これからの時代にいかにコミットしていくのかいかないのか、深くそして超浅く考察してみた結果…

まったく意味のないタイトルなんだけれど。この新月のサイクルでなにもしなかった。なにも思い浮かばず、だったけれどあえて逆らわず、もがくこともなく、ただ流されるがままにしていた。いつもなら、ふとなにかを思いつく、という感覚があってあとは直感にしたがってがむしゃらに仕事にとりかかる。そんなことを十数年、繰り返してきたのだけれど。ここにきて、がんばることがいい結果を産まないということを、肌で感じるようになってきた。がんばりようのない時代だから。がんばって充実しているふりをすると、かえって遠ざけられるということがあるから。

自分は人にとことん歩みよっていかなければいけない、そういう役割だと自覚しているんだけど、歩みよればよるほど、みえない壁ができてしまうジレンマがある。それは歩みよってほしいけれど、歩みよられると緊張するとか違和感を感じるという相手方の都合もあるだろうし、双方に同時に存在する関係性なんだろう。今まではそれでもよくって、ある程度の壁はえいやっととっぱらうことができた。でも、それは多かれ少なかれ力技であることには違いなかった。力みがあるともういけない。そういう時代になったんだと思う。

いかに力まずに、がんばらずに関わるのか。

その答えをみつけないと、これから先、人との関わりが希薄になってしまうというか、関わりがつくれなくなるかもしれない。そういう危惧をすごく感じている。

数日前に、本屋にすいこまれて、なんとなくある本を手にとって迷いながらも買ってみた。結局、読んでないんだけれど。数日間その本を手元においておいたところ、なにかふとわかった感じがあって。今日からそれをやってみようと思う。これは自分なりに、これからの時代にいかにコミットしていくのか、ということを自分で考えだしたのではなく、あるがままの流れにそって自然に手元にやってきた方法なんだと思う。だから、きっとうまくいくのではないか、と思う。いや、自分で思ってはいないんだけれど、ただうまくいく、という「結果」がここにぽんとある。そういう感覚がある。

いや、もうこれは禅問答の世界ですが。とにかく、そういう感覚にいま浸っていて、これからはこの感覚をいかした形でのなんらかのワークを重ねていこうと思うのです。それはもはやカウンセリングではないし、セラピーという類のものでもないし、働きかけということとも違いますし、ましてヒーリングということでもないです。共に、変わる。そういうことではないか。

ちょっとまだうまく表現する日本語がないんです。それであえて、コミットなんて表現をするんですが。日本語はとても強い言葉なので、ときにとっても使いにくいんですね。
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今日の空はとっても不安定です。でも、確実に秋ですね。仁木さんのリンゴをかじってみました。秋は味覚で感じましょう。

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