来週(12月2日)以降のご予約状況と、年末年始の予定について

いよいよ12月ですね。光のサロンは12周年を迎えました。あらためて皆様のご支援に心より感謝申し上げます。

さて、来週の予定は掲載のとおりですが少し混み合ってきました。セミナーの予定も幾つかありますので、一般予約受け付けの枠が少なめです。カウンセリングについては1日数件が限界なので、うかうかしているとあっというまに一週間の予定が埋まってしまう、ということがあります。

また、年末年始については12月27日(金)〜1月5日(日)の期間、セミナーや特別プログラムなどを検討中です(決まり次第告知致します)。12月26日までは一般予約を受け付ける予定です(空き日程は順次掲載してきます)。

レイキの講習日程はまだまだ組める日がありますので、お気軽にお申込みください。

※レイキの講習日程は、確定した段階から心身のエネルギーの変化がおき始めます(レイキ・エネルギーは受講が確定した段階から当日にむけて少しずつ流れはじめるので)。そういう関係もあるので、早めに日程を組んで確定させることがスムーズにエネルギーを自分の糧とする大切なポイントです。

空のひとりごと:レイキを学ぶまでの道すじ

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レイキを学ぶと、ものごとがよく見えるようになるんですね。感情的にも、精神的にも、澱(よど)みがなくなります。そうすると、いつも内面が穏やかで静かな状態が保ちやすくなるんです。自然に、内なる自我(魂の意識)が浮上します。自分は本当はこうしたい、こんなふうに生きてみたい、そんな願望がちゃんと芽を出し、成長しはじめます。

ただ、レイキというのは目にみえない力であり、作用なので、そういった技法を身につけ実践していこうとすると、モチベーションを保つ為の最小限の「意識づけ」が必要です。

せっかくカウンセリングにいらしていただいている皆さんについては、是非、レイキを身につける段階まで進んでいって欲しいと個人的には願っているのですが、その為にも「自分の人生とはどうあるべきなんだろう?」という疑問を、それぞれの意識のなかにお持ちになりつづけて欲しいのです。

人それぞれですけれど、そうしていただくことが、結局は人生を豊かにする道だと。私個人は確信しているので…。生きていることの、本当の意味とななんだろう。このシンプルな疑問を日々、たずさえていきませんか。

今おつたえしたいこと:来春にむけて流れを確認するには今がいい時節

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今週〜来週は新月のサイクル。次の新月のサイクルはちょうど年末年始にかかりますので、慌ただしく過ぎてしまうかもしれません。すると、次の新月は1月下旬。ということで、すぐに春先を迎えてしまいます。

もし、2月〜4月頃にかけて生活の流れが変わる可能性がある方は、今からよりよい方向にシフトする取り組みを心がけておくと、ベターな結果を引き寄せやすくなります。たとえば、2月頃に異動があるかもしれない、とか。3月に引っ越すかもしれない、あるいは春頃から新しい人間関係がはじまる、などといった転機は、人生に幾度かやってくることではありますが、転機というのはうまく乗り越えると、けっこう人生の流れにゆとりが持てるようになるのです。逆に、そこで小さくつまづくだけでも、その後の1年の流れがなんだか調子がでないといった事になるおそれもあります。

今週〜来週というタイミングで、人生の流れを確かめておくと、来年の前半をいい流れにできるかもしれません。淡々と日々が過ぎていく、という感じの方も是非、確かめにいらして欲しいと思っています。そういう時に限って案外、いいお話ができることが多いような気がするのです。

空のひとりごと:生命の不思議

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産みの親、という言葉は普通だけれど、「創造の親」という表現はあまりされない。でも、かろうじてピノキオの童話のように、創られた命という概念はわずかながら私達の空想の世界には存在しているみたい。

小さい頃、図鑑かなにかで食虫植物の存在を知った時にかなり衝撃を感じました。だって、不思議すぎるもの…。植物には、目や鼻といった感覚器官がないし、脳もない。神経系というものがないのだから。それなのに、自分の外界に虫が存在することを「知覚」できていて、それを捕まえる「構造」を備えていて、そして消化吸収して自分の生命力に転化するという「能力」をも持っている。どうしてそんな生命体が存在するのか、考えれば考えるほどすべてが謎めいている。実際、現在の自然科学をもってしても、なにひとつ答えを持っていないのだから、自然というのは実に不思議。

不思議、という言葉で片付けてしまうには、この命題は本当に興味深くて、時々考えこんでしまう。なぞなぞを出されて、答えがわからないと、とてもすっきりしない感じ。でも、このなぞなぞの答えは神様しか知らない。それで自分なりの暫定的な答えとして「これは、神様が試行錯誤の末に創りだした生命の形態」だと考えることにした。その時点で、自分のなかには生命体は自然発生して、自然に進化した、という説は完全に否定されることになってしまった。知覚できること、目的をもって機能する構造を備えていること、それらの能力が機能していてしかも生命の連鎖のなかで自然界のなかで自然に繁茂し続けていること…どこからどう考えてもものすごい叡智と能力がなければ存在し得ない。どうすればそんなことが可能なのか想像することすら不可能なレベルで崇高すぎるので、神という概念を人間は創りだしたのだろう。

今、こうして生命活動を行っている自分という命のなかに、無数の不思議がかくされている。生きているだけで不思議。ひとつでも多く、命の不思議を解き明かしたい、生きていることの本当の仕組みを理解したい。そのためには人生って短すぎて、すぐまた生まれ変わってきたくなってしまうだろうなぁ。好奇心だらけで、とまらない…。

空のひとりごと:見えないもの、見えるもの。

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昨日は、カウンセリングのあり方について、ちょっとむずかしいことをつぶやいてしまいました。普段から、あまり難しいことを考えている人間ではないのですが、理屈で考えたり、計算したり、ということもついしてしまう。けれど、ものごとにもっと自然体で、ゆるりと取り組めるようになりたいものです。それは元々そう願っていたし、ちょっとずつ自然体ということに近づいているとは思っているけれど。かつては、そうでもなかったと思います。

ちょっと自分と社会との間に感じるギャップのようなもの、というのはおそらく、これまでの自分の立ち位置がそれなりにブレていたからなのでしょう。サロンはちょうど12年たちました。もう13年目なんです。あと12年がんばると、けっこういい人生の区切りになる気がします。年齢的にも、24年もサロンを持続できたらすごいことだと自分でも思えるでしょう。

12年前は、右も左もわからない状態でした。それなのに、いろいろわかってしまうという感覚だけでお仕事をさせてもらっていました。そうこうしているうちに、スピリチュアルブームがきて、通りすぎていった。あのタイミングでスタートしていなければその大きな波に乗れなかったか、とても苦しかったか、どちらかでしょう。そう考えると、わりと自分の人生、タイミングを逃してはいないような気がします。

でも、ひとつひとつのセッションを振り返ると、やはり未熟だったな、と反省がたくさんあります。今ならもっとしっかり取り組める、という気持ちにもなります。だから、今後の12年をどう取り組んでいくかというと、不十分だった過去の取り組みをきちんとまとめる、というか、取り返すような気持ちも持ちたい。それは皆さんへの恩返し、ということになるのかな。育てていただいてありがとう、だからもっとしっかり取り組んで恩返しをさせてもらいますね。

それで今後はこれまでのようにカウンセリングということだけでなく、広く普通にお話をさせてもらうこともそうだけれど、皆さんのその後をきかせていただく機会だったり、より自然体な生き方を引き寄せられた方には、きちんとこれからの人生をまとめていく(たとえば、けしてカルマを増やさない生き方)方向づけのサポートもできるかと思うのです。

見えない世界のお話をするだけじゃない自分が少し広がってきたんだと思います。生きるってことを、今の自分なら自然体に語れます。みえないものを通してでも、自分なりに見えるものも、両面からお伝えしていきましょう。

今おつたえしたいこと:カウンセリングという言葉について

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この頃、自分の行っているカウンセリングというメニューのあり方について、ちょっと皆さんのイメージとズレがあるのを感じるようになりました。どういうカウンセリングを行っているのか、実態がうまく伝わっていないのだな、と思います。ここは工夫が必要な点であると感じています。

近年、定期的に歯医者にお世話になっているんです。何年もかかりましたが、やっと治療すべき歯がなくなってから定期健診に通っています。(一度だけ小さな虫歯ができていたことがありましたがすぐに完治しました。)

ひととおりの治療が終わってからも、なんどか歯が痛くなりました。ところがどこも悪いところはなく、痛むはずはない…という診察結果でした。それで、自分の体の調整をかなり緻密に行うようになりました。もっぱらレイキの当て方を変えたりして工夫をしたところ、最近ではすっかり歯の状態は安定して、良いバランスを保っています。同時に体全体の調子も少しずつ上向いています。とくに首から上全体は、整ってきた感じもあり、この頃はなんと視力が回復してきました。そんなふうに連鎖的にいろんなことが解きほぐれ、改善に向かっているようです。一箇所が万全だ、と思えることで全体が良くなってきました。

なにを言いたいかというと。

私も、人様の人生の命題と向き合い、応援をさせていただくなかで、トータルでその方の生き方が上向いていくようなサポートができればいいなと思っています。そのことを「カウンセリング」という言葉でくくるのは、なんだか強引なような気がするし、もう少しフィットする表現があるのかもしれません。

私はいつも思うのです。
どんなきっかけであれ、とにかくご来訪いただければ、なにかお手伝いできることがある、と。
(もちろん、お電話でも同じです)

もしかすると、半年に一度とか、そういう定期的なペースで予定を組んでみるのもよいかもしれませんね。どなたか試してみませんか?

私も試行錯誤しながら、皆さんの人生にできるだけ寄り添っていきたい。その為には、どんな工夫だって厭わないつもりです。やる気は日々高まる一方なのです。せっかくこれだけの経験を積ませていただいたのですから。皆さんの為にもっと役立てたいのです。おひとりおひとりに、しっかり寄り添って共に歩んでいきたい。これは光のサロン開設当初から変わらない私のポリシーです。

今おつたえしたいこと:苦労には意味があること

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昨日は講話会でした。命をもって生きるという横軸と、心と意識という縦軸が、日々織りなすドラマが人生を深めていくというお話をしました。そのなかで、過去と向き合うということが少しでてきたので、ちょっと思い出しながら書いています。

過去を整理するお手伝いをしているけれど、自分も過去と向き合うのがとっても苦手。若い頃は、心も体も病んでいたので、どこを切っても苦しい思い出のほうが多いぐらい。けれど、もしも自分が人並み以上に明るくて上向きな性格で、体も頑強であまり苦労せずに生きられたとしたら、ここまでの取り組みはなかったろうしまったく違う生き様になっていたでしょう。

苦しみだけをとりあげて見つめるならば、それはガンのようにしかみえない。けれど、人生が深まってくると(もうそういう年代になってしまったという事ですね)それらがすべて糧になっていくことが、おのずと見えてくるのです。

だから、昨日の講話は、スピリチュアルな観点からのお話というよりは、半世紀を生きたオジサンの上から目線は説法だったかもしれません。いつのまにか、人様に生きるってことはね…という話を、自分の生きた重みとして伝えられる年代になってしまったようです。

それはそれでありかな?と思います。

苦労したことは、きっといつか点と点が結ばれて、意味のあることだったとわかる日がくるものです。それを信じて、あきらめないでいきましょう。

ひとりごと:自分のなかのなぜ?

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科学技術の進化は夢があって素敵です。この技術があれば、クリスタルの結晶に情報を記録できるようになるかもしれないそうです。ホログラフィックメモリー…まだ実現していない技術なのに、そういえばそんなのがどっかにあったな、とか、どっかに埋めといたはず、と思うのはなぜだろう?

今おつたえしたいこと:水に映る影

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中学生の頃に突然、ピアノ音楽に目覚めて、家にピアノもないのにドビッシーの譜面を買った。そのなかの「水に映る影」という前奏曲がとてもお気に入りで、譜面をろくに読めないので、一音ずつ音を拾っていった。森のなかでみつけた宝石がぎっしりつまった宝石箱を、ちょっとずつ開けて、ひとつずつ形や光りぐいあを確かめているような作業だった。原曲をほとんど聴いたことがない。人の演奏に興味はなかったし、そもそも自宅にレコードプレイヤーすらなかったし…。それなのに、突然、譜面を買ってきて、聴いたこともない曲に興味をもって音をひろいはじめていた。

一小節毎に、音のイメージが頭のなかで自由に形になったり、色がついたり、そのうち自由自在に万華鏡のように変化しはじめる。休み時間に音楽室に行って、昨日譜面でみつけた新しい音の動きを鍵盤でためしてみる。そして、音の余韻にしばらく浸ってみる…。そんなことが楽しかった。

その頃に身につけたピアノの音の響きをただ楽しむ感覚が、演奏にあらわれている気がする。そうやって、ただ自分にとって心地よい音の響きが目の前にひろがっていく。それを繰り返しているうちに、今の演奏スタイルができあがっていった。

この世にあるものを、私達はなにひとつ、確信をもって見たり、感じたりしているわけではない。自分がみている色や形を、皆が同じように認識しているとは限らない。私のみる「赤」という色が、隣人がみている「赤」と同じである保証はどこにもない。

この世にあるものが定まるはずもないのは、私達自身が、定まらない存在だから。

でも、確固たるもの、ゆらがないものはきっとどこかにある。

ゆれうごく光をみつめながら、私はいつも、内なるゆらがないものを探し求めているのだと思う。

今おつたえしたいこと:エゴと調和

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調和、気付き、エゴ。人生を通して私達は、人(家族や友人や社会)との調和を実現します。その為に日々の気付きがあります。つぎに自分の立ち位置を見極める為にエゴを改めて探求します。ある程度の段階まで調和の意識が高まっていくと、エゴも強くなる人がいる。強くなりすぎるのも困りますが、ほどほどなら許容される。また、エゴが強くなる段階を通過していかないと、なかなか気付きも得にくく調和に達することができなかったりもします。この3つのステップが人生は順繰りめぐってくるものなのかもしれません。