今日の徒然:世界は混沌の時代に突入したのでしょうか。

今日もまたとあるwebサービスで個人情報流出のニュースが流れていました。今度は、すべての情報が盗まれてしまったらしく、影響を受けた方はそれなりにお困りになっていると思います。

ネットはとっても便利な反面、個人情報の取り扱いには充分に注意を払っていかないといけない。また、個人情報を充分に守ってはいても、最近のようにいたずらな画像を投稿したりすると、またたく間に逮捕されてしまうこともあり得るので、いったいぜんたい個人情報というのは、どこまで守りきれるものなのかな?と思ってしまいます。

世界中にはかなり、きわどい投稿が山のようにあるはずなのですが…。統治国家である日本では、パトカーにいたずらをした写真を投稿すると、翌日には確実に逮捕されてしまうようです。一般庶民の自家用車がいたずらをされても、犯人を逮捕してもらえることはほとんどないと思いますが。なぜかパトカーにかすり傷をつけただけでも、確実に逮捕なのですね。庶民感情としては、とりしまるポイントがかなりずれていると感じます。

結局、個人情報といえども国家権力の元では、守ってもらえるものなのか、逆に管理されてしまっているものなのか、どちらともいえない状況になりつつあるのでしょう。

ビッグデータという概念が最近はひろがりつつあって、小さな情報でも、すべてを集約し、分析することによって限りなく個人情報に近づいていく。おそらく、最終的にネットワークがもっと緻密にはりめぐらされた暁には、すべての個人のあらゆる情報が膨大なネットワークのなかに拡散している状態になり、それを分析する能力をもった存在(企業であれ国家であれ)が、すべてを掌握してしまう(いわば全能の神のような存在)事態になってしまうでしょうね。そういうことはSFのなかの出来事でしかなかったのですが、もうそういう時代に突入してしまっている。あとは時間の問題なわけです。

ある意味、電磁波や電線を通して自分の存在を発信しない、ということだけでなく、監視カメラや衛星の存在しない世界にいかないと、個人情報を守りとおせない時代になりつつあるんじゃないかと思います(つまり、もはやこの世に安住の地はなくなってしまうのかも)。

そんなのいやだなぁという気がしますが、どちらかというと、ひらきなおってしまったほうが楽に生きられる気がします。運がわるければ冤罪で逮捕されて死刑になるかもしれないけれど、運がよければ素晴らしいテクノロジーの時代を楽しんで生きられるわけです。ひどい時代でもあり、素晴らしい時代でもある。まさしく混沌。仏の智恵でも借りないと、まともな精神を保てそうにないですよね。

そうそう、昔よくみた映画「ブレードランナー」や「未来世紀ブラジル」を思い出します。昔はまさかそんなのありえない、と。ただわくわくして見ることができたわけですが。今という時代になってみて、これらはそれなりにリアルで心おだやかでみることができない気がするのです…。

IT徒然:特定サーバーのWordPressが改ざんされているようです(8.31追記あり)

もしかしたらWordPressでブログ(HP)を運用されている方、サーバー運営会社から連絡がきているか、あるいは告知されているかもしれませんので各自、ご確認ください。大規模な改ざんが行われているようです。一応、セキュリティ対策をするようにと告知もされているのですが、技術的に詳しくない方にはわかりにくいようです。特に、あまり詳しくない方の利用者数が多いサーバーがターゲットになってしまったようにみえます。

サーバーを借りて、そこにHPを構築するというスタイルの場合は、こういうリスクがどうしてもつきまといますね。

WordPressのことを誰もしならい時代もあったのですが、こんなに大規模攻撃されるほど有名になったのか、という感慨はどうでもよいことですが、時代はこうしてどんどん変わっていくのだなぁと思います。

ユーザー名にadminを使わないのはもちろんのこと、wp-config.php、.htaccessなどのパーミッション設定、FTPは使わない、login回数制限のプラグイン導入など最低限の対策の他にも、すべてのファイルのバックアップ(それもできれば二重に)を常時、自動的に保存する仕組みの導入などが、とくにビジネスでWordPressを運用している方には必須かと思います。そこまではできてないな、という方はご相談ください。

追記>誤解をまねくといけないのでタイトルを変更しました。該当するサーバーをつかっている方にはすでに通達があったかと思います。WordPressを使っていらっしゃる方は、公式サイトにまとめ情報が載っていますのでご参照ください。

追記2>昨日からのこの出来事にはニュースサイトでも大々的にとりあげられています。少し前に2cnのユーザー情報が流出して、こちらも別な意味で大事件になっています。こういう出来事が増えてきたことの意味も深く考えさせられます。それよりも、さしせまった事態としてサーバーの移転をよぎなくされつつあります。少しずつ準備はしているのですが、いざとなると相当な時間をとられてしまいます。が、万が一にも対岸の火事が飛び火しないうちに、なんとかしたいと思います。

※どうでもいい余談:「該当(がいとう)する…」というところと「かくとうする…」と書きそうになって、単語を探してみたのですがそんな日本語は存在しませんでした。「該当(がいとう)」をなんとなく「かくとう」と、読み替えてない単語を捏造してしまっていたようです。国語の先生には絶対になれないな…。

追記3>どうも最終的な原因はサーバー固有の問題、ということで決着がつきそうな気配です。ついさっきまでWordPressの問題ではないか、という懸念があり警戒していたのですが。ちょっと安心です。これで今日はゆっくり眠れそうです。全国のサーバーエンジニアの皆さん、おつかれさまでした。

追記4(8.31)>WP公式サイトのフォーラムでのディスカッションで、ほぼ原因は分析され尽くした感じ。ひとまず収束といっていいのかな、と思います。WordPressユーザーの方は、これまで通り基本に忠実にセキュリティ対策を実践していくことが最善。あとは信頼できるサーバーを使う。無料や、格安のサーバーについてはこれからは淘汰されていってしまうかもしれませんね。万が一のことがあると失うものが大きすぎるので、それに見合う保険料をしっかり払ってでも管理が万全のサーバーや、サービスを選んでいく方向に、皆の意識が変わっていくと思います。
※技術的なつぶやき:timtumb.phpの問題については心配になったので、手元もサーバーも全ファイルスキャンをして探してみましたが、そもそも存在しなかった。あまり画像関係はこだわってないからなぁ。

瞑想合宿@芸森スタジオ、一応終了しました。

2日間の瞑想合宿、無事におわりました。参加者のみなさま、おつかれさまでした。
天候にはいろんな意味で恵まれました。市内とはいえ、とても静かな森のなか。アートのエネルギーでいっぱいの空間、施設でじっくり瞑想に取り組めるなんて、あまりにも贅沢な環境です。くわえて最高のホスピタリティで居心地も最高でした。言葉では言い尽くせない時間を過ごすことができました。

とはいっても、まだその後のエネルギー調整期間中。まだしばらくは私の仕事は終わらない…。いましばらくは瞑想の余韻の流れのなかにいます。
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自由という鍵が私達の未来を明るく魅力的なものにしてくれるに違いないと思っています

お世話になっているショップにフライヤーを届けた帰り道。円山公園は、やっぱり涼しいな…。
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1997年頃から自分流で音楽をつくったり演奏をしはじめて、それがきっかけでいろんな出会いがあった。一番最初は、とにかく今こんな感じなんだというイメージを演奏してカセット(!?)にいれて、それをとにかく行き当たりばったりいろんな人に送ったり、聞いてもらったりした。テープ一本もって突然「聞いてください」っていろんな人にはたらきかけてみるのって、今思えばなんて無謀だったんだろう。でも、そんな自分が今は誇らしい。あの時は「買ってください」とか「コンサートにきてください」とか目的はなんにもないんだ。本当にただ「聞いてみてください」ということだけお願いしたのだった。そんなことを繰り返しているうちに、こりゃCDにしないとキリがないと思いたち、自費でホールをおさえ、機材を借り、2日間テープを回しっぱなしでピアノをポロポロ弾きまくり、デザイナーさんにジャケットを頼み、ビクターのプレス工場に連絡してCDを千枚つくった。そのいきおいでコンサートを何本かやってしまったのだった。

あの無謀さっていったいどこからくるんだろうな。

それはともかく、そのおかげで、本当にいろんな人につながることができた。今の自分の足場はそこでできあがったようなものだ。アーティストっていう肩書はすごく便利なんだよね。どこにも行けるし、誰にでも会える。実際、CDを持っていくと、本当にどこでも行けて誰にでも会えたんだ。おかげですごく人生が広がった。

音楽をとおして自由に表現できるって、素晴らしいことだと思う。表現をすること、そのこと自体がエネルギーの解放なのだろう。だから、そこに居合わせたオーディエンスの人達も、一緒に解放感を味わうことができるんじゃないか。

9/15のライブコンサートは、今のところすべて即興のプログラムになる予定。それなりに打ち合わせしたり、リハーサルしたりするんでしょ?と思っている人が多いかもしれない。が、僕とランディさんの間で取り交わしたのは、まだほんの数通のメールだけ。で、そのほとんど全部がフライヤーに印刷した内容そのまま。いわば、これだけのテーマとキーワードが、当日の僕達の譜面であり原稿。そこから広がるイメージをそれぞれが自由に表現してみようと思っています。

どんなことになるか、自分達が一番わからない。わからないけれど、そこに挑んでいくのがこわいけど、でも楽しいんだよ。そんなアートの世界に皆さんをお招きしたいと思っています。是非、みんな当日、集まってね!!!!!!!

今日の徒然:明日から瞑想合宿です

明日から瞑想合宿ですが、月曜の予約については土日の間でも受け付けています。

来週はまだ予定は充分にゆとりがあります。人生の学びを掘り下げたいというご依頼もどんどん受け付けています。

#ちなみに、今回の合宿の会場は南区のとあるスタジオの宿泊施設です。市内とはいえ環境的には森の中。静かな自然のなかでゆっくり深呼吸できます。より多くの方に参加していただきたいな…
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なにもない時こそ、学びや成長のチャンスかもしれない

満月を前後して、駆け込んでこられる方や、急遽お電話でのご相談があいつぐ。特に季節の変わり目や、天候が不安定だったり、経済や交通も不穏な出来事が続くような時期は人の心もゆれる。それと満月が重なると、どうしても私達の感情はゆさぶられてしまい、普段から余裕がない人は、いっきに不安があふれてしまいやすい。

もし、そんなことが何度か続いているような気がする方は、普段から自分をよく見つめる工夫をするといいでしょう。なにもない時期をみはからって、長期的に自分の状態を把握していざという時の対策を準備しておくようにすると、人生をより無駄なく、スムーズに生きられるようになります。

痛くなってから歯医者に行くと、ひとまずの治療でおわってしまいがち。なんでもない時期にこそ、定期的に通院すると結果的には、時間も費用も最小限で済むものです。

なにもない時こそ、人生をより向上させる為のヒントを得る為に、ご相談(学び)にいらしてください。

今日の徒然:ストレスだって利用価値はあるかもしれない

ベルチェ素子という電子部品がある。電流をながすと、それ自体の温度が変化する。ある方向に電流をながすと「冷える」のだけれど、逆に電流をながすと今度は「熱くなる」という性質がある。また、それ自体に温度差を与えて発電させることもできる。電流をながせば温度ががうまれる。温度差をあたえれば電気を生む。という面白い性質をもっている。わりとそこら中で使われているので、一家に一個ぐらいはベルチェ素子が存在しているかもしれない。

私達、人類はいわば電気仕掛けの人形のようなものだ。考え、体をつかってなにかをする時は電子が神経回路を移動して、指示をしている。音を聞いたり、香りを感じるときは神経を電子がつたわって脳で感じ取る。電気がなければ神経は機能しない。そんな電気仕掛けの私達が「人間関係」で感じているストレスは、単なる電気エネルギーだ。ストレスも極性をひっくりかえせば快楽になる。人間の回路が壊れると、苦痛は快楽になり、快楽が苦痛になり…。

生きていればさまざまな刺激をうける。その刺激のすべては所詮は電子の移動でおきる。よくもわるくも原理は単純だ。そのエネルギーをひっくるめて「前向きに受け取る」ように、脳の電子回路を組み替えればいい。人間の脳は「なんらかのルール」を習得することで、体や心が感じ取る刺激を「心地良い」と感じることもできる。が、学習が下手だと「苦痛である」と感じてしまう。

日々、なにがしか変化があるということは、それ自体はエネルギーなのだから、なにもないよりはマシなのかもしれない。問題は、そのエネルギーを有効利用できるかどうか、だ。智恵があれば、上手にストレスを利用できるようになるものだ。今、苦痛と感じることをうまく自分の人生に利用できないのか。智恵を受け取ってみようじゃないか。

今日の徒然:8月下旬の空き状況

さて、雨の影響がまだ残っていますがお空の神様の機嫌は少し落ち着いたようにみえます。すこし一息ついたところで、8月もあっというまに下旬にはいりますね。一年で考えるともう3分の2が終わります。これから秋から冬にかけての季節を充実したものにする為にの心構えを皆さんがお持ちになれますように。よい方向にすこしずつ向かっていけますように。改めてそれぞれの立ち位置を確認できますように。

さまざまな角度から、これまでの経験のすべてを注ぎ込んで皆さんの人生を応援していきたいと思っています。

さて、今週、来週はあまり混んでいないのでお気軽にお問い合わせください。
週末は合宿の為、不在になりますがそれ以外はわりと時間的には余裕がありますよ。

今日は夜空の月がきれいです。月といえば…月夜をみあげて思い出すことがありますね。亡くしてしまった存在との絆を取り戻したい方のお手伝いもしています。(人であれ、ペットであれ…)悲しい思い出がなかなか癒えない方もどうぞ。

今日の徒然:来週の瞑想合宿にむけて

ちょうど一週間前。今日から7日間、毎日、参加者全員のエネルギーを調整します。自分の修行にもなるので、よろこんでやらせてもらっています。ひとりひとりのエネルギーの状態を確かめていると、みんながんばってるなぁというのが、すごく伝わってきます。来週、どんなプログラムを組み立てようか、いろんなイメージが湧いてきますが。まだ日もあるので当日までできるだけ皆さんには、いい状態になってもらいたい。できるだけポイントをしぼって、しっかり結果がでるように取り組んでいます。

もう随分、いろんな人のエネルギーを感じさせてもらってきましたが、改めてこうして遠隔で調整していると、お会いしながらお話をしている時と違って、より客観的に集中して把握できる感じがします。別な角度で、その人の日常の状態や本質の状態を感じ取ってあげられる。これを7日もやれば、当日までに参加者全員の状態はほぼ把握でき、一泊の合宿の間にかなり濃い誘導のプログラムを組み立てられると思います。

短い時間でより集中的に、しっかりした結果を掴んでもらいたい。その為の努力を自分もできるだけ積み上げていきたいと思います。

レイキの指導について今日、思うところです。

レイキを教え始めてもう13年。はやいものです。自然、生徒さんもそれなりの数になりました。ということは、生徒さんのなかにも自立してサロンを持たれる方も現れるようになりました。そうなった時に、思いもよらない悩みを抱えることになってしまいました。生徒さんの生徒さん(つまり孫弟子さん)を、どこまで受けれればよいのか、ということです。人にはさまざまな事情があるので、どうしてもサロンを続けられなくなることもあります。それは仕方のないことなのですが、生徒さんは困ります。そういったところの受け皿として「自分はどうあるべきなのか」ということはすごく考えるんですね。とてもむずかしいと思うのは、不平等なことができない。ひとつOKにすると、他もすべてOKと言わざるを得ないのです。ところが、それでうまくいかないこともたくさんあって、少しずつ条件を定めるようになってきたのです。自分も厳しくなってしまうと、これから先もがんばらなければいけない身だし、がんばって続けてくださっている生徒さんの為にもならない。自分はできるだけ先に行かなくちゃいけない、後戻りはできないんです。

いろんなことを考えながら自分の立ち位置を決めざるを得ないのですが。それでも、やっぱり問題が後から後からでてきます。誰も悪くないし、そもそもレイキを学んだり、教えたりすることの大前提には常におおきな善意があるのですから。それなのに、なんだか残念に思う流れが産まれてきてしまうのは、自分の不徳のいたすところだなぁと思っていました。が、そんなことも言っていられないんですね。誰かが困ったりすることは、できるだけ避けたいと思います。

正直、これでいいというはっきりした方向性があるわけではありません。
それは自分の自信の問題とか、意識の問題ということではなく、そもそも「レイキそのものが誰のものでもない」という、いわばフリーライセンスの技法だからなんです。それなのに、レイキを学ぶこと、教えることに、がちがちのルールをあてはめるのはおかしい。でも、なにか規範がないと困る人も現れる。混乱もさけられない。この悩みって、最近までは私一人のものでしたが、孫弟子さんが増えるなかで、なんとなく共感してくれる生徒さん(教師)も増えてきたかな、と思っています。

この話題は、ほとんど一部の人の内輪ネタなのですが。
なぜ、公開で書いているかというと。私自身のレイキを教えていく基本的な考え方を、実は方向転換をしようとしているからなんです。

本来の伝統的なレイキ(現在、私自身も臼井レイキといって教えているもの)と、一線を画したもの(それをなんと称するのかはさておき)。この2つの技法の二本立てでやっていくのか、新しいレイキを前面にだしてやっていくのか。そのはざまで揺れている状態です。

そうはいっても、日々、どんどん新しい技法が産まれてきます。しかし…悩ましいのは、そのほとんどが「伝統レイキの技法をベースにし、それを発展させているようでいて、ひょっとしたらただ元に戻しているだけかもしれない」という感覚があり、自分は改革をしようとしているのか、古典を復活させようとしているのか、どっちにすすんでいるのかわからないのです。ただ、どちらであるにせよ、大きく広がりを生み出しつつある。それが現実に毎日、私のサロンで起きているのです。それらをいかにひろめ、伝えていけるのかは私自身の考え、意識の問題ではなく、レイキの問題?という言い方はおかしいけれど。宇宙の意識の問題?もっといえば、神様が考えることじゃないかな?というようにすら思うことがあります。もはや自分の手元においといて、どうこうできる技法じゃないな。どんどんおおやけにして、みんなで発展させ、磨いていくようにするしかないな。その原石を自分は提供すればいいんじゃないか。

ここまでは考えはだいたいまとまっています。

が、どういう形にしろ、これを進めていくと、少なからずの混乱が生じます。まずは、これまでレイキを学んでくださった生徒さん、すでに教師として教えはじめている生徒さん、これからはじめて学ぼうとする潜在的な新規の生徒さん、ひいては日本中で、世界中でレイキを実践している人達に、なんらかの影響があります。それを最小限にする為には「一線をひいていく必要がある」と思っています。

どうやって線を引けばいいのか。その形が、方法論が、具体的な手段が、まだ思いつきません。ぼんやり思い描いていますが…。

でも一番、てっとり早いのは、まず教えてみることかな、という気がします。

すでに最近のレイキセミナーは、本来の臼井レイキとはまったく別物になりつつあります。なぜそうなったか、というと、そうせざるを得ないからです。新しいものを教えないと、意味がないからです。ある場面で、もはや伝統(それが西洋式であれ、日本古来のものであれ)的な技法だけでは、役にたてない。それがわかっていて教えることはもうできない。

時代はかわっていく。私達も成長していく。当然、新しい技法が必要とされ、誕生し、進化発展していく。自然の摂理じゃないですか。それを止めることは誰にもできないと思います。

さてさて、どう一線をひいていくかは、少しずつ考えていくとして。とにかく、今、これから学びにこられる方については、常に斬新なものが登場します。最近のセミナーでは「短時間で、即効性がある」ワークをたくさんやっています。めざましい変化を体験できます。これはもっぱらセルフケアについて、です。ヒーリングについては、ヒビキ(病腺と同意)の感じ方をどんどん掘り下げています。それから、解剖学、生理学の知識とリンクさせながら特定の症状にたいして積極的なヒーリングポジションをかなり厳密に指示し、実践してもらっています。それこそ、ミリ単位でこまかくポジションを変えながら練習することもあります。日々、医学の知識も学びとりながら教えてきたので、かなり指導できることが多岐にわたるようになってきました。

できれば、整体、カイロ、各種マッサージ、セラピーを学んでいる方にこそ、レイキを取り入れて実践していただきたいと思っています。

また、カウンセラーや精神的なセラピー、ヒーリングを学びたい方には、個人レッスン(当然、レイキ修了者対象です)でどんどんテクニックを伝えていきたいと思っています。でも、入り口はまずは瞑想ですけれど…。瞑想を日々、しっかりと重ねている方は、土壌ができていきますから。習得も早いですね。

と、かなりとりとめなくなってしまいましたが。これは今日、書いておかねば、とおもったので載せておきます。

2013.8.17 T.SASAGAWA as Reiki Master