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by hikarinosalon ~ 2012年09月09日(日) 14:11 pm

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お母さんが子供にダメだしをされたら

by hikarinosalon ~ 2012年09月07日(金) 11:11 am

子供がませてくると、母親にいろいろと意見をするようになります。おかずの味付けがダメ、ハンカチのアイロンがけがダメ、ゴミが落ちてる、おちゃわんの汚れがとれてない、等など…。忙しいお母さんも痛い指摘をされると、カリカリしてしまいがち。子供はなぜ、おませさんになると母親にダメだしをするようになるんでしょうか。

これは、子供が順調に成長しているというひとつのサイン。とても良い傾向です。自分の好き、嫌いや、ものごとが良い、悪いという意見を表現する練習が始まったのです。この時期に、子供にあらわれてきたダメだしをする表現を、できるだけもっと伸ばすようにしてあげて欲しいところです。その為にも、お母さんはもっと自信をもってどうどうとしていて欲しいんです。子供はお母さんの手作り料理が大好きです。いつも身の回りの世話をしてくれるお母さんも大好きです。ほんとうはちゃんと感謝しているんです。大好きなお母さんに本気でダメをだしたりする子はいません。

でも、疲れていたり、イライラが溜まっているそんな時に、細かいことでダメだしをされると「お母さんはあんたの家政婦じゃな〜い!」と言いたくなってしまいます。でも、これを言うと、子供は萎縮してもう言えなくなっちゃうんです。特に「もうご飯もつくってあげません!」と高圧的なペナルティを課せられると、子供としては辛い。お腹がすくのは子供は本当に辛いんですね。とても可哀想なので、どうか注意してほしいところです。

できればそんな時は、逆にほめてあげてほしいのです。「なんでもはっきり言えるね、◯◯君(ちゃん)は、はっきりさんになってきたね!」と喜んであげてほしいぐらいです。
例えば、お味噌汁のことでなにか言われたとします。
子供「今日のおみそしる、おいしくない!」
母親「はい、はっきり◯◯君(ちゃん)、わかりましたよ〜。どこがおいしくないですか〜?」
子供「え〜っとね、うんとね・・・ちょっとね、しょっぱい!」
母親「は〜い、ちょっとしょっぱかったね〜、他にはどこがダメでしたか〜?」
子供「あとはね、おわんがの場所がちょっとずれてた。」
母親「は〜い、置き方がちょっとダメだったね〜。わかりましたよ〜。」

という具合に・・・。子供の意見がどんどん出てくるのを楽しみに引き出してあげてほしいと思います。子供も自分の意見が受け止めてもらえると、少しお手伝いができた、少しえらくなった気分になって、積極的にお手伝いもしてくれるようになります。「ご飯つくってあげません!」ペナルティはお互いに気持ちが沈みますからできるだけ避けたいところです。もしうっかり高圧的な態度をとってしまったら、お母さんのほうからお子さんに意見を求めたりして、うまくフォローしましょう。

運気改善:方向転換、変化成長を望んでいる方

by hikarinosalon ~ 2012年09月03日(月) 1:34 am

婚活、転職、転居、人生の再出発、大きな取り組み、過去との決別…人生のさまざまな局面があります。しっかりなんらかの変化をつかみとりたい、結果に結び付けたい、そういうタイミングの方もたくさんいらっしゃると思います。

年齢や現在までのお仕事、ご家族の状況など様々要因もかかわってきますが、大きくわけて「仕事の流れ」と「プライベート」の流れ、この2つについては、特に女性の場合はとても微妙な関係があります。更にお子さんがいる場合、お子さんの性格やお子さん自身の運気の流れの変化も考慮することになります。原則として、この2つを同時に大きく変えないほうが一般的にはいい結果がでます。ひるがえせば、2つを同時に変えざるを得ない場合は、とても注意が必要だということです。

例えば、実家が家業をしている場合など、実家で同居しながら仕事も手伝うということがあり得ます。が、なんらかの事情で、住まいを移して、仕事も外で働くようにする、といった場合など同時に2つの流れを変えてしまうことになります。こういった場合は、転居だけ、または仕事だけを鑑定をしてもいい鑑定ができません。2つの変化の流れをバランスでみながら読み取っていく必要がでてきます。

別な例えでは、同じ職場で恋愛をして、破局して気まずくなった場合などはとても困りますね。それをきっかけに転職をしてしまおうと考える方もいます。でも注意をしないと転職はできても、その後また同じような失敗を恋愛で繰り返してしまうことを繰り返す恐れもあります。

人は人生において、同時にたくさんの課題と日々取り組んでいかなければなりません。シンプルに生きたほうがよりよい結果が得やすいです。でも、時に家庭のこと、仕事のこと、さまざまな変化の流れが複数同時にやってくることもよくあります。そんな時は、冷静にじっくりと流れをよみながら、無理しすぎないように計算高く行動することが大事です。特に2008年ぐらいから、もの事がなかなかスムーズに進みにくい流れです。早い人は2012年、10月、そして12月というタイミングで大きく変化を遂げますが、まだこの大河のような巨大な変化の潮流はますます勢いをまして来年、再来年と続いていきます。人によって変化のピークにさしかかるタイミングは違います。今はまず当面やらねばならない最優先事項に集中したほうがいい時期であることは多くの人にいえるようです。

それでも、どうしても幾つかの大きなことを同時に動かす他はないという方については、とにかく過去を内観することをお勧めします。過去の因縁をひきずる限り、努力の割には結果を結ばないということが起きやすいもの。お盆の時期は内観をするのにはよいタイミングでした。お彼岸の頃も過去の内観には最適だと思います。そういう時期に、なにをして過ごすかで人生の流れは時に大きく変化することがあるものです。是非、大事に活かしていただきたいのです。

日本人は仏教が早くから普及している国ですが、仏様のもたらしてくださった素晴らしい智慧があまり活かされている感じがしません。瞑想にしても、内観にしても、素晴らしい智慧がたくさんあるのです。なんでも自力で、ということではなく、自分にとって必要な智慧をまず授かろう、少しでいいからなにか新しいことを学ぼう、それを糧にして新しい流れを引き寄せよう、という考え方が物事、為す為にはとても大事なことではないでしょうか。

過去をみつめ、少し内観をし、新しい智慧を受け取り、新たな目標をさだめ、そして日々の積み重ねによって結果をつかみとりましょう。そのような方に為に、仏様もたくさんの智慧を貸してくださいます。

打ち砕かれる大義名分

by hikarinosalon ~ 2012年08月28日(火) 20:07 pm

個人が背負う父性は、その人個人の責任感です。背中に宿ります。これが集合体、つまり複数の父性集団が皆で一度に背負うと、そのエネルギーは強い連帯感となり、それが組織の主義となり、それが各自に還元し、循環し、組織全体がその空気に染まります。みんなで渡れば怖くない式の頑固な連携がつくられます。それが大義名分となり、その人の日常のすべての価値観の支配するようになります。そうなると、その父性集団の周囲にいる人達(家族、同僚、友人、地域社会の人達、子供たち)は皆、その父性集団の傘下に所属することになります。父性は、狼のリーダーがそうであるように、全体を統率し、そのまま自警集団のような意識に変化しやすいのです。時に攻撃的にもなります。

しかし、一方で父性は精神エネルギーとしては、とても燃費の悪いエネルギーです。父性が行動する時は、ものすごくたくさんのエネルギーを消耗するので、とにかく補充が必要になります。昔の古いタイプのお父さん達は、がんばって働くのですが毎晩、ものすごい量のお酒を飲みます。悪態もつきます。浮気もするし、競馬もするし、喧嘩もするし、家ではおならもするし、トイレも臭いし、娘には嫌われるし、息子は帰ってこなくなるし、とにかく大変に燃費が悪いし、排気ガスも悪臭を放ちます。これでは身体にも悪いし、病気もでやすくなります。もっとも父性は、短命であることを潜在的に覚悟しています(最悪、命を手放すかもしれないという怖れをもっています)。なので、どうせ短い花の命ならば、ぱっと散らせてしまえという意識におちいりやすいのです。ストレスが貯まれば、とんでもないハメを外したりしてしまうのはそのせいです。

父性を支える母性の役割を担う人は、燃費の悪いお父さんの為に、エネルギーをせっせと補充しなければなりません。質素倹約をこころがけなければならなくなります。自分はとにかく我慢をする。我慢を通して、がんばるという父性の連帯のなかで相方を努めていくわけです。

こういった父性エネルギーの作用がすべて打ち砕かれ始めています。男性性の強い社会、組織がものすごく不安定になっていきます。そのなかにいる人は性別も年代も関わりなく、心の置所がなくなる感覚に襲われているかもしれません。不安な気持ちが高まっているかもしれません。ところが、もはやその不安を手放す矛先すらみうしない始めていて、行動に一貫性が持てなくなり始めているようにも思えます。

これはほんの初期症状といっていいものです。次第に分離が起き、次にさまざまな価値観の崩壊がはじまり、あからさまな対立が浮き上がってくるようになります。

がんばる母性も父性

by hikarinosalon ~ 2012年08月28日(火) 14:01 pm

ちょっとテクニカルな話かもしれません。ややこしいので、ゆっくりとお伝えできればいいのですが、あまり日がないので急ぎます。数年後にはこんな話題は誰にも必要とされなくなることでしょう。

母性的な人のなかにも父性面があります。父性面はとにかく、誰かの為に自己犠牲をはらいながら、ひたむきにがんばる、努力を重ねるエネルギーを生み出します。それは責任感という波動で、私達の肉体にやどります。肉体は精神と一体なので、肉体面でいえば背中、首筋あたりに責任感というのは宿るのです。ですから、お父さんは背中で背負っている。これがこれまでの普通の男性(父性)の姿でした。男は背中が語るとよくいいます。実際、お父さんは責任感を背中で背負います。それがすなわち、そのまま父性面ということです。

一方で、一本義で頑固でがんばりやのお父さんを支える家族(もっぱら妻ですが、家族全員がその対象です)は、お父さんの父性を支えるのですが同類の意識を持ちます。お父さんががんばっているから、そ「その背中をみて、やはり背中で同じものを背負う」感覚をもちます。言葉少なで貞淑でおとなしい妻であっても、そんな夫をひたむきに支えるということは、母性的な役割をまとっていながらにして、内面的には「父性」のかたまりといえます。

時代はあらゆる人のなかにある、あらゆる父性の要素を打ち壊しはじめています。父性らしさを前面に出しているわかりやすい人よりも、父性らしさを内にひめ、母性でまとっている人のほうが解放が難しいので、少しやっかいです。

がんばれと言わなくて済む時代

by hikarinosalon ~ 2012年08月27日(月) 23:33 pm

本当に時の流れは確実に、私達の意識を変えつつあるようです。時代の流れとはいえ、本当にすさまじいといっていい加速度で時は動いているように思います。

少し前から、こういうアドバイスをする事が多くなりました。「がんばれと言わないようにしてください」と。どんな場面についてのアドバイスかというと、例えば女性から男性へ言葉をかけるような場面。職場の上下関係においては、先輩から後輩へ、上司から部下へ。お父さんからお子さんへ(お母さんからお子さんへは時と場合によっては、まあいいでしょう)。そんな場面で、がんばれとか、がんばってという言葉をかけないようにとアドバイスをすることが本当に日々増えています。とにかく、いままでと違って、これからは受容性の時代です。がんばれ、は時に相手をおいつめるばかりです。言葉だけでなく、態度や思いも同じです。がんばれではなく、「疲れたね、休もうね」という言葉(言葉より、手をさしのべるほうがもっといいのです)が大切になってきます。そうアドバイスすると、「つかれたの?休みたいの?どうしたいの?」と尋ねてしまう人がいるのですが、これではがんばれとせっついているのと同じエネルギーです。まず、自分の気持ちを相手と一体化させることが大事です。相手に寄り添うのです。自分の心を相手の心に重ね、ひとつにしていくのです。そういう思いやりの表し方が求められる時代になってきました。もう言葉に頼らずに通いあうものを形にしなければ、心と心の絆を保つのが難しい時代なのです。

糧になる努力をし、糧にならない苦労をさける

by hikarinosalon ~ 2012年08月04日(土) 22:28 pm

人生に起きること、すべてに意味があるという考え方があります。ものごとは起きるべくして起きるのだから、自分にとっての苦労もただ嫌がるのではなく時に耐えて乗り越えていくことも必要…そう考える人も多いと思います。

たしかに、ものごとにはすべてきっかけがあります。なぜその出来事が出来したのか、しっかりした理由があり、意味があるのだろうしエネルギーが帰結するまで終わらないのでしょう。

しかし、一方ですべての出来事は空であるという概念もあります。一切のできごとにとらわれるな、ということです。つまり、私達にはひとつひとつのできごとを意味を見極めることは不可能なのだから、一喜一憂せず、あまりとらわれすぎず、ほどほどに受け流していこうという考え方です。それはそれで一理あるような気がします。でも、子供をもつ親御さんが子供のいうことを無視して受け流しては困ります。役所の窓口の人が、本当に困っている人の訴えを適当にあしらってしまうのも困ります。時には、その出来事の大切さ、重要さに気づいてもらい、事態をしっかりみつめ解決するまで取り組まねばならないこともあります。

結局のところ私達にはひとつひとつの出来事の意味を掘り下げ、しっかり取り組むべきことと、さらっと受け流すべきことの区別はつけられないのでしょうか。なにかいい方法はないものか。

一生懸命苦労を背負っても、魂にとってはさほど糧にならない事は、やはりたくさんあるような気がします。一方で、もっとがんばって努力を重ねていくことで魂はより磨かれていくのに、そのことに気づいていないこともたくさんあるようです。

なんとか、そこのところの見極めができるようにならないものだろうか。そういった方法はないものだろうか。日々、ご相談をいただくなかで、いつもそのことを考えるのです。おひとりおひとりには、できるだけ糧になる努力をしていただくように具体的にお伝えしています。また、糧にならないことで苦労はしていただきなくないので、あまりとらわれても意味のない事については切り捨てて考えていただくようにもしています。

これひとつですべて解決する、というシンプルで万能な努力の法則があればいいのになぁと思います。

父親いらずの時代

by hikarinosalon ~ 2012年07月16日(月) 18:36 pm

21世紀になって大きくかわったこと、といえば父性が崩壊する時代をむかえたことでしょう。父性というのは、一言でいえば「権威」といってもいいでしょう。家庭において、学校において、対人関係において、組織において、政治において、あらゆる面で父性的なもの、つまり「人と人との関係に優劣をもたらすもの」が崩壊しはじめています。これは時代の流れなので、いわば日本という国の宿命というか、運命といっていい変えがたい流れにみえます。変えがたいのだから、そうなっていくでしょうし、止めようもありません。なぜ、という議論は何千年も歴史をさかのぼることになってしまいそうなのでしませんが、もうその流れは止められないとすれば、ではどう生き延びればいいのかを考えたほうが得策でしょう。まず権威を頼らない、ということです。今は頼れても、それはいずれ崩壊します。だとすれば、早めにそこから離れて自立したほうがよいかもしれません。でも、まだ少し時間が残されているのならば、なにも変えなくても問題はないかもしれません。それは個々のケースにおいて違います。が、誰にとっても時間の問題ということになってきました。あらゆる関係性において権威は一旦、失墜し、崩壊し、消滅していく流れにみえます。そういう流れなのだから、誰にも逆らうことはできないのだと思います。

そのかわり、今は母性の時代です。これはいいかえれば権威の反対語の世界です。あえて表現せずとも、今、そこかしこにそれは芽生え、開花し、広がりつつあるものです。それは、こうでああで、と説明すればするほど、それがなんであるかを見失いそうになるような気がするので、あえて詳しく解説しませんが、とにかく時代は大きくかじを切り180度ターンをしたのです。

マザーテレサがお元気だったころは、まだ権威の時代でした。ですから社会はマザーに権威を押し付けようともしました。でも、けしてマザーは自らそういう立場に甘んじることなく、あくまで最も社会の底辺にいる人達に寄り添いました。そして、時代は変わりました。今、私達は一旦マザーが手をさしのべた、路上に横たわる人々の側に立たされるのだと思います。私達は守られなければ生きてすらいけません。いったい何に守られたいのか、どのように守ってくださるなにかをみつけ、手にいれ、力とし、糧とし、生き延びればいいのかです。そこがとても重要です。

私はいつも学びにきてくださる人達にグランディングをしなさい、といいます。それを必要と思えば何度でも、いつでもいいます。そうすると、またそれですか?いったいいつまでそれを続ければいいんですか? もういい加減次の勉強をさせてください、と言われます。

でも、私達は今、路上に横たわっていて、自分ではなにもできないのだから・・・あるがままの自らの姿を認める他になにができるというのでしょうか。願い、乞う。もし救われなければ音もたてず朽ち果てるほかはない運命です。であれば、そうするしかない、ということを悟り、あるがままに横たわることも大事です。運命を悟る。大げさだけれど、どうしてもそこに意識を向けなければいけない時代になったように思えてなりません。そして、この方向転換はこれから何世紀も続いていくようです。であれば、少なくとも私達の子、孫、ひ孫・・・思い浮かべられる限りの末代までの流れだということではないでしょうか。

無理をさせない

by hikarinosalon ~ 2012年05月18日(金) 13:09 pm

レイキセミナーでは、よく身体の痛みや不快感への対策についてレクチャーをします。レイキを実践していると、身体感覚が以前よりも敏感になります。痛み、不快感、違和感などを感じやすくなります。また、食欲、性欲、気力、集中力などの変調にも敏感な体質になります。というより、本来の感性が戻ってきただけなのです。大人になり、年月を生きるうちに忘れていた身体感覚が、本来の感度に戻ってきた結果というわけです。それを体調が悪くなった、年齢のせい、ストレスのせい、なにかの病気かもしれない、とかん違いをしている方もいるようです。ただ、時に本当に病気の可能性もあるわけですから、まずは医学的な診断を受けることからはじめます。それで異常がない(病院で、気にしすぎ、ストレス、などと言われて帰される)ようであれば、あとはレイキでの改善をこころみてみるのがいいでしょう。

身体に無理をさせない生き方によって、病気もしにくくなりますし、なによりも長生きできる生活をごく自然に引き寄せられるようになります。病気をしないことは、スピリチュアルな生き方にも通じます。病むということは、多くの人を自分の人生に巻き込むということですから。自分らしく自然体で元気に、そして自由に暮らせる状況を一日でも長く維持することは、魂の願う方向性を保ちやすくなるのです。

自分の弱点をみつめる

by hikarinosalon ~ 2012年04月29日(日) 11:00 am

与えることからはじめよう、という考え方があります。でも、自分には与えられるほどのものがない、と考えてしまうのが人間の弱さでもあります。特に日本人は自分の正直すぎる面があり(西洋の人に比べれば…)、心で思っていることをうまく隠せないもの。そうなると、与えようとして力むと、かえって上滑りしてしまう。そんな自分に嫌悪を感じて悪循環に陥ることもあるかもしれません。

与えるほどのものはない、と考えていてはなにもはじまらないので、自分をよく見つめることからはじめてみるのがいいでしょう。これ、すなわち瞑想でもあるのですが。ひとりでできることでいえば、自分の弱さをみつめることです。

自分のことで恐縮ですが、わたしは小さい頃から歯が弱くて冷たいものが苦手。ガリガリ君*をみんなと同じペースで食べられない。一緒にたべはじめると一人だけ食べ終わらない。なので、隅に隠れて食べるとか、みんなが食べてない時にこっそり取り出して食べるとか、そんなふうにしか食べられないわけです。だいたい最後はとけて棒から落ちてしまう。手もよごれるし、悔しいし、とにかくいいことがない。そんな自分の弱みを小さい頃は、さほど苦労だとは思わなかったわけです。軟弱な歯を無意識にカバーしようと自然にこんな身勝手でマイペースな行動をとっていました。でも、今考えれば、そもそも行動全般がマイペースだったので、そういう口実があったことはかえって良かったんですね。

ところが、大人になってからは歯が丈夫でないとか、冷たいものに過敏であるといったことはコンプレックスにしかなりません。どうしてこんなに不便な身体で産まれたのかと嫌悪することはあってもよかったと思うことがないわけです。

でも、よくよく考えてみると、子供時代はそうやってマイペースにしか行動できない自分の心を守っていたのかもしれないなぁと今ならわかってくるのです。ほんとうに歯がキリキリとしみるのですからゆっくりにしか食べられないことを堂々と言い張れたわけですから。きっと神様はわたしの心を守る為に、人よりも少しばかり弱い歯にしてくれたのでしょう。

最近は、一生懸命歯磨きをしてがんばって虫歯ゼロをキープしていますよ。

*もっとも、わたしの子供の頃はガリガリ君という商品はなかったのですが…わかりやすくする為に、ね。

※固い氷をガリガリと噛み砕いてしまう人がいることが子供の頃から信じられなかった…あれは「冷たいのを我慢」しているんだと思っていましたからね。それで時々、挑戦したのですが一瞬で降参です。大人になって知覚過敏というものだと知ってから、やっと腑に落ちました。最近は不思議なことに、多少は我慢できるようになってきたのですよ。なんででしょうね? いつも顎に手をあててレイキをしているせいかもしれません。