水無月十二日の雑記:生涯を通して健全に生きましょう

めずらしい形の雲をみあげながら、午後の札幌の街を歩いていました。どの季節も、この町並みが好きです。過去も、現在も、そして未来も、たくさんの人を魅了しつづける街であってほしいと願ってます。

今日は午前中、レイキのレッスンでした。数ヶ月にわたるレッスンが終わり節目をむかえた生徒さん、来月は海外に出発です。新たな門出を前にして抜群に健全な状態に回復されました。レッスン開始前は、肉体的にも精神的にもいろいろな問題を抱えておられ、医師には手術をすすめられるほどの状態でもありました。今日は、そんな話しもとっくに過去のもの。もうどこも悪いところは見当たりませんでした。

つい先日も、別の相談者さんが手に力がはいらないとご相談にみえまして、1時間のレイキヒーリングを施しましたが2週間後にはだいぶ回復していました。

レイキは上手に行うと劇的な(時に奇跡的な)回復をみせることがあります。もちろんここに至るまでには、長年の研鑽と経験があってこそなので誰がやっても同じ結果になるとは言えません。でも私は確実に結果が出せるまでになりました。これからは、この技術をより多くの人に伝えていく工夫をしていこうと思っています。

レイキを実践していただければ、多くの方が病気の不安から解放されますし、実際にさまざまな症状が緩和したり、改善しています。その実例はもう枚挙にいとまがないほどになりました。しかし結果を出すためには、個々の状態を正確に把握する必要があります。そこに長年の経験と直感力が必要とされるのです。

日本はますます高齢化社会に突入します。その一方で健康寿命は定年後、男性は6年、女性でも9年というデータがあります。なんということでしょう。ほとんどの老人が介護や医療のお世話になっているのが現実です。社会に対して依存せず、できるだけ自立して人生を全うすることが、霊的な進化成長の為にも大切なことです。スピリチュアルな生き方を確実に形にしよう、結果をだしていこうという方にとって、人生の晩年で心身の状態を健全に保ちつづけることがとても重要なポイントなので、その為の準備をしっかりと日々整えていっていただきたいと願っています。最善をつくして皆さんの心身の改善をサポートしてまいります。
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水無月七日の雑記

二十四節気は明日から大暑なんですが、大暑の次は立秋なんですよね。つまり夏は夏でも、今はすでに晩夏の中間ぐらいの時期にあたるわけです。すこし疲れもでやすい時期ですので、栄養と水分補給としっかり休息をとるようにこころがけてくださいね。
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本日の円山公園。天気もぱっとしないので公園の主が不在であるかのように閑散としていて寂しい風景でした。

皐月二十八日の雑記:学び、選択し、前進すること。

今月も晦日が近づいてきた(旧暦感覚)。この新月はあまり流れが変わらないなぁなんて思っていたのも、ついさっきまで。なにかが堰を切ったようにに動き出して、怒涛のごとく流れが変わっていくような、いや、やっぱり変わらないような…。なんというか著しく「静と動」が極端に対峙しつつも共存しているような感覚にとらわれてます。

そういえば天候も、はげしく暑いような、妙に寒いような…。なんとも極端な天候です。政治も、人の心も、宇宙のリズムも、なにか混沌の渦にいっぺんに巻き込まれているかのような感じすら覚えます。

昨日は午前、午後と2週間前のワークショップの続きともいえるような特別なセミナーでした。これからの時代をいかに生きるべきか、直球ストレートな答えを受講者の皆さんにつきつけつつ、でもあなた次第だから、と思い切り突き放すかのような内容になってしまいました。自分に必要なものと不要なものを見極める智慧がすごく大事。これからは一人一人が自分の人生をしっかり掘り下げることになっていくでしょう。ものごとをどう見極めていけばよいのか、その見極め方を学びましょうね。学べば自分の足で前進できるようになります。
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皐月二十一日の雑記:『その昔この広い北海道は,私たちの先祖の自由の天地でありました』

この書き出しは幸恵さんが人生をかけて残していったアイヌ神謡集の序文、冒頭の部分です。

私が北海道をすごく好きになったのは、この土地に生まれたからでも良い仕事やご縁に恵まれたからでもなく、神々が創造した美しさに満ちていることに気づいたからです。そしてそのことを古来から知っていて大切に育んで後世に残そうとしていた先住民族の精神性に触れ、私達が犯した愚かな行いを悔いたのは、幸恵さんのこの序文を読んだ時でした。

私は英語は好きですが外来語は嫌いです。日本人なんだから日本語を使いたい。日本人としての誇りを持ち続けたいから。でもこの言葉だけは英語にしかありません。それは”commit”という表現です。最近は政治家がよく使うようですが無責任な人達が使っていい言葉ではありません。人が「勇気と誇りをもって、ある目的を実行すると宣言すること」がこのcommitが内包している意味です。

私は故・萱野茂さんにお会いした時に、アイヌ民族に対して日本人がしてきた行いの罪深さを深く理解しました。アイヌと和人の歴史を認識し、それにたいして自分がどうコミット(”commit”)するか、答えを探し始めました。それが自分のアイデンティティを確立する為に必要な行いだと思ったからです。

私はアイヌの文化と精神性を心から尊敬し大切に思っています。できれば彼らと同じレベルで北海道の自然を愛し大切にしていきたい。そう自分の人生に対して誰に言うでもなくコミットし続けてきました。これからも生きている限り続けます。私が私らしく生きる為に。私自身の誇りにおいて。

また、まだお読みになったことがない方のために知里幸恵著「アイヌ神謡集」の序文を以下に引用いたします。

 その昔この広い北海道は,私たちの先祖の自由の天地でありました.天真爛漫な稚児の様に,美しい大自然に抱擁されてのんびりと楽しく生活していた彼等は,真に自然の寵児,なんという幸福な人だちであったでしょう.
 冬の陸には林野をおおう深雪を蹴って,天地を凍らす寒気を物ともせず山又山をふみ越えて熊を狩り,夏の海には涼風泳ぐみどりの波,白い鴎の歌を友に木の葉の様な小舟を浮べてひねもす魚を漁り,花咲く春は軟らかな陽の光を浴びて,永久に囀さえずる小鳥と共に歌い暮して蕗ふきとり蓬よもぎ摘み,紅葉の秋は野分に穂揃うすすきをわけて,宵まで鮭とる篝かがりも消え,谷間に友呼ぶ鹿の音を外に,円まどかな月に夢を結ぶ.嗚呼なんという楽しい生活でしょう.平和の境,それも今は昔,夢は破れて幾十年,この地は急速な変転をなし,山野は村に,村は町にと次第々々に開けてゆく.
 太古ながらの自然の姿も何時の間にか影薄れて,野辺に山辺に嬉々として暮していた多くの民の行方も亦いずこ.僅かに残る私たち同族は,進みゆく世のさまにただ驚きの眼をみはるばかり.しかもその眼からは一挙一動宗教的感念に支配されていた昔の人の美しい魂の輝きは失われて,不安に充ち不平に燃え,鈍りくらんで行手も見わかず,よその御慈悲にすがらねばならぬ,あさましい姿,おお亡びゆくもの……それは今の私たちの名,なんという悲しい名前を私たちは持っているのでしょう.
 その昔,幸福な私たちの先祖は,自分のこの郷土が末にこうした惨めなありさまに変ろうなどとは,露ほども想像し得なかったのでありましょう.
 時は絶えず流れる,世は限りなく進展してゆく.激しい競争場裡に敗残の醜をさらしている今の私たちの中からも,いつかは,二人三人でも強いものが出て来たら,進みゆく世と歩をならべる日も,やがては来ましょう.それはほんとうに私たちの切なる望み,明暮あけくれ祈っている事で御座います.
 けれど……愛する私たちの先祖が起伏す日頃互いに意を通ずる為に用いた多くの言語,言い古し,残し伝えた多くの美しい言葉,それらのものもみんな果敢なく,亡びゆく弱きものと共に消失せてしまうのでしょうか.おおそれはあまりにいたましい名残惜しい事で御座います.
 アイヌに生れアイヌ語の中に生いたった私は,雨の宵,雪の夜,暇ある毎に打集って私たちの先祖が語り興じたいろいろな物語の中極く小さな話の一つ二つを拙ない筆に書連ねました.
 私たちを知って下さる多くの方に読んでいただく事が出来ますならば,私は,私たちの同族祖先と共にほんとうに無限の喜び,無上の幸福に存じます.

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(この大切な北海道と愛すべき先住民を、心から敬愛し続けていきます。)

皐月二十日の雑記:変わったものと変わらないもの

サロンも、もうすぐ15年目というサイクルにはいります。
開業する前からのお客さんもいて、そんな人達とはもう15年以上の長いお付き合いをさせていただいてます。先日のコンサートでも旧知の方もたくさんきていただけて、出会った頃となにも変わらないつながりって、有り難いなぁと嬉しい気持ちでいっぱいになりました。

ヒーリングとカウンセリングを長年続けてきたおかげでしょうか、音楽的な表現も「それなり」に深まってきたのかなと自分では思っていますが運営全体では準備不足だったり、当日のだんどりがスムーズではなかったり、反省もたくさんあります。こういうイベントは何度やっても最善ということはないものですね。ご不便をおかけした部分はお詫びします。

そんな光のサロンですがメニューはあいかわらずカウンセリングとレイキ(ヒーリングと講習)の2本立て。時々その他のセミナーやイベントを催すという感じです。ずっとそんなスタイルなので、これからもあまり大きく変わることはないのかもしれません。「基本」はなにも変わっていない、ということは自分の強みでもあるのかな?とも思います。

私自身、いつも心がけているのは、10年、15年経とうと変わらない心がまえで皆さんをお迎えすることです。セッションの記録もすべてパソコンのなかに入ってますし長い年月のギャップを意識することはありません。

もし皆さんが5年あるいは10年(あるいはそれ以上)経ったことで、敷居を高く感じておられるのならば、もしかするとそれはお互いの加齢による「なにか」が増えたり減ったりしたことが気になるだけなのかも? 私自身も体重は運動不足でそれなりに増えたし加齢に逆らえない変化はありますよ(こっそり努力してますが、自然の摂理にだけは逆らえないのです)。

でも気持ちの部分はなにも変わらない。たしかに年々カウンセリング、ヒーリングの経験も深まり技術的な研鑽も積んでいるので昔にくらべればよりブレのないしっかりしたお手伝いができるようになりました。でも、それはご来訪くださったすべての方達とのご縁があってこそ、ここまでこれたのですから。「どれぐらい進化したか」確認しに来ていただきたいですし、「変わった部分(もっぱら外見?)」と「なにも変わってない部分」をぜひ確かめにいらしてください。

いつでもお待ちしてます。
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