師走五日の徒然(癒しについて)

人生っていろいろあるけれど、最終的にはちゃんと帳尻が合うようになっています。でも苦しい時は、苦しいということしか感じなくなるもので、ずっと後からその意味がわかるとしても、苦しみの渦中にある人にはなんの救いにもなりません。でも、後々になって苦しかった事が糧になるもの。人生はそういうふうに最初からできています。

若い頃わからなかったことが次第に意味を成してくるもの。だから人生前半で、本当に辛く、苦しかった事が今ではものすごく糧になっています。苦しかったけれど、がんばってこれてよかったと思うことのほうが最近は多いです。

数年前までは、未来を信じるということにすごく固執していました。信じるということに力みがあった。でも今は力みがだいぶ抜けて、なんとなく信じていられる感じです。信じようとする気負いが減り、自然体で「未来は明るいんだろうな」ぐらいの感覚がいつもあります。ただ、未来は明るいということは今はさほど明るくないということなんです。この時代を俯瞰して「とても明るい時代だ」という人はいないでしょう。右をみても左をみても、とりあえず目を覆いたいことや、できれば消えてなくなって欲しいこと、過ぎ去って欲しいことのほうが多い。実際には素敵なこと、楽しいこと、希望に満ちた出来事だってそれなりにあるものです。どちらに目を向けるのか、自分の選択にかかってきているんだと思います。

良い方向で考えるのか、負の連鎖に落ちていくのか。

どちらでもよいとしたら、どうするのか?

ひとつひとつの選択の積み重ねで人生はできています。私たちの体は膨大な数の細胞でつくられているのと同じです。少しぐらいダメな細胞があっても、良い細胞が多ければ悪い細胞は淘汰されるでしょう。多少の失敗や挫折があっても、日々、良い選択をし続けていれば最終的には、良い人生だったと思えて終われるのではないでしょうか。

日々の選択が良いものであれば最終的にその人の人生の苦悩は、その終わりの日にすべて癒やされるでしょう。

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