新しい流れを迎えられる方

時節柄、仕事や生活に変化のある方が多いです。不動産や土地の選択、お子さんの進路、新しい職場について、今後の人生の進路について、結婚、同棲、別離…さまざまな分岐点にたっておられる方に日々アドバイスをさせていただいています。新しい流れが決まっている方には、より調和が得られる方法について注意や工夫すべき事項をできるだけ具体的にお話しします。選択で迷っている方には、それぞれの流れについてどんなメリットがあるか、どんな注意すべき事柄があるかをお伝えできます。まだ選択する段階まで煮詰まっていない方には現状から少しでも前進する為にはまずどんな心がけを持つべきなのかについてお話しさせていただきます。お役にたてる事があればどうぞご依頼ください。お待ちしております。

今日現在でのQ&Aです

さっそく道外の方から問合せをいただきまして、私自身の状況をはっきりとお伝えしておく必要を感じました。曖昧にしておくことで、かえって皆さんにご不便をおかけしてしまいます。以下、簡単ですが現状での私自身の活動できる限界をおわかりいただけるかと思います。

◎カウンセリングについて
こちらは霊能者として、私なりの経験と信念にもとづいて行なわせていただいております。メニューに掲載のとおりであります。

◎音楽活動について、販売と制作の対応について
ここ数年、カウンセリングの比重が増えており音楽活動を実質完全に休止しています。
CDの販売は「通信販売」はすべて休止中です。サロンではピアノソロアルバムを一部、販売していますが「サロンは完全予約制」ですので、実質一般小売はすべて休止中という状況です。

音楽の制作に関しても完全に休止中です。

◎パワーストーン・ブレスレットの制作
ご縁のあった方(つまり、カウンセリングを受けられた方かレイキの修了者)限定です。

◎レイキの伝授と関連するセミナー
伝授はどなたでも受けていただけます。レイキに関連するセミナーについては、当サロンでの修了者か提携先サロン(=私のレイキの生徒さん達)の紹介者までが対象です。

遠方の方に対応できるメニューは実質、電話カウンセリングのみです。(これも先日までは休止していまして、再開したばかりです)非常に間口が狭くなっていますが、これは私自身が「地元優先」というポリシーで活動をしている故なので、どうかご理解をいただきたいと思っています。

私は北海道で生れ育ちました。生れは南西の突端にある松前から少し離れた小さな集落です。その後も、内浦湾沿いの小さな町で過ごし、中学から大学までは函館で過ごしました。21歳で札幌にでてからは1年間の東京生活をのぞき、ずっとこの街で生きています。子供時代はいつも海がみえるところで成長しましたので、海から遠ざかると恋しくなるタイプです。北海道の自然の恵があればこそ、今日ここまで生きてこれました。この土地にはとてもたくさんの恩があります。まずそれをお返ししたいし、そうしなければならないという強く大きな責務を感じます。ですので地元の人達に貢献させていただく為にこの土地になんらかの形でご縁のある皆さんを優先せざるを得ないのです。切迫感といってもいいほどこの気持ちを背負っています。一期一会、日々のリアルな出会いを大切にして、今はもっぱらカウンセリングの仕事をさせていただいている状況です。

現在は日々カウンセリングでほとんど精神力を使い果たしています。それで採算はぎりぎりです。北海道の経済状況をかんがみて料金設定等もしていますので、地方相場であると自分では思っています。音楽活動をするにしても、なんらかの形で時間的なエネルギーを投資していかなければならないわけですが、どういったバランスでどう活動の幅を広げていけるのか。正直なところ今は現実的な予定をまったく組めていません。が、今日まで音楽家としても活動ができてきました、またカウンセラー(霊視能力をいかしつつの)としても北海道に限ってはそれなりに定着できつつある段階まで本当にやっとのことでこぎつけたという状況です。元来不器用なので一時にあれもこれもということができません。でも、これからは少しずつそのバランスをなんとかより多くの人にお役にたてる方向で調整していきたい。それは強い願いとしてもっています。ランディさんとのご縁もとても不思議なものですが、これも意味あってのもの、自分なりに受け止めて糧にしていきたい。その為にはどうしたらいいのだろうか。この事はこれからの一番大切な課題としてしっかりととりくんでいきます。

私という人間は年齢的には47歳といいおじさんになってしまったのですが、ランディさん曰く「これからです」なのだそうです。実際のところ自分でもなぜかそう思います。いい年して「いよいよこれからだ…」と思うのにはこわいことに「なんの根拠もない」のです。が、これが私という人間であり、この「根拠レス」な判断にすべてをゆだねて今日まで生きてきました。こんな私ですが成り行きでゲーム会社に就職してファミコンのゲームで大ヒットを産み出したこともあります。自分なりにこんな生き方が好きだし、誇りにも思っています。そしてここまで私を育ててくれたのは北海道という大地なのです。かつてはアイヌの土地だったこの自然豊かな愛すべき北海道ありきなのです。北海道に生まれそだったことを心から誇りに思っています。これからも、まずはこの土地の為に力を尽くしたいのです。そのうえで、より多くの人と調和のもとに触れ合っていくことができるなら本当に嬉しいことです。

せっかく授かった音楽の才能も、なにかいい形で昇華できるのならそれにこしたことはありません。一方で霊的な感覚をいかして誰かを救えるならそれもまた本望なのです。私のなかではどちらも大切で愛しい財産です。両親が苦労して私に与えてくれたものだから。さて、そんな私はいったいどうしたらいいのでしょうか? この人生、あるがままに美しく奇麗に咲けたらいいな。悩んでいる暇もほとんどありませんので、今日、明日と…日々一歩ずつ前へ進みます。

結局、あらゆることがほとんど未定です。申し訳ありません。でもこれが今の私です。

「ひかりのあめふるしま 屋久島」のPVに楽曲提供しました

ランディさんの「ひかりのあめふるしま 屋久島」のPVができた、というので似合いそうな楽曲を選んでBGMに使ってもらいました。

ついでにランディさんが僕のHPを紹介してくださったので、楽曲に興味をもってくださる方も増えるかもしれません。

このPVには2つの曲が使われています。今現在は公開も販売もしていないのですが…
前半の曲:「蒼き光〜Mercuryより〜」
後半の曲:「僕らの祈りが届くまで」
どちらも「蒼い星」という地球環境をテーマにしたアルバムの曲で、前者が冒頭の曲、後者は8曲目(最後)の曲のそれぞれ冒頭の部分です。全編、ピアノとキーボードで演奏しています。

普通の表現をすると作・編曲・演奏、ということになるのでしょうが…。この作品の場合は作曲という行程はありません。インスピレーションを感じてそのまま弾いてしまう。テイク1のみ。リハもなし、弾き直しも全くしない。録った後で音をきれいに加工したりはするけれど音楽の輪郭、構造は直感で弾き通したものをそのまま形にします。後者の曲は全編ピアノソロで約10分ぐらいのかなり長い曲です。譜面もかかず、リハーサルもせず、直感をそのまま弾いたといってもなかなか信じてもらえません。自分でも一生に一度しか弾けない。でもこれが自分のスタイルなので…。
譜面に音符を書き留めて、という作曲の仕事もたくさんこなしましたがその反動ということもありますが、どうせならとことんインスピレーションを大切にしよう、ということでこんな作品を作るようになっていました。でも、聴いていただいてなんとなくわかっていただけるかと思うのですが、音楽的な構造という意味でいえば「変」です。自由なピアノソロのスタイルで演奏をはじめた頃、すごくいい、と言ってくれる人もいましたが「すごく下手でゆるせない」と怒られました。技術的にはすごく下手なんです。あまり練習する暇もないし、その必要もないのでますます練習しなくなってきました。指がうごく範囲で弾けばいいので。それに譜面も書かないし、要らないから、直感を磨いてそれを表現するだけの集中力を維持することのほうが大切です。今はカウンセリングが中心で、この仕事はすごく体力も精神力も消耗します。とても創作するエネルギーが残らないのでここ数年、音楽の制作も演奏活動も休止しています。なんとか余裕を作って再開をしたいと思います。直感だけで、天から降ってきた音楽を形にするのですが、音楽理論的には形式から大きく逸脱ばかりしてますが、ちゃんと表情があって起承転結もあるし、最後はちゃんとエンディングにつながっていきます。なんにも考えないで弾き始めて、どうしてちゃんと流れができてひとつの音楽として成立するのか、本当のところ自分でも不思議でしかたありません。でも、こんなにたくさん作ってきたけれど、「降ってきた音」は必ずちゃんと弾き通すことができました。でも、それをしっかりつかみとることは容易ではありませんでした。それは個人の方からの依頼をお受けした時にすごく葛藤しました。ご依頼いただいたからといって、必ず音色が降ってくるわけでもないんです。それですごく苦しんで、降ってこなくても直感を通じて音色を作る方法も模索しました。
今は日々もっぱら人の前世をみたりオーラバランスをみたりする、という特別な仕事をしています。霊界との橋渡しもします。直感といっても、いろいろな波長に切り替えることができるようになりました。以前はそれがよくわかっていませんでした。時々音が降ってくる。でも、それがどこから降ってきて、どういう意味をもつのか、まったくわかっていなかった。

例えば、この「蒼い星」という作品ですが、全部で8曲作ったんです。特に最後の「僕らの祈りが届くまで」という曲は自分が演奏したなかでも圧巻の大作で、延々とピアノソロで10分あります。でも、一音一音にすごく力があって魂が説得される感じがします。作った時はあまりなにも考えていなかったんですが…。このバイブレーションはネイティブな先住民族達の先祖霊の意識なんです。だから、彼らがこの星の未来を見守り、調和を祈っているエネルギーがすごく伝わってきます。北海道にもアイヌ民族が住んでいて、彼らとも交流してきたなかで霊的に特別な存在だということを感じています。そんなご縁もあったなかで、自然に自分のなかでそのメッセージをキャッチしていたんですね。それがある日、ふと音楽になって降ってきたのがこの作品でした。他にも日本の神様やいろいろな聖霊とよばれる存在の意識を感じ取った作品も作りました。最後は「マリアの祈り」という作品で本当に限定で少数の方にお分けしましたが、それ以後は音楽はまったく作っていません。

一時は個人の方のご依頼をお受けしていました(現在は休止しています)。その後、限定版として幾つかのタイトルを作りました(ほとんどの作品も今は販売を休止してしまいました)。ということで実質、音楽の作品はすべて販売も制作も休止している状況です。聴いてみたい方もいらっしゃると思うので、今年はなるべくご期待に添えるよう活動していく予定でいます。しばらくお待ちいただければ幸いです。

これから、少し時間がかかるかもしれませんが、こんな自分の感性が世の人の為に生かされるような機会がもしかしたらやってくるのかもしれません。ランディさんはとても特別な感性と能力を持っている人なので、あの人のなかにあるものを感じて音楽を創作する作業はとても神秘的で、得難い体験でした。続きもあるのでまた作らせてもらいたいと思っているのですが。私は媒体だから、依頼がないと1人ではなんにも出来ない人間です。作りたいという欲求はいつでも、いくらでも持っているつもりです。

ストーリーは続く。

もしかすると、昨日の動画リンクでランディさんをはじめて知る人もいるのかもしれない。彼女の他の作品も含めて、まだパピヨンを読んでいない人の為に少しだけ。

書評は読まないほうがいいです。ランディさんの本はどれも言えることですが、自分で読んで彼女の世界を味わってみないとなにも受けとれないと思うからです。不思議な本を書く人だ。いつも感じるけれど、なにが出てくるのかわからない。本人がどう思うかわからないが、本当にたまにしか会ったり、話したりもしないのだけれど、こんなに深くしっかりとつながってしまう人もそういない。僕の人生で、このような関わり方ができる人はランディさんだけ。時々、曲ができたといっては送る。いったいいつからそうなったのか覚えていないけれど、自然にそういう成り行きになってしまったのです。なかにはランディさんの為だけに作った曲も幾つかありました。贈った曲は自分ではもう聴かないので「光の大河」のこともずっと忘れていました。去年の暮れに電話で話した時に、あの曲が好きだと言われて、やっと思い出したほどです。あの時、もうランディさんの中では、この音色が頭のなかで鳴っていたんでしょうね。
僕の音楽もそうだし、ランディさんのストーリーもきっとそう。僕たちは媒体ってことなんだろう。なにかが語りかけてくる。たまたまそれを人よりも少しだけ先駆けて受けとれるアンテナをさずかった。ランディさんは自分の人生をコンセントにして、世の中に人に配電し続けている。自分もそろそろコンセント、オープンさせたいなと思います。

だから、まっすぐな気持ちで読みたい時に読んであげて欲しいのです。そうすることがランディさんの才能を一番、味わうことができると思うから。今読みたい人はすぐに読むのがいいとおもうし、今と思わない人はいつかでいいから。そんな読み方が彼女の作品を受けとれる一番の近道なんだなと思っています。

まだ誰にも話していないけれど、流れだから書いてしまおう。
「光の大河」は数分の短い曲です。この曲には更に続きがあります。すごくたくさん…。もう聴こえているので、いつか形にしたいと思っています。

田口ランディさんの新作「パピヨン」

ランディさんの「パピヨン」の紹介動画です。最後の5秒間もぜひご注目ください。

ブログをお持ちの方、よかったら掲載してくださいね。(動画終了後に、画面中にURL、又は埋め込み、というHTMLコードが表示されますので記事にコピペしてください。)

紙とペン。

昔から紙とペンがあれば仕事ができる人に憧れていました。作家とか、詩人とか(笑)。作曲家は半ば達成しましたけど、目指すスタイルには到達できなかったのです。つまり、五線紙と鉛筆があればどこでも作曲できる、という能力ですね、そこまでは身に付かなかったのです。音感を磨くにはスタートが遅過ぎたので作曲をする時は楽器(ギターかキーボード)がないとできないのです。で、ふと最近気付いたんですが、よく白い紙にむかって書いてるんですね、これが。そうやって仕事しているわけです。
たとえばお電話やメールでご相談をお受けした時に、オーラのバランスをみるのにさっとスケッチをして状態を調べてからアドバイスをしたりします。それからブレスレットをデザインする時も、白紙の紙にペンで石の配置を書き取っていくのです。気付いたら紙とペンで仕事していたわけです。今でもこれが五線紙だったらな〜と思ったりもします。でも他の方法で作曲はできるから、まぁよしとしましょう。あまりあれもこれも才能を持っていたら、きっと時間が足りな過ぎてバランスを崩したかもしれません。足るを知ることもまた人生。それよりも、今の自分ができることをもっと磨いて掘り下げていく努力を怠ってはなんにもなりませんから、せいぜい精進をして皆さんのお役にたてるようにがんばっていこうと思います。
紙は無印のレポート用紙、ペンはパイロットの三色ボールペン、これが商売道具です(笑)。

美しいと感じる体験

人生でとても大切なこと。それは美しい、と五感で感じる体験ではないでしょうか。
ぼんやりと風景を見ていても、あまり感動はないのです。が、晴れやかな気持ちでゆとりのある予定で、心おきなく共にすごせる人達とながめる風景はとても美しく見えるものです。美しさをいったい、私たちはどこでどのように感じているのか。

音楽でも、絵画でも、人間のドラマであっても私たちはよく「胸をうたれる」という表現をするわけです。いったいなにが「胸」をうつのか。

ハートにはちょうど私たちのオーラの中核となるエネルギーが渦巻いています。現実の人生を見つめる心、天をあおいで神様を求める心、そういった様々な波長に共鳴する不思議な性質をもった「感じる」機能がハートにはあるのです。一方でハートのエネルギーはあらゆる事象につながっている為、汚れやすいのです。その為に、いつもエネルギーをリフレッシュしておかなければなりません。つまり「呼吸」ということが非常に大切になってくるのです。
もし、うつうつとした気持ちで花屋に行っても、花の輝きを感じ取って軽やかな心もちにはなれないかもしれません。でも、少しがんばって花の香りをしっかり心に吸い込んでみようと努力をしてみる。すると少しずつハートのエネルギーが解放されて、花がもつ優しさ、暖かさが胸に伝わってきます。

どんな場面でも、少しだけがんばって呼吸をしてみる。澱んだものをはき出してみる。すると、見える世界が一瞬にして変わるのです。それまで気付かなかった美しいものが自分の周りにたくさんあることに気付かされます。心を開く、とはまさしくこういう体験でしょう。でも、その為には呼吸を忘れてしまってはいけないのです。

美しい風景がそこにある時、まずは思い切って胸をひらいて呼吸をしてみる。天からの恵を受けとる、大地の豊かさを踏みしめる。そんな気持ちで自然を感じながら。すると少しずつ見えるもの、聴こえるもの、肌で感じるものが変わっていくことでしょう。

呼吸をすることで感動できるようになれば、自分の呼吸のひとつひとつのリズムがこの地上のあらゆる命とつながっていることがわかってきます。私たちはたった1人で存在しているのではなく、無数の命の連鎖のなかで生かされている存在だと呼吸が教えてくれるのです。その時、この地上は無数の美しい命で満ちているのだ、ということに感動できる瞬間がやってきます。どうか生きているうちに、そんな感動に心うちふるえることができるように…。呼吸をいつも忘れないようにしてみませんか。

あるがまま、という知恵

20年以上前に、お世話になっていた精神科のドクターに教えてもらった言葉です。森田療法で知られています。
当時はパニック障害という病名は存在せず、ましてうつ病などといったら社会復帰は永遠にできないと思われていましたから、自分もふくめて世間でそういった心の病を背負っている人達は、ひたすら隠そうとしていました。職場の仲間にも絶対にばれないように歯医者に通院しているふりをして通っていました。持ち帰る白い紙袋には歯の痛み止めではなく、安定剤と抗うつ剤がはいっているわけです。
誰にも相談できず、おもいあまって通りかかって見覚えのあった病院に飛び込んだのですが、とても穏やかな先生で、どんなにネガティブなことを言ってもさらりとかわしてくれたものです。よく深呼吸をしなさい、ということも注意されました(覇気もなかったので、きっと呼吸も浅かったのだと思います)。そして「あるがまま」という言葉について考えてみてください、と。思えばあの先生もどこか超然としていて出家したお坊さんのような空気をもっていましたね。(まだお元気なのだろうか)

昨日の講座で出席者の人達にも、カルマについての解説をしながら、自分が若い頃に「あるがまま」という言葉を学んだ事によって人生のどん底からはい上がることができた、という話をしたのです。逃れられない運命もあるけれども、カルマの呪縛から逃れる方法は必ずあるのです。でも私たちは簡単にカルマの実体を理解はできません。神様の考えなどわかるはずもない。けれども、カルマの呪縛にけしてとらわれ過ぎず、宿命を宿命のままに放置せず、自由意志が作用し得るぎりぎりの臨界地点で踏ん張る生き方は「知恵」があればできるものです。その最初の知恵が「あるがまま」なのではないか。
現状に嘆いてばかりいないで、まずはあるがままに受け止めていく。そこで耐えながらも、虎視眈々と機会を逃さないように情念を消さぬように生きていくのです。

そしてもう一つはあまりがんばらないこと。

自分の人生のポリシー、さして自慢できるものはないのですが、あるがまま、ということ。そしてがんばり過ぎないこと。この2つは、身体と心をすっかりボロボロにしてしまった二十代で痛いほど実感しながら会得した知恵なのです。

我が道

本日はカウンセラー養成講座。今年からいよいよ本格的に始めることになりました。最初のクラス、1回目のレクチャー。びっしり2時間半。でもあっという間でした。参加してくださった人達の意欲もびしびし感じ、こちらも予想以上に気合いも入りました。そして、今日のレポート課題、次回の予習課題もたっぷり。内容はどんどん実践的で高度になっていきます。でも、自分なりに通ってきた道ですし、少なからず知恵なり糧としていただける内容になっているという自負があります。一日もはやく多くの後継者が育っていってくれることを願うばかりです。とても楽しみな1年になりそうです。

もちろん、人の成長発展はなにもカウンセラーになる道にすすむだけではありません。それぞれの在り方が必ずあるのですから。一人一人の個性を尊重したありかた、方向性についてお手伝いをさせていただきたい。ひたすら、その事を追求していきたいのです。それがわたしのわたしらしい道の歩み方だと思うから。遅くなってしまいましたが、今年もこんな方針でまい進していきますので、どうかよろしくお願いいたします。

(やっぱり自分はタイミングが旧暦の人なんだな、と。やっとこさ新年を迎える気分になってきましたよ。)

最後で、そしてはじまりのホログラム

私のリーディング(霊視)の方法は、滝にうたれたり野山のなかで長い年月瞑想を重ね、月や星をあおぎみる時間のなかで会得してきたものです。原点は修験道にあり、密教に通じ、神道にも礎をおいてはいますが、どう実践し、どう活用するかという事についてはひたすら瞑目するなかで天啓を得て修得してきました。これらは神伝レイキとして、またインフィニティをはじめとする光の技法としてほんの一部の方にはお伝えしてきました。ですがいまだその数パーセントも開示できていません。それはまだ自分が十分に修得できたとはいえなかったからです。これらは独自のホログラムを通じて情報として、また具体的な技法として受けとってきました。ホログラムというのは立体的な映像で、それが生き生きと、そしてありありと心眼に写るのですがその意味をひもとき、そして実践できるまでになるまでには途方もない時間がかかります。おいそれと人様の人生に関わる場面で試すわけにもいかないので、ほんとうに使えるのかどうか、意味を成すのかどうかは少しずつ自分なりに試してみる他はありませんでした。このホログラムを使って時空を読み解き、前世をひもとき、時に未来を読み解くことができるようになりました。そして、最後のホログラムをやっと解読できました。それは天地調和という光の世界と、この地上の完全な調和を表わす図形で、その中心を見定めることがずっとできずにいたのです。
最初の点はこれで打つことができた。果たしてこれが機能するのかどうか。これから皆さんの為に役立てられる技法として発展させられるのかどうか…。かつてお伝えしていた技法を改めて磨きなおしながら、意欲ある方にはどんどん学んでいただきたいと思っています。