浪費癖

by hikarinosalon ‾ 7月 14th, 2011. Filed under: 人生.

これは身内の方からのご相談に多いテーマです。親族に浪費癖をもつ人がいて、ご相談者(あるいは一族の皆)がとても苦労をさせられてしまう、という事例です。

お金というのは、それ自体は純粋なエネルギーですからうまく使うことによって人生をとても有意義なものに変えることができます。非常に便利で魅力的なパワーの源です。もちろん、そのパワーを高める為には努力と積み重ねが必須であることは言うまでもありません。積み重ねの努力もなく、一攫千金でつかみとったお金がもたらすエネルギーは過剰になりすぎる傾向があるので、多くの場合は上手に使いこなせず、ただ漏れ出してあっという間にすべてなくなってしまいます。燃料でいえば少しで莫大なエネルギーを発生する元素は取扱いが非常に難しい。お金も同じです。自分に見合う「枠」がありますから、そのなかで使いこなしを学びながら人は成長を遂げていきます。

さて、なぜ浪費をする人がいるのか。そもそも浪費の実態はなんなのか。いろいろな意見、考えがあると思いますが、お金は単なるエネルギーです。それ自体は純粋です。それを使う、ということは良いエネルギーを発散するわけですから、非常に心地良い状態になれます。非常にピュアなエネルギーの放出。たとえばのど自慢大会でグランプリを取るような、歌の上手な人。そんな人が歌えば、皆が聞き惚れます。誰よりも、歌っている本人が最高に気持ちよいに違いありません。上手な歌は多くの人を癒すのですから、非常にピュアなエネルギーの発散になるのです。上質のエネルギーを発することは、運気の上昇につながります。運気がよくなるのですから、翌日からとても爽快な気分でポジティブに再スタートを切ることができます。

浪費というのは、いわば運気の切り返しの頻度が人よりもたくさん必要な人が、やむにやまれず行ってしまう行動なのですね。お金がなくても、その人がもしのど自慢チャンピオンなら、得意ののどを披露すればそれで済んだかもしれない。でも、人に与えられる純粋なエネルギーがこれといって自分の中にないのなら、やはりお金を使う他はないわけです。お金を使えば、使い続ける限り、歓迎され、受け入れられますから、自分の居場所が確立されます。どんなにダメな自分でも、必ず社会に受容してもらえるわけです。パチンコ屋に、自分専用の椅子をコインを投入し続ける限りはキープでき、誰にも文句を言われることはありません。

人は社会のなかでイス取りゲームを好むと好まざるとに関わらず、させられて生かされている面があります。社会人としての宿命といえます。残念ながら、そういうったプレッシャーにとても弱い人もいます。自分の存在意義を感じられない場合、なんとかしてその空虚さを埋めたくなるものなのです。

浪費のほとんどの根源にあるのは、精神的な弱さかもしれません。そこを周囲が気づいて、支えることができるようになれば、ある程度浪費を軽減させられると思います。

いったい、その人の内面にどんな空虚さがあるのか、どんな自己否定があるのか…。探ることは、ご親族であれば可能です(第三者に関する場合、プライバシー保護の観点から鑑定ご依頼をお受けできないことが多いです)。

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