葉月二日のひとりごと。

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厳しい暑さと極端な雨も通り過ぎ、つかの間の穏やかな晩夏の日がやってきました。近年の天候の異変を考えれば、こういった不安定な自然の表情はどこまで続くのか計り知れないものがあります。不安の要素が多くなると、先がみえない感覚が強まり、私たちの神経はとても疲れやすくなります。北海道民は水分代謝がわりと低めの方が多いようで、神経疲れからくる水分の汚れが原因で、体調がぱっとしないと感じる方が増えています。水分補給、野菜を摂る、スパイスで代謝をあげる、などの工夫で意外に元気になれることもあるので試してください。

さて諸々、近況やご案内など。

今週末は「魂のリトリート」と題した合宿です。2日目はピアノライブです(明日で締め切りです)。どういう演奏になるのか、あまり事前に決めないようにしていますが、イメージの断片はちらほら聞こえているので少しずつ心構えはできつつあります。自分自身も演奏家というより一人のオーディエンスのような感覚で楽しもうと思っています。

9月はいくつかの講座がスタートします。まだお申込みを受け付けているのですが特定の曜日に偏重する傾向があり、悩みどころです。講座の運営は内容もさることながら、クラスが立ち上がるまでが苦労が多いです。通年で講座を続けていれば楽なのはわかっています。半年で打ち切って、その都度新規編成しなくてもいいんでしょう。いい加減にやるのならばそれもありでしょう。でも時代も人も変わっていく、その変わっていく様を見つめながら心のあり方や人としての生き方についてお話しようというのだから、運営の方法も変化し続けてもいいのではないかなと思っています。そうはいっても、だんだん大変になってこのやり方はできなくなるのでしょうね。今期が終わったらまたゼロから考えてみることにします。

そもそも3つぐらい講座をやっていると、もう手を広げられません。でもお伝えしたい事は、他のジャンルにもいろいろあるのですし、いったいどうすれば全てを形にできるのでしょうか? 誰か答えを知っている人がいたら教えてほしいです。

レイキパーソナルレッスンについて
この3月からの取り組みがもう半年過ぎました。成果はすばらしいものがありました。人はここまで変われるんだ、ということを改めて実感しましたし、おかしな言い方ですが自分の能力がこんなに成長していたことに気付かされて驚いてもいます。やっぱり変な言い方ですね、困ったな。でも率直にそう思っているのですから、仕方がありません。でも、変化できる可能性を秘めている皆さんが学びに来てくださるからこそ、私自身に関する気づきもあるわけなので、素晴らしきは皆さんの向上心です。

ただ半年やってみて、これではまだだめだなぁと思うことが多々あり、もっとレッスンのあり方を広げる必要を感じています。レイキという枠ではなく、人生というか魂というかすべてを包括したトレーニングが必要なんだと感じます。10年前には教えていたのに今は封印してしまっていた技法もあるので、そろそろ復活させようと思います。私のなかで温めている技法はいくらでも教えられることがあるような状況になっているのに、日々ますます発展していくばかり。どこまでで完成ということがないのか、はたまたサグラダファミリアにも完成があるのと同じように、これ以上はないという究極があるのならば、そこまで見極めたいとも思います。が、その為にはあと30年ぐらい修行しないと足りないようですし、寿命があるのかな?ということが問題になりますね。今から冷えとストレス対策をしていけば寿命が少しずつ伸びるでしょうから、こころがけておきたいものです。

※葉月二日:旧暦

お詫び>8月は予定が混み合ってしまいました。

なんとなく予感はあったのですが、向こう2週間ほど予定がほぼ一杯になってしまいました。今月は幾つか時間のかかる仕事が重なってしまいました。読みが少し甘かった。

9月にはいると少し落ち着きます。今後は混み合いそうな時期については早目に告知を心がけたいと思います。ご不便をおかけします。

※もし緊急でのご相談が発生しましたらお電話で対応しますので、ひとまずお問い合わせください。

光のサロンの役割、わたしの使命かもと思うこと。

昨日までに、愛し方、愛され方、というメッセージを2本書きました。
このサロンをはじめた当初から「愛」というテーマでたくさんメッセージを書きました。演奏もしてきました。ただし…こっそりやっていました。

なぜなら、怖かったからです。
自分の思いが届くのかな? 受け入れてもらえるのかな? 自分のような半端者が愛はこういうもの、なんて語っていいのかな…といったように、たくさんの不安や怖れがあって、ブログにメッセージを公開するなんて考えもしませんでした。

自分の愛が届くのかどうか、すごく不安で、そして怖かったんです。
裏がえせば、自分の行いがもしも間違っていたら、誰からも愛されないかもしれない。それが一番怖かった。

わたしの場合は「神様から愛されない」ことが一番こわくておそろしい(笑)。
神様に見離されないようするには、無条件で人を愛し続けなければ…そんなふうに考えていたので、ほとんど強迫観念に近いものがありました。
そうなると愛を伝える為に、心が押しつぶされ、緊張とストレスに悩まされることになってしまいます。

幸いなことに皆さんに共感していただけたり、受け入れていただけて今日ここまでがんばってこれました。

ふりかえってみれば長い道のりでした。最近ふと考えてみれば、あまり怖いという感覚がなくなってきました。

先日もある方の個人セッションで、今回書いたメッセージのように「愛するには」「愛されるには」という方向性のワークをやってみました。

愛することも、愛されることも、概念でも理屈でもなく、エネルギー的なワークを通して理想的な意識を持つことができるようになります。愛とはこういうものですよ、と語るだけなら宗教になってしまいます。そうではなく、呼吸法をしてみたり、日々自分の心のケアに意識を配っていただいたり、エネルギー調整を受けてもらったり、いろいろなワークを通して、愛の意識が活性化し、調和に至ります。

もしかしたら、そういう方法をわたしは確立してしまったのかもしれません。これまでは考えたり、努力したりすることでしかたどり着けないと思っていた領域に近づく新たなルートを見出してしまったのでしょう。

であるならば、あとは皆さんをお招きするだけです。愛に満ちた生き方を学びにきてください。そうすればおのずと光輝く存在になれると思います。

(光のサロンってこういう役割を担っているのかもしれないな、と13年も経って、やっと腑に落ちました。)

誰からも愛される生き方

自分は愛されるに値する存在なのかな?とすぐに考えてしまうあなたは、
きっと、愛される為の努力が必要だと思っているでしょう。
皆に迷惑をかけないように、自立した存在でいなければいけないとも思っていることでしょう。
自分にたくさんの条件を課して、疲れてしまっているのではありませんか?

あなたが誰からも愛されるには、なんの努力もいりません。
いますぐ「愛される為の努力」をやめましょう。

あなたに一番、必要なのは「愛されようとして、力んだり、がんばったりしない」生き方を選ぶことです。

それからもうひとつ大切なことは…
人の思いやりや、親切にふれた時に、「受け取れないこと」をけして申し訳なく思わないことです。
もしも「ありがとう」と思えなければ、それはそれで構いません。
誰かが親切にしてくれた時、自然に「うれしく、ありがたく思えた時にだけ」素直にありがとう、と思えればそれでよいのです。

愛される為の努力をやめましょう。
人の優しさに「応えよう」という気づかいもやめましょう。

あなたに必要なのは、無条件で愛され、心から素直にありがとうと思える体験だけなのです。

あなただけの愛し方

あなたには、あなただけの愛し方があります。

愛する努力をやめましょう。
なにも気負うことなく、心はりつめることなく、あなたの優しさはきっと届きます。
常に愛そうとすることをやめましょう。
あなたの心がおだやかに、自然に、思いを伝えたいときだけ、手をさしのべればいいのです。

誰もあなたの愛が小さいなどとジャッジしません。

あなたが元気がなくとも、誰も遠ざけたりしません。

あなたはあなたのままでいい。あなたらしい人の愛し方をみつけてください。

アスペルガーの天才少年のスピーチ

わたしはTEDが好きでよく見てます。
ジェイコブ・バーネットのスピーチとてもいいですよ。

彼が彼自身について語っていることのすべてがわたしにもあてはまります。小さい頃、じっと空間をみつめていたところなんてほんとうに同じです。もしあの頃、わたしの両親がもっと心配性で今のような時代に都会に住んでいたら、間違いなくわたしはなんらかのレッテルを貼られていたに違いないでしょう。もっとも、そのほうがわたしも両親も、楽に生きられたかもしれませんが。わたしの少年時代にはわたしと母に霊的な障害と、弟の先天性の身体の問題が日常で、とてもわたしの発達障がいにまで手が回らなかったというのが現実です。アスペルガーの人は、このようなキャラクターの人が多いのではないかと思います。わたしの頭のなかは、いつも幾何学模様で埋め尽くされていて、人の悩みをききながら幾何の問題を解いています。わたしにとっては、人の感情も意識も運勢も幾何学なんです。前世の情報は映画のように頭のなかのスクリーンに写ります。霊界からのメッセージは表情とエネルギーで伝わってきます。それはまさしく優しいショパンのノクターンのメロディのように感じます。子供の頃からずっとそうだったのです。そして今は自分が見えるもと感じるものの意味がわかり(しかも人の為に役立てることができる!)安心して生きていられます。

もっともわたしは彼ほどIQは高くないと思いますけどね。

集中ヒーリングトレーニングです。

道外から勉強に生徒さんの為に、ここ数日びっしりヒーリングのトレーニングが続いています。今日もとても深いレクチャーになりました。

レイキのヒーリングにおいては、まず肉体と感情のヒーリングを学びます。元来は、肉体のヒーリングの為のものでした。現代のレイキは感情の癒しも比重が高くなっています。その段階を終えると、次は心のヒーリングへと進みます。心はさまざまな闇を抱えています。レイキの技法だけでなく、カウンセリングや様々なセラピーの技法も併用することになります。そして最終的には、人生のヒーリングといいましょうか、生き方そのものにタッチしていく段階にはいっていきます。そうなると生きるとは、というテーマで哲学を語るようなディスカッションも必要です。

私たちは言葉によって気づき、学びます。お互いに言葉を交わしながら、レイキを軸にしてヒーラーとクライアントがお互いを磨きあっていきます。

レイキはシンプルな技法です。

でもレイキヒーラーの手は「ひかりの手」となり相手を癒します。肉体も、感情も、心も、精神も。すべてを整えます。それが気づきにつながり、深い癒しにつながっていきます。

レイキを学ぶのに学歴も経歴も必要ありません。誰でも学べます。今回のレッスンでも使っているテクニックはとてもシンプルで、ほとんどレベル1の枠のなかで完結できています。レイキのすべてのステップを学ばないと「ひかりの手」を得られないということはありません。誰でも学びたい人、癒やしたい人なら「ひかりの手」を持つことができます。

多くの人の手にひかりが宿りますように…。
ひかりの輪がどこまでも広がりゆきますように…。
たたかいがすべておわりますように…。
皆があたりまえの平和でおだやかに暮らせる時代になりますように…。

※さて、残り少ない夏休み。皆さんどうぞ楽しんでくださいね。

過ぎゆく夏を思う。

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お盆ですね。帰省中の方、道中気をつけて。冷たいものを食べ過ぎないようにしてくださいね。

それぞれの夏休みが充実したものでありますように。

サロンはおかげさまで、なにかと多忙にさせていただいています。
私の夏休みは神様に預けてあります。いつかお休みをいただける日まで楽しみにとっておくことにします。

いろいろなことをお待たせしてしまい、いつも申し訳ないと思っています。
でも考えてみれば一人力しかないのだから、手が回らないとしても当然なのですけど。
それでもお待たせしていることには違いないのだから、やっぱりごめんなさいと思っています。

いろいろな方から気を使っていただくこともあります。ひとつひとつがお気持ちが有り難いです。とても励みになります。お気持ちだけで十分満たされています。
わたしなんかよりも、ずっと辛い方や、継続的にサポートが必要な方がたくさんいらっしゃいます。その人達の為にも、わたしは日々、自分に居るべき場所に居続けることが大事なんです。それがわたしのたったひとつの役目ですし、望んだ結果なので、なんにも苦しくありません。

わたしの時間は皆さんの為のものなのだし、それだけでわたしはいつも幸せいっぱいです。

今日できることを、できるだけ、ちょっとずつ進めていくことぐらいしかできないのですが。今日もがんばっていきましょう。

今月末開催の「魂のリトリート(Spiritual Summer Retreat2014)」はこんな方におすすめです。

何度か告知の通り、今月末は8月30日、31日の2日間で「魂のリトリート」、宿泊セミナーを開催します。

自分にとってどんな意義があるのかな?と思っている方もいらっしゃると思うので、少し具体的にこのセミナーの方向性について、参加してくださった方にとってのメリットなどを書いてみたいと思います。

それぞれの霊性がどんな個性を持っているのか、多くの方は気づけていなかったり、あまり深く感じ取れていなかったりするものです。それぐらいこの現実の世界ではとらわれたり、流されたりしやすいものです。

でもアートを通して自由な表現する時、私たちの霊性はとても活性化します。アートというのは、自由気ままな表現、ということです。
お弁当を作るお母さんなら、ふと思い立って海苔をきざんて顔を書いてみたくなったりします。そんな時はとても気分が高揚してうきうきするものです。
年賀状を手書きする人なら、いったん書き出してしまうとどんどん楽しくて没頭してしまいます。
唄がすきな人は、唄っていると至福感に満たされて充実感を味わいます。

誰にでも自由な気分で気ままに過ごしている時の高揚感というのがあります。そんな時に霊性はすごく元気になっています。現実のとらわれも薄まり、なにかできそうな気がしています。

でも、数分後には我にかえって、こんなことをしている場合じゃない、やることをやらなきゃ…と現実モードに戻ってしまう。
このギャップが大きければ大きいほど、霊性とのつながりは弱くなり、現実に翻弄されている感覚が増してしまいます。

このセミナーでは、参加者それぞれの霊性がどんな個性を持っているのかをできるだけ感じ取っていただこうと思っています。
合宿の参加者の為だけのプログラムのなかに「ひとりひとりの霊性」をわたしが感じ取ってあげて、それをなんらかの手段でお伝えしていくパートがあります。それはその人に合わせて手段になるので、事前になにをやるかは未定ですが。ある方には「演奏」を通してお伝えしようと思っています。合宿に参加した人だけの演奏会も用意があります。(なにせ2日間、スタジオを借りきっているので…)

この合宿セミナーを通して、参加者は自分の霊性がどんな個性をもっているのかを少しずつ理解できるようになるでしょう。自分の霊性を感じ取ることは人生を「たしかに自分らしく生きている」と感じる為の必須のエッセンスとなります。人に流されず、自然体で、柔軟に、充実した人生をおくれるようになります。

少人数の合宿という形だからできることです。

これは日常のストレスを解放する為だけのセミナーではありません。単なる音楽会でもありません。

皆さんの人生が、より充実したものになる可能性を飛躍的に高められる素敵な機会となるでしょう。

いかがですか。どなたでもご参加いただけます。お気軽にどうぞ。
(尚、定員まではまだまだ余裕があります。)

札幌市発行の発達障がいに関する冊子がありますので是非ご覧ください。

札幌市発達障がい支援のページに、冊子「虎の巻」シリーズが公開されているのですが、印刷物については5万部以上配布されたのだそうです。PDFで自由に閲覧できます。

発達障がいは、きわだった個性を持っている人達があまりに周囲から理解を得られず孤立してしまい、社会が取り扱いに困ったあげくに一方的に貼ってしまったレッテルだと思います。その是非はともかく、どのような手段であれ、孤立している人達が理解されやすい時代の流れができつつあることは、すごく嬉しく思っています。

どの項目をみても、わたし個人は子供時代からずっと感じていた事なので、こんなふうに図解でわかりやすく説明してもらえると、「理解されない側」の人間にとっては本当に有り難い恩恵になるのは間違いありません。

もう人生半分以上過ぎて、今さら自分の孤立感を理解して欲しいだのと思うこともなくなりましたし、今となってはただ、これまで以上に皆さんの支援がしていければいいな、と。ひたすらそれだけを願っています。

わたしの中では元々、人には上下もないし種別もないしレッテルを貼る必要などなく、ただ人はみな違うということだけがわかっていました。言葉が通じなくても立場が違っても、その人の個性を感じ取ってあげる感受性をわたしは持ってうまれました。それがわたしの個性であり、おそらく唯一存在する意義なのです。

自分の持ってうまれた感受性が、どこまで正しくて、どこまで深くその人を感じ取ってあげられるのか…。自分の可能性、限界点を模索するがあまり、わたし自身は人と心通わせるということをすっかり放棄して生きてきた気がします。少年時代のわたしは精神的には完全に引きこもり、人に対して完全に心を閉ざしていました。自分が何者なのか、どこから来たのか、なにを目指して生きればいいのか、毎日そればかり探し求めていた気がします。あまりにも日々考えごとばかりで疲れるので、音楽に興味をもち少しずつピアノを自分勝手に奏でるようになってからそれが唯一の心が安心できる時間になったのです。次にパソコンに出会い、プログラムを通して自由に操ることができ、そこから自分のイメージを人に伝えられる可能性を見出してからは、心が高まり、ひたすら没頭しました。これなら自分にも「なにかできるかもしれない」と初めて実感がもてたのです。なんとかその仕事につくことができとても充実した時期を過ごすことができました。

ずいぶん時代もかわり、発達障がいは病気でもないし異常でもなく、個性なんだと言ってもはばからない時代がとうとうやってきました。やっと少しは生きていてもいいかな?と思える時代になったと感じます。

そのせいか、最近は緊張感が少し減ってきました。どこにでも自由に出かけていいのかもしれないなぁぐらいには思います。自由に出歩ける、というのは素晴らしいことです。

できればすべての人に読んでいただきたい。とくに日本の皆さんには是非とも読んでいただきたい。その比重が多いか少ないかの違いはあってもこういった要素は誰にでもあります。

発達障がいという個性を持った人、そういうお子さんを持って苦心している親御さんもすごく多いので、その為の支援の集いもできれば企画したい。それに割ける時間を神様が与えてくださるなら。