疑い深いのもどうか、と思う自分の性格について。

この世の現象すべてに疑問をもつタイプです。ということは、世にでまわっている情報も容易には信用していないところがあります。そんな私の性格は、たしかに真理の探求には向いているのかもしれません。どこまでいっても不完全なものを、できるだけ完全な形に整えていきましょうという取り組みにはあっている。ところが、それ故に些細なことでとんでもなく時間をとられることも多い。そしてそれが「まったくの徒労に終わる」なんてことも日常茶飯事です。

容易に人を信用しない故に、よく人を巻き込んで騒動を起こしたりします。どうも持って生まれた資質なので、自分でもそこは変えられない…。先日も、新しく試用していた会計システム、どうしても端数があわない。一晩悩んで、これはシステムに問題があるのではないか(もちろんそんな言い方はしません、大人なので)と疑いはじめ、センターに問い合わせメールを送り、詳細なデータを送って検証してもらうべく手間暇かけてデータを切り出して整形していましたら、自分の単純な計算ミスが見つけてとても恥ずかしい思いをしました。

といったように納得できないとそこから次に進めなくなるし、てこでも動かないし、殻に閉じこもるし、このやっかい極まりない性格故に随分と苦労も多いわけなんです。でも、だからこそ人のお役にたてる場面もあるわけで、長所と短所って足して2でわると多分ゼロになる…はずなんですけどね。どうなりますやら寿命がきた時の精算時にご確認いただけます、というお話でした。

自分は損な性格だと思っている方いらっしゃいましたら、意地でも長生きをしないと…。いつどこで自分にしかできない役割がふってわいてこないとも限らないのですから。人生、生きてこそ、でもありますね。