可能性を探して。

こういう仕事をしていると、本当に日々たくさんの人達の心の闇にふれさせていただくことになります。苦しい時、辛い時になにかお力になりたい。そんな一念で今日までつっぱしってきました。最初の頃は、自己否定のかたまりで、こんな自分になにができる…でも、やれるものならやってみたい。自己否定が山のようにありながらも、一粒の渇望が前進する糧でした。

どんなにがんばって応援しても、励ましても、人の心というものは本当に揺らぎやすく、そして弱っている時にはひたすら支えが必要になります。いったいぜんたい、カウンセリングでどう支えてあげられるというのだろうか。私の場合は、カウンセリングとはいっていてもいわゆる心理カウンセリングの手法は用いません。霊視して問題の原因を探って、守護霊さんから伝わってくる情報をお伝えし、導きを示していきます。それによって意識が切り替えられる、新たな視点が得られる。それが大きくプラスになる方もたくさんいらっしゃいます。でも、すっかり弱り切っている心につける薬になるかといえば、けしてそうではありません。時に情報は過ぎるとかえって毒にもなります。それ故、どうしてもお答えできないこともでてくるのです。守護霊さんが、今は伝えてはならぬ、心が受けとれるだけの準備ができていない、と知らせてくると、サッカーの試合でいえばもはやレッドカードのようなもので、そこから先は私の役目はないのです。これが限界なのだな、と寂しく感じる瞬間です。そういうお約束でこの仕事をやらせていただいているのですから、どうしようもないのです。

でも、なにか手があるはずだ、ということはずっと考えてきました。それで今、補完代替療法を猛勉強しています。どこまで器を広げることができるのか、できないのか…。可能性をじっくり探っていきたいのです。

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