11月30日のメッセージ

俳句でよく「小春かな」と詠まれるこの小春、という季語は11月のおだやかな天気の日を言うのだそうです。
この満月を越える境目で、いろいろなことがあったかと思います。ピークを過ぎると、少しおだやかになりますね。もともと11月は気候がおだやかな時期。これから先の満月のピーク毎に、さまざまな脱皮、変化のゆらぎがやってくるでしょう。どうかそれぞれの場所で、それぞれのあり方についてしっかり見つめ、取り組んでいかれますように。流されているばかりではなく、自分の中心をしっかり保ち、自分らしさを見失わないように心がけていきましょう。世の中も、自然も、刻々と変化していきます。だからといって、自分がそれに合わせていてもしかたないのです。外界と、内なる自分の世界はまったく時空が異なる別世界。どちらを大事にすべきかは言うまでもありません。外と内との境界線が多くの方は曖昧です。自分の心だ、自分の意識だ、と思っていても、それは完全に静寂にたどりついて一旦リセットしてみなければわからないことです。流されているのかもしれない、と思う人は流されています。そんなことはない、と思う人は尚更のことです。常に自分の中心を見つめ、その作業を淡々と繰り返し、積み重ねていても流されてしまうのが人間です。これでよいということはなく、常に自分とは、という問いかける作業は必要です。その上で、私が私らしく生きる為の判断、行動をつかみとっていきましょう。

もっとたくさんのお手伝い、できると思います。しっかり応援していきますので頼ってください。

子育ては直感を大事に。

子育ての相談をお受けしていていつも感じるのは、親御さん(とくにお母さん)は、もっと直感で子供と向き合ってあげて欲しいということ。学年があがったり、塾に通いはじめたり、新しい友だちができたり、さまざまなきっかけを通して子供はぐんと変化します。そしてめきめきと力をつけていっきに成長する時期があります。そんな時は、嬉しい半面、自分の手を離れていくようで少し寂しくもあるもの。親御さんが寂しいと感じる時、実は子供のほうがもっと寂しいのです。自分が成長した部分を見守ってもらえることは嬉しい反面、急に変化している自分が自分でこころもとなくて不安で一杯です。子供は自分の成長のスピードに心が追いつかないことがよくあるのです。そんな内面に気付いてあげられないと、幼い意識が満たされないまま大人になっても残ってしまいます。そうさせない為には、親御さんがしっかり子供の発するサインに気付いてあげてほしいのです。子供返りをしたり、些細なことで反抗的な態度をとったり、簡単なおつかいを頼んでもうまくこなせなかったり。子供は子供なりに、成長することの不安を親にアピールすることがあります。そこをうまく受け止めていけると、遠い将来にとてもまっすぐな心をもった大人になりますし、次の世代の子育ても上手に取り組んでくれるようになるでしょう。

カウンセリングコラム:本人の意思があれば代理でもOK

たとえば、ご夫婦とか、信頼しあえるパートナー同士であれば、代理のご相談でも対応できます。ただし、本人にその意思があればより充実したセッションになります。

たとえば、奥さんが夫の悩みを代わりに持ってきていただく。奥さんを通してご主人へのメッセージをお伝えすることができます。できるだけ事前に、相談内容についてお二人で話しあって持っていただくほうが、よいセッションになります。

今日の徒然:「がんばる」の反対語

がんばって生きている人が本当に多いな。誰の為に? なんの為に? それで疲れてしまった時に、大切な人たちに、社会に負担になることを想像してみて。命には限界がある。身体の声をきかず、無理をしてがんばっても、悔いることになるかもしれない。いや、きっとそうなるから。がんばるもほどほどにしなければならないよ。

さて、がんばるをほどほどにする為に「がんばらない」と考えてもだめ。その反対語はなにか、自分だけの答えをちゃんと持つことが大切。あなたにとって、がんばるの反対語はなに? そう問われてちゃんと答えがある人は、バランスがいいのです。

円山公園も、しばし休息の時。自然のサイクルは太陽の光と共に呼吸している。冬至の日をさかいに、森は少しずつ呼吸をはじめる…それまで、ほんのつかの間、森はうたた寝する。
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今日の徒然:お手紙

ひさしぶりにお手紙をいただきました。
ご感想はメールでいただくことがほとんど。手書きの便箋はとても珍しくなりました。

演奏活動をはじめた頃、たくさんお手紙をいただきました。そのすべてが大切な宝です。たくさん溜まってしまうのですが、簡単に捨てられるものではないですね。一文字ずつに気持ちがこめられているのが伝わってきます。

書くということをなるべく大事にしています。この歳になると頭がぼけないように、という事もありますが(笑) とにかく手で文字を書く、ということはなにかすごく大切な事のように思うんですね。自分を見つめる、という意味でも。

皆さんも時々はノートに本音を書き綴ってみてください。人は、案外、書くということにおいては嘘をつけないものです。言葉は嘘をつけるとしても、文字は嘘をつけないと思うのです。

自分はなにをしたいのだろう、どんなふうに生きたいのだろう、そんなふうに逡巡してしまう時、書いてみるとすっきりするかもしれません。

共に学ぶこと(17日のワークショップを振り返って〜魂の合宿のご案内)

以下、先週末のワークショップでのひとこま。
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ちょっとわけあって、派手な格好をしていますが…。
この日の準備で一番、苦労したのは板書です。このスペースは壁一面が黒板なのです。書きまくりました…。全員にあてたメッセージ。

参加してくださった皆さんはほとんどが初対面。それでいて、とても楽しく、盛り上がりました。現実の世界ではまず出会うことも知り合うこともないであろう人達です。でも魂は皆、それぞれ共鳴したりつながったりしているんですね。見えない糸がちゃんとあるんです。初めてであった同士が、お互いの学びの相手役になれる。人生を深く見つめるきっかけ、タイミングを共有できる。なんて素敵なことなんでしょう。そういう場を提供できたことを自分でも誇りに思っています。このスペースを作ってよかった…。

私たちは、この人生、なんの為に生きてるんでしょう。それを共に考えてみる機会をまた、持っていこうと思いました。来月は「魂の合宿」を計画しています。先週のワークショップに参加してくださった方には、もし可能ならできるだけまたご参加いただきたい。共に感じ合うこと、共に祈ること、共に語り合うこと、共に呼吸すること…。それが必要だと思うかた、どうか気軽にいらしてください。2泊3日のスケジュールをフルに合わせられない方は、参加できる時間枠を知らせてください。柔軟に対応したいと思っています。
(参加条件はレイキ修了者になっていますが、17日のエンライトメントワークショップご参加の方は皆さんお申込みOKです。)

今日の徒然:どんな時にも

どんな時にも、祝福はある。
嵐が吹きすさんで、心が冷たくなるひとりの夜であっても。
疲れはて、希望が打ち砕かれ、孤独に悩まされても。

私たちは、愛され続け、そしてかならず日が射す明日がくる。
生きてさえいれば…

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だから、あきらめないで強く、生きよう。
大地を這いつくばってでも。なんとか前進しよう。

今日の徒然:雨模様だけど…いい流れです

今日は、ワークショップ。会場のRamwaでの、自分達主催のイベントは初めてなので、段取りや準備でおおわらわ。でも、朝からたくさんのメッセージが天使達から届いていて、とても良いワークになりそう。どうなることやら。忙しいけど楽しみながら準備しています。

明日は1日レイキセミナー。それがおわると、次は12月末のニドムのセミナーにむけて準備を進めていくことになります。2012年も、もう大詰めですね。

皆さんの日々が充実しますように。今日も祈ります。

人は本音で語らない

もしも、真の本音ならば語る必要がないだろう。真実というのは、あるがままでゆらぐことはない。他者に見せることも語って伝える必要もない。

見せたり、語ったりするものは、真の本音ではないのではないか。

私たちはどうしても人の言葉に影響を受ける。それが真かもしれない、と思うと尚のこと揺れる。でも、いったいどこまでが本音なのかと疑心暗鬼になることも多いし、間違いであれ、嘘であれ、と願うことすらあるではないか。結局のところ、真実というのはなんなのか。なかなか知ることはかなわない。

それでも、やはり私たちは「真の本音ではないかもしれないが」直接、人の言葉をききたくなるもの。人とはそういうものなのだろう。

私たちは、お互いに真の姿で生きてはいない。

優しさだけでは足りないこともある。

本当にお互いの為になる関係性とはなんだろうか。信頼、尊重、思いやり、優しさ。本当にそのような空気が満ちている関係性であっても、十分ではないこともある。

表面的な思いやり、優しさに満ちていても、底辺に怖れが潜んでいることもある。怖れが慈しみを生み出しているのなら、そこには弱さがある。そのような関係性であるならば試練には打ち勝てない。平和な日々が続けばよいが、いざとなると、怖れが蔓延し、信頼は裏切りに変貌するかもしれない。

人と人との関係に、もうこれでよい、これで完全だ、ということはないのではないか。私たちは生きる限り、なにかを学び、なにかを磨きつづけなければならないのだろう。