Archive for the '先祖供養' Category

頭痛、吐き気、無気力、パニック状態の原因を調べると…

日曜日, 5月 12th, 2013

突然、頭痛や極度の首や肩の凝り。食欲不振(ときに吐き気)。気力がまったくわかない、感情の起伏がゼロに近い。自分が消えそうな恐怖やパニック状態。そして不眠。
(これだけの症状がでていると、すでに精神科を受診して、睡眠薬ぐらいは処方を受けている可能性が高いと思われます。)

霊的な不調和に敏感な方がときどき体験する症状です(いわゆる霊感体質といわれる方)。症状も起伏があり、なんの兆しもきっかけもなく突然ひどくなることもあれば、親族の葬儀や法要だとか、お盆やお彼岸などの時節に合わせて起きることもよくあります。(であるが故に、霊障と誤解されることが多いのですが。)

憑依体質であれ、霊的に敏感であれ、人生は人それぞれ導かれ、ひとりひとりの学びの課題があり、そのうえで起きるべくして人生を体験して魂を磨いていくのです。霊的な体験はさほど特別なことではありません。誰しもが、親族の死を通して多くのことを学びます。天国への旅立ちを看取ってからも尚、霊的な世界とのはざまで葛藤したり、翻弄されたりしながら、魂をみがくレッスンを受ける人もいます。

大切なことは、この体験を通して自分はいったい、なにを学ぶべきなのか。どのような修行を積むべきなのか。その明確な方向性を確認することです。人生は受験と同じ。どんな学部をねらっているのか。必須科目はなんなのか。それによって、問題の傾向も、それに対する対策もかわってきます。

こういう体質の方は、まず先祖を供養する、ということが必須の修行です。ただ、一重に先祖供養といっても、やはりコツがあります。はずしてはいけないポイントがあります。夫婦であれば、自分の先祖由来か、配偶者の先祖由来なのか、父方か、母方か、何代ぐらい前なのか、どのような供養を何年ぐらい続ければよいのか。その間に注意すべきことはなんなのか。年月がかかるとすれば、いったいどうやってその間、気持ちを保っていけばよいのか。これらを明確に掘り下げておく必要があります。

人生は修業です。その修業の形はさまざまです。皆、違います。本を読んでもなかなか正しい答えにはたどりつきません。

結婚・離婚と先祖霊

月曜日, 9月 10th, 2012

違う家庭に育った、二人の人生が交わり、ひとつの流れに紡がれていく。それが結婚です。逆にある程度の期間紡がれた絆をほどいていく。それが離婚です。

それぞれの人が持っている運命的な流れをしっかり支えているのが、先祖霊です。大きくわけると父方、母方の先祖霊が関わってきます。誰にでもついている裁判でいえば国選弁護人、マラソンでいえばコーチ、ボクシングでいえばセコンド、といった役目でしょうか。ご先祖様は非常に個性的です。先祖霊といえども、それぞれの人生を何度も生まれ変わって体験してきた人達ですから、かなり癖があるものです。得手不得手もあります。それから、ご先祖様にも悔いや反省という意識もあるのです。それが強い場合もあればほとんどない場合もあります。こういった先祖の個性、経験値、持ち越した意識などの影響を総合して因縁と称します。

ですから、パーフェクトな神様のようなご先祖様というのはいません。いや稀にいますがそれは滅多にない事例です。ほとんどの場合は、かなり個性がありますから、二人の人生の流れにかなり影響を与えることもあるのです。

結婚を決めるまでには普通は数年の交際期間があります。この間に、それぞれの家庭の習慣だとか、親族に会います。そういうお付き合いのなかから、ご先祖様の傾向を感じ取っていくことができます。ですから結婚前の交際期間はとても大事なのです。特に親族との付き合いは、大事にして欲しいところです。こういうところをはしょって、二人だけで結婚を決めてしまうとどうなるか。例えば、外国で旅行中に意気投合して帰国したらすぐ入籍をして暮らし始めるといったような場合ですね。案外、何事もなく過ぎることもあれば、次第にぎくしゃくしてくることもあり、やっぱりうまくいかない…という場合は先祖の因縁が浮上したのかもしれません。このように先祖の因縁の影響というのは割りと年月をかけて、じわりじわりと浮き上がってくるものです。潜伏期間がすごく長いこともあります。十年とか十五年ですね。お子さんを授かってから出る場合もあります。ただ、子供というのは産まれる前にご先祖様に面通しがあるので、基本的には免疫があります。両親よりは先祖の因縁の影響は受けにくいわけです。それでも尚、先祖の影響を強く受けることもあるものです。

また、女性がある年代になってから先祖との関係が浮上する場合もあります。例えば特有の疾患を繰り返す家系においては、病気をしやすい年代になるとご先祖様達がすごくアピールをしてくるのですね。注意をすごくうながしてくる、そういうことが増えると。そんな時はやはり注意をして欲しいと思います。

離婚した場合は、基本的に相手の先祖との縁は切れます。そうすると元の伴侶の先祖の影響は受けなくなる、と思いがちですが、そういうものでもありません。結婚期間中に子供をもうけたが親権を争って別れたとか(争わなくてもどちらかに深く悲しみが残ったような場合)、かなり長くお互いの親戚同士が対立があったとか、こういった場合は離婚後も、相手側の先祖の因縁を引き継ぐことがあります。なので別れたからといっても、もうすっかり関係ないとも言い切れないものです。

離婚後にまた再婚する場合は、以前の結婚を解消した時の因縁が解決されているかどうか、この確認は是非しておきたいものですね。再婚の場合は割りと短期間でスタートする事例も多いのですが、できれば事前にご先祖様同士の相性も鑑定を受けられると、安心です。特に双方が再婚で、それぞれに連れ子ある場合などは確認する項目が多くなります。

先祖の影響というのは時に次世代、次次世代まで持ち越されることもあります。また仕事、健康などの運気にはっきり影響を与えることもあります。

これらの見えないエネルギーの絆を、どう活かすのか。基本的にはご自身の心がけ次第であります。私達は、そのお手伝いをするサポーターです。

お彼岸

火曜日, 9月 20th, 2011

いつからか、もっぱら先祖供養をする時期と理解されている「お彼岸」。元来は、悟りの境地を意味する。古来は六波羅蜜を行じる、いわばより修行に専念すべき期間でもあったようです。六波羅蜜などというと、途端に理屈がましくなるわけですが、布施という言葉なら誰でも知っているでしょう。この布施という概念は、仏の教えでは悟りに至る為に大切な修行の要素なわけです。そういったことを改めて考え、そして取り組んでみましょうよ、という呼びかけでもあるわけです。

お彼岸をお墓参りに出向いたり、おはぎをいただいたり、それぞれの習慣を通して過ごしていく。それでいいと思います。それぞれの家系に定着しているセレモニーを通して、まずは先祖への感謝を学んでいくことも、悟りに至る為には大切な事ですから。

先祖つながりの大切さ

火曜日, 8月 16th, 2011

お盆を機会に、因縁とか、先祖の話題が少しでました。

ここでひとつ、まとめとして「バランス」の話しをしておきたいと思うのです。

先祖供養はとても大切だ、ということを機会があればお伝えします。ではいったい「どれぐらい大切なのか」ということです。どんな人でも、その人の人生において先祖供養は本当に重要です。100%大切なことです。究極といっていい。それぐらい大切にしなければいけない命題といえます。でも、人生そんなに暇じゃないよ、それ以外にもいろいろあるんだよ、しかも先祖供養なんて非現実的。宗教だってそこまで強制しないよ、と。そうなんです。誰もそんなことを強制されたくないし、そこまで現実に余裕はないんです。でも、とても大切だということは事実です。

先祖とのつながり、その重要さにおいて「先祖供養は100%必須」なのです。だから、先祖とのつながりなんて、どうでもいいし、必要ないって人には0%、つまり先祖供養なんて必要ないという結論になりますね。

結局、その人のバランス感覚なんです。その人が「先祖とのつながり」が大事だと思えば、本当に供養は重要になってくる。でも、そういう感覚がなければどうでもよい、という位置づけになります。

食べ物のビタミンやミネラルだって、なにをどれだけ摂ればいいか、逆になにをどう摂らないとどんな病気になるか。人それぞれ考え方も、価値観も、経験値もバラバラです。だから、最小限、ほどほどのバランスを目指しているんだと思います。でも、重い病気をした人は、栄養バランスを本当に大切に考えるようになります。それと同じことで、人生でなにか「先祖つながり」のことで苦労をした人は、大事に考えるようになるんです。

人生、本当に人それぞれ今、どんな命題と向き合うべきなのか、テーマが違います。どんぴしゃ先祖つながりを考え、供養について考える人もいます。でも、多くの人はそうではないでしょう。であれば今は自分が為すべきことを為していくべし、なのです。

因縁の話し。

月曜日, 8月 15th, 2011

先祖供養のことをいうと、どうしても「因縁」という言葉を出さないといけなくなります。先祖の因縁などというと、なんとなく、うさんくさく、そしてネガティブなイメージがつきまとうのは何故なのでしょうか。

先祖の因縁というのは、あります。本来、れっきとして「ある」ものなのです。それは、いいとか悪いとか定義づけるべきものでなく、「あるべくしてある」ものなので、その善悪などという議論はいかがなものか、という感じです。

その本質はいわゆる因果応報の法則から発生するさまざなな因果関係のことを「因縁」と簡単に言うのです。特に、人間関係、先祖由来のものをそう呼びます。時に「もの」に関わる因縁という言葉もありますが、由来(ルーツ)は人間です。人の思いがものに宿った結果としての因縁、ですね。

ここでひとつのサンプルとして、私が作っているブレスレットの話しをします。私が作っているブレスレットはひとつひとつ手作りですし、持つ人の運気が上がるように、悪い因縁からよくない影響を受けず、それらが最小限で食い止められますようにと祈りをこめてつくります。

悪い因縁を止めるものはなにか、といえばそれもまた「因縁」でしょう。よきご縁が、悪しき縁を中和するのです。ですから、私自身も「因縁」を作り出しています。ただ、日常的にはお客様に対して「よい因縁をいただきまして・・・」などと申し上げることはありません。ただ、本来の意味からするとさして間違った使い方でもないと思うのですが。それは理屈の話し。常識からすると、縁起のよくない使い方になってしまいます。

ですから、常識(世間の空気)にはさかわらず、素直に「因縁」は、良くない因果関係のことを指す、という空気には従うことにしましょう。

亡き人を思う

日曜日, 8月 14th, 2011

お盆になると、ずっと昔、自分が産まれる前に戦地で亡くなった先祖のことをよく思い出します。沖縄戦でなくなった方は、少し前にお参りにいくことができました。でもロシアで抑留され亡くなった先祖については、残念ながら詳しいことがわかりません。最近、ロシア政府から厚労省に60万人分の名簿が届けられたそうで、分類作業をしているらしいのです。はやく一般公開して欲しいものです。遺骨が戻ることはもはや難しいでしょう。でも、わかるだけのことは調べたいし、とにかくできるだけのことをしてやり遂げておきたい。それが子孫の共通の願いでしょう。もう直接、覚えている親族も絶えてしまいました。私の代が忘れてしまえば、もう誰もその人のことを思い出すこともなくなってしまう。それはやはり無念なことに違いありません。

先祖を供養することは、とても大切な行為です。誰にでも先祖はあるのですし、私たちの先祖の多くはとても苦労をしていますからね。