八方ふさがり

by hikarinosalon ‾ 7月 24th, 2011. Filed under: 人生の意味.

特に仕事や家庭など、逃れられない深いつながりでがんじがらめの人間関係のなかで問題に直面すると完全に煮詰まってしまうことがある。どんなに努力をしても、誠意をみせても、相談すべき人に打ち明けても、どこまでも周囲の人をまきこんでも尚、事態が膠着状態でにっちもさっちもいかないという場面に遭遇することがあります。

できればそんな状況にはどんな人だって直面したくないもの。できるだけスムーズに解決していきたい、と願うのが人情でしょう。それなのに最善を尽くしても尚、らちがあかない。本当にどうしようもなく煮詰まってしまう図式というのがあります。

ところが、そういう時であっても人は実は「答え」を手のなかに握っているものなのです。たいていの場合は「これだけは絶対に手放したくない」とか「これだけは絶対に失いたくない」というものを心の片隅で死守しているはずなんです。いや、もう自分はすべてを失いそうだ、なにひとつ執着のしようもないし、実際にしてもいないし、もはや怖いものなどなにもない。そんなふうに表面上はおっしゃる方がいるかもしれません。でも、神様にそう誓っていえるのかどうかは本人がよくわかっているのです。

つまり、人は自分の弱みを他人に見せているつもりでも、本当のとどのつまりは最後の最後で、なにかを隠そうとするものです。自分の一番の弱点をみせたがらない。それが人間の本性にあるんです。それがよいとか、悪いという話しではありません。人間誰しも意地があります。プライドがあります。ですから、こればかりはゆずれない、という一線をどこかで引いている。いくらなんでも、そこまで失いたくない、という心のなかに隠れた防御線があります。

にっちもさっちもいかない時、というのはほとんどの場合、その防御線の内側にある「心の隠された領域」に解決の鍵があります。

ただ、そのことに自分で気づくのはとても難しい場合が多いものです。その為に、すごく時間がかかってしまうこともあります。その結果、本人も周囲もすごく消耗していく・・・。長い人生において時に過酷で辛い試練がやってきてしまうのはそんな場合です。

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