人生という尊いチャンス

by hikarinosalon ‾ 7月 21st, 2011. Filed under: 人生の意味.

仕事や人間関係、家庭、病気、人生の進路…実にさまざまな領域のご相談をお受けしていますが、とどのつまり、結局は「いったいこの人生で何を学ぶ為に生まれてきたのか」という命題にゆきあたる、といっても過言ではないでしょう。人生の命題というのはすべからく「学び」である、と。

自分には足りないものがありすぎる、霊性を磨くなんてレベルじゃないよという人もいるかもしれません。自分は本当に努力を重ねている、日々いっぱいいっぱいである、いくら霊性を磨く為だとはいえこれ以上努力することはできないという人もいるかもしれません。おそらく、この世で真剣に悩み、考え、努力し、生き抜こうとしていない人はいないでしょう。いや、自分はのんべんだらりとやっているから努力はしていないという方があっても、おそらく心のなかでは葛藤したり悩んだりしていると思います。

多くの方が本当にぎりぎりで人生を歩んでいることでしょう。一人一人に、与えられた環境があります。授かった「人生」という尊いチャンスがあります。すべての個性に、一度きりの環境とチャンスが授かっています。なぜ皆、違う境遇にあるかというとそれぞれの霊性の磨くべき側面が違うからです。お経を百万回唱えれば霊性が磨かれる人もいるかもしれませんが、日本ではそれはごく少数でしょう。神社にお百度参りを生涯続けることが人生の命題という人は、おそらくいないのです。

そのチャンスが、人生の流れのなかで常に満遍なくやってくる人もいます。一方で、人生のある特定の期間に、ほんの数回だけやってくる人もいます。学び方やタイミング、具体的なその方法は本当に皆、まったく違うのです。

自分の周囲の人とほぼまったく違うのですから、参考資料がないということです。「右へならえ」をする生き方、こればかりやっていると自分らしい自分磨きが終わらないばかりか、貴重なチャンスを逃してしまう怖れだってあります。

人生という一度きりの魂を磨く尊いチャンスをどう生かしうるのか。その答えが気になる、ということは霊性を高めたいという意欲がとても強い証だと思います。

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