空のひとりごと:生命の不思議

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産みの親、という言葉は普通だけれど、「創造の親」という表現はあまりされない。でも、かろうじてピノキオの童話のように、創られた命という概念はわずかながら私達の空想の世界には存在しているみたい。

小さい頃、図鑑かなにかで食虫植物の存在を知った時にかなり衝撃を感じました。だって、不思議すぎるもの…。植物には、目や鼻といった感覚器官がないし、脳もない。神経系というものがないのだから。それなのに、自分の外界に虫が存在することを「知覚」できていて、それを捕まえる「構造」を備えていて、そして消化吸収して自分の生命力に転化するという「能力」をも持っている。どうしてそんな生命体が存在するのか、考えれば考えるほどすべてが謎めいている。実際、現在の自然科学をもってしても、なにひとつ答えを持っていないのだから、自然というのは実に不思議。

不思議、という言葉で片付けてしまうには、この命題は本当に興味深くて、時々考えこんでしまう。なぞなぞを出されて、答えがわからないと、とてもすっきりしない感じ。でも、このなぞなぞの答えは神様しか知らない。それで自分なりの暫定的な答えとして「これは、神様が試行錯誤の末に創りだした生命の形態」だと考えることにした。その時点で、自分のなかには生命体は自然発生して、自然に進化した、という説は完全に否定されることになってしまった。知覚できること、目的をもって機能する構造を備えていること、それらの能力が機能していてしかも生命の連鎖のなかで自然界のなかで自然に繁茂し続けていること…どこからどう考えてもものすごい叡智と能力がなければ存在し得ない。どうすればそんなことが可能なのか想像することすら不可能なレベルで崇高すぎるので、神という概念を人間は創りだしたのだろう。

今、こうして生命活動を行っている自分という命のなかに、無数の不思議がかくされている。生きているだけで不思議。ひとつでも多く、命の不思議を解き明かしたい、生きていることの本当の仕組みを理解したい。そのためには人生って短すぎて、すぐまた生まれ変わってきたくなってしまうだろうなぁ。好奇心だらけで、とまらない…。

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