忘れていたくないもの(純粋意識)

by hikarinosalon ‾ 7月 25th, 2011. Filed under: 人生の意味.

私たちはあまりにも大人になりすぎ、考えることばかり増え、本当にあるべき姿を忘れてしまっているようです。

ある素晴らしいパソコンをデザインした不世出の天才がいます。その人物、自分がデザインしたパソコンに興味を持つ大人より、子供たちを相手にしているほうが楽しそうでした。その時に彼は、「大人はなにができるのか?を知りたがるが、子供はそれでなにができるのか?を知りたがる」と言いました。機械はデザインした通りに動きます。その機能に大人は興味を持つ。優れている、斬新だ、独創的だ、と評価します。ところが子供は、その機能が優れているかどうかは気にしない。それを使って「なにができるのか?」を知りたいのですね。絵を描く機能が優れていると、大人は機能性に満足をする。でも、子供はそれで好きなアニメのキャラを描こうとする。自分の描きたい絵が描けるかどうかしか興味がないわけです。

本当に好きなこをだけをやろうとする。そういう意識はなぜか大人になると失せていってしまう。ちょっと寂しい、残念なことだとは思いませんか。

私たちの魂のなかには、とても純粋で、独創的で、自由にふるまう意識があります。純粋意識は、基本的に自由なんです。たとえば他人と自分を比べて劣等感をもったりしません。それから、人の批判にとらわれません。自分がなにをしたいか、を見失うことはけしてないのです。ところが地上に産まれかわってくると現実には兄弟がたくさんいて、みたいテレビもみられない。欲しいものだって買ってもらえない。そんな人生です。社会にでたら競争が激しく、そもそも就職が厳しい。やっと仕事にありついても上司のプレッシャーでげんなり。体調も悪くなったりするかもしれない。自由なんてものはほど遠い日々です。これが現実です。

でも、現実社会に流されていってしまいがちな人生、そんな日々のなかにあっても「魂がもっているはずの純粋意識」を保つことができたら、どんないいことがあるのだろうか。

それはもう計り知れない。まず、自己否定が減りますね。これは間違いないです。自分の好きなことをやっている時って、自分が好きになるんです。それから、他人と自分を比べたりしませんから、とても効率がいい。余計なことにとらわれないから目的にまっすぐ進める。短い時間でとても達成感が得られます。だから楽しい。人生って楽しい、という意識が高まりやすくなります。心にも余裕が持てるようになる。だから元気になります。いいことずくめです。

ですから趣味でもスポーツでもなんでもいいので、自分の世界を持つことは時に非常に大切なことなんですね。でも、魂の純粋さって、非常に個性的で、趣味がスポーツだけで開花するとは限らない…。そこがちょっとだけ難しい。自分はなにが好きなんだろう、って考えた時に、「普通はこうかな?」なんていう思考が少しでもあったら、もう見つからないと思っていい。自分の心の深いところに、ぽつんと大切に美しい形を保ったまま保管されているものなんですから。できるだけ心しずめて、好きなことだけやったり、考えたり、求め続けたりしていると、少しずつ間合いが近くなり、やがてはっきり見えるようになるかもしれまんよ。童心にかえることもお忘れなく。それもまたスピリチュアルに生きる大切なコツでしょうか。

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