愛する人との死別

by hikarinosalon ‾ 9月 17th, 2012. Filed under: 別離.

愛する人を失った時の喪失感や深い悲しみは、本当に辛いものです。
その方の年齢がまだお若い時、小さいお子さんがある時、あるいはこれからお子さんをもうけたかった、一人っ子、健康だった方の突然の死…。予測できなかったお別れであればあるほど、その衝撃は耐え難いほど大きくなるものです。

人生は、稀にですがこのような試練を私達につきつけます。日本人は特に深い悲しみを共有し支えあうことが苦手なようです。ことさら北海道の方(さらにことさら札幌圏の方)は、本当にその方法論をお持ちでない方がおおく、一人で抱えることもできず、心を病んでしまう方もお見受けします。もっと地域社会の生活習慣に、深い悲しみを背負っている人をサポートする力が宿っていればいいのですが。北海道は新しい土地ですし、札幌は若い人達の寄せ集めのような都市でもあり、世代間のつながりも希薄です。横のつながりも希薄です。そんな環境で、これほどの大きく絶望的な感情を、支えあえる。そんな関係性をみつけることは大変に難しいことのようです。

悲しみは、しっかり悲しいという気持ちと向きあって、それを手放していくことが大事です。向き合うことができなければ、心の底にその強い感情を押し込め、しまいこむよりありません。それでは、心は「しまい込み続けること」で消耗してしまい、発展的な人生を望めなくなります。

死別のような絶望的な悲しみを体験すると、心はどん底まで沈んでしまい、生きる目的や気力をも奪われてしまいます。そうすると、
・人に会いたくない
・健康を維持することに無関心
・あらゆることに前向きに取り組めない
・この世で最高に美しいものを見ても感動できない
・食べ物の味がわからない
といった感覚に陥ってしまいます。こうなると、生命力も下がりますし、ちょっとした事で病気をしたり、トラブルに巻き込まれやすくなります。これまで通り仕事がしっかりできない罪悪感が強くなると辞職してしまう可能性もでてきます。すべてが嫌になり、自殺願望もたかまる人も出てきます。向精神薬で危機を脱出できたとして、悲しみそのものはかわらず、胸の奥にしまわれたままです。これでは本当に回復することは難しいでしょう。

愛する人と、死別を体験してしまうと、なぜ死んでしまったのかという疑問だけではなく、あの時こうすればよかった、もっとこうすればよかったという悔いが無数に出てきます。生前に口論や対立があったとすると、その時のすれ違った事を悔いる気持ちもたくさん出てきます。あの言葉の意図は本当はなんだったのか?ともはや確かめようのないことを、なんとかして確かめたくもなります。

とにかく、生きてさえいてくれれば…という生への執着が、失われた過去の記憶の断片を蘇らせ、葛藤がぐるぐると回り続けます。

失ってしまった人への執着は容易に打ち消すことはできません。打ち消すことができないほどの強い執着があるのです。その強い執着に、しっかり向きあっていくよりないのです。こうもしかたった、もっとこうすればよかった、という堂々巡りの思いは、すべて執着から生まれます。であれば、何度繰り返しても仕方のない思考をひとつひとつ手放し、「ひたすら悲しい、ひたすら寂しい」という感情に、どっぷりと浸るよりないのです。もはや、そうするしかないのだ、と心に逃げ道を与えず、追い詰める必要があるのです。

この作業は本当に容易ではありません。人の心は、一番辛く、苦しい感情から遠ざかるようにできているのです。誰でも、辛いこと、苦しいことは嫌なのです。まして、大切な人を失った感情とまっすぐ向き合うことほど辛いことはないのですから。なんとかして、死を受け入れず、生に執着することを選択しつづけようとします。

死はどうしようもなく変えがたい運命が訪れた結果です。なぜ、という疑問符をすべて手放さければいけません。そして、命は有限であり、誰しも必ず死ななければならないということを受け入れるのです。

過去をどんなにふりかえっても、それは取り戻すことはできない。振り返れば振り返るほど、自分の苦しみは消えることなく、また亡くなった人も浮かばれることがありません。地上に残された者も、霊界に旅立った魂も、お互いに苦しいのです。もはや意思や言葉を交わす手段がないからです。

もし、亡くなった人の思いがきけたら。死の意味についてなにか参考になる情報がえられたら。あの時、あの人は本当はどうしてほしかったのか。自分がなげかけてしまった愚かな言葉で傷ついたままだったのではないか。こういった繰り返すべきでない執着由来の感情は簡単に消せません。しかし、これらの疑問に対してのずばりの答えがあれば、もはや死は確定していること、運命は受け入れるしかないと心は悟ることができます。そして、ついに、悲しみと深い絶望のどん底に、どっぷりと身を浸す覚悟が整うのです。その後、死ぬほど、いや、死ぬよりも苦しいと思われる瞬間がやってきます。これを一人で乗り越えられる人はいないかもしれません。でも、支えてくれる人が一人でもいれば、きっとなんとかなります。

苦しみは一人で背負えないこともあります。まして、大切な人を失ってしまった時…どうか一人で耐え続けないでください。空へ旅立った方も、あなたが一人で苦しむことなど望んでいないのです。

どうかその大きな重荷を卸ろしてください。その為のお手伝いは必ず可能ですから。光のサロンへ、あなたの悲しみと絶望を、すべてお持ちになってください。11年の霊視鑑定の経験と、中年おやじの情熱でしっかり受け止めていきます。

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