今日の徒然:もうがんばらないこと

今日は免許の更新手続きに行ってきました。ちょっとわけありで(笑)札幌中心部から遠く西方面に出向いて手続きをしなければいけませんでした。おまけに長い時間、お勉強もさせてもらってきました。これでも若い頃は、車が大破するほどの事故を起こして救急車に乗った事もあります。なんどか、間一髪で大事故になる直前という思いもしました。が、その度に身体は本当にかすり傷程度で済んできました。でも、今日の講習を受けながら、もうこれからはラッキーはないだろうなと思いました。というのは、これまでの自分は精一杯がんばって生きていたんですね。だから、車で毎日移動していて、眠くなることもあっても、がんばっているんだから仕方ない、という言い訳が自分のなかにありました。がんばっている自分…だからといって安全運転を怠っていいわけはないのです。

ただ、万が一、事故を起こしてしまい、そのうえでもしも人様を傷つけてしまうようなことがあったら…仕事が忙しいから仕方なかった、などという言い訳は絶対に通用しません。でも、自分は事故を起こさないというおごった気持ちというのは、本当に恐ろしいものだと思いました。そこに魔が棲みついてしまうかもしれません。魔というものは、実際に存在すると思います。どんなに普段、努力しても、信心を持っていても、いったん魔物にとりつかれたらどうにもならない…。そういう時に大変な事故が起こるのでしょう。だから慢心しないこと。ひたすらそれにつきます。

だから、運転に関してはもうおごった気持ちを一分も持たないようにすることにしました。自分で自分の身体も守れないような運転をしているようでは、仕事をしっかりやり遂げていきますといったって信用していただけないに決まっています。足元を見失っていたなぁと反省しました。

今日の講習で自己診断プログラムをやったのですが、ながら運転の傾向があるという結果でした。運転中、携帯はいじりませんがiPod代わりに使うので、曲を切りかえたりはするんですよね…。運転中はもう絶対に携帯をみないようにしなければいけませんね。特に冬はとても危ないですから。

というわけで、なかなかゴールド免許になれない私…。次回こそ目指すぞ〜。

あ、お題は「がんばらない」だった。
普段からがんばって生きていると、どうしてもおごりがでる。運転している時は、社会に対してそれがでるような気がします。自分は事故をおこさない、という慢心も、普段がんばっている自分だから、というおごりから生まれるような気がします。だから、もうがんばらないようにしなければ、と思いました。がんばらない生き方。これはとても難しいかもしれない。でも、人生50年もやってて、がつがつがんばり過ぎるのもちょっとみっともないかな、とも思うようになりました。ちょっとずつ人間、丸くなるものです。。。

ただ、若いうちは仕方がなかったと思います。がんばるしかなかった。負けたくなかったし、結果もだしたかった。みんなにちやほやされかったし、リッチにもなりたかったし、できるだけ有名にもなりたかった。おそらく世間からいわせれば、どれもそれなりに叶えた人生だったと思います。そのかわり、がんばりすぎて神経も肉体もボロボロにしてしまいました。その反動は今でも身体の細胞に蓄積されている気がするんです。今日の講習中も、きゅうぎゅう詰めの講習室の狭いデスクに座っていると、パニック発作を起こした時の状況と似ているので、レメディを飲んで、マントラを唱えて、緊張しないようにしっかり対策しました。がんばりすぎると、その後、肉体と心のメンテナンスでひどく苦労することになります。

でも、ここまで生きてきて「がんばること」について自分なりに答えを持てるようになりました。それは「がんばりたい時はとことんがんばってみるべし」ということです。そして、「もうだめだと思ったら、いさぎよくがんばることをあきらめるべし」ということです。どちらも大事。こういった感覚は、おそらくアスリートの方でしたらはっきり線引がわかるんでしょうね。横綱の引退のタイミングと同じことです。現役の時はひたすら勝ち続けるしかない。負けが続くようになったら、一線をこえたところでいさぎよく引退する。

自分が決めたこと、こだわっていきたいと思うことは、とことんこだわってみる、がんばってみる、追求してみる。そういう時期は絶対に必要だと思う。でも、もう無理、という一線は超えてはいけないと思います。それは仕事でも、プライベートでも、なんでも同じ。その見極めは時には難しいこともあるかもしれませんね。もし客観的なアドバイスが必要になりましたらお気軽にいらしてください。どんなジャンルにおける「引退」のご相談も、承っています。