悲しみ深く

人の死を、心の底から深く、嘆き悲しむ…。
心優しき縄文の人達は、何日も深い悲しみの底にあり続け、亡き人の死を悼んだという…。

今日の私たちは死を穢れであり、忌むべきものと、とらえている。死を怖れてすらいる。生前のその人の存在を慕い、懐かしく思い、そしてし失われた命に執着をするのはとても自然なことなのに、失われた命への執着を抑圧すらしている。

心の底から死別の悲しみを悼み、味わい、共有し、そして乗り越えなければ悲しみは心の底に深く沈殿し続けるだろう。それは子孫代々へと、けして軽くはない因縁となって受け継がれていくだろう。

無念な人生の終わり方をした若い命。その人のことを考える時、ご遺族の途方もない深い悲しみが伝わってくる。友人達の嘆きが伝わってくる。関係した人達の強い後悔と懺悔の声も聞こえてくる。

悲しいものは悲しい。辛いものは辛い。胸の痛みは簡単には消えてはくれない。だから、深い闇の底に行ってくるしかない。「モガリ」の時期を避けずに、通過点として乗り越えていくよりない。まずその勇気を持つべきだろう。社会正義のはなしは後からとことんすればいい。

あなたの苦しみは

あなたが苦しいのは、心が疲れているから。
でも、あなたの魂は、少しも苦しんでなんかいない。
なぜなら、あなたをいつも思いやり、優しいまなざしで見守っている人達を感じているから。

あなたを愛している人達はそらの上にあり、いつもあなたを見守り、応援し続けている。
あなたの魂は、そのことをずっとずっと昔から知っている。
そして、彼らのまなざしを感じながら、深い意識の奥底でいつもこう考えている。
「がんばるから、見守っていてね、天国にかえったらたくさん自慢話をしてあげる、きっとがんばるから応援していてね」と。

私たちはこの世に生まれてくる前に、そらの上で、それはそれはたくさんの人達に応援され、励まされ、皆が見守る中で地上に降下した。その瞬間に、そらの記憶を捨ててしまった…。

どういうわけか私たちは地上に降り立つ時、魂が持っているはずの、尊い、大切な、そしてとても堅固で永遠の絆を忘れてしまう。それさえ思い出せれば、私たちはもっともっと強く、安定して生きられるはずなのに。どんなに苦しくても絶望なんかする必要はないとわかるはずなのに。いつも仲間たちが見守ってくれているのを、はっきりと感じられるのに。

なのに、なぜそんな大事な絆を私たちは忘れ去ってこの地上に降り立つのだろうか。
そして、こんなにも心が痛み、苦しい思いをして、人生を歩むのだろうか。

それは、この地上に降り立つにはそうする他になかったから。
この大地は、そらの上にはない、素晴らしい自然であふれている。
美しい花がある。風景がある。雲がある。季節がある。生き物がいる。
そして、神様がつくられたミクロの不思議な世界がある。
バクテリアや細菌や元素やDNAや…一方で壮大なスケールのドラマが天空にあり、地球、太陽、惑星…無限の天体には多くの夢がある。
この自然を学びたいと願って生まれ変わってくる魂も無数にある。
神様がつくられたこの宇宙の仕組みを解明したいと強い願望をもって生まれてくる魂も多い。
それほど、この自然の世界は驚きと不思議に満ちている。

だから、どんな必死の思いをしても、生まれ変わってくる価値があると多くの魂達は感じている…

特に日本は本当に美しい国。
四季のすべてが美しい。人々は皆、自然を愛し、風土を大切にし、お互いを敬う。
争いを好まず、国際社会にもしっかり貢献したいと考える心優しい人々。
でも、時にその優しさがあだになることもある。
自然は美しいが、自然には自然の意思があり、人類はいまだ自然と調和できていない。
そもそも、自然からお借りしている一時の乗り物である肉体を、自分のものだと勘違いをしている…。
自然からお借りしたものは、大切に使い、感謝して自然にお返しをしなければいけないのに、自分たちのエゴで自然を作り替えようとしたり、エネルギーをひたすら消費したりするのでは、自然の意思に逆らうことになる。

自然にはガイアの意識があり、自分をいためつける存在を淘汰する力を持っている。人類が自然との調和をしっかり学ばない限り、もしかすると淘汰される可能性もあるかもしれない…

この地上に降り立った者は皆、等しく自然との向き合い方を学ぶのは必須事項であり、約束事なのだ。自然との調和の方法は、そのほとんどを先住民族が智慧として持っている。心豊かな人達は、先住民族を大切にし、敬い、彼らから智慧を学びとっている。日本人はかつて自らも縄文の文化をつくりあげた、先住民族と同様の意識を持っていたのに、大陸との交流のなかで国家を作り、新たな文化を築くうちに、本来の精神性を一度、見失ってしまった。
日本民族は皆、さまよえる民。自分のオリジナルの意識を見失い、自然との調和の方法を忘れてしまった。再びそれを取り戻せるなら、ここまでつくりあげた科学技術と、自然と調和できる民族の意識とを統合して、あらたな未来をこの地上に構築できるかもしれない。その可能性が日本は一番、高いのだ…。日本に産まれ、この国を愛し、かつての縄文の心を取り戻すことができれば、日本の民は、この地球に本当に大きな貢献ができるはず。

私たちの苦しみは、日本国の喪失の痛みでもある。失われた二千年の喪失感でもある。
でも、魂はけしてあきらめない。日本の国を愛し、この国に産まれかわり、生きることを選んだ人達は皆、日本にふたたびヤマトの国を作りたいと願っている。縄文の意識と、世界に誇れる科学との統合。不可能を可能にする探究心と向上心の強い志をもった民。

日本人としての誇りを持てるなら、素晴らしい人生を生きられる。この時代、この国に生まれることを選んだ自分を大切に思えるなら、自分の進むべき道をきっと見つけられる。この国の未来は、この地球の自然を守られるのは、かつての縄文人だったヤマトの国に生きる、私たちの志に委ねられているのではないか。

もし、このことに生きる目的を見いだせるなら、あなたの苦しみは神々がきっと引き受けてくださるだろう。