今お伝えしたいこと:父性社会は崩壊しはじめました。

私達の意識は、父性と母性でできています。そのうち、父性が行き場を失いはじめています。父性はとても対立しやすく、ネガティブになると、とても攻撃的になります。勝利すると、ものすごく輝きます。父性を支えているのは、母性です。それぞれの家庭のなかにおいても、社会のなかにおいても、これまではこの2つの陰と陽の意識がバランスを保っていました。でも、これからは父性意識が必要とされなくなります。その為、父性意識の強いひとから順番に、バランスが崩れていきます。それを支える役割(母性)が急速に求められ始めています。

私達の身の周りの至るところで、その変化は起き始めています。日々、ニュースに流れる多くの出来事もつきつめれば人のなせること。人がなぜトラブルを引き起こすのかといえば、疲れているからです。もうがんばれない。そういうところまで追い詰められてしまっています。政治も行政も、個々の生き方、考え方に踏み込むことはありません。どうすればいいのか、理性で考えてわかることではないのです。

これからは「こころ」の時代です。感じることを大切にして、行動をしなければいけません。

今お伝えしたいこと:理性から感性の時代へ

日々、世の中での出来事をみるにつけ、もう理性の時代は終わりを告げていると感じます。これからは感性の時代。なんでも理屈でかたづけようとする人、組織、政治には誰もついていかなくなります。感性を大事にできる人こそ、求められる時代です。

感性を磨き、感性を通して人に尽くすというのは、とてもむずかしいことです。なぜなら、そういう感覚を学校で学ぶことができないからです。これまでの日本社会は理性を磨くには最適だったのですが、感性を磨こうと思うと、実はあまり良い学び舎ではありません。日本人は、もともと情感の豊かな、和を大切にする民族でした。でも、その精神はいつの頃からから失われてしまいました。失われた時代に、ものすごくたくさんの抑圧があったのです(もっとも、それは日本だけに限りませんが)。その抑圧を取り払うことも、重要です。それらはもっぱら先祖の意識ですから、潜在的な抑圧ということになります。このことも、またいつか機会があればお話したいとおもいます。

感性を磨く、とてもよい方法は子供と接することですね。彼らはとてもよい先生です。大人は子供からたくさん学びましょう。

今お伝えしたいこと:がんばってはいけない時代に突入したようです

体調をくずす人がこの頃、増えているようです。小さな変調から、かなり深刻なものまで。段階はさまざまだけれど、原因はおそらくひとつ。

がんばらない生き方を実現しなければならない時代に、すでに突入しました。がんばって生きていると、体にでます。病気で倒れてしまわないように、がんばらない生き方をつかみとってください。

一歩先んじてがんばらない生き方ができるようになった人は、がんばって疲れた人を癒してあげてください。自分だけ助かればいいという考え方は変えざるを得なくなっていきます。

今お伝えしたいこと:無力であることを認めることも大切

本当に、時代は大きく方向転換をし始めたと思います。流れが変わっていることを理解できると、地獄のような苦しみから解放されることもあります。

老いや、重い疾患は、避けがたい天変地異のようなもの。いかなる努力を持ってしてもその苦しみ、葛藤から簡単に逃れられません。多くの人がそこで力んでしまいます。背負ってしまう、といってもいい。なにがなんでもがんばるしかないから、力んでしまう。そうするよりないのだから、というのがその時の心持ちだと思います。運命だから、肉親だから、家族だから、私しか支えられる人はいないか…いろいろな表現がありますが、どれも「がんばるしかない」という力みがあります。その結果、自分も疲れ、みんな疲れていきます。

がんばることで魂が磨かれることもあります。逆に「無力な自分を認める」ことで、魂が変化成長を遂げられることもあります。もしも「自分はもはや無力であり、なんの役にも立てない」ことを理解し、受け入れることができれば「なにもする必要もない、なにも考えることすら不要になる」ことがあるのです。当然、力みも抜けます。拍子抜けするぐらい、肩の荷が軽くなることがあります。そして、もっと自分の為に、周囲の為に、意義のある生き方が形にできるようになる。

時に私達は自分本位になりすぎます。そんな時は自我をすっかり捨ててみる。自分を外から見てみる。そして、小さなこだわりを捨ててみる。すると、まったく違う選択があり、そのほうがより自分の為であり皆の為であることに気づくことがあります。

しかし、苦しい時、悩める時、私達はその重さ故に、どうしても客観的になれないものです。そして、そのまま無為に時が過ぎていく…それはすくなからず残念なことです。

レイキについてのコラム:修行の要らない時代

私自身は、ずいぶん苦しい行を積んできた。だから、皆さんには「同じことをさせず」に楽をして、成長をしていただきたい、と願っているのです。

レイキに関しては、難しいもの、しっかり学ばないといけないもの、というイメージをお持ちになっている人が多いかもしれない。一般の方については、「勉強」と思わずに、「厄祓い」のようなものと思って、受講していただければよいのではと思います。受ければ、それなりに楽になる。そういうものだ、と。ここで神道をまっこうから否定しまうような爆弾発言をすると、神主さんのお祓いより、レイキを受講したほうがあきらかに効果があります。実際に、あらゆる面で運気が安定するし、人生の様々な悩み、苦しみが軽減する。そういう結果がはっきりと出ています。しかも「信仰」は一切必要ない。

これだけ書くと、すでに「充分にうさんくさい」わけですが、宗教じゃない。まったく科学的な原理がそこには隠されている。今の科学では解明できないだけ。完全に再現性があるし、どういう変化、効果があるかも予見できる。そして、実際にその変化、効果は起きています。ただし、毎日、すごくシンプルにあることを実践していただいてます(それは人それぞれ少しずつ違うので講習時にお伝えします)。

長い年月、指導をしてきて、あまりがんばらなくても、相当に効果を得られる取り組み方がわかってきました。これからは「楽に、変化や効果をひきよせる」時代です。それでも、人に手当をする実習はちょっと自信がない、というかたは個人レッスンで受講していただけます。

(ただ、レイキ教師になろうと思うと、それなりに自分の資質磨きということが求められるので、やはり相当な努力は必要になってくるかと思います。)

今おつたえしたいこと:男性の多い職場の問題について

JRさんは今、とても苦境にあります。今はじまった事ではなく、少し前にとても悲しい出来事があったことを私達は忘れないほうがいいでしょう。当時の社長さんが行方不明になったという報道をきいた時、私は一生懸命に祈りました。どこでどうしているにせよ、とにかくただ安らかであって欲しいと祈りました。結果はとても残念でした。そんなことがあっても尚、事態は悪化しているようにみえます。

でも、これはJRさんだけの問題ではありません。ほんの氷山の一角。男性が多い、しかも古い歴史のある職場でしたら、どこでも起きている、あるいはこれから起きていくことです。ただ、JRというのは本当にすべての人の生活に影響を及ぼす、文字通りの大動脈なので、まっさきに問題が浮上しやすい。それだけのことです。水面下では、それぞれの身近でさまざまな問題が浮上し、現場は混乱し、そして誰かが疲れ果て、倒れていく。そんなことがすでに起きているし、これからも続いていきます。そうですね、最低でもあと10年から15年はこういった混乱が止まないでしょう。

じゃあどうすればいいのでしょうか。そこをみんなで考えて欲しいのです。なにが起きているのか?誰が悪いのか? そういう方向ではなく。原因を追求し、問題の芽を摘む、そういう考え方ではなく。どこかで誰かが今日も疲れ果て、生きる目的を見失い、倒れていく。そこでなにをすべきか、考えてみる。そんな人達の為に、ひとりひとりがどう動くべきなのかを心で考えてみる。頭で、理性で、常識で考えるのではなく。「内なる気持ちのなかにある、純粋な動機」がどう動きだすのか、あるがままに感じながら、動いてみる。

それができるひとと、できない人でこれからの時代は二分されていきます。生きがいを感じて元気にやっていける人と、混乱のなかで生きる意味を見失い続けていく人に、です。どちらを選ぶか、という自由意思の問題ではなく、時代の強引な流れに二分されていく、ということです。この流れに逆らえる人はいないでしょう。

今お伝えしたいこと:北海道と地球の未来のこと

老い、金銭問題、家庭問題、人間関係、結婚、仕事、人生…すべからくもの事がうまくいかなくて、それらが苦しいとか、不安でいっぱいだということは、そこに向き合う「自らの内に闇がある」ということなのです。人生は学び。苦しい時こそ気づきがある。

しかし、今は個人の問題と社会の問題がものすごく距離が近くなってきました。自分の問題なのか、はたして周囲・社会・環境の問題なのか、定まりにくい。そんな時代のなかで「自らの内」という定義そのものが曖昧です。単に、問題と向き合うだけでは解決できない。だからといって「自分の内側の問題」と向き合うだけでも、やはりすっきりしない。

今、私達の生きる時代は大きく変わってきました。それでいて「自分の内なる意識」と向きあおうとすると、問題が多層化して、とても一人では前進が難しいように思います。

それぞれの内なる問題と、とりまく「家族、環境」という潜在的な問題と、しっかり分けて考えることができるかどうか。そこがとても大事なポイントになってきます。そうすれば、更に「それぞれの人生の理想的な方向性」がみえてきます。

葛藤すべき問題ではない、と気づいた時、つきものがとれたように苦しみは消えます。今、日本の特に北海道に生きる人達の多くが抱えている問題は、そこで苦しんでもあまり学びにはならない、というのが実情です。個々の問題ではなく、もはや全体の問題であり、地球の未来にどうコミットするかという問題提起を神様からつきつけられているからです。

不条理な人間の意識について

人はとても不条理だ。
感情は整理できても、自我すなわち個性は変化し続ける。そこに不条理が産まれる。
けして理屈では割り切れない「意識」が産まれる。

人の心は孤独に弱い。だから、人に認められたり、受け止めてもらいたいものだ。だが、意識はどこまでも我が道を行こうとする。孤立しても、理解されなくても、「自分らしく生きよう」としてしまうものだ。その結果、時には失敗をする、対立もする、侮蔑され、蔑まれ、世界を敵に回すこともあるかもしれない。だが、それは神の与えたもう魂の誇りなのかもしれない。そこに本当の自由があるのではないだろうか。

今日の徒然:最近、気になることあれこれ

サロンを開いてから、というもの世間とリズムがかみあわない感じもあり、それなりに歯がゆい思いをしている。たとえば野球選手の名前はほとんどしらないし、知っているとしても「シンジョーとイチローとダルとゴジラ」とか、「オーとナガシマ」とか。つまりここ十年以上知識が更新されていない(もともとあまり興味もないんだけどね)。世間の皆さんがTVをみている時間帯にこうやってブログを書いているわけだから、仕方ないよね。もっともTVのほとんどの番組に興味がないので特に観たいとは思わない。それでも受信料は国民の義務だと思っているので払っている。観てないけど、払っておこうかなと思えるのは、仲良しだった同級生の父親がNHKアナだったからかもしれない。NHKアナといえば、ここ最近、噛んだり、言いまつがえたりするアナが多くてすごく気になる。いったいどういうことなのか。気になるといえばJRのトラブル続きも困るね。いろんなことが同時に起きているような気がするけれど、人体の神経系になにかが影響を与えているのかもしれない。

そんな日常だけれど、人よりも太陽フレアの影響については詳しいし、いざとなったら皆さんに必要な情報を発信できるように情報収集の日々です。

それにしても世間がアルファベットの「J」を連発しているのがとってもなぞです。

今日の徒然:地蔵菩薩

ご近所をぶらぶら。先週は久しぶりに演奏をしたので、エネルギーバランスがとても特殊な状態になっていた。森のなかを歩いたり、沢沿いを歩いてみながら、すこしずつニュートラルに戻っていく感覚を味わった。帰り道、なにか呼ばれた気がしてふりむいたら…
円山散策20130921

お地蔵さん。

見守ってくれてありがとう。

さて、次のステップへ。