就職活動

就職活動中の学生さんからの相談をお受けすることもあります。積み重ねてきた学業との兼ね合いもふくめて、これからの展望がどう開けるのかいろいろなことが気にかかる時期です。北海道は今、経済的にはとても厳しく学生さんにとっても思うように内定がもらえず苦労している方も多いようです。がんばってほしいところです。もし道内にこだわらないのであれば、一度道外に出てみることも強くおすすめします。

自分の場合は社会に出てから在籍したのは一社だけ(そこに18年居続けました)。丁度バブルをはさんでその前後、一番波の高低差があるダイナミックな時期を思い切り味わいました。上向いていくにせよ、低迷するにせよ、かなり大きな動きでしたのでそれはそれで思う存分やり尽くしたという感があり悔いは残っていません。自分の仕事に関していえば大ヒット作も作ったけれど、大赤字も出しました。両方あってご破算で終えたというところでしょうか。会社には大きな恩もありましたがその分、本当に必死で働いたので貸しも作ったと感じていました。でも最後に赤字をだして丁度相殺されて貸し借りゼロになった気がします。全国に支社もあったので東京にもしばらく在籍しました。札幌に戻ってからも業務上の打ち合わせ(自分の場合は音楽ディレクターだったので作曲家や制作プロダクションとのミーティングがほとんどでした)も多く、パニック障害をもっていたので乗り物は本当に辛かったのに月2〜3回東京に出張が続く時期もありました。調子は悪かったとはいえ、若さ故でしょう、体力だけはあったのかもしれません。年に1〜2度激しい腰痛になったり風邪をひくことも多々。お腹もよくこわしたし今からおもえば実に不健康でした。30代後半はスポーツを心がけていたのに…それでも心身のバランスはすごく悪かったんです。基本的にすごく無理をして暮らしていたのだと思います(翌朝通常出勤なのに午前4時に帰宅、なんて日々が続いた事も…)。それだけ取り組みがいのあるいつも緊張感がただよう職場だったので、忙しくても辛くても大変でも、それに見合う達成感は得られていました。いい仲間にも恵まれて幸せでした。海外でのレコーディングも実現できたし、本当に悔いの残らない走り抜けた20〜30代でした。

東京で人に会うとよく自分が勤めている会社について、北海道についての評判をきかされたものです。一言でいえば、とても羨ましがられたんです。北海道来たことのない人は是非行きたいといいました。来たことのある人は北海道に住めてこうして東京に不便なく出向いてこれる仕事ができるなんて素晴らしいと称賛されました。札幌から東京に出向く時は自宅から空港まで車で行きます(高速だと1時間ほど)。午前の便に乗れば午後いちの打ち合わせには間に合います。午後からミーティングをこなして、たいていは目黒に泊まって(そこでよく友人と落ち合って飲んだものです)翌日も仕事をこなして羽田から夕方の便に乗ると2時間半後には自宅です。PDの症状は離陸時に出やすかったので、そこさえ乗り切ればなんとかなったんです。そんな東京までの通勤事情も嫉妬の対象になっていたようです。東京の通勤ラッシュや住宅事情(マンション事情)からすれば、北海道のそれは天地ほどの差があります。どちらがいいということではないにせよ、羨ましいなぁと口をつく要素はたしかに多いでしょう。

東京では北海道では出会えない業界の人達や、さまざまな場所に出向くことができました。プレステの仕事もあったのでソニーにも行きました。オフィスも働いている人もかっこよくて、憧れましたね(笑)。でも札幌に帰ってくると、やっぱりここがいいな、と毎回必ず思いました。東京には魅力がいっぱいあるし、素敵な人達も、憧れる企業も無数にある。でもやっぱりそこに居続けたいとは思わない。千歳空港について飛行機からでた時のひんやりとしてさわかやな空気を吸うたびに帰ってこれてよかったと思うんです。なにがあってもこの土地でがんばっていこう。何年も繰り返してもその気持ちは変わらなかったし、その意識が今ではすっかり定着してしまいました。この土地から出なくても暮らしていけるんならそれでも十分。実家は函館の津軽海峡を見渡せる高台にあります。最近は見通しが悪くなりましたが自分が住んでいたころは、窓から海峡に浮ぶいさり火が見えました。手前側の灯のずっと向こうにも白い光が点々とみえる。遠いほうは青森のいか釣り船の灯なんです。いつも海をへだてて本州の灯を見つめていたので「内地(北海道用語で本州)」に対する漠然とした憧れを持って育ったのかもしれません。

東京支社に在籍していた頃は体調はおもわしくなかったし、友達もお金もなかったので(楽器のローンがわんさか残っていて…)、なにもすることもなく、ただ生きていくだけで精一杯でぎりぎりで暮らしていました。でも、少しずつ人の輪ができていって、休みの日に遊びに連れていってもらえることもありました。でもほとんどは寝て過ごしたり、吉祥寺までぶらっと歩いていって井の頭公園を一周して駅前で思い切ってトンカツを食べたら最高の贅沢な休日でしたっけ。それでも、北海道にはない空気や人や食べ物や土地や風景に触れて自分の感性はすごく磨かれたと思います。そしてますます北海道が好きになっていったんです。

外にでて見えるものもたくさんあるし、やっぱり経済の中心は東京だったり関西だったり内地のそこかしこにあります。北海道は経済のバイブレーションでいえばいまだ国に庇護されなければ自立できない地方でしかない。国に借りがあるということは日本中の人に借りがあるようなもの。これからはお返しをしていくような気持ちをもってこの土地を盛り上げ、独立国家をつくりあげるぐらいの勢いが必要。それだけの意気込みをもっている若者だったらこの土地の神様も強く応援してくださると思うのです。

よく学生さんには大志を抱け、とげきをとばします。大志とは、この土地を愛し、人を愛し、そして自分を磨き、土地の人達とともに自立して大きくなれ、という意味での大志です。稼ぐ為には人間の器をできるだけ大きく磨き上げる必要があります。学業も大事ですが、若いうちに外にでて一番レベルの高い土地でテンションの高い人達にもまれる体験も不可欠ではないでしょうか。もしそんな機会が得られるなら強く求めてつかみとって欲しいんです。目先の安定や保証など求めないでほしい。よもや定年まで居られたら、などと夢の無い気持ちで企業面接に出向いて欲しくないんです。希望の種は自分でまいて育てましょう。私たちの先人の苦労を思いだし、フロンティア精神を復活させ、勇気をふりしぼって新しい未来へつきすすんで欲しいんです。

人のふり見て我がふり直せ

人のふり見て我がふり直せ、とことわざにあります。
当人の問題でないことでも、ご夫婦、親子、恋人、仕事といったご自身に直接利害関係がある場合は間接的なご相談でもお受けしています。周囲の人間関係とどう向き合えばよいのか、というご依頼はかなりの数にのぼります。身内の問題については、ほとんどが本人が気づきをうながされているのです。親子の問題にせよ、夫婦の問題にせよ、相手の悪いところを取り上げてどうしたら直せるのか、という問いかけの場合、ご本人が向き合うべき自分の問題から目をそむけている場合がほとんどです。
あなたが誰かのふるまいをみて「この人はどうしてこうなんだろう、どうしたらよくなるんだろう」と考えるとき、神様もあなたを同じ気持ちでみているのかもしれませんよ。

自分の親の事であれば、一線をひいて考えることはさほど難しくないかもしれない。自分の妻や夫のことであれば、お互い様なのだからやはり自分にも改善すべき点があるかもしれないと考えることは簡単ではなくてもできるかもしれない。もし、自分の子供に対する気持ちであれば、親としてかばったり守ろうとするのは当然なので自分が変わるべきだとはなかなか考えにくいかもしれません。でも、子供は自分の鏡でもあるのです。子育てを通じて親もまた成長していかなければなりません。親として世間人並みなことをしていればそれでよい、というわけでもないのです。人それぞれ到達すべき人生の目標地点は違うのですから。

時代の変わり目

ランディさんが今日のブログで、最近の若者の「先を読む癖」について書いていた。実はずっと感じていたことだったので、なるほどと思った。

昔の人は「腹のさぐりあい」という言葉があるように、腹でものを考え、コミニュケーションをしていた。「腹がすわる」とか「肝いり」という言葉もある。どちらも身体の部位でいえば、みぞおちのあたりだろう。自分の世代や少し上の世代の人は平均すると「腹」とか「肝」のあたりでものを考えながら人と関わり合っている。ところが最近の若い人は特に、そして小学生でもそうなのだが、考える部位が「腹」ではなく「胸から上」なのである。

これは人のオーラをみていると人間関係のストレスが身体のある部位に集中して現れるのでそれを見ていて気づいたことなのだ。この傾向はこれからますます顕著になっていくここと思う。胸から上でものを考えると、これから起きるかもしれないことをすごく長い目で受け止めてしまう。つまり目の前にあることよりも、遠い将来に起きるであろう「不調和」をすごく怖れるようになる。なぜこうなるかというと、因果応報の法則にすごく敏感になってきていることがひとつの理由になっている。

因果応報の法則というのは、人を傷つければそれが巡り巡って自分に災いとなってかえってくる、というものだ。腹でものを考え、人と関わると「腹のあたりで共鳴する波長で因果応報の法則が作用する」のである。それに慣れれば、それに打たれ強くなる。だが、腹のあたりの波長というのは、その場限りのもので、長く継続的な波長ではない。昨日は昨日、今日は今日なのである。明日は明日の風がふく、という気ままな暮らしが成り立つ時代ならばそれでもよいが、現代はそれでは明日がないと感じる人が増えてきた。今日の平安よりも、できれば明日も明後日も穏やかでいられるほうを選ぶ。時代が変わってきたということもあるし、遠い未来になかなか希望がもてない空気もあるだろう。長中期的な視野で「おだやかに」人と関わっていたいと考える。そうすると、「胸」のあたり、あるいは「喉」や「頭」の周辺でものを考えて人と関わるようになる。身体の上のほうで考える波長というのは、つきつめれば自分の人生全体を意識するようになるし、もっといえば自分の孫子の世代のことまで考える波長である。だから、自分自身のことだけでなく、自分の家族や遠い未来の子孫のことまでなんとなく視野にいれたうえで、常にものを考え、人と関わろうとする。そうすると「なにごとにおいてもことなかれ主義」になる傾向にはなるだろう。今日、明日の刹那的なことはひとまずこらえる。それよりも、もっと遠い未来に「利得」が得られるような方向でものごとをとらえ、判断し、人との関わり方を考え、定めていこうとするようになる。

ただ、こういった感覚を磨いて現実生活が充実するように適応させていくことは簡単ではないだろう。なぜなら、今の子供達には手本になるような大人が多くはないのだから。

昨年からの流れ

昨年ぐらいから、ご相談のテーマに転職、開業が増えてきました。これまでも転職に関する相談はありましたが、ご依頼いただく方の年代が上がってきたということ、それから自営業、役員の方からのご相談をいただくようになりました。幹部候補で抜擢されるような方からのご依頼はその方が担うであろう生活や仕事の波及効果を考えると、大変な決断です。それをお任せいただけることは、とても嬉しい反面、心がすくむような緊張をおぼえます。私は学歴に関しても自分という人間に関しても根本的なところで大きなコンプレックスがありました。今でもすっかり消えてなくなったわけではないのです。でも、自分のもてる力が誰かのお役にたてるなら、怖れたりひるんだりしている場合ではない、とも考えるようになりました。答えがあまりにもはっきり見えてしまう時は、迷いも恐れも、どこか遠くへいってしまいます。常にではないにせよ、未来がありありと見える時もあるので…。予知や霊視を非現実ととらえて、あざ笑ったり、拒絶することはどんな時代にもありました。でも私は結果がでればそれでいいじゃないか、と割り切っています。本当は科学的に実証したい。自分だけのひとりよがりではなく、ある程度の能力を備えた人であれば同じ予知や霊視ができるはず。そう信じて、可能性のある人には技術指導もしています。霊感を科学的に証明できる時代はいつかくると信じたいし、そのために今はまず信仰やトリックを完全に払拭して、ガラス張りのカウンセリングを続けていきたいと思うのです。

コンプレックス

私は私なりに、つよいコンプレックスをもっていて、それが邪魔をして心のバランスを失うことも多いです。ひとさまの人生のさまざまな葛藤と向き合わせていただく、ということは私自身の内面の至らなさ、弱さ、未熟さを見せつけられることでもあり、とても苦しい。でも自分も苦しいけれど、もっと苦しい人が目の前にいる時にどうにかがんばれる。自分が弱音をはかずにいられる。神様が力を貸してくださるのでなければとても人のお役になんか立てないような気がします。なんて未熟なんだろう、なんて力がないんだろうという気持ちをどうにかこうにか抑えて、自分を否定ばかりせずに生き長らえてこれたのは、こんな私でも必要としてくださる方がいて、その人達からありがとうという感謝の言葉を返していただけたからなんです。ありがとう、という言葉には本当に不思議な力がやどっているのだなぁと思います。相手に感謝をすることによって、その人のどんなにネガティブな感情であっても解放してしまう。ありがとう、という言葉のなかには神様の愛が宿っているのではないでしょうか。

今日はサロンでわりとゆっくりブレスレットを作ったり、メールの返事を書いたり、いろいろと仕事をこなしています。あいにくと天気も崩れてきて風も冷たくなってきました。暖房をつけている方もいるかもしれません。そんな肌寒い日ですが、この仕事をさせてもらえて自分はほんとうに幸せものだな、と思います。これからも一生懸命みなさんの人生の歩みを応援させていただきたいと願っています。あるがまま、自然体でいこう。怖れず、騒がず、自分のペースでしっかりと歩みつづけていければ本望、と改めて思いました。

未来のために

どうか日々を大切にしてほしい。

こういうことを最近、つくづく感じています。小さいことでも日々積み重ねていくことで、どんなにおおきな城壁にもまさる堅固な現実を生み出す力になりますから…。恋愛でも、仕事でも、同じです。思いやりを尽くすこと。いつも最善の自分でいられるようにすること。無理せず、疲れたら休み、眠りたい時は眠る。そして明るい日は元気よく外へ飛び出してがんばって汗をながす。あたりまえのことを自然体であるがままに続けていけばそれでいい。でも、志をもてなければ思いは伝わりにくいことがあります。これからの1〜2年の流れを大切にすることで未来が大きくかわっていく人が多いと感じます。ひとりひとりの時間をどうか大切にしてほしいと、切にねがっています。みんなのために。この地球(ほし)の未来(あす)のために。

光のサロンで勉強をした人達のこと

私のもとに勉強にきてくださる人達を単なる生徒とは思っていません。私はどんな場合でも、あくまでも導き手であって、けして偉くもなければより聡明でもない。ただできるだけお手伝いをさせていただく。それにつきます。さて、いったいどんな人達がどんな勉強にきて、そしてどんな変化を体現し、変わっていかれたのか、あるいは渦中にあるのかについて、各人のプライバシーに配慮し、さしさわりのない範囲でご紹介をしたいと思います。

・アロマセラピスト、カウンセラー、Aさん
レイキを修了後、瞑想と呼吸法のトレーニング、霊的なガイドとのチャネリングの方法、幾つかの特別なマントラを授けました。それによって霊力が安定し、守護霊や聖霊との交信ができるようになりました。また、職業柄、人の健康についての知識が豊富な方なので、心身の相談から恋愛相談、スピリチュアルな鑑定依頼まで幅広く対応なさっています。

・サロンを開設したBさん
自宅でサロンを開き、スピリチュアルなセッションやレイキの伝授、ヒーリングを行なっています。レイキを修得するまではごく普通のOLさんでした。楽しみながら人の役にたてることを学び取りたい、ということでなにげなくレイキを修得し、家族や友人にとても喜んでもらえたことで少しずつ勉強がはじまりました。アロマ、パワーストーンもメニューに加え、誰でも気軽に通ってもらえる雰囲気を大事にしていらっしゃいます。

・スピリチュアルカウンセラーのCさん
はじめてお会いした時は、自分の非現実感についてのご相談でした。それらはすべてアカシックレコード(宇宙のデータベース)から届けられているということを説明してさしあげたところ、当初ご本人はかなりびっくりしていましたが、次第にそれが運命であることを理解し、受け入れてからはカウンセリングをはじめられました。霊媒というよりも、アカシックレコードをリーディングできるタイプの方なので、基本的にはあらゆる情報をひもとける、という能力を運命的に持っておられたのです。経験不足を補う為に、レイキやパワーストーン等の勉強を重ねておられます。

※アカシックレコードからの情報を受けとっている方も、時々みうけられます。図形でくる方もいればそのまま映像でみえる(私の場合がそうです)方もいます。自分では意味すらわからないことが多く、誰にも話したことがないという人も多いかと思います。有名な人ではかつてエドガーケイシーというチャネラーが実在しました。彼がよみとったアカシックレコードからは古代文明に関する情報も多く見受けられ、非常に興味深いです。私もときおりプレアデスやアトランティスに関する情報を読み取ることがありますが、ケイシーのリーディングと共通点が多く驚きます。

・霊媒のDさん
前世でシャーマンだった方。最初から自然霊との対話ができる方でした。薬草の効果を直感的に理解できる、ということをお伝えしたところ、体質改善についての相談を受けてみようと思い立ったようです。天気を変えることも自由自在ですよ、とお話ししましたが、さすがに雨ごいをする必要は今生ではないのかもしれません。

・会社員のEさん
本当にごく普通の若い方で、ある時からご縁があってレイキの勉強にいらっしゃいました。仕事の合間をぬって通っていただくなかでご自身の体調が改善していくこと、仕事の疲労回復が早まり、ストレスが軽減したこと、また人間関係がより発展し、充実したことにとても驚かれていました。家族にもヒーリングをしてあげたところ、体調が非常によくなり喜んでもらえたということで、ティーチャーに進みました。ご家族と親族に伝授をして、皆に喜ばれているとのことです。仕事も順調で、あらゆることが好転していかれました。

その他にも、前世で風水をみたり加持祈祷をしていた、という方もいらっしゃいました。そういう経験値を魂がもっていると、ふたたび学び直しますとまたたく間に才覚を発揮できるようになります。あとはご本人次第です。

他にも本当に多くの方が日々、勉強に通ってくださっていて、そのなかで毎年開業する方、ひっそりと能力を発揮して草の根的に活動を始める方、スピリチュアルな才能を潜在的に生かして、普通の会社員として、営業職として、会社経営者として、飲食店経営者として、各業界の専門家として活躍をしている方はたくさんいらっしゃいます。また機会があればご紹介したいと思います。

霊媒として生きること

神様から授かった資質であり、みっちり修業して磨き上げたこともあり、それなりの年月を重ねてひとまずはほどほどの霊媒になれたかな、プロとしてある程度の実績は得られたかなという段階にあるかと思います。今おもえばよくここまでこれたな、という気持ちです。10年前の今頃はまさかここまでこれるとは思ってもいなかったのです。当時は人にみえないものがみえる、といってもまだ経験不足でしたから、いったいどれだけの結果をだせるのか本当に未知でした。多くの人達に、そして天上界のガイド達に導いてもらうことがなかったら、とてもここまで来ることはできませんでした。また、自分の可能性について明確に見極めてくれる人が恩師のなかにいなかった事もあって本当に試行錯誤でした。こういう未知の資質は、トレーナーやコーチがいて、どういうトレーニングをつめばどこまで能力が伸ばせるか、明確に指針を得られないと力を発揮することは本当に難しいと思います。私の場合はまったくいきあたりばったりで瞑想を学んだり、座禅を組んだり、滝に打たれたり、ヒーリング、カウンセリングを学んだり…。いわば昔ながらの修業のスタイルだったのですね。恩師は無口で余計な助言は一切ありませんでしたが、いずれなにかが起きるという予言だけははっきりもらっていたので、それなら取り組んでみようと思いました。いつか自分になにかが起きるのなら、どうしてもそれを確かめないままにはいられませんでした。乗りかかった船という感じでした。そうでもしないと、どうしてこんなに苦しい思いをして修業をしているのか、自分の人生に絶対になっとくすることができなかったのです。結果的に、霊界のことがリアルにわかるようになり、前世もはっきり見えるようになり、今では苦手だった病気の可能性についても予見できるようになりました。

霊感がアンバランスで、やむをえず修業を重ねていた時代は本当に苦しかったので、同じような霊媒体質の人に出会うと心から同情してしまいます。同類だから非常にピンとくるものです。多くの霊媒の資質を持つ方にお会いしましたが、その方の可能性、発展性についてはできるだけ明確な助言を心がけてきました。すでに活動をはじめた人もいますし、しばらく待機をしている方もいます。いまだに方針が定まらない方もいらっしゃいますが、そういう方はまだ本人からご相談をお受けしていないのです。こちらは一見してぱっと分かりますが、本人が口を開かない限り、私のほうから余計なおせっかいはしません。逆に自分には霊的な感覚があると勘違いしている方も時々いらっしゃいます。たとえ資質があっても、それを人の為に役立てられるように伸ばすことは本当に大変で難しい。人の何倍も努力をしなければなりませんし、よい指導者を探す必要もあります。安易におすすめできる生き方ではありません。が、これからの時代はより多くの霊媒が活躍していくことになります。潜在的な多くの能力がこれから開花していくでしょう。そんな方はある日ある時、背中をおされることになっています。

私はふりかえらない

「前世のことは知りたいとは思わない」ときっぱりおっしゃった方があって、なにかすがすがしい気持ちになりました。何年も前からのおつき合いのある方ですし、今でも定期的にご来訪いただいていますが、たしかに前世のことやオーラの色をお尋ねになったことがありません。自分のケアの方法や、瞑想のトレーニング、現実の生活のこと、自分自身をしっかり保つ為に必要なことをしっかり学んでいかれます。前を進むことを大切にしたいという明確な意志をはっきり感じられました。

私たちは輪廻転生を繰り返している、そのまっただなかにある存在です。学生にたとえれば小学生3年生かもしれないし、高校1年かもしれない。浪人中かもしれないし、大学院に残っているのかもしれない。前回の時代をさだかに覚えていない、ということは例えていえば友達と折り合いが悪かったことも、同級生に恋して破れたことも、先生にこっぴどく怒られたことも、部活で失敗したこともひきずらなくて済むようなものですから、悪いことばかりではないでしょう。それよりも、今という時代にあっての自分の課題をしっかりみつめ、自分が納得できる生き方を目指したい。そう考えることはとても素直なことに思います。

今の自分はなぜこんなに苦しいのだろう、ということをお尋ねになる方はとても多いです。でもこの苦しみから自分はなにを学び取るべきなのでしょうか、とお尋ねになる方は多くはありません。でも、今の自分に足りないものを学びとっていこうという姿勢を見失わないで欲しいのです。私たちは魂の学生なのですから。一生かけてなにかを目指しつづけていくべきなのです。

前世のことを知って納得できることがあれば、それはそれでいいでしょう。自分をより肯定して受け止められるようになるかもしれません。自分の性癖についてあまり悩まなくても済むかもしれません。そこから今生の課題もみえてきますから、とても参考になる場合も多いです。でも、過去の蓄積があって「今の自分」があるのですから、「今、そしてこれからの課題」を明確にするだけも、前世を知る以上に「めざすべきもの」ははっきり浮上することでしょう。

私自身も、チャネラーを介して自分の前世や自分の由来について、そしてまた自分の方向性についての情報を得た経験を持っています。その時は非常に心が揺さぶられました。非現実感のなかに唐突にほおり出されたような感覚でした。ありのままに受け入れることはとても難しかったのです。納得するまでに時間がかかりました。肯定したい気持ちと、本当にそうなのだろうか、という気持ちのはざまでしばらくはゆれ動きました。それから「なぜ、私の守護霊は前世の情報を与えてくださったのだろう」と考えましたし、自分の前世の情報からいったいなにに気づくべきなのかということについて、かなり長い年月悩みました。結局、私にとっての前世の情報は、今の自分を肯定する為に非常に参考になりましたし、実際のところ絶対に必須でした。そうでなければ今の自分のありかたをすべて肯定することもかなわなったでしょうし、自分のマスター(魂の指導者)が誰であるか理解し、受け入れることは無理だったことでしょう。でも、非現実の情報は消化して糧にできるまでに時間を要することもあります。そういったことも守護霊は計算しつくしていて、タイミングをみはからってスピリチュアルなメッセージを与えてくれます。ですから前世をきくためだけに当サロンに予約を取ろうとすると、どうしてもうまくいかない事もあります。それはその時期ではないと守護霊さんが教えているのですね。ということは、今の自分に必要なアドバイスだけを最小限に求めようと考えてみる。そうするといつでも予約がとれます。気持ちはすっと前にでるようになるはずなんです。そんな時は守護霊さんも、それなら大丈夫だからきいてごらん、とうながしているのです。

ほとんどの方は無意識領域で守護霊とコミニュケーションができます。ですから、どうしても私のような霊媒に会うことができない、タイミングが合わない、ということで悶々とするのではなく、なぜ足がむかないのかということを自分の守護霊さんにむかって心のなかでよく問いかけてみるといいでしょう。どんな質問、どんな問いかけをすると天(そら)が応えてくれるのか。そのコツがわかってくると、スピリチュアルな世界はあなたの頭上におおきく開けていきます。最初はちょっとだけかみあわなくて、むずかしく感じるかもしれませんけれど。

最近は高校生の方もお母さんにすすめられて来られます。年齢層が本当に幅広くなりました。

虚無と意地。

ランディさんが今日のブログで書きつづけることの不安と虚無感について書いているのを読んで少なからずはっとしました。

ゲーム業界で仕事をしていた頃、とにかくゲームを作ることが好きでした。ビデオゲームの世界はファンタジーだったんです。映画もそうでしょう。でも、ゲームの世界も映像の奥に不思議な世界が繰り広げられる…アニメやSFやファンタジーの世界そのものが広がっていた。それを自分の手で生み出せるのですから、どこまでも探求し続けていきたいという欲求がそう簡単には消えませんでした。が、どんなにものづくりを続けても、誰もめんとむかって褒めてくれないどころか日々クレームばかり。よりよいものをしかも商品として売れるものを作らなければいけないのですから当然なんですが、自分の作りたいものと、求められるものが一致するとも限らない。納得できないものを作っても、そこそこ売れてしまうこともある。マーケットというものがよくわからなかったし、ユーザーが本当に楽しんでくれているのかどうかも、結局のところいまいちピンとこなかったんです。だからmixiで自分の作品のファンの方がいて、コメントをたくさん残してくれたことが本当に嬉しくてトロフィーをもらったような気分でいます。

ゲーム作りの現役だった頃はいつも不安で、どこかしら虚無感をいだいていました。自分の場合はそれがある時期にひっくりかえっちゃったような気がするんです。ゲームの世界も大きなプロジェクトを組まないと作れないほど規模が肥大化して、個人のクリエイターの意見はあまり通らなくなってしまいましたし。自分のようなタイプは古いんですね。天才だったらまだまだがんばれたのかもしれませんが。凡人なので虚無感に負けちゃいました。それでゲームの仕事は最前線から身をひいて、コンサート活動を始めたんです。音楽を通して自分が必要としてもらえることをどうにかして、確かめたかったのだと思います。本業のかたわら(当時はまだ会社員だったので)会場をさがし、チケットを売って小規模ながら演奏会をひらき、CDも作って数年間活動をしました。でも自分がどれほど必要とされているのか、まだまだつかみとれなくて不安ばかりでした。加えて自分のスピリチュアルな能力を磨きたいという欲求も高まっていって、ヒーリングに傾倒していったわけです。同時にカウンセリングも始めるようになっていました。

いつも不安や虚無感におされ、負かされ、一方で好奇心にひきこまれてここまできたようなものです。

でも、今の自分はどうなんだろうと考えた時に、お伝えしているアドバイスがほんとうに皆さんのお役にたっているのかどうか、これからもこんなことを続けて食べていけるのだろうか、という不安を覚えない日はないんです。面とむかって話をしているので、帰り際の皆さんの表情で伝わってくるものがたくさんあります。でもメールや手紙でアドバイスを書いた時は、すごく虚無感が残ることがあります。電話ですら虚無感は少なくないんです。ですから、今はなるべくお会いできる方か、一度お会いした方とのご縁をなるべく大切にしていこうと考えています。そうでないと、不安で続けられなくなってしまうんです。

音楽活動をずっとしていないのですが、どうしてモチベーションがあがらないのかというと、コンサートという形式だと距離がありすぎるんです。自分の場合はすべて直感を感じながら、その場で即興演奏をするのですが、自分でもいったいなにを感じて、なにを弾いているのか本当のところよくわからないんです。頭のなかはほとんど空っぽで、手がかってに動いている感じ。どういう方向の演奏になるか、最初の一音を奏ではじめたらもう止めることができません。録音を聞き返すこともほとんどありません。ライブは、その時、その場にいる人の為の一度きりのメッセージだと思っているので。でも、コンサートの感想を寄せてくださる方はさほど多くないんです。あんな演奏でほんとうによかったのかな、という不安でライブのあとは何日か眠れなくなってしまい、次につなげていくだけの力を再び得るまでに何年もかかってしまいます。運営も告知もすべて自分ひとりでやっていますから、虚無感を乗り越えて前へ進み続けるだけの力を産み出すことがなかなかできないまま、今日に至っているという状況なんです。

でも、1人でも、あなたの音楽を多くの人が必要としてくれている、と言ってくれる人がいるだけでがんばれるんです。やってみようと思える。音楽家なんて単純なものですね。どんなに不安や虚無におしつぶされそうになっても、誰かが聴いてくれるかもしれないと思うだけで弾きたくなっちゃう。それがたとえ一生に1人でも、また誰か自分の音楽を求めてくれるんじゃないのか、という幻想を追い求めすがって生きていこうとするのが音楽家のサガなのでしょうね。

ランディさんには、ばななさんがいてくれてよかったな。僕にはランディさんがいてくれて本当によかった。音楽を作ったり、奏でることの意地と根性を今、鍛え直しているところです。もう少し時間がかかるかもしれませんが。