因縁の話し。

by hikarinosalon ‾ 8月 15th, 2011. Filed under: 先祖供養.

先祖供養のことをいうと、どうしても「因縁」という言葉を出さないといけなくなります。先祖の因縁などというと、なんとなく、うさんくさく、そしてネガティブなイメージがつきまとうのは何故なのでしょうか。

先祖の因縁というのは、あります。本来、れっきとして「ある」ものなのです。それは、いいとか悪いとか定義づけるべきものでなく、「あるべくしてある」ものなので、その善悪などという議論はいかがなものか、という感じです。

その本質はいわゆる因果応報の法則から発生するさまざなな因果関係のことを「因縁」と簡単に言うのです。特に、人間関係、先祖由来のものをそう呼びます。時に「もの」に関わる因縁という言葉もありますが、由来(ルーツ)は人間です。人の思いがものに宿った結果としての因縁、ですね。

ここでひとつのサンプルとして、私が作っているブレスレットの話しをします。私が作っているブレスレットはひとつひとつ手作りですし、持つ人の運気が上がるように、悪い因縁からよくない影響を受けず、それらが最小限で食い止められますようにと祈りをこめてつくります。

悪い因縁を止めるものはなにか、といえばそれもまた「因縁」でしょう。よきご縁が、悪しき縁を中和するのです。ですから、私自身も「因縁」を作り出しています。ただ、日常的にはお客様に対して「よい因縁をいただきまして・・・」などと申し上げることはありません。ただ、本来の意味からするとさして間違った使い方でもないと思うのですが。それは理屈の話し。常識からすると、縁起のよくない使い方になってしまいます。

ですから、常識(世間の空気)にはさかわらず、素直に「因縁」は、良くない因果関係のことを指す、という空気には従うことにしましょう。

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