鎮魂の行をはじめるにあたって

明日からいよいよ7日間祈ります。ここでひとつお願い・・・というより、コメントしておきたいのは、祈りは強制されてするものではなく、素直な気持ちをシンプルにむければよいものだと思います。参加するかどうかはもちろん、その形や方法は皆さんそれぞれの信念や感覚に従っていただければ幸いです。

多くの人に聞いてほしいから放送するのではなく、もしお一人でも共に祈りたいという方がいれば自分の音楽をどうぞ利用していただければと思うからです。また祈りの力は共に祈ることによって強まると思います。その為にも、もし可能なら同じ時間帯にキャンドルをつけて祈っていてください。

音楽を流しながらこちらでもあらん限りの祈りを捧げます。

また、この7日間をむかえるにあたって、今日までのいきさつを少し書いておきたいと思います。自分の決心を改める為にも、またなにか皆さんのお気持の整理の為にもなるのかもしれないので。

長いので、読む読まないはもちろん各自の判断でお願いいたします。

はじまり。
そもそも私の音楽はどこからくるのか。小さい頃から「それは普通のこと」だと思っていましたが、成長するにつれ、幻聴?気のせい?と困惑の種になり、なかった事にしていました。ぼんやり(生来、親が病気か?と心配するほどぼんやりとしている事が多い子供時代でした)していると、ふと聞こえているのです。音楽が…。ほとんどの場合、それは交響曲のような響きでしたが、時には教会にひびくオルガンの音色だったりもしました。ただ、どれも本当に美しく荘厳な調べだったのです。小さい頃はどこかで耳にした音楽がふと思い出されているだけなのだろう、と気にもとめていませんでしたが、次第に「聞いたことがあるはずがない」ときづき、あまり気に止めないようにしました。それでなくても霊感があったので、普通の人には見えないものがみえている自分を封じると共に、音楽が聞こえたいたことも忘れてしまいました。

青年期にはいるとなぜか音楽に対する好奇心は高まる一方で、ジャズに傾倒しました。即興演奏にのめり込み、キーボードやピアノを必死で弾いたり練習したりするも目が出ず、音楽への道は20代であきらめました。それから20代は霊感は封じられたまま、パニック障害などに苦しみつつもなんとか生きていくのですが、30代前半からは霊感がよみがえってしまい命がけの修行が始まります。数年後に霊感も落ち着き、ほどほど霊力も身についたところで、なぜか音楽を再開したくなりました。何度かコンサートを開いたり、CDを作ったりしました(98年頃です)。当時は音楽を演奏することでまだまだ精一杯で、自分がなにを弾いているのか冷静に考えた事はありませんでした。ただ、「どこかで聞いたような気がする」音楽を再現していたかのような不思議な感覚が常にありました。

そしてもうひとつ・・・。

演奏しているとたくさんの霊が集まってくる気がしていました。これはコンサートにいらした方にも霊感のある方がいると、話してくださるのでした。そういうつもりで演奏会を開いていたわわけではなかったのですが、元々霊感がある体質だし、この音楽も、元はといえばどこかから拾ってきたものだし、それとこれとが次第に結びついていくようになりました。

アーティスト指向の自分もありましたので、普通に綺麗な曲を弾いて楽しんでもらいたい、という気持ち。音楽家としても、作品を作ったり普通に演奏したりもしてみたい。そういう願望もありました。でも、コンサートをやればやるほど大変に消耗する感覚もありました。少人数のオーディエンスでも、非常に集中しなければ弾けないし、そして集中すればするほどものすごく身体が重くなり、終わった後などは口もきけなくなるほどでした。自分でも正直なところ、いったいなにが起きているのかわからなくなりつつありました。

「光のサロン」を設立する頃に、自分の音楽の意味を掘り下げようと思い、幾つかの作品を作りました。数年間でかなりの数の作品を作りました。一部の方には聞いていただきましたが、結局今日に至るまで一般公開もせず、販売もしていません。なぜかというと、音楽の意味もよくわからないし、どう取り扱うべきなのか自分で判断できなかったのです。聞いていただいた方の感想も様々でした。

この音楽は何のために、自分の手元にやってきたんだろうか…。

また一方で、鎮魂の行として北海道内を歩きまわりました。何時間もかけて多くの人がなくなった場所で祈りを捧げました。一人で慰霊碑の前で祈っていると、必ずあの音色が聞こえてきました。30分も頭上で鳴り響いていたかと思うと、ふと止むのです。そうするとあたりがとてもいい香りや穏やかな空気で満たされていました。慰霊碑はたいていは忘れられたように深い山奥にあったり、寂しい湖畔にひっそりとたっていたりしました。思えばよくも怖くもなく、一人で行けたものです。でもそういう時はなぜかいつも心強い味方が同行してくれます。そして現地につくとなぜかたくさんの魂が集っているのでした。自分が体験した事は、すべて現実に起こった事となんらかわりません。そういう映像が自分の目にはありありと焼き付いていて、今も忘れることができません。そして、その時聞こえたあの美しい音色も永遠に忘れることはできません。

そんな慰霊の旅を繰り返すなかで、少しずつ自分のなかで聞こえている音色の意味がわかったような気がするのです。でも、わかればわかったで今度は「演奏すること」のプレッシャーから逃れることができませんでした。うまく弾けるとは限りません。元来、自分は音楽の技術についてものすごいコンプレックスがあるのです。自分は音感がないので聞こえる音を譜面に書けないのです。次から次に聞こえる音楽を聞き取って暗譜もできず、書き取ることもできません。だから、同時に弾くしかない。ぶっつけ本番の即興演奏です。聞こえてくる音とぴったり一致する音を鍵盤の上で探し当てているだけです。楽譜を弾いているのではなく、音合わせゲームのようなものです。何十年もそれをくり返しているうちに、遅れなく、ミスタッチすることなく聞こえる音が弾けるようになってきただけです。実際、演奏中は鍵盤をあまりみていなくて、指先の感覚で音の幅を感じて次の音をさぐりあてています。指先が次の音の上に打鍵のほんのわずか先にたどりついていて、あとは音を鳴らすタイミングを待っている。そんな弾き方をしています。

ところが集中が途切れると音が聞こえなくなり、演奏がストップしてしまいます。この瞬間がときどきやってくるのです。今だから暴露しますが、演奏活動をはじめた頃はこの「途切れている時間」が何度かやってきて、その間は適当につないでいたんです。自分でもがっかりするやら情けない思いで落ち込みました。せっかく弾くのなら、聞こえる音をそのまま弾けないだろうか。そういう苦心が何年も続きました。

でも、コンサートの本番ではとても難しいです。自分の演奏技術や未熟な音感では、そのまま弾くのはとても大変。かといって録音するとなるとそれも難しい…。なぜなら基本的に「慰霊の場面」で一番、はっきりあの音色は聞こえるからです。

いったいこの霊感や音楽が聞こえる感性はどこからやってくるのか。これを合わせ持った自分はいったいなにをしたらいいのか。今日まで答えがみつかりませんでした。

時にご縁があってすごく有名な方に音楽を聞いていただく機会がありました。その方は著名な作家さんでしたから、なにか深く感じ取ってくださったようでした。「あなたの音楽はもっと多くの人に広く聞いてもらうべきだ」とおっしゃっていただけました。そう励まされても嬉しくはありましたが、かといってどうすべきなのか、自分のなかにモチベーションが産まれることはなかったのです。やはり自分個人が認めてもらう為でもなく、単にアーティストとしての表現活動としてでもなく、違うチャネルで発信すべきなのかもしれないと思っていました。でも、鎮魂という狭い方向では僧侶でも牧師でもない自分には、機会はこないだろうとも考えて正直、悶々としていたのです。

今年にはいってから少し心身に異変がおきるようになりました。体調が崩れ、何度かまったく食欲がなくなりました。また精神的にも大きな波が何度かやってきて、疲れもたまりやすくなりました。単なる仕事疲れ?年のせい?とも考えていましたが、なかなか気分がすぐれない日が続きました。2月にはいってからは、とても神経がたかぶるようになり、それを押さえる為に「音楽」をむさぼるように聞きました。自分は普段、音楽をききません。たいていの音楽は疲れてしまうからです。時々、クラシックを聞くことはありますが日常的には自分のピアノソロをBGMで流していて、あとはほんの限られたピアニストの演奏をかけるぐらい。そんな自分が急に音楽に渇き、ずっと繰り返し聞いていました。そのほとんどは鎮魂や祈りの音楽でした。聞いているうちに、とめどなく涙があふれ、それが何日も続きました。

3月にはいってからは今度は深い悲しみがやってきました。その頃からずっとある土地で昔、たくさんの人が事故でなくなった出来事を毎晩、思い出していました。死の瞬間の恐怖、阿鼻叫喚、生死のふちから生還した人、必死で捜索する自衛隊の人達…家族を失った悲しみと絶望のどん底につきおとされた遺族の嘆き。それらを毎晩のように思い、心に感じ取っていました。

そして、7日間の鎮魂の行をやろう。そう心に決めた時、またあの音色が空から降ってきました。それは3月10日の夜でした。

翌日はなぜかとても冷静でした。心がもうすっかりさめていて、強い衝撃にもあまりゆさぶられることはありませんでした。もうすっかり準備ができていたような気がします。

あの日までのいきさつと、そして自分がさずかった稚拙だけれど霊感と音感のふたつを合わせ持ったことの意味をみつめると、明日からこれを行うことは自分の使命にほかならないと思います。

誰の為でもなく、自分のあるがままの生き方として、明日からの7日間のレクイエムを亡くなられた人達と、そのご遺族の為に捧げます。

◇人気記事: