運気改善:身体を清らかに

by hikarinosalon ~ 2012年02月03日(金) 19:32 pm

運気を健全に保つことは、身体を清潔にすることと深くつながっています。
単に入浴をするというだけではなく、身の回りを簡潔に保つこともすごく重要です。
使いふるしたもの、不要なものの中で暮らしていると、なにかと運気が下がりやすくなります。
特に、季節感を無視した生活は身体のリズムを崩します。

身も心も、そして住まいの環境も季節毎の気温や湿度、日差し、風に合わせて替えていくと良いリズムが生まれます。それによって身体は本当に清らかさを保ちやすくなります。

食べ物も旬のものをいただくようにします。
また、古くから日本の伝統である和菓子をいただく習慣も、とても素晴らしいものです。季節毎のイベント(節句など)も大事にします。できればそのたびごとに、部屋の模様替えができれば最善です。

日々のことでいえば足回りをよく浄めてください。
玄関に無駄なものを置かないようにします。靴一足あるだけが理想です。玄関はできれば毎日、塩で浄めます。一般家庭でも一人暮らしでも盛り塩は必須です。会社、学校から帰ったらまず足を洗ってください。それだけで随分、運気は落ち着くものです。

運気改善:食べ物を通して

by hikarinosalon ~ 2012年02月02日(木) 17:05 pm

私達の命はいただいたもの、ほんのいっときお借りしている大切なものです。
この命は、空気や水や食べ物や光で保たれています。
水を飲む時、食事をいただく時に、感謝をすることはとても大事なことです。
その心がけが薄いと健康運が下がります。注意をしてほしいと思います。
食事をいただく時は、いただきます、は作法としてはそれでよいのですが、本当の意味でいえば
「命をいただきました」(食後ではなく、いただく前に)と心に念じて、ただシンプルに「ありがとう」と念じます。
それで命は、食べ物によって生かされているということに最もシンプルに感謝できるようになり、運気も落ち着きます。

食後、もし身体の倦怠感や違和感を感じましたら、身体の不快感を意識ながら「命をいただいてよかったね、ありがとう」と身体によびかけると鎮まることがあります。

いただきますも、ありがとうも、言葉にだしたり書いたりすることはけして悪いことではありません。が、心がともなわないとかえって喉を悪くしますから気をつけてください。

無言で合掌して心にまず念じる。その後、言葉にだして作ってくださった方に感謝の気持ちを伝える為に、いただきます、やごちそうさまはとても良いと思います。

転居、旅行などの移動がある方

by hikarinosalon ~ 2012年02月02日(木) 16:14 pm

(道民向け情報なので、本州以南の方は参考にしないでください。)
転居、仕事、学業などで遠方にでかける方は運気が変動しますから、どうか注意をしてください。

<北海道から関東へ>
旅行、仕事などで短期の方。一週間以内であれば特に心配ありません。
ですが、のべ日数で年間2週間以上の滞在になるようであれば、運気を確認してください。
・海型:出生地が海に近い土地の方
・内陸型:出生地が内陸の方(海がみえない、山間でもない)
・山型:出生地が山間の方(夏、風がふかず暑い、冬は積雪があり底冷えする地域)

海型で大雪山系の西側出身の方
小樽、登別、道南方面の海辺に2〜3日以上出かけてください。

海型で大雪山系の東側出身の方
帯広、釧路、阿寒湖周辺、オホーツク海沿岸に出かけてください。

内陸型の方
 ニセコ、または十勝岳周辺に出かけてください。

山型の方
 特に心配ありませんが、年間で2カ月以上になるようであれば、海沿いの町に数日滞在してください。
〜〜〜〜〜
<北海道から沖縄、グァム、ハワイなどへ>
旅行などで南方の海へ一週間以上でかける方、あるいは最近でかけた方は運気を確認してください。

海型の方:
 滞在日数に関わらず、かなり変動があります。必ず以下のことを行なってください。
大雪山系の西側出身の方は、岩内や島牧など道南の日本海側へ出かけてください。函館は津軽海峡なのでダメ。
大雪山系の東側出身の方は、登別、浦河などの太平洋側へでかけてください。伊達までが限界。静狩峠を超えて道南寄りはダメ。道東の方は残念ながら道東圏ではリセットしようがありません(家族のうち一人でもいいので大雪を超えて西側の海辺に出かけてください)。

内陸型の方:
 岩内方面に数日出かけてください。
 その後、ニセコ、倶知安、真狩など羊蹄山麓周辺に出向くとかなりよくなります。
 道東の方は、湖の近くに数日滞在し、そのあと火の波動が強い場所、温泉などに出かけてください(たとえば、屈斜路湖の近くに少し滞在して硫黄山に寄ってくる等)。

山型の方:
 年間、数ヶ月以上の滞在でなければ特に問題はおきないのでご心配なく。
 体調の変動などがある場合は、十勝岳のふもとに出向いてください(西の方は中富良野周辺、東の方はトムラウシのふもとが最善)。

道央の方で、内陸型の方(そういう方がほとんどだと思いますが)は、常時、以下のようなことに心がけるとよいと思います。
極端にぶれやすくもなく、ぶれにくくもない体質なのですが、一度運気が崩れるとなかなかもとに戻すことが難しい傾向があります。日常的に、水のきれいな場所に出向くように注意をしてください。
・支笏湖
・羊蹄山麓
は素晴らしいです。苫小牧周辺にもとてもよい場所があります。

これはらとても一般的な事例で、家族という単位で考えると事情が変わってきます。個々のこれまでの移動パターンによっても違ってきますので、自分の運気がいまどういう状態なのか、これからどういう注意をしたらよいかは個別に確認が必要になります。
ただ、大きな移動をしなければさほど気にとめなくても大丈夫です。一般的には、きれいな水のあるところに出向き、空気が綺麗でおだやかな場所で少し滞在をするように心がければ安心です。

どこかに必要にせまられて出かけて、その為に変動してしまった運気を戻す為に、更にまたどこかにでかけるのは難しい方も多いと思います。その場合は、その土地の産物(水、海産物、野菜、果物)などを取り寄せることでもプラスになる場合があります。また、一般的に海へでかけることと海洋深層水を少し摂ることは似ていますので、利用できると思います。(羅臼産の海洋深層水がありますが他のブランドでも構わないと思います)。

細かい事例を書き尽くすことはできないので、あとは個別対応と致します。

運気を下げない為に

by hikarinosalon ~ 2012年02月02日(木) 15:56 pm

これからは日々、運気を下げない工夫をしてください。
一日、一日の積み重ねが大切です。

いざ、自然災害に遭遇した時に生死を分けるのは日々の運気をどれだけプラスに積み重ねてきたかにかかっています。一時的に落ちてしまうこともあるので、そういう時はできるだけ安全なところに退避をすべきで、リスクのある土地、状況に身を置かないように心がけて欲しいと思います。

健康運については、
・食事
・適度な運動
・身体を清潔に保つ
・適度な睡眠
が重要です。

仕事運については、
・日々、穏やかに、清らかな気持ちを保つこと
がすべてといっていいでしょう。

恋愛、家庭運については
・見返りを優先せず、いつも相手にやさしい気持ちを表すこと
です。

子育てについては、
・子供は大地の宝、地球の宝
です。自分だけのものではなく、皆が見守り育てています。
家族、地域社会との一体感をもっと意識してください。
親の見栄やプライドが子供の健全は発育を妨げることもあり得ます。
おおらかに見守る意識をもっともてるように心がけましょう。

簡単なグランディング方法

by hikarinosalon ~ 2012年02月01日(水) 0:08 am

誰でもできます。

<準備>
・塩で足を浄める(つまり、足浴をしてください)
<実践>
・姿勢は自由でよいが、上半身はまっすに保つ
・首と肩をよく動かす(上半身を適当にストレッチや体操をする)
・手は座禅の時の印を組む
・腹に意識をむけ、鼻から吸って、口から吐く
・特に息を吐く時に肩の力が抜けて上半身が軽くなる、オーラが透明感を増していくようにイメージする
・次第に頭のなかがぼんやりとしてくる
・腰がどっしりと重く感じられる
・足の裏(特に土踏まずのあたりを意識する)が大地にしっかり根ざしていることをイメージする

これを毎日10分ぐらいやってください。

※グランディング(グラウンディングとも表示される)=Ground(大地)にしっかりつながる、の意味。

厳しい時代の希望の光

by hikarinosalon ~ 2012年01月31日(火) 15:03 pm

レイキはとても不思議。いったいどこからこの波動はやってくるのか、と考えるけれど今でもよくわからない。感じようとしても感じられず、見極めようと思ってもそう思う自分のエゴが消滅してしまい、考えることすらどうでもよくなってしまう。その源流に辿り着こうとすればするほどエゴが消え、自分が消え、ただ穏やかな至福の境地に近づいてしまうようだ。

レイキがもたらされたのは関東大震災の直前だった。結果的に初代の先生は怪我人や病人の為に奔走し、数千人の入門者を指導し、数年で他界してしまった。戦前、レイキの技法による手あて治療を受けた人の数は、相当なものだったことは間違いない。

この歴史的ないきさつを考えると、そこで誰かが大震災を予見したかのように思える。時代が混迷し、救世主が現れたり、尊い教えがもたらされたりする。偉大なリーダーは命とひきかえに私達に勇気と自立心を与えてくれる。レイキは無形だが、それがもたらされたという事実は、心の深いところで私達はけして見放されてはいない、ということを感じさせてくれる。

めにみえるものすべてが崩れ去っても、なにも案ずることはない。レイキを学んでいると、そういう意識を感じることがある。その源流にある、光をこの世にもたらした意識かもしれない。

なにも案ずることはない。

なんども、それは繰り返されている。
地球が自転を続けている限り、絶望はないのではないか。
いつも、そこに希望の光は届けられているのではないか。

レイキを学んでいると、どうしても最後には煩悩は解放され、安心のみが満ちていくようだ。

瞑想は学ぼうとすると、その「学びたい」という意識が瞑想の妨げるになることがある。学ぼうとすればするほど、強い意思が壁になる。そういう時期が必ずやってくる。ところがレイキは、学ぼうとする意思を持たずとも学べる。気負わずに、楽に実践できる。そうこうしているうちに、ふと瞑想的な時空に心がただよっている感覚を味わう。ここはどこだろう?と思う。たしかに地上にあり、呼吸しているのだが、太陽や月や風や大地や緑や小動物や野菜や果物や花や蝶や香りだの、光だのいったものと一体化してしまい、そうのうちに宇宙空間のなかにいて蒼い星をみつめている自分に気付いたりする。

そして、結局のところすべてが愛おしいと思えるようになる。
生きることも、死ぬことも、生まれ変わることも。
出会うことも、別れることも。
愛することも、憎むことも。
悲しいことも、嬉しいことも。
食べることも、飢えることも。
すべてが愛であり、涙であり、喜びであり、感謝であり、
歓喜に包まれつつ、始まって終わって、そしてまた始まって終わっているのだとわかる。

結局、はじまりはひとつであり、おわりもひとつなのだろうと思えるようになる。

レイキは面白い。

ただ、あまりにもレイキを実践する私達の意識はまだまだ未熟で、使いこなせていないともいえる。

レイキを学べば間違いはないけれど、段階は無限にあり、一段一段をきちんと昇っていくべきでもある。一足飛びということはできない。なにごとも、急がば回れである。

レイキは希望の光である。でも、そこに至る道のりは、人それぞれ皆違う。だから、それぞれにみあった「それぞれのレイキを実践」する方法を学んでほしい。そういうレイキを指導する人を探して欲しい。

そう、レイキを地上にもたらした者は願っている、と思う。

ヴィパッサナー瞑想の発展

by hikarinosalon ~ 2012年01月31日(火) 14:38 pm

またしても古典派の先人には怒られそうだが、最大の敬意をはらいつつ、あえてとことんアレンジしたヴィパッサナー瞑想を教えています。

光のサロンには、たくさんのセラピストさんやこれからヒーリングやカウンセリングを教えたいという人達が勉強にきてくれます。

時に、ヨガの先生もいらっしゃいます。先日、ヨガの指導にヴィパッサナー瞑想を組み入れる方法を考案し、お伝えしました。ヴィパッサナー瞑想の原理はとても簡単(だと思います)なので、その知恵をさまざまなワーク、セラピーに組み入れることはさほど難しくないでしょう。

ヨガの流れに瞑想を組み入れることができれば、心は軽くなり、開放感を味わえるようになりますし、精神も落ち着いていくはずです。「こころのヨーガ」と名付け、指導を開始していただけることになりました。いい結果がでることでしょう。

瞑想を学んだ人の周囲には、人が集まりやすいのではないかと思います。瞑想を学ぶ人は、なにも目的を持っていないことが多いかもしれません。ただニュートラルな自分を取り戻したい。そういう方がほとんどでしょう。だからこそ、その方が持っている魅力が自然にオーラのなかに放たれていき、人を魅了するのではないでしょうか。

瞑想は人生のビタミンになり得ます。多くの人に、なんらかの形で瞑想を取り入れる生活をして欲しいと思うのです。前回、写メを撮るイメージ法を考案してご紹介しましたが、やはりイメージを思い浮かべる方法でこんな瞑想の発展型もあります。

〜縁を鎮める〜
人はたくさんの人に出会い、さまざまな絆を結びます。それらは日々、過去のものになります。でも時に過去として整理できずに、心がひきずられていくこともあるものです。仕事、プライベート、家族、恋愛、さまざまな人間関係の絆は心にしっかりと「みえないコード」がつながれた状態になります。でも、時にそれが後ろ髪ひかれる思いになると、前進する速度が遅くなり、新しい出会いや絆をつくりだすことが難しくなります(仕事や恋愛の運気の低下の原因となります)。そんな時にも瞑想的なワークは必須といえます。運気がどん底になっても、瞑想によって立ち直った人達をたくさん見てきました。

◎過去に出会った人への執着を断ち切るワーク
いつも、ふと思いだしてしまう、振り返ってしまう、できればまた元の関係を取り戻したい(理性で考えればそれは不可能、無意味、そうすべきではないとわかっている)、といった意識を整理しましょう。

方法:
相手の笑顔を思い浮かべます。次に、その方の背中をイメージします。
相手の背中にむかって
「ありがとう」と唱えます。次に、
「感謝しています」と唱えます。
次に、自分の言葉で相手の幸せを祈ります。

最後に、相手が遠ざかっていくのをイメージします。

これもひとつの「こころのヴィパッサナー瞑想」といえるかもしれません。

ちいさいおかあさん

by hikarinosalon ~ 2012年01月29日(日) 11:11 am

お母さん達から小さなお子さんの子育てに関する悩みを伺っていると、みなさん「おおきなお母さん」になりすぎているのではないかなぁと感じることがあります。

小さい子供はおかあさんの「やさしさ」で育つのです。どんなに不器用なおかあさんでも、料理が下手なおかあさんでもかまわない。とにかく、いつも、毎日、なんでもしてくれるおかあさんが必要なのです。ここが大切なところです。子供は「優しいお母さんが大好き」なのではなく、「おかあさんのやさしさが必要」なのです。

でも、おおきなお母さんは、立派で素敵でとても優しくて「子供に好かれるお母さん」を目指しています。そんなお母さんは講演台に立ったり人に教えたりすることが合っています。それは、子供が必要としているおかさんとは、ちょっと違います。

おかあさんは、ちいさくて構いません。逆に、ちいさいほうがいいと思います。ちいさいおかあさん、こまめになんでも世話してくれるおかあさんの、いつもいつもそこにある「やさしさ」で子供は育つのです。

尚、子供が「大好き」と表現をすることは、ちょっと違和感があります。小さな子供にとって「言葉」がもつ本当の意味はあまり理解できているはずがなく、それを上手につかいこなせるはずがありません。それを真に受けてしまうのは、注意が必要です。ひょっとすると、「だいすき」といえば「必要なやさしさを与えてくれる」と学習してしまった結果かもしれないからです。ひょっとするとお母さん自身が無意識に子供に「だいすき」と言わせたいと思っていたのかもしれません。だいすきと言われたら嬉しいのはきっと本当でしょう。でも、いつも元気いっぱい、たべてあそんで、すやすや眠っている子供の寝顔以上に、嬉しいものはないのではありませんか。

子供の心にふれていると、ほんとうに「ちいさいおかあさん」がいつでも必要なんだろうなと感じます。

ヴィバッサナー瞑想

by hikarinosalon ~ 2012年01月28日(土) 9:00 am

誰にでも瞑想は必要。とくに精神性をいかに高めていけばいいのか、という命題に誰しもが取り組む時代には尚更のこと。人はとにかく考える生き物。ところが考えると神経は疲労する(すなわち、心模様も曇りがちになる)。休んでも、眠っても、疲れがとれない。そんな状況が続くとやがて黄色信号が灯ってしまう。最悪は向精神薬のお世話にならざるをえないかもしれない。

そんな時代にあって瞑想の技術を少しでも学んだり、身につけて実践していくことは必須になりつつあるのではないだろうか。

古来から知られている瞑想方法にヴィバッサナー瞑想というのがある。それを今日は、とても簡単に「今に生きる人」なら誰でもやりやすい方法にアレンジしてみたのでご紹介したい。

古典を知っている人には怒られそうだが、これがどうして効果があるのです。是非、お試しを。

【ヴィパッサナー瞑想〜写メ・イメージ法】

前置き:ヴィパッサナー瞑想では、心がとらわれている状況を手放し、客観視することにより意識を空っぽにしていこうとする技法です。でも、言葉で自分に言い聞かせるのは、なかなか面倒であったり疲れている時にはかえって神経が疲れるような気がします(個人差もあるかもしれません)。そこで、言葉はいっさい念じることなく「イメージ」だけで取り組める方法を考案しました。

準備:特に必要ありません。いつでもどこでもすぐに始められます。

方法:心に雑念がうかんできたら、その雑念にフォーカスします。心のなかで携帯をとりだして写メを撮影する時のように「対象に狙いを定め、シャッターチャンスを待つ」のです。雑念をはっきり見つめ、感じ取ったら「パシャッ」とシャッターをきります。その瞬間、イメージで「雑念の対象」が静止画で表示されていることを思い浮かべ、そして「保存ボタン」をおします。そうすると、対象は画面から消えます。

事後:ここからが大切なポイントだと思います。さきの雑念を撮影し、保存し、画面から消したら次の対象に意識を向けます。携帯を構えて、シャッターボタンをいつでも押せる状態を保ちます。心のなかに新たな雑念が浮かんでくるのを、今か今かと待ち構えるわけです。このような意識の状態をなるべくはっきりと数秒間保ってください。

以上です。

あとがき:できれば一週間ぐらいは続けてみてください。一日に何回やればいいというルールはありません。自由に試してみてください。慣れてくると一日の嫌なことをさっぱりと忘れていることに気づくようになり、一ヶ月も続ければ心が軽くなり、一年もすれば随分と前向きな自分に変われるかもしれません。

尚、この方法はヴィパッサナー瞑想に心から敬意をはらいながら考案しました。実践なさる時は心のどこかに、「ヴィパッサナー瞑想」の智慧を授けてくださった先人達に感謝をして行なっていただければと願っています。

おおきい人、ちいさい人

by hikarinosalon ~ 2012年01月27日(金) 13:40 pm

おおきい人は、めったやたらに動かないほうが良い場合がある。
自分では人の為、と思って岩を動かす。そのせいで誰かが怪我をするかもしれない。だから、山はどんと構えてじっと動かず。だが、時至ればその時こそ力を発揮して人を助けるべし。

ちいさい人は、じっと待っていてはいけない。あまり身の程をわきまえようと構えたり、考えすぎてもいけない。日々、どんなにがむしゃらに動きまわっても誰も気にせず害をこうむることはないのだから、どんどん思う存分に突き進めばよい。それでもきっと足りない、不十分だと感じてしまうだろう。

人は自分のことがわからない。たとえわかったとしても、日々をどの程度、どのタイミングでいかに人に関わればよいのか、その加減は変化し続けていく。だから、必ず失敗をする。だが、失敗を失敗と認めて前進することこそが大切なのではないか。

人は変われる。そこに生まれ変わってきた意義がある。

そして完全な人はいない。失敗はつきもの。七転び八起きというではないか。