大切な人を憎む

by hikarinosalon ~ 2012年01月26日(木) 0:27 am

人の心はよく「嘘」をつく。その理由は「怖れ」や「罪悪感」だろう。

お世話になった人、大事にしたい人、親、兄弟姉妹、子、取引先、お客さん、等々。日々、なにかと恩のある人、情が通う人を大事にするのは当然のことだ。仲良く、穏便につきあっていければそれにこした事はない。失うよりは「関係を維持できたほうが楽である」ならば、尚更だ。また、良好な交流がなんらかのメリット(利益)をもたらすのなら、更に「嘘」をつく動機が強くなる。

嘘が単なるストレスのレベルならば、ヤケ酒やカラオケで発散できるだろう。焼肉にビールもすごくいいし、瞑想もいい。スポーツもいい。セックスもいい。憎しみを抑えることは、とても大きなストレスになるのでその発散もエネルギーレベルを高めることが必要になる。お金もかかるし、時間もかかる、体力も・・・。なかなか大変である。若いうちなら夜は長いが、年を重ねるとだんだん体力が落ちてくるからストレス発散は十分ではなくなり、体内に蓄積する。強い憎しみのエネルギーは血の巡りを悪くする。内蔵の細胞が破壊されやすくなり、免疫も落ち細菌にも感染しやすくなる。炎症がおきる、治りにくい。治ればよいが、繰り返すと症状が慢性化してしまう。症状がでにくい臓器に故障がおきると深刻な病気になる怖れもでてくる。憎しみはとても強い波動なので、解放は十分にしなければ病気のリスクが高まる。

また、時に憎しみは「過去の記憶」のなかに影をひそめ、表面には出てこないことがある。それでも心は「過去」から亡霊のように憎しみが不意に顔を出すことを怖れるから、日々うっすらと「嘘」をつき続けることになる。余計な気配り、作り笑顔、義理でも付き合う義務感となって行動や判断に見え隠れする。それを長年続けることは、喉や胸のトラブルにつながる。呼吸器系、甲状腺、免疫系への影響も心配される。

また、人を憎む心を抑圧しやすいタイプ、というのがある。潔癖な心をもつ人たちだ。他人を傷つけるよりは、自分が傷つけられることを望むようなタイプの人は、心のどこかで「他人を傷つけまい」として、自分の心のどこかに「憎しみ」を宿してしまうことを極端に怖れて、関係性を歪めてしまうことがある。また、自分を嫌悪してしまう事もある。その場合は胸のあたりにトラブルを引き起こしやすく、自律神経への影響も懸念される。

心が嘘をつく傾向が強いと長年の蓄積の結果、体調への影響がはっきり現れるようになる。逆に、体調の悪化から、自分の心の素顔に気付かされることも多い。

魂の処方箋

by hikarinosalon ~ 2011年12月13日(火) 15:28 pm

カウンセリングにいらした方に、宿題を出すことがあります。その宿題をこなすのもよし、放棄しても全然かまいません。内面から変わりたい、人生の方向性を修正したい、というご相談を前提に守護霊さん達からのヒントとして宿題がでるのです。もし、しっかり取り組めばきっと次につながるステップになります。もしやらないとしても、別な形でヒントやアドバイスを受け取れるかもしれませんから、あまりこだわらなくてもよいと思います。忙しい時期や大変な時期もあることでしょうから

ただ宿題を実践していただくと、お互いの連帯感も増しますし一緒にがんばりましょうという空気がセッションのなかで産まれてきます。薬の処方を出しても勝手に飲まなくなってしまう患者さんにはドクターとしてもそれ以上応援できなくなってしまいます。もっとも守護霊さん達は、こなせる範囲での宿題しかけして出さないのです。

あと一歩、いやあと半歩

by hikarinosalon ~ 2011年12月05日(月) 22:53 pm

あと一歩でも、いや半歩でも前進する工夫をすることで人生がすごく開花するに違いないと思う方を時におみかけする。ただ、その半歩の前進がなかなかできず停滞する。そんな時に人は心のなかではなにかもやもやとしているもの。ものごとには時がある、という。そのもやもやもいずれは晴れていくのだろう。タイミングは本人が見極めるべきものかもしれない。だが、多少早くてもいい場合もあるし、それ以上停滞していては時間を浪費するということもある。

また、なにかを変えるきっかけやチャンスは何度もやってくるようでいて、本当によい絶好のチャンスというのはけして多くはない。だから、あまり機を伺いすぎるのもどうかと思う。

ここぞというタイミングがいつなのか図りかねる時は「その時はいつなのか」という問いかけもとても意味深いものになるだろう。

恋愛指南(結婚と子育てが必要命題の人)

by hikarinosalon ~ 2011年10月12日(水) 0:33 am

今日は恋愛についてのコラムです。
大人になると、恋をしてわくわくどきどきする期間はどんどん短くなります。それよりも、いったいぜんたい「この人と一緒にいて自分はなにをしているんだ」という自問自答を人は心の奥底でするようになります。「そんなことは一度も考えたことはない!」と断言する人もいるでしょうが、潜在的に人は「自問自答」をしています。稀に本当になにも考えずに出会い、結婚してしまう人がいますが、運命的に出会ってしまう人は迷わないようです(あるいは迷う暇もない出来事に巻き込まれてしまったりします)。

お付き合いをしていくなかで「この人と人生を歩むことの意味はなんなのか」といった自問自答が始まりますがこれがなかなか簡単に答えがでないのです。ですから少しの間お試し期間が必要になります。それが短ければ半年とか1年でしょう。でも女性はなるべく早く結論を出したくなるので、早めに切り上げる傾向があるようです。それが何年も続いていく場合は、仕事の都合であったり遠距離であったり、なにか事情がある場合が多いようです。それなりに近くにいて、頻繁にデートを重ねることができる(あるいは同棲している)状況であれば、自問自答の答えを見つけるまでにそれほど年月は必要としないのが普通です。

ここでその人の「自問自答」に重みづけをしてみることにします。
最初は「結婚することを必要命題」として生まれ変わってきた魂の場合、です。

すべての魂は生まれ変わってくる時に「魂のテーマ」を持ちこしてきます。そこにはカルマという意味合いも含まれます。が、単純に「魂が持っている方向性とか個性のようなもの」と考えてください。つまり「是非、今生でも結婚をして家庭を持ってみたい」と、かなり強くイメージをして生まれ変わってきた場合です。
(ということは、さほど家庭を持つことを重視していない場合もあるわけです。その場合については別の機会に。)

例えば、前世で子育てを十分にできなかった人の場合(例えば十分な教育をしてやれなかった、健康に育てられなかった等の悔いが残っている)は、非常に子育てにこだわる傾向があります。当然、結婚をして子育てをすることを必須の命題として生まれ変わってきていますから、出産と子育ての機会をつかむべく行動します。自然に結婚適齢期には恋愛=結婚をする、つきあっている人が父親に(あるいは母親に)なる、というイメージが出来上がっています。そこにほとんど迷いはありません。しかしながら、いろいろな事情で結婚ができず年齢を重ねてしまうことがあります。その場合は、「自分はやるべきことをやっていない」という葛藤が心の深いところから沸き起こってくるようになります。家庭を持つことを重要視していながら、結婚に、あるいは子宝に恵まれないことがあるのです。その理由は大きなものでは、まず健康がすぐれない場合です。健康運と家庭運は非常に関係があるのです。自分も相手を選ぶわけですから、当然相手からも自分を選んでもらわねばなりません。自由恋愛においては、健康な肉体と優秀な遺伝子を持つものは優位に立ちます。つまり、健康でなければ出産と子育てをこなせません。健康であることはとても重要な要因になります。もし、精神的に、あるいは体質的に健康に少しコンプレックスがあれば改善する努力をしましょう。そうすることで、以外とすんなりお相手が見つかることも多いものです。

また、結婚を目標にしていながら、結婚そのものに苦手意識やコンプレック(いわゆるカルマ)を持って生まれ変わってくる魂もかなり多いのです。その場合は、自分の苦手意識に気づいてもらい、ネガティブな感情を押し殺さないように心がけてもらいます。特定の場面や状況で気持ちが沈んだり、逃げ出したくなったりする事も多いので、自分の傾向とその原因をしっかり見つめておくといざという場合に対しての心構えができ、乗り越えやすくなるのです。原因が前世にある場合は霊視鑑定をして、過去にどのようなドラマを体験したのか確認します。

その他、ちょっとした風水の工夫をしてもらう、趣味やスポーツなどでエネルギーをリフレッシュして運気アップをはかる場合もあります。様々な工夫を通して結婚の運気をあげ、魂の命題にむかってトライしていただきます。

スピリチュアルカウンセリングを求めるタイミング

by hikarinosalon ~ 2011年10月11日(火) 23:42 pm

多くの方のご相談のテーマは、本人にとってはそれなりに深刻なものだと思います。話して気持ちが楽になった、という方もたくさんいらっしゃいます。生涯で誰にも話せなかった、という内容のご相談も相当の数にのぼります。大きな重荷を背負い、一人で生きるのはとても辛いものです。重荷を一人で背負う必要はないのだ、とわかるだけでも人生が楽になることはあるでしょうね。

一旦、気持ちが楽になったあとは自分なりになんとか乗り越えていけるかもしれません。その後も、日々のちょっとした問題についてのご相談についても、もちろんお引き受けしています。

なかには「特に相談するほどの問題はないのですが」という方もいらっしゃいます。それでも、「なんとなく気になる」テーマが心のどこかにあると思います。私たちはけして無意味に日々を暮らしているわけではありません。どんな方の魂も、本質的には非常に一生懸命に日々を送っているのです。そんな日々のなかで、貴重な時間を光のサロンに託してくださるのですから、魂はきっと「なにかきっかけを掴みたい」と切に願っているのです。

ご相談のテーマは、まったく具体的である必要はありません。漠然としていてもいいし、どうすればもっと幸せになれるのか?もっと楽しく生きられるのか?といった普遍的なテーマだってよいのです。1年たったから(半年でも3ヶ月でもかまいません)、という理由だけでもいいでしょう。

どんな場合でも、魂はつねに成長や変化のきっかけを欲しがっています。

のどが乾いた時に、水分をとるでしょう。そんな時に「なぜのどが乾くのか?」と理由を問うでしょうか。

私たちは常にスピリチュアル(魂の願う通りに)に生きたいと願っている存在です。魂の成長の糧がほしいのです。のどを潤したいと感じた時に、なにかヒントがあれば、と思う時に。あなたの魂が望んでいる生き方について、魂のガイド達があなたをどう見守っているのか、ご先祖様達になにを期待されているのか、この時代、この環境でどう生きぬばよいのか自然の聖霊達はどう考えているのか…。

さまざまなドリンクを用意してお待ちしています。魂を潤しにどうぞいらしてください。

先住民族に学ぶ

by hikarinosalon ~ 2011年10月11日(火) 17:05 pm

輪廻のいきさつを紐解きながら、運命鑑定をしていくと、自ずと古代からの知恵といっていい仏教の考えを引用することも多いです。それぐらい、私たちの魂にとっては非常に受け入れやすい智慧がたくさん詰め込まれていると思います。お経を読んだり、解釈していくことでなるほどと得心することも多い。多くの人の人生の悩み、深く重い葛藤も、仏の教えが救いになることはきっと多いことでしょう。

しかしながら、それだけで本当にすべてが納得いくのか、全部がまとまるのか、というとなかなか敷居が高い世界でもあり、日常的とはいえず、誰かの葬儀でもなければお坊さんの講釈を聴く機会もほとんどないのが私たちの現実生活です。また、仏教にはこの世は空であるという考えはあっても、ならばその空なる世界とどのように調和して生きていけばよいのか、という智慧はさほど多く用意されていないようです(あるところにはあるのでしょうけれど普通に仏教の表には出てこない)。

スピリチュアルな感性と現実を生きる知恵が調和し、非常にナチュラルな死生観を持っている人達といえば、やはり世界各地に少数ながら存在している先住民族達でしょう。彼らの運命に関する考え方や独自の生きていく知恵の多くが、日本人である私たちにもとても参考になります。いや、参考にすべきといっていいでしょう。

そして、ある一定数の人達は先住民族の精神を受け継いでいるので、その教えや考えを伝えていく使命を持っています(とはいえ、圧倒的に少数であることは間違いありません)。ネイティブな魂を受け継いでいる人達は、非常にリアルに自分の魂のルーツを知っている(そういう感覚をすでにお持ちになっている)ので、お会いする機会があっても「念のための確認」といったようなセッションになります。血は受け継いでいないけれど、魂の由来が先住民族であるというタイプの人も若干ですがいらっしゃいます。そういうタイプの方は自分が今生で持っている肉体、民族、国家、宗教の一切にとらわれず、あくまでも自然との調和や共生を実現する方法論をシンプルに模索する傾向があります。そして、こういう限られた人達と接触することは、非常に深い学びになることが多いものです。どうぞ皆さんも、ご自身の周囲に一般社会に属していても尚、なにか精神が自然と一体化しているような雰囲気を持っている人を探してみてください。心がけてさえいれば、一生に一人ぐらい出会えると思いますよ。

みえない糸

by hikarinosalon ~ 2011年10月11日(火) 14:01 pm

私たちの本質は「霊的」な存在であって、この現実がすべてでもなければこの物質世界にしばりつけられているわけでもありません。見えず、聞こえず、手でふれることのできない「あの世」こそが私たちの霊的な実体が還る世界なのです。

そういうことはお経にも書いてあることですが、仏心をもつということが、肉体をみたない存在との「つながり」をしっかりしたものにしてくれるでしょう。

肉体を離れた魂とのきずなを「みえない糸」によくたとえます。きっと結ばれているのだ、と信じて亡き人を思う。そのことによって、みえない糸をたぐり寄せることになるのだと思います。

お彼岸

by hikarinosalon ~ 2011年09月20日(火) 18:59 pm

いつからか、もっぱら先祖供養をする時期と理解されている「お彼岸」。元来は、悟りの境地を意味する。古来は六波羅蜜を行じる、いわばより修行に専念すべき期間でもあったようです。六波羅蜜などというと、途端に理屈がましくなるわけですが、布施という言葉なら誰でも知っているでしょう。この布施という概念は、仏の教えでは悟りに至る為に大切な修行の要素なわけです。そういったことを改めて考え、そして取り組んでみましょうよ、という呼びかけでもあるわけです。

お彼岸をお墓参りに出向いたり、おはぎをいただいたり、それぞれの習慣を通して過ごしていく。それでいいと思います。それぞれの家系に定着しているセレモニーを通して、まずは先祖への感謝を学んでいくことも、悟りに至る為には大切な事ですから。

スピリチュアルなセミナーに参加すること

by hikarinosalon ~ 2011年09月10日(土) 0:49 am

スピリチュアルな成長の為に、時にセミナーや様々なワークショップへの参加がきっかけになり、新しい目覚めにつながることがあります。どんな場が自分に最善なのか、誰にでも必ず導きがあります。自分の内なるガイドによく相談をすることで、きっといいご縁があるものです。

今日はセミナーやワークショップに参加したくても、なかなかきっかけがない、現実的にちょっと難しいという方の為に少し書いておこうと思います。

◎きっかけがない
きっかけは、向こうから一方的にやってくるものではなく、まず自分の意識を変えてみることが大事です。スピリチュアルなイベントに参加したいと興味をもつ時点で、参加する資格は十分にあるのです。

もし、自分の経験値や年齢や立場などを気にしているのなら、「いったい自分はなんの為に参加したいのか」をよく考えてみてください。「自分の成長の為」という目的がもっとも大きなものでしょう。シンプルに「参加したい」という気持ちを味わってください。そこには「自分はもっと変われるはず」という思いがあるはずなのです。でも「変われるかどうかわからない」という不安もあるでしょう。その不安は必ずついてまわります。けれども「変われるはずだ」という思いも消えてなくなりません。

もし何度も参加するきっかけを得られないままチャンスを放置してしまうと「変われないまま終わってしまうのではないか」という不安と、いつも戦い続けることになり、次第に気持ちが萎えてきてしまうかもしれません。鉄は熱いうちに打て、といいます。思い立ったが吉日かもしれません。参加したい、変わりたい、変われるはずだ、という思いをどうか大切にしてみてください。

◎そうはいっても仕事や家庭の事情が許さない
こういう方もたくさんいらっしゃると思います。誰しもが余裕がありません。時間的、金銭的に余裕がない。そんななかでそれなりの時間を「自分の為だけに割く」ことは簡単ではないでしょう。
でも、参加をあきらめたとして、その時間はそれに代わるだけ有意義に過ごせるものでしょうか。なんとかやりくりすればよかった、と後で後悔する可能性はないのでしょうか。
さまざまな事情があって、とても無理であるとしても、自分は変わりたい。変われるかどうかを試してみたい。その為に自分に投資(時間や費用)をしてみたい、そう考えてみることも大事です。事情がゆるさないのではなく、時間と費用を「自分の可能性に投資することを許可していない」のは自分自身なのです。
自分はきっと変われる、時間と費用を投資するだけの意義をきっと見つけられる、そう信じることです。自分の内面から新しい意識に脱皮することで、人生をより充実して、有意義に生きられるようになるかもしれない。そうすれば、人生のなかで少しばかりの時間と費用の投資は、大きな糧となって戻ってくることでしょう。

一生の長い人生で考えれば、ほんの些細な投資にすぎないはずなのです。うっかりインフルエンザにかかってしまったらどうせ消えてなくなる程度の人生の一場面でしょう。学業や健康や目先の収益や知識や資格の為の投資でなく、時に「自分という存在そのもの」への投資もしましょう。

◎あなたが参加すると決めれば、あなたの為に最善の席が用意される
できるだけ早く、明確な目的をもって参加を決意することで、あなたのガイドが、あなたの為にもっともよい学びとなるように、最善の席を用意してくれます。もし、当日までに必要な準備があれば自然にそれが整うように導いてもらえます。そして当日は驚くほどスムーズに会場に到着し、あっというまに充実した学びの時は過ぎ行き、充実感に浸りながら帰路につけることでしょう。

こういう経験を重ねていくと、誰しもが「けしてひとりではない」と実感できるようになります。そして魂のガイドとの絆が安定し、人生のさまざまな試練にも打たれ強い精神力を得ることにつながるのです。

より多くの人に、たくさんのよい成長の場が与えられますように、心から祈っています。

子宝

by hikarinosalon ~ 2011年09月09日(金) 13:00 pm

結婚し、そして子宝を授かることによって人生の意味が大きく深まり、生き方そのものが変わってしまうこともあります。

人はさまざまな過去のいきさつをもった魂が、今回の人生では新しい境遇に生まれ変わってくるのです。いわば「やりなおす」ことが可能になるわけです。その際に、新しい生き方を実現する為に、「子宝」を得ることもあります。これは本当に神様からのご褒美といっていい巡りあわせです。

一方で、子供には子供の人生があるので、いずれは親離れをします。ですから、親御さんは自分の人生の「やりなおし」の為に子宝を授かる場合、多くの場合は子供が小さいうちにしっかり向きあっていく、その過程を通して魂が癒されていく体験をします。子供は成長しきってしまうと自分の世界を創り上げてしまいますから、親子の時間は終わりになります。その間、早ければ十年、あるいは15〜6年続くこともあれば18年ぐらいかかることもあります。いずれにしても、子供が精神的に、社会的に大人になり、自立していく流れで子宝としてのご褒美を受け取れる時間は終わります。でも、その間に、親御さんの魂は十分にやりなおしが終わり、深く癒され、素晴らしい人生の時間を味わうことができます。

親御さんの魂にとって「子育て」が大きな深い意味をもつ場合は、その10年から18年ぐらいの時間を、大切にしっかりと味わっていく必要があります。一方で子供にも個性がありますから、いろいろ心がけて欲しいことがあります。

大切な親子の関係がすでに用意されている場合は、10年から18年の流れがはっきり現れます。幼年期から入学し、思春期を迎え、成人していく過程における心構え、注意すべきことなどをひと通り、お伝えすることもあります。お子さんがまだ乳児でも、幾つになっても、これらの情報をひもとく事が可能です。

もし、お子さんを授かって、そこになにか大きな意味を感じている方は、一度鑑定を受けられると参考になると思います。