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特に読書をしているときに稀に感じることがある。自分の脳がスポンジのようである、と。

インクジェットプリンターには吸収体というもののがはいっていて、余分なインクをすいとってくれる。当然、限界がくるとインクがもれる。古くなってインクジェットプリンタを捨てようと思って持ち上げたら底からベッタリとインクがもれだして辟易したことがある。本体の横にでっかく注意書きぐらい書いてはっておけばいいのに、と思う。親切ではないよな・・・(でもマニュアルのどこかには書いてあるのかも、読まない自分がいけないんだな)。

人間の脳って限界はあるだろうに。歴史の年表や化学式、数学の解法やドイツ語の文法は全然頭に入らなかった。先生との相性が悪かっただけなのかもしれないが、ダメとなったらもう脳が受付ない感じだった。聞いているのに覚えられない。使い古したプリンタの吸収体のようだ。だらだらと知識が漏れている。情けないなぁと思う。なんてダメな脳なんだろう、と。

ところが、面白そうなことはどんどん情報がはいってきて蓄積されていくことがある。貪欲に脳が吸収しはじめる。吸っても吸ってもまだ満ちないスポンジのようだ。暑い夏に浜にいくといくらでも落ちている干からびたヒトデのごとくに乾燥していたかのよう・・・。

時々、脳がかわいて発作的に本を読みあさることがある。図書館で十冊ぐらい借りてくる。一晩で読み流してしまって、一文字も頭に残らない。

それなのに1ページ目の最初の瞬間から目が釘付けになり、1行もあますことなくすべてが脳のシワに刻まれていくのを感じながら読める本がある。そんな本にもタイプがあり、一度読んで満足できてしまう場合と、何度も何度も繰り返して読みながらじっくりと味わっていく場合だ。今、前者の本を読んでいる。序文は吉本ばななさんだ。本分も面白いに違いない。

こんな本ばかりだったら、一生本を読みふけってしまうに違いない。そうじゃないからこそ人生なんだな、現実なんだろうな。そしてこういう類の本との出会いは、実に素晴らしい最高のタイミングで一秒の狂いもなくやってくる。時に進呈だったり古書店で偶然みかけたり・・・もっとも最近はほとんどamazon経由かな。

受け継がなかった資質

2月8日から20日まで「魂の学校」を開催しました。トータルで50時間にも及ぶ過酷なトレーニング(ほとんどが実践!)でした。教えるほうも大変でしたが、どれも初めてのことを学び通す根性にも脱帽。どの講座もユニークで非常に奥深いものになりました。
レポートを書いたり、特別なメニューの対応をしたり、まだ学校は続きます・・・。先生稼業は授業が終わってからのほうが忙しいかも。

子供の頃、よく父が夜中にがりがりとガリ版を書いていたのを思い出します。あの頃は、夜になってからはじめないでとっとと片付けてしまえばいいのに、と思っていましたが…そうはいかなかったんでしょうね。充分に集中できる時に、しっかりといい仕事をしたかったのだろうと思います。ワープロのない時代にワープロのようなきれいな字を手書きで書く人でした。どうしてその資質を受け継がなかったのか(笑) 後年、不要になったワープロを進呈したところ、罫線機能だけつかって「表計算ソフト」のような表をきれいに作っていました。そういう几帳面さを自分は微塵も受け継いでないよ!

コピー用紙

最近、コピー用紙における古紙の比率が少しずつ多くなっているようだ。なんとなく気になって調べてみたらインドネシアで不法伐採が問題になっているらしい。そしてその製品が日本にもかなりはいってきている。問題のある商品を扱わない販売店で購入するようにしたいが、ひとまずジャスコは問題商品の取り扱いをやめたようだ。次回コピー用紙はジャスコに買いに行ってみようかな。

2月のはじまり

早いものでもう2月。2月最初の日は、なんと予約状況あと1件で月末までびっしりという状況から開始。2月はただでさえ日数が少ないのに、長期連続セミナーを組んでしまったので、通常よりもずっと予約枠が少なくなってしまった。レイキの日程は別枠で組んでいるので、レベル1、レベル2いずれもお申込みいただける日程があります。ご検討中の方、打診してください。