ソーシャルネットワーキング

ソーシャルネットワークなんて言葉を使うのは初めてかもしれない。mixiのサービスが始まった時に、当初は招待制だったのでなかなかアカウントが作れなくて困ったものだった。誰か招待して〜、とつぶやく先もなかった(ツィッターが存在していなかった時代がもはや想像できない!)。とにかく、ソーシャルネットワークという概念もなく、それが普及するかもしれないなどと誰も考えなかった時代がほんのちょっと前にあったのだ。だが時代はあっというまに変貌する。ブログも当初は誰も見向きもしなかった。自分も実験と称しておそらく数十、いやもっとかな。ブログは実験してきた。mixiはもちろん、ひととおりのあらゆるソーシャルネットワークサービスを試している。

もとはといえば、パソコンが黎明期のネットワークシステムにさかのぼる。日本語はまだ使えなかった。Compuserverというアメリカのネットワークに国際電話で接続して、最新の技術情報を入手したりしていた。そのうちデータ通信網が発達して料金がどんどん安くなっていった。しばらくしてから、やっと国内でもパソコン通信というものが流行りだした。当然、それらにも積極的に参加していたし、情報集収にずいぶん利用させてもらった。インターネットが普及するまでに、それはそれは長い時間がかかったものだった・・・と、思い出を語っても仕方がないな。

実はそれ以前も自分には歴史があって。。。パソコンが存在する前は、無線をやっていた。電波は海外にも飛んでいく。天気や季節によるが、小さな無線機でも遠くの大陸の人達と交信ができるなんて素晴らしい体験だった。実際のところ、自分で無線機を買ったり、交信にふけったり、ということはなかったのだが(そんな贅沢が許されるはずもなかった)、学校でクラブにはいったり、友人や、近所の無線を趣味にしている大人を強引に尋ねて友だちになったりして、自分なりに社会との接触をはかっていた。ふりかえれば随分と図々しい中学生だった。

これもやはり中学校時代の思い出だが。学校帰りに、近くの「立派なアンテナがたっているお宅」を訪問してみた。もちろんアポなんて取っていない。無線をやっている人は玄関先にコールサイン(無線家のニックネームみたいなもの)を張っている人が多く、国家資格だから名簿をみれば住所氏名がわかるのだった。アンテナはモーターで方向を変えるから「動いていれば在宅している」ことがわかる。よく考えればストーカーっぽいのだが、中学生は好奇心旺盛だ。放課後、今日はきっと在宅しているだろうとあたりをつけて、未知の相手にぶっつけ訪問。大人は学生には優しい、と信じて…。
そして、実に親切な紳士に歓待していただけた。本職も無線技士だったとかで、引退後もアマチュア無線を楽しんでいる人だった。遭難信号を傍受して通報した、という経験談をうかがい、無線も極めれば立派に社会貢献ができるんだ、と知って心の底からわくわくしたものだった。何度かそういうことを繰り返したが、追い返されたことは一度もなかった。

学生時代に社会経験を積んだ大人から自分の将来の希望につながるような体験をきかせてもらう事は、日常では滅多に得られない。ふりかえってみれば自分の場合は、大人の世界に早くから関わるようになっていき、ここぞというところで行動力があったように思う。好奇心を抑えられないという点では、昨今ならなんとやらという病名をつけられてしまいそうだ。そうそう、そういえば幼少期に行方不明になって親をひどく心配させたことがある。どこかで保護されてパトカーで自宅に送り届けてもらった記憶がある。いったいぜんたい、どういうわけで幼稚園児が夜の街をひとりでどこまでも歩いていったのか、まったく意味不明だ。ただ、おぼろげながら、とにかく歩いてみるのが面白くて、どこまでも行ってしまった…のだけは覚えている。怖いものしらず、というか、いきあたりばったりというか。自分の人生を象徴しているような出来事だった。

さてさて。

今のインターネットはこういった人生をいきてきた自分にとっては、とっても「物足りない」ものでしかない。Facebookにいたって、やっと少しは使ってやってもいいかな、と感じるような仕組みになってきた。が、まだまだ物足りない感じだ。なにが楽しいのかわからないし、これじゃ好奇心がもてない。もっとしっかりつながっていく仕組みが欲しい。つながった瞬間、お互いに信頼しあえて友だちにもなれるような仕組み作りだ。多少、敷居が高いほうがいい。当然、実名である必要があるし、お互いのプロフィールだってある程度、公開されているようなプラットフォームであってほしい。それでいて、その仕組みを通してでなければ絶対に出会えないような「あたらしい縁」が得られる。そんな魅力的な仕組みが欲しい。

Facebookとブログとツィッターとmixiといいところを合わせれば、多少は納得もできる感じだ。でも、ソーシャルネットワークはまだまだはじまったばかり、という気がする。そしてどこまでも、どこまでも進化を続けていくだろう。世界中の人がともだちになれるまで…。