新規のヒーリングのご依頼について(ご紹介いただける場合のお願いです)

はじめての方からヒーリングのご依頼をいただくことが増えてきました。
いまだもってヒーリングをメニューとしてきちんと出していないので、ご紹介の方を通してご相談いただいてます。ご紹介くださった皆様、ありがとうございます。

ただ、個人的な事情によってちょっと危機感を感じています。潜在的にヒーリングを受けたい人はたくさんいらっしゃるだろう、ということと、いまだあまり多くの方をご依頼をお引き受けすることはできない状況のアンバランスがあります。長年教えてきていますけど、プロとして開業できた人はほんとうに少ないのです。それだけヒーリングだけで生計を立てるということは非常に難しいのですね。かといってまったくビジネスにならないというわけでもない。地道にやっていけば自然と広がっていく。元来そういうものですし、それ以外に道はないかと思います。が、遠くてそれなりに険しくて地道すぎて大変なんです。こんなこと書くと、誰もやりたがらなくなってしまうかな。でも本当なので飾ることはできません。ヒーリングって本当に地道な仕事です。もしこれでカウンセリングをしないでヒーリングだけと考えると、わたしの場合は、それだけではとてもやれないなあと思うのです。根がずぼらだし、地道なことがさほど得意ではないので…。
問題を究明して解決することが大好きな性分なので、もし医学で治らないものが治るのなら是非取り組みたいし、そのからくりも解き明かしたい。私にとってレイキヒーリングは、まったくオカルトでも不思議現象でもなくて、あくまでも科学です。現象の背後には原理があるはずなので、それを探求するのは面白い。レイキにも限界はあるので、すべての疾病を治せるとは言いませんが、レイキだけで相当改善することもたくさんあります。慢性化していない心身の不調和でしたら、本当によくなります。
ただ、難しいと感じるのはお医者さんからも簡単ではないと診断されている方です。それなりに原因が蓄積されていることが多いので、時間がかかります。それに幾つもの原因が重なっている場合もあるので、そうなると更に難しい。

病気が改善するには、ご本人の心がけも大事ですし、場合によっては人生の方向性そのものを見つめなおしていただく必要があります。それはカウンセリングの領域になります。

というように私の場合は、ヒーリングをさせていただく上でカウンセリングは必要不可欠といっていい取り組みなので、両方をバランスよく受けていただきたいんです。

前置きが長くなっちゃいましたが、タイトルにあるお願いというのは、新規のお客様をご紹介くださる場合にどなた様にも、まずは「カウンセリングを受けるように」お薦めしていただきたいんですね。
ヒーリングにいらっしゃる方も原因が心のほうにあるということがわかると、結局カウンセリングも、ということになる場合がほとんどなのです。
まずはヒーリングだけしてもらいたいという方もいらっしゃるのですが、私としては本意ではありません。わがままかもしれませんけどご配慮いただけると助かります。

2015年、春もきたことだしそろそろ加速していこうと思います

今年はなにをやろうか、やれるのかをいろいろ考えています。

方針として、ひとつ。多くの皆さんにまずお伝えしておきたいのは、体や心のストレスや不調和については個々にご相談にきてくださいね。しっかり取り組み、結果をだしていきましょう。これについてはマンツーマンでの取り組みが最善だし、もっと速く結果がでることがわかってきましたので。今年はしっかり個別の「癒し」や「リトリート」を実現させていこうかと思います。つまり何度も通ってくださいね、ということです。結局、それが最短の道です。

今年はリトリート的な方向性のグループセミナー(合宿を含めて)をどれだけやれるのか、今のところまだわかりません。ある程度パブリックな形のものは、音楽会に集約していくことになるのかもしれません。では、メッセージ的なものは講話会? セミナー? そこについては、まだ模索中ですが、これまでの形ではちょっと納得できていないんですね。より多くの人に公平にきちんとメッセージを届ける方法がないものか考えているところです。今年も試行錯誤が続きそうです。

合宿については、少人数の方しか参加していただけないのですが、やるからにはどんどんレベルをあげていこうと思います。それなりの内容のものを出していきます。4月に今年最初の合宿を計画しています。

諸々、亀の歩みですがよろしくお願いします。

今日の雑記

今月は全然ブログが更新できていませんが、日々地道にいろんなことに取り組んでいます。散歩も含めて(笑)ソーシャルなメディアも形態がシフトしつつあるようで、ブログってものが形になった時に、いちはやくとびついてあらゆるブログサービスを片っ端から試していました。あれから幾歳月…。やっとブログではない次の波がきているのかもしれないな。どう移り変わっていのかは、流れにゆだねるとして。ひとまず今日は今日、やるべきことにひたすら取り組むだけです。明日は少し荒れるようです。遠方からの方はどうぞ気をつけて。お近くの方も、足元が悪いですからゆっくりいらしてください。

「はずかしい、みっともない」という意識こそが大敵

ご相談者さんが開口一番「おはずかしい話なのですが…」と言いにくそうに切り出すことが少なくないです。身内の恥は他人にさらすものではないという感覚を日本人は比較的強く持っているかもしれませんね。他人に相談することで正しい判断や選択ができるようになることが多いですから、相談する勇気をもてたことを誇りにしていただきたいと思います。

外聞を気にしすぎることで、大切なことを見失いがちです。行く末を考えて、なにが最善なのか、よりベターなのかと冷静に分析していくと、当座の「恥ずかしい、みっともない」行いも、小さく思えるようになるものです。

※ところで「みっともない」は標準語なのか?(自分自身の標準言語感覚にあまり自信がない)と気になったので、調べてみましたら普通に辞書に載っているようです。よかった。

光の手当て

昨年は、あらためて「手をあてる」ということに専念してみました。癒しが起きるのならば起きるだろうと、気負わず自然体で取り組んでみました。ご病気やケガや家庭不和など人生の重大局面を乗り越えるお手伝いをさせていただくご縁をいただきまして、皆さん無事に峠は越えられました。結果がでてよかったです。私の取り組みが結実した事に安心しているのではありません。人生の難局を乗り越えられた方の表情をみていると、本当に穏やかなんです。おかげさまで一緒に癒やされた気分にさせていただけました。有り難いことです。ご相談いただけたことに感謝あるのみです。

今年も難しいご病気の方や、心身ともにお疲れの方などからご依頼をいただき、取り組みが始まりました。治るものならば自然に治っていくかと思います。ただひたすら光の導きを信じて手当てをさせていただくだけです。

時代は光を求めている

久しぶりに聖書をひっぱりだして、マルコによる福音書の16章16節から18節を眺めていて、若い頃はあまりに遠くてぼんやりしていたものが、少し明確に見えてきたような気がしています。単純に、時代が闇におおわれていて、より強く光を求め始めているのでしょう。

信じて洗礼を受ける者は救われるが、信じない者は滅びの宣告を受ける。

信じる者には次のようなしるしが伴う。彼らはわたしの名によって悪霊を追い出し、新しい言葉を語る。

手で蛇をつかみ、また、毒を飲んでも決して害を受けず、病人に手を置けば治る。」

この聖書の一節について思うことは多々あるのですが公開したくないので、こっそりとお伝えしていこうと思っています。メーリングリストかメルマガで書くかもしれません。ただメールが配信されないことがあるという致命的な技術的問題も抱えていて、難しいなと。伝えたいと思うけれど、その手段があるような、まだ手にしていないような状況でどうすればいいんですかね。まあ届いたらラッキーという感じでしょうか。

立春ですね

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気づいたら立春を過ぎていました。春の訪れとともに、なんとなく眠気を感じてしまうここ数日の陽気とはうらはらに、世間はなんともいえない空気が満ちているような気がします。

さて、日差しも日々高くなり、日中などは空をみあげると本当に春が近づいているのを感じさせられます。新しい始まりのサイクルを心も体も感じている方も多いのではないでしょうか。これまでの流れを整理したり、新しい取り組みへの準備をしたい方など、あらゆるご相談を心よりお待ち申し上げております。
土日は基本的にご予約対応をお休みなのですが、月曜の予約が空いている時などは前日までに返信をしています。来週はあまり混み合っていませんので、今日明日ご予約の方には速やかに対応させていただきます。