験するさまざまな心身の変化について、諸注意をお伝えします。また相談の時間もあります。実習は呼吸法とパワーグランディング。レベルに関係なくご参加いただけます。
ティーチャー以上を目指す方は、呼吸法とグランディングをどのように「指導すればよいのか」を学んでいただけます。このセミナーを各自の指導のひな形とすべく完全に盗み取ってください。レイキに限りませんが、呼吸法を通じてグランディングを指導しているヒーラーはあまりおりません。

午後は「パーフェクトレイキ」。
このセミナーは「完全なレイキヒーラーを育成する」ためのもの。プロ指向であることはもちろんですが、レイキを通じて他者をヒーリングすることにおいて「パーフェクト」な技術を目指します。意欲あるかたの参加を心からお待ちしております。

通年で4回ほど開催できればと考えています。