ひとりひとりのリアリティ

リアリティ。実感。手応え。言葉にするとなんだかもの足りないのですが、あえてリアリティということを考えてみます。

自分が一番、こだわっていることは「ひとりひとりが見えない世界のことを、現実になぞらえて実感し、しっかりつかみとっていただきたい」ということ。観念、概念、理念というものを植え付けたいとは思わない。もちろん単なる知識を伝えたいとも思わない(だから本を書こうという意欲がわかないのかもしれない)。直感的なものよりも、もっと五感にちかいものとしてスピリチュアルなメッセージだったり、気付きをお伝えしていきたい。

その時に、一番わかりやすく手応えを感じていただけるものとして「レイキ」を選んだのです。次は音楽でしょうか…。ただ、音楽はひとりひとりに伝えるにはあまりにも時間も手間もかかりすぎるということで、今はほとんどレイキと、次に「言葉」を手段として選んでいます。

「言葉」で伝える…つまりカウンセリングです。その方にとって一番、現実的に、リアルに感じ取ってもらえるものをお伝えしたいので言葉をとても選びます。その為に、相当のインタビューが必要なのです。生活の背景をある程度お伺いして、そのうえでなるべく共感していただけるような言葉を選びます。結果的にたくさんの例え話をします。きづくと落語家のようにひとりで二役ぐらい演じながら話していることもある。どこからこんなに話題が飛び出すのかというぐらい、例え話については機転もはやく、ネタが途切れません。きっと落語家さんの守護霊さんでもついているんでしょうね。

かといって観念的な言葉を使わないわけではありません。キリストやマリア様やブッダの話題もよく出ます。観音様や天使や聖霊の話もよくしますし、自然界の神々(アイヌ語でいうところのカムイ達)についてもよくメッセージが届きます。宇宙創世の話もでることもある。それらは多分に宗教的でもあり、哲学的もあり…。とにかくいろいろな表現があります。そのほうがご本人とってよりリアリティが感じられる場合もあるからなのでしょう。

最近、たくさんブレスレットを作ります。時にはその方の「本質」を現わすような石の組み合わせを選ぶ事もありますが、そんなのを作ってお渡しすると、非常に深いところで共鳴していただけるようで、魂レベルの気付きがあるという方もいます。でも人の意識はどんどん変化していきますから、普遍的で純粋な波動を形にすることは簡単ではありませんね。この地上のものはすべて移ろいゆくので、安定とか調和を求めると真逆に進んでいくこともあったりします。だから、すべてがとりあえず、という感覚を受容しないとなりません。あまりふかく探求しすぎたり、真理を求めすぎたりするとなにも表現できないかもしれない、という怖れにとらわれて身動きできなくなりそうです。

※ブレスレットの完全なオーダーメードは今のところ休止中です。

トレーニング

去年はHPがまったく手付かずで、ブログ以外の更新がなにもできませんでした。年があけてからこれではいけないと一年奮起して少しずつリニューアルの準備をしまして、やっと形になりつつあります。インフラ(サーバーの再構築等)も苦労してかなり高機能にしたり、更新する為の新しいツールを導入してかなり効率もよくなったことなど。いろいろな要素が幸いして、更新がかなりスムーズにできるようになりました。ついにトレーニングの内容をきちんと整理すべく着手したところです。

HPトップ画面の下のほうにだら〜りだらだらと開店休業状態だったメニューがたくさん並んでいましたが…数だせばいいってもんじゃありませんね。内容が形骸化していたりして、早く整理しなければならなかったのですが…。おそらく見た方はかえって混乱していたと思います。いったん全て(ヒーラー養成講座はもちろん継続中)店じまいしまして、リニューアルすべきものはし、要らないものは整理して再掲載していく予定です。

変更した方針としては「トレーニング」という枠でひとくくりにして、メニューを細分化はしないという事です。個々に「なにかスキルアップしたい」という方からご依頼をお受けして、メニューについてはお一人ずつ対応していくという非常に柔軟な形ですね。入り口は一つなので、迷うことはなくなると思います。

レイキ(通常コース、プライベートコース)、神伝レイキ、ヒーラー養成講座が独立したそれぞれの間口を持っている状態です。

あと、インフィニティを含めて光の技法もまったく別枠。このあたりは変更無しです。

普遍のテーマ・子育て

今年はもうひとつ、これまでと違う切り口でひとつ新しいメニューを打ち出していこうと思っていて、それは「子育て」に関するなんらかの取り組みです。セミナーとして形にするのか、なんらかのセッションとしてもうけるのかについては、今のところは両方のイメージがあります。セミナーとしては「子育て」についてスピリチュアルな視点でお子さんをもつお母さんを対象にメッセージをお伝えしていくもの。もうひとつセッションとしての取り組みは、子育てセミナーを開催したり、指導できる先生を育成したいのです。その為の教師育成に関するとりくみ。

子育てについては、たくさんのお母さんから今日までご相談をいただきまして、かなり経験値があります。また、非常に共通のご相談が多く、これまでに得た知恵を広くお分けしていきたいと思っています。お子さんをお持ちの方も勿論ですが、お子さんを持つお母さんと向き合っている方、男性の方にも広く知っていただきたい事がたくさんあります。

かなりはっきりしたイメージはあるのですがまだ日程などは組んでいません。子育ては人類にとって普遍のテーマかなと思います。

基礎研修中。

昨年はパワーストーンの勉強、指導、制作にかなり比重があった。時間も費用もかなりかけた。クリスタルに関しては当初より扱っていたが、ここ2〜3年ぐらいはいわゆるパワーストーンと名がつくものはできるだけ多くを下調べをして、実際に扱ってみた。決算時に判明したことだが自分としては大変な投資だった。けしておごりではなく、石はもうマスターした。で、次のテーマは水。水の波動的な作用を基礎から勉強してみようと思い立ち、ひとまずフラワーエッセンスを研究しています。こういったものはイギリスが本場で、日本では知らない人のほうがはるかに多く、知っている人でも本を読んだとか、使ってみた、ということはあっても本質的にはどうなんだろうという議論はきかないし、されてもいないようだ。文献もまだまだ少ない。そもそも新しいものなので、さほど研究されつくしているようでもないが、それでも普及してしまうあたりイギリスっていう国はやっぱり魔法がつかえて普通なのかもしれない。

以前からわかっていた事なのだが、水の波動にはあまりにも敏感に反応してしまう体質で、少しずつしか試せない。北海道でしか暮せない、というのもやっぱりなぁと再確認してしまいます。日本はとても水が豊かな国。そして北海道はまだまだ手付かずの美しい波動をやどした水がある(だんだん少なくなってきたようで心配になりますが)。

エッセンスについてはいつどんな形で皆さんのお役にたてられるのか、まだまだ未知数です。それとクライアントを募るようなことはしないと思います。処方する指導者を育成していきたいのですが、もし待ち切れない方がいらしたら一緒に勉強しましょう。

愛の形

愛にはいろいろな形があっていいと思う。

若い頃から、非常にマニアックな愛の形について好奇心が旺盛なほうだったと思う。自分は性的な倒錯者なのかとちょっとだけ悩んだ事があった。が、今では一応、普通かなと思う。自分がいったい「なにに興味を魅かれていたのか」ということを分析するなら、多様性なのだろう。もっといえば「超個性的」な表現だ。この世で誰も真似できないたったひとつのユニークな愛の形。そういった独自性、創造性に興味を魅かれてきたし、それは今でもかわらない。

こういった精神性が自分のなかにあるのは、つきつめれば「霊的な世界ではあらゆる愛の形が許容される」というルーツにさかのぼる。もちろん、地上でもそうであるように霊界にも厳然とした掟(地上でいえば法律、常識、道徳といったようなもの)があるのでそれを守った上での話だ。物質的な制約がないのであらゆる表現が可能である。たとえばイルカに乗って遊ぶといった程度のことではなく、イルカそのものになって海中で愛をつむぐ…といったような自己実現だって霊界ではいとも簡単にできてしまう場合もある(何度もいうがそれはそれなりに幾多の条件があって、皆がそういうことをしているとは考えないで欲しい、あくまで可能であるというだけのこと)。

話を広げるとまとまらないので、ひとまずここでは「霊的な事象においては愛の形に制約はない」という定義を有効にしておこう。そして、この視点が若い頃から自分のなかには宿っていた。だから、いくら恋愛小説やドラマをみてもそれらの愛の形はとてもつまらなかったし、精彩を欠いたものにしかみえなかった。そして、ここにきて霊的な視点を「恋愛問題」をかかえる人達にお伝えする立場になり、やっと自分がかつてから抱いていた「あらゆる愛の形を許容する感覚」が生きてきたと思う。

ここで「カルマ」の話がどうしても出てくる。ご相談にみえる方のほとんどは「罪悪感」をもっていらっしゃる。これは人間としては当然のことなのだが、世間一般的には「不道徳」な愛の形をいとなむということは、必ず罪悪感につながる。が、現実世界で抱く罪悪感がすなわち「魂の世界でいうところのカルマ」と同義ではない。カルマについてはほとんどの方が誤解をしているし、思いこみがあるようだ。ご本人が思っているような形でカルマの法則が働くことはない。が、気付かなければ全く別な方向でカルマの法に触れていることがあり得る。カルマの法は、魂の根源において「自らを愛せない」ことについて一番強く作用すると思って欲しい。

だが、現実世界に霊的な真理をあてはめることは簡単ではない。人それぞれの「現実の枠」があるから。時間も有限だ。許された命をどう生きるか。愛を形にし、魂を磨いていく為にはどうしたらいいか。一緒に模索していこうではありませんか。

ビジネス論

自分は2001年に脱サラしてプロの霊能者になった。当時はまだスピリチュアルなんて言葉に誰も見向いてくれない時代。前世紀のカルトが暗躍したネガティブな印象から脱却できない空気が満ちていた。そんな時代の空気のなかであらゆるリスクを背負って、世間からみれば十分に安定したポジションと待遇を捨てた。本当のことをいえば誰も賛成してくれないのはわかっていたので、「当面は音楽の仕事があるから…」と周囲にも自分にも嘘をついてとにかく事務所を立ち上げた。そこで音楽を作りながら、少しずつ霊能者として活路を模索する、という魂胆だった。2年間は芽がでなかった。理解してくれたり、共感してくれたりする人が少しずつ現れたが、世間とどんなふうにおりあっていけるのか可能性はまったく見えなかったし全てが未知数だったと思う。それでも生き延びられたのは奇跡のようだ(実際には音楽の仕事では食べていけなかった)。

ずっとサラリーマンだったから、自営業のやり方もどんなものかも知らなかったので、1年目は自分で帳簿をつけたり確定申告の段取りだけで非常にプレッシャーを感じた。安定した収入がなにもない中で、体調を壊したりもして、その度に自己破産→一家離散→ホームレスという悪夢を何度となくみたものだ。今でも悪夢をみないといえば嘘になる。が、いい夢も見るようになったので相殺しているのだろう。

スピリチュアルカウンセリングという仕事は、霊能力を使うわけでそこにおいては「宗教的」なアプローチもあったのかもしれない。1時間幾らという料金設定に最初は非常に違和感があった。お布施でいただいたほうがいいかもしれない、と真剣になやんだ。が、そうなるとお金の動きが宗教のそれのようになってしまう。自分はけして教祖様になりたいわけではないのだから、そういう方向には絶対に向きたくなかった。が、自分という存在を世のために生かす為に、なにが最善なのか方向性がみえない中で、あらゆる可能性を考えたり模索したりする必要があった。お金のことはいつも頭が痛い。

2002年にはじめて確定申告というものをしてから、もう6回目の申告である。昨日、ほぼ段取りが完了してあとはサインするだけとなった。サインといっても電子申告なので税理士さんのパソコンにパスワードを入力するだけ。

プロとしてこの商売で食べていくという事でいえば、完全にビジネス論になる。自分は思考回路そのものが霊界といつもつながっているのでどうも価値観も考えかたも非現実的なところが多分に多く、現実のお金のことについてはゼロから学び、感覚を磨き、やっと6回目の申告なのでやっと小学校を卒業ということなのだと思う。霊能者といったって自分の事は簡単に見抜けないので、世間の人達と同じだけの苦労や努力はしなくっちゃいけない。この世を生きるという点では、人間は皆平等である。どんなにすごい能力があろうとなかろうと、やらねばならない事からは逃れられない。そういった意味で、自分もまた世の脱サラ組の人達と同じだけの苦労もプレッシャーも感じて生きてきた。これからもそうだ。

先日、次世代DVD抗争が決着した。東芝が撤退したからだ。軍配はBlue-rayにあがったわけだが、東芝は勇気ある撤退をしたのだと思う。この決定の責任者である東芝の西田社長のインタビューに「成功も失敗も永遠ではない」とあった。また「リスクのないビジネスは成長のないビジネスだ」とも。

今、なにかとスピリチュアルが取りざたされている。やっとわずかな種がまかれ、芽をだしたというところだろう。精神世界(ニューエイジ)という言葉が海外から伝わりはじめたのは、いったいいつのことだったか…。あの頃に比べればもはや日本は不毛の大地ではない。が、おそらくこれからは激しい競争があるだろうし、雑草も無数にはびこることになる。ここから先、スピリチュアルはビジネス論で語られるようになるのかもしれない。「回復力をもち、革新を続ける。」西田社長の言葉が今、自分にはとても重く、力を感じさせる。

未来の流れ(職場、子育て)。

個人セッションでは、現在から今後の流れについて指針を訪ねられます。一番、多いのが仕事関係。同僚や部下、あるいは取引先との関係について今すぐ判断が必要ないとしても、むこう数年の間にどのような変化が起き得るのか。その時にどのように対処をしていくのが最善なのか。事前に理解しておくと、対策もスムーズです。

人間関係のゆらぎは、ほとんどの場合伏線があってすでにご自身が察知しているはず。それがどのぐらいの期間でどういった「現実」を産み出していくのか、簡単に予見はできないものです。

こういった人間関係のバランスがどれぐらいの年月でどのように変化していくか、というのは霊視というよりはヒーリングの技法を応用して読み取っています。ヒーリングを通して、人の身体と心が変化していく時、どれぐらいの年月とエネルギーが必要なのかを経験的に学んできました。私たちは現実の生活のなかで、生きる糧を得ながら心身を保ち、そして精神的に成長を遂げようとしているのですが、どんな土地に住んでいるか、どのような人間関係の中で仕事をしているか、本人の現在の体調、年齢、性別、もって産まれた気質…。これらを総合的に鑑定していくことで、今後のバランスがどう変化していくかを判定できるのです。

仕事関係では、動きが多い職場の方は半年毎、普通の業種でしたら一年に一度ぐらいの頻度でおいでになる方が一般的です。

また、子育てについても同様で、幼児期から小学校に進学する頃、思春期に近づいた頃(女の子は少し早めのほうがいいです)に、心構えを得ておかれますと、なにかと気持ちの準備ができると思います。

※2度目以降の方は、カウセリングというよりご相談のテーマにそって質疑応答がほとんどになるので、個人セッションメニューでの対応とさせていただいています。
※お仕事関係の方向性、子育てについての指針といったようにテーマがはっきりしぼられている場合は、1時間の枠で大丈夫です。

連帯。

日々、会う人は道内出身者が多い。自分も人生のほぼ100%をこの島で暮している。島というには大きいが、島は島である。江戸後期に北海道と名付けた人があって、それ以来「蝦夷地」という因縁をせおった名前から開放された。蝦夷地という呼称は、日本の歴史においても特異な存在感を放っているように思う。先住民しか住んでいなかったこの島も、この一世紀あまりで大変貌をとげた。自然も大きく歪められてしまったが、それでも圧倒的な大地と空の広さは世界に自慢していい魅力だろう。この土地のすばらしい魅力を、住んでいる私たちはどれだけ冷静に、客観的に評価しきれているだろうか…。知床が世界遺産になってもまだ、どこかぼんやり他人事のように思ってはいないだろうか。

道民ひとりひとりがこの土地と向き合い、将来の発展を願っていくことはこれから先の子孫の発展の為には欠かせない。その為にもたくさんの人が連帯していく必要を感じる。北海道はもっと自立していくべきだし、経済的にもみんなが豊かになれるようにがんばっていくべきだ。力をあわせてもり立てていこう。

旭川。

旭川の某大学で、かの著名なスピリチュアルカウンセラーさんによる講義が始まる。この事は、本人が地元のテレビ局に出演した時にも言及したようなので旭川でもとても話題にのぼっているようだ。その大学の学長さんによる事の顛末がある雑誌に載せられていた。世間はいろいろうがった見方をする人もいる。また、あまりにも著名な人なので一般の人からの問い合わせが相次いでいるのだという。学長さん自らが事情を説明するということは、いろいろな意味で世間に対して水をさした、あるいはクギをさしたというところだと思う。大学の授業について一般の人がおしかけようとしたり、世間が余計な風評を流すのはおかしい。一生懸命将来のために学んでいる学生さん達の立場をもっと尊重してあげなければならない。彼らは世の中を知らないのだから、いろいろな観点で人生を語ってくれる人に耳をかたむけることは素晴らしい学びになるだろう。だからそっと見守ってあげるべきだ。どんな大人でも、若い世代の人の為に役にたてる場面があればボランティアで一度や二度、教壇にたつことは引き受けるべき、と自分も常日ごろ考えている。

この事の発端は、看護や介護の現場にある人達が行き詰まっているケースをこのカウンセラーさんがたくさん見てきており、その点で自分が役立てるならと大学側に自らオファーしたのだそうだ。

かくいう自分も若い人達のお役にたてるならいつでもどこへでも出向むきたい。ちなみにサロンにいらっしゃる方を職業順に列記すると圧倒的に看護、介護の現場で働いている人が多い。つづいて子育てお母さん。そして、これからセラピストやカウンセラー、ヒーラーを目指したいという方。ついで、仕事や人間関係で悩んでいる方、恋愛、家庭内不和、親子関係、難病、精神的な不安定感…等々多種多様で枚挙にいとまがない。が、人の健康と、そして人生の最後を見守る立場の人達からのご相談が非常に多いのは事実だ。

自分の講演経験は、以前所属していた業界仲間のご縁で某私立音大でのそれがあるぐらい。あとは小さなセミナー等で学生さんを対象にしてお話しをさせていただいた事がある。若い人達にお会いするのは個人的にも大好きだし、楽しみでもあるので機会があれば望みたいところだ。

ちなみに、自分の最終学歴は教育大3年で中退です。その点ではハクが足りないでしょう。経歴にこだわらない学長さんや社長さんがいらしたらご検討よろしくお願いします。

レイキの効用。

レイキの効用で自分が一番、ありがたいと感じていることを幾つか。

なんといっても、日々人と向きあうことがさほど辛いとは思わなくなったこと。若い頃は非常に人付き合いが苦手で、会社員だった頃、成り行きで管理職になってしまったあたりから、毎日胃がいたかった。エンジニアだった時代は慢性的な十二指腸潰瘍もちだったのに、ますますストレスがつのってしまい、安定剤の他に胃腸薬も手放せない…といった始末。あの頃に飲んだ薬の毒気が相当、体内に蓄積されていたに違いないのです。

30代にはいってから一年奮起して、徹底的に身体を鍛えるようになりました。週に3回はジムやプール通い。毎日のジョギングは必修。週末は2〜3時間の走り込みや、登山などをやるようになりました。仕事もばりばりこなしたり、霊的な修行もはじめたり…いったいどこにそんなに時間があったのでしょう。今となっては本当に不思議ですが、どれもこなしていましたのでなにかを犠牲にしていたのでしょう。充実感と同じぐらい悲壮感と喪失感がありました。なにをやっていても孤立感が強くなるし、焦燥感もありました。現実には順風満帆にみえていたでしょう。でも内面はとても悲しい時代でした。

やがて40代にはいろうかという直前で、レイキに出会い習得します。そのいきさつは割愛しますが、レイキを習得してから、年を重ねるにつれ現実がどんどん加速するようになります。他にもいろいろな要因があります。が、ここではそれらをはぶいて純粋にレイキの効用という点にフォーカスしてみます。

一番、大きかった変化は「体質」でしょう。十数年の悪い蓄積が、体内から少しずつ排出されていきました。ときどき、熱が出るのです。風邪のような症状ですが、単に高熱がでるのです。ただじっと寝ていると2〜3日で身体がすっかり軽くなり、解毒されたのがわかりました。その他、身体のあちらこちらに微妙な変調がでるようになりました。発疹、かゆみ、痛み、鈍重な感覚…その都度、部位や症状はさまざまでしたが、まるで「どろろ」の百鬼丸のように身体の部品が順番にオーバーホールされていきました。ゆっくりですが、確実に身体が新しくなっていったようです。

この「ゆっくり」度合いは、後で気付いたのですが年齢相応の代謝の速度に準じたものだったようです。

そうこうしているうちに、精神的な疲労の回復が早くなっているのに気付きました。つまり、昔からすごく苦手だった人付き合いが、回復が早くなるのですから、だんだん苦痛ではなくなってきたのです。これはカウンセラーという仕事を選んでから、非常にありがたいことでした。

今、瞑想と同時にレイキによって自らのオーラを浄化するということを、毎日のように実践しています。今でもより上手に効率よく、オーラをリフレッシュする方法論の確立に余念がありません。日進月歩ですね。毎年、ちょっとずつ上達しています。

精神的なバランスを崩しやすい人は、オーラが乱れているととても苦しいのです。オーラを浄めてバランスを回復させる方法がなにもないと、それ以上、精神的な活動ができなくなってしまうのですから、結果的には限りなく内なる世界にとじこもっていかざるを得ないでしょう。これは誰よりも本人が辛い。

自分もかつてそうでした。今でも、精神疲労がつのると、言葉がでなくなります。思考回路と言語中枢がオーバーヒートして寸断されるのです。対話できない自分を周囲が心配したり、気を遣ったり、嫌な思いをさせるのが苦しいので、自らを消したくなります。とても悲しいことです。

今では自分になにが起きて、なぜ言葉がでなくなるのか理由がはっきりわかりましたし、どれぐらいの時間で回復するかもわかるようになりました。

以前「うつ」と診断された若い方が相談にみえました。その方も精神的な感受性が非常に豊かで繊細なので、消耗が激しすぎたのですね。それで、消耗しないようにする幾つかの工夫の仕方を教えました。自分の性質を理解し、うまくコントールして回復をうながしてやれば、ほとんど普通に暮らしていくこともできるのです。その為に人には理解してもらえない特殊な時間や労力をかけなければなりません。また、なぜそんな余計なノルマを背負って生きていかなければならないのか、も理解しておいたほうがいいですね(魂の持ってうまれた役割ということです)。

肉体がかなり若いうちは、体力・気力で勝負することもできるかもしれません。状態によりますが、レイキを習得することで自己実現が非常に加速できる場合も多々あります。