今お伝えしたいこと:無力であることを認めることも大切

本当に、時代は大きく方向転換をし始めたと思います。流れが変わっていることを理解できると、地獄のような苦しみから解放されることもあります。

老いや、重い疾患は、避けがたい天変地異のようなもの。いかなる努力を持ってしてもその苦しみ、葛藤から簡単に逃れられません。多くの人がそこで力んでしまいます。背負ってしまう、といってもいい。なにがなんでもがんばるしかないから、力んでしまう。そうするよりないのだから、というのがその時の心持ちだと思います。運命だから、肉親だから、家族だから、私しか支えられる人はいないか…いろいろな表現がありますが、どれも「がんばるしかない」という力みがあります。その結果、自分も疲れ、みんな疲れていきます。

がんばることで魂が磨かれることもあります。逆に「無力な自分を認める」ことで、魂が変化成長を遂げられることもあります。もしも「自分はもはや無力であり、なんの役にも立てない」ことを理解し、受け入れることができれば「なにもする必要もない、なにも考えることすら不要になる」ことがあるのです。当然、力みも抜けます。拍子抜けするぐらい、肩の荷が軽くなることがあります。そして、もっと自分の為に、周囲の為に、意義のある生き方が形にできるようになる。

時に私達は自分本位になりすぎます。そんな時は自我をすっかり捨ててみる。自分を外から見てみる。そして、小さなこだわりを捨ててみる。すると、まったく違う選択があり、そのほうがより自分の為であり皆の為であることに気づくことがあります。

しかし、苦しい時、悩める時、私達はその重さ故に、どうしても客観的になれないものです。そして、そのまま無為に時が過ぎていく…それはすくなからず残念なことです。