変わるべきもの

この世のすべては常に変化し続けていく。発展があり同時に淘汰がある。少しだけ世の中の本流とは違う場所にいて、こういう仕事をしていますと人とは違った視点になるのは当然かもしれませんが、それにしてもこの頃の社会情勢は日々大変革の連続。特に北海道はあまりいいニュースがありません。それでも時は流れ、起こるべきことはすべて起きていくのだなあと感じさせられるのです。

行政だって、教育だって、そして医療福祉だって毎年のようにどんどん変わっていきます。ヒーリングやセラピーの世界もずいぶん激しく変化を繰り返しているように思います。そんな中であまりにも変わっていないシステムは、どこか欠陥があるのではないかとすら思います。歴史的なもの、伝統的なもの、そのままで残すことに意義あるものは除いて、変わらないものはそこに問題をはらんでいきます。

普段、私はほとんどカルマについて言及しません。その原理をひもといたり、考えたりする暇があったら「日々為すべきことを為す」べきだからです。そうでもしないと時代が産み出すカルマを解消しきれないのです。時代はどんどん動いている。だからひとりひとりにみあった「今日為すべきことを」を見誤らないように注意しながら前進し続けていくべきでしょう。カルマの解消という言葉がありますが、こういう考え方がいったいどこからどうやって産まれたのかしりませんが。カルマは普遍的に存在しつづけるものであって、解消すべきものではありません。変化する時に、あらゆるものからカルマは発生します。カルマは宇宙の法則として「消滅」に自動的に向かって振動を始めるのです。ただそれだけです。そこに私たち個々の自我が作用することはありません。カルマを解消するのではなく、カルマが発生しつづける日々の波動のゆらぎのなかで、自分の人生の流れをみすえ、魂の本質がささやく目的にむかってひたすら信念をもって前進し続けていくこと。そうすればカルマの法則に自然に従っていく事になります。私個人はカルマについて理解したり、ひもといたりする必要はなく、すべてはオートマティックな調和の方向に動いているのだから、もっとシンプルに生きるべきだと考えています。スピリチュアルな考え方、視点は時に役に立つのですが、まったく不要な考え方もたくさんはびこっています。選ぶこと、見極めることは難しいかもしれませんが、あまり深入りしないほうがいいこともあるのではないでしょうか。思想家になりたいのでないのなら。

あるがままに伝える

気付いてみると、ずいぶんたくさんの人にさまざまな技法を教えたり、知恵をひもといてさしあげたりしています。自分が人の上にたって導いたり、応援したり、ということは思ってもみない事でしたが心の底では願っていたことだったのです。でも、ここに至るまでの人生の過程ではいろいろなことがありました。結果的にはとても遅咲きだったといえるかもしれませんが、やはり教師という立場になったということです。「やはり」というのは父が教員だったからです。生涯を現場に生きた人で、教頭や校長になることはみじんも頭になかったようにみえます。というより、その道は大卒ではなかったが故にひらかれていなかったのかもしれませんが…。いずれにしても引退した今となっては、そういう人生こそ父が望み、選んだものだったろう。そして、その道は今、私にとってはとてもしっかりした道しるべになっています。長い年月、教壇に立ちつづけた人生の大先輩を父親に持てたことはなによりの誇りとなりました。

ここにきて、やっと追いついたのかもしれない、けれど父が生涯現役だった年月、教師という立場を貫こうとするなら、私の場合は始めるのが遅かったですから。80歳まで長生きして現役を貫かなければならない計算です。そこまでがんばれるものなら、がんばってみようと思うのです。ただ、課題はとにかく身体を大切にする、ということです。もう無理はできませんから、体調と相談しながら自分のペースを守っていくこと。そのことを日々、自分に戒めるようにしています。

こんなに忙しそうにしていると、よく体調のことを心配されます。忙しそうにみえるかもしれませんが、休息はしっかりとっています。その上、体調を保つ工夫を自らが実践することをそのまま皆さんにお伝えしています。この頃は、例えばレイキにしても、自分が日々実践している方法を、そのまんまセミナーで公開しているのですが、自分がやってみて効いているのですから、効かないはずがない。すごく効果があったと喜んでいただけます。

自分が楽になれる、疲れがとれる方法を自分の為に実践するようになったら、そのことで人に喜んでもらえるのです。こんなに素晴らしいことはありません。これまでは若かったせいでしょう、人に教えるということを気負いすぎ、がんばりすぎてきたようです。気負いが生徒さんにはプレッシャーになったり、こちらの言葉が強すぎたり、とげがあったり。それでは長続きもしないし、学ぶほうも大変だったのではないかと思います。人間、年をとるとやはり丸くなるものですね。サロンをひらいてまだまだ年月は浅いのですが。人生はとっくに折り返しを過ぎましたので人間はどんどんこなれてきたかもしれません。

これからはより、自分らしくあるがままに、いろいろな勉強を皆さんと一緒に続けていき、効果を共感しあっていきたいと願っているのです。

なにか足りない

レイキをもう随分長いこと実践しています。自分の体調も調整できるので、本当に重宝しています。レイキを学び始めた頃はおそらく肉体もまだまだ若かったのでしょうね。でも、サロンを開いてからというもの、休みもあまりとらずにほとんど事務所にいてカウンセリングをしたり、なにか作ったり、あるいは基礎研究をしたり…。学び、実践し、反省し、そしてまた学び、実践し…の繰り返しです。

それでもなにか足りない。ということは正直なところ、ずっと感じていました。レイキ治療をしてあげていながら残念ながら若くしてガンで亡くなった方を何人か看取ってきました。またもっとレイキが効果を発揮してもいいのに…とヒーリングを行なっていて感じることも少なくありません。レイキの効果はもっと出るはずなのです。しかし、今は非常に無念としかいいようがありませんが「理想的なヒーリングを提供できる状況」が整っていません。レイキを実践すればするほど、ある方向に理想的なヒーリングの形式があることがみえてきます。それは奇しくも戦前まで行われていたシステムと非常に似ているのです。やはり昔から伝えられている通りにやるのが一番いいのだ…それを日々、痛感するのです。が、当時(昭和初期)のレイキ治療院ではお金の代わりに野菜や魚を受けとっていたといいます。治療家になる人達はボランティアが多かったようですから、それも可能だったのかもしれません。

あの時、もっと手をかけて、時間もかけて、必要なだけの頻度でレイキ治療を実践してあげることができればもしかしたら救えた人もあったのかもしれない…。そんな悔いを残さないようにするには、できるだけ理想的な治療をほどこすしかない。その為には経営基盤をしっかりつくり、人手をあつめて安定した仕組みを作った上で行なっていかなければならない。そうでなければどんなに素晴らしい療法だとしても、その真価を発揮することはかなわないかもしれません。

レイキは米国では補完代替療法です。日本でもガン治療に取り組んでいるNPO法人ホリスティック医学協会の帯津先生がホメオパシー(海外の多くの国で補完代替療法として認可されています)を導入していることが知られてきました。帯津先生はガン患者の症状緩和に対してホメオパシーが大変に効果があったことを幾例か報告なさっています。ホメオパシーは海外では医者がホメオパシーを学び、処方しています。学ぶべき人が学び、実践すべき人が実践することが理想のように思います。ホメオパシーは処方が大切ですからお医者さんの領域ではないだろうか。レイキは処置が大切であるから、これはどちらかといえば看護士さんの領域かもしれません。末期ガンともなれば、毎日最低でも数時間のレイキ療法が効果が期待されるのです。それもヒーラーは一人ではなく、二人か三人。でもそこまで人手をかけるのは簡単なことではありませんが、家族でもできるのですから一家中でレイキをほどこしてあげればなんとか実現できる体制なのです。一家に一人、レイキマスターがいれば一族全員がレイキヒーラーになれます。そんな家庭が増えることを本当にいつも願っているのです。

学ぶこと、始めること。

セラピストになりたい、というご相談を数多くいただきます。なかにはいろいろな勉強に着手している方もいらっしゃるけれど、まだこれからという方も多いのです。やってみたいのであれば、どうしてひとまずは勉強をはじめないのかな?と率直に思います。いろいろなセラピーがあって、情報もたくさん出回っています。最近は多方面にわたるセラピストが次々に活動を始めていますから、アンテナをはっていればそれなりに出あうのではないでしょうか。まずは体験したり、セミナーにでむいてみたり、本を読んだりして、下調べをしてみる。これはと思うものがあれば講習内容について問い合わせてみる。費用や期間がおりあえば学んでみる。そういった段取りは各自が思うように自由にやってみたらいいことだと思うのですがどうなのでしょう。

また、なにがしかを学んでみた、という人もこれまた多くいらっしゃるのですが、なんらかの形で「始めてみました」という人は非常に少ないのです。さほど専門的に勉強したわけでもない、人からお金をいただくほどでもない…照れや自信の無さ、あるいはあまり時間がない等いろいろな事情はあるにせよ、せっかく学んだ技法を実践してみないのは、なんとも「もったいない」ように思います。鉄は熱いうちに打て、ともいいますから気持ちが高まっているうちに身近なところでなんとか機会をつかみとって頂いて、実践してみるようにするといいのになあと思うのです。

でも多くの人はこういいます。どれを選んでいいかわからない、体調が、気持ちが、時間が、お金が…。もちろんどれも大事な課題です。でも「学んでみる」あるいは「はじめてみる」という前提で考えていかなければ、なにも変わらないのではないでしょうか。一日に一ミリずつでいい、アリのような、亀のような歩みでもいいから目標にむかって積み重ね続けることはとても大切だと思うのです。

試験運用

皆さんはスカイプ、使ってますか。世界中の人と無料で話せるので便利ですよ。僕は仕事に使ってます。ただ、慣れないと難しい面もあり、ちょっとだけ苦労します。あまり使わないと腕がにぶる、ということでスカイプの練習会を催したいと思っています。ただ、通話のテストをするだけですが…。昔々、アマチュア無線をやっていた頃、アンテナを設置したり、新しい通信機を作ったりした時は試験運用をしながら調整をしていくんですが、パソコンやソフトもセッティングをしっかりしておかないと、いざという時に使えませんしね。(スカイプ利用の依頼がさほど多くないのも、そういう理由なのかしら…とも思ったりします)

遠方の方で、そのうち電話セッションの依頼をしたいなぁ〜などと考えている方も、よろしければこの機会にスカイプをセッティングしてみてはどうでしょう。日時はおってSNSで告知します。6月上旬か中旬ぐらいまでには一度、試験通信をしてみましょう。(ほとんどのWindowsパソコンの方はおそらくヘッドセットを購入しないといけないかと思います。Macは最近の普通の機種はマイクだけでなくカメラも標準装備ですね。)

勉強。

ふり返りますと随分といろいろな勉強をしてきました。どうも未知のジャンルに遭遇すると燃えるタイプらしくて、いったん熱くなるととことんつきつめたくなる。一方で、これは自分に向かないとわかると、途端に投げ出してしまいます。学業はそういうわけで、すごくよくできる教科とそうでない教科の差がはげしかった。まんべんなくほどほどに、ということが全くできない。なんで必要ないことを必死に覚えなきゃならんのよ?と心がつぶやくと、そんな自分に嘘をつきとおせなくなってしまうんですね。自分に馬鹿正直なのかもしれません。もっとも中高生の頃はそれでも、なんとか自分を抑えていましたが、大学に進んでからはどうしてもおさえきれなくなり、次々に単位を落としまして…。こりゃ卒業は無理だと悟ったのが3年目の夏頃だったでしょうか。秋風が吹く頃には退学を考えていました。その冬には大学を辞めて就職してしまいました(笑)。そこからが破天荒な人生のはじまり…。

でも、常に勉強してましたね。明けても暮れても勉強、勉強…。そうしないと追いつけなかったので。必要に迫られて、でしたが好きな事っていくら勉強しても飽きないんですね。情熱が延々と続くのです。燃え尽きるということがありません。次から次へと新しい変化がやってきて、どんなに食べても満腹にならず、飽きることもなく…。

今でも、日々勉強です。もちろん、今となっては尚のことですが、これは!と思うものでなければ取り組めなくなってきました。時間もないし、集中力も限られているし、なによりも目が疲れやすくなってきた(笑)。まだ裸眼で文庫本読めますから大丈夫ですけど。

多くのことを学んで、それぞれのジャンルを自分なりに一定のところまで探求できたと思う。でも全てが生かされているわけじゃない。いつか役にたつかな〜と思って学んだ事でも、いまだに、そしておそらくこれからも、もうその知恵や経験は生かされないだろうと思うものもあります。でも、それでいいんだな、と割り切ることにします。いつかなにかそれを生かす機会があるかもしれない、と考えているとその資料やメモを捨てられない。雑学博士になりたいわけではない。それに、これからかつて学んだことが必要になったとして、もっと上手な人や詳しい人がいるかもしれないので。その時は、自分で調べなおすのではなく、誰かにお願いをして助けてもらうことにしよう。

なにかを学び、修得していく、ということはその分野に対する好奇心、向学心、情熱を終わらせる、そして手放していく。それによって自分をより洗練されたシンプルな高みへとうながしていくことにもつながると思う。だから、これからも勉強はしていくんだろうな。そして、学びを終えて、手放して。そしてまた何かに絞り込んで、よりレベルの高いところを目指していくのかもしれない。

北海道の為に

より北海道の人達の為にお手伝をさせていただきたい。限られた時間ですので、いろいろと悩んだ末、受付けの間口をある程度狭めていくことにしました(電話カウンセリングは初めての方からのご依頼をお受けしない方針に切り替えました)。自分の使命としては全国区ではなく、まずはこの大地から。この土地で生かされ、成長させてもらったのですから、まずこの土地に住まう人達に感謝し、恩返しをしていかなければなりません。全国区にむけての対応は、いずれなんらかの形で自分が大きくなれた時に別の形で実現できれば、と願っています。

道内の遠方の方で、なかなかおいでになれない方にとってはご不便をおかけしますが、ご紹介があれば電話での対応も致します。知人につてがない、という方(地方の方はまったくつてはないと思いますので…)は、道内で推薦できるサロンをリンクで紹介していますので、一度なんらかの形で出向いていただければ紹介を受けることができます。

北海道に今、そしてこれから先生きていく人達、来世で生まれ変ってくる未来の子供たちがより豊かで充実した転生を歩めるように、すべて力をだしきっていきたい。

改めてそう願っています。どこまで、なにができるのか、できないのか…。確かめてみます。

本州以南から、はるばるカウンセリングやレイキを受講にきてくださる方も数多くいらっしゃいます。本当にありがとうございます。これからも、変わらずおつきあいをさせていただきたいと願っております。
(尚、東京から航空機でおいでになる場合は、よろしければ道産航空会社のエアドゥをご利用ください。)

レイキとの関係。

ふと、なぜ自分がレイキを伝え、広めているのだろうな…と考えた。天の師、曰く。「あなたが変革者だから」だそう。師もレイキを通じて私たちの精神に変革をもたらしたいのだろうと感じた。

考えてみれば、自分は伝統というものと対極の位置にいるのだと思う。古いものをもちろん否定はしないけれど、新しいものがどんどん産まれつづけ、変化しつづけていく様が自分にはとても美しいと感じる。また、本当に素晴らしい価値をもつ伝統は、どんなに新しいフォルムにつつまれてもその真価を失ったりはしないと信じている。本物であるならば、誰の手に渡ったとしても輝き続けるはず。

伝統を否定はしないし、決別もしない。が、自分は常に変革者であり続けようと思うのです。

亡き人の思いをつづる詩

「この世に亡き者より」

私のなきがらに伏して涙するあなた
あなたの悲しみを私は永遠にわすれない

私の思い出にすがり、それを再びとりもどしたいと
神様に願うあなた
あなたの切なさを私はいつまでもわすれない

あなたが私を思う時、
私もあなたを思う

あなたが私と暮した時を思い出し、
その甘く、ささやかな幸せの風に
身を委ねていた瞬間がよみがえる。
その刹那を私は生きている。

あなたが私を思えば思うほどに、
私はふたたびよみがえり、あなたの中に生きられる。

あなたがすでに失われた私の身体を
思い出し、それを取り戻したいと
天に泣きすがる時、あなたの流した
涙のなかに私は生きられる。

涙かれるまで、
悲しみにくれるがよい。
その悲しみのなかで、私はあなたを思う。
心はりさけるまで、
別離の寂しさにうちひしがれるがよい。
その痛みのなかで、私は呼吸する。

あなたが私を取り戻したいと
神を憎んだとしても、
その憎しみというカオスのなかで、
私は泥を味わい、澱みを呼吸し、
あなたを思うだろう。

あなたが私を殺した人達を憎み、
偽善者達を攻撃し、罪深き闇に落ちたとしても
あなたの怒りのなかで、私はあなたを愛する。

あなたの怒りを、あなたの憎しみを
私の愛で、光にかえよう。

だから、涙かれるまで、
私を思い、探しもとめるがよい。

別離の痛みで心がはりさけても、
この世のすべてを憎んだとしても、
神そのひとを敵に回したとしても、
私を追い求め、すがりつくがよい。

あなたの祈りのなかで、私は生きつづける。
そして、あなたを永遠に思いつづける。

私の大切なひとよ。
私の永遠なる思い人よ。
私たちの絆は永遠である。

聖なる道

カウンセラーやセラピスト志望の方がたくさん集まってくださるようになって、そのことはとても嬉しいし、とても教えがいもあって充実感を感じます。一方で、興味本位としか思われない問い合わせもあって対応に苦慮することもないわけではありません。

私がやっていることは率直に霊能者育成なのであって、技術論は二の次です。霊的な回路がひらかれてないと人の為に研ぎ澄まされた直感をいかした対応はできないわけです。その素質を見抜くのが私の大切な使命の一つです。素質があれば霊的な回路をつかった「情報の送受信」ができます。そこから先は、現実論になっていきます。現実論ももちろん非常に大切です。どのように人と向き合っていくのか。自分のサロンを持つとなりますと、そこから先はラーメン店やカフェを開くとの同義。世間一般の人達とまったく同じ苦労を背負うことになります。加えて、継続的に修行も続けなければ能力は伸びませんから、並大抵の苦労ではありません。それだけの覚悟をしっかりとしていただくことが「絶対条件」になるわけですが、それでもやらねばならぬ、という責任感と自負をもった方を選び抜いていきます。

人にはそれぞれ適した生きかたがあります。自分らしい、自然な日々のありかた。それを見つけることはさほど難しい事ではないはずです。産まれそだった環境、今日までの人生の流れ。そこからあまりにも逸脱することはとても不自然だし、エネルギーをたくさん消耗します。

私自身もふりかえれば、いくら幼少期から霊感があった、家庭環境のなかで先祖を供養したり霊能者に相談することは日常だったとはいえ、社会的には一家そろって「霊的なもの」をひた隠しにしてきました。とても辛く、苦しい家族の記憶があります。それは差別だったり、いじめだったり。言葉にはいえないとても切ない記憶を私たち一家は背負って生きてきました。

大学こそ中退しましたが、私が無事に社会人になってそれなりに出世をした様子をみて両親、兄弟はどんなに安心していたことでしょうか。が、30代半ばで悪夢のような霊現象がふたたび自分に起きるようになり、それを思い余って母親に打ち明けた時のなんともやるせない表情を、私は永遠に忘れることはできないでしょう。なぜ、神様はこんなにも私や家族を追いつめるのだろう。なぜこのような試練をお与えになるのだろう。その疑問、その怒りはどこにも、誰にもぶつけることができませんでした。そして40歳を目前にそれまでに築いた社会性を捨てて、霊能者として生きる道を選んでしまいました。すべてゼロになりました。貯金も、友達も。そこから立ち上がる為に膨大なエネルギーを消耗しました。老いた両親にふたたび心配をかけました。なんとも罪深い生き方だと思います。

ですから、無駄に霊的な世界に足をふみいれたり、生半可な気持ちでのぞき見ようとする人達を、私は断固として拒絶し、戒めてきました。これからも一層、それは強くはっきりと申し上げていくでしょう。

それほどまでに辛く、厳しい生きかたです。霊的な世界と関わる、ということは本来の人間には必要のないことであり、そういった生きかたを求められている人は原則としてはいないのですから。

でも、時に神様は地上に聖霊と共に歩む人材をお望みになります。聖霊と共に…ということは、聖なるものではない霊魂を見極める必要があるのだし、その対処がすべてできなければならない、ということです。

私が聖霊と共にみなさんを祝福する時、それは皆さんは光と共に未来へ歩み進んでいけるということです。邪悪なものと対峙し、それらと向き合い、あらゆる霊界のさまざまなゆらぎや不調和から解放する技術を一生かけて学んできました。いつも、私のなかには聖霊があり、皆さんと向き合いたいと願っています。そして、そのように生きてみたい「聖霊の末裔」である魂を宿した方を更に見いだし、育成していくことは私が神様と約束をした非常に大切な使命なんです。

人の生きかたを私は最大限に尊重します。けして裁いたり、コントロールしたりしません。聖なる生きかたができるかどうか。その判断は聖霊がするのです。