文月十六日の雑記:満月の戯言

時々、戯言を書きます。
が、単なる私の哲学的な思考だったり、雑多な想念の吐き出しているものにすぎません。
読み飛ばしていただいて結構です。

特にカテゴリーが「ポエム」になっているジャンルは、単なる空想、妄想の産物ですからね。

個人ブログだからご了承ください。

暑いようなそうでもないような、微妙な天気が続く夏です。
引き続き熱中症には気をつけましょう。
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無という怖れ

国家権力と断絶し、人生のすべてをかけても人の命を守ろうとする行動をとる人がいる。その情熱は「何かを信じているから」ではないだろうか。

いったい何を信じれば、そこまで強い行動がとれるのか。

私たちの信じる力はどこからくるのか。

私はいつも私に問いかけている。

私に力がないのはなぜなのか。

なぜ私はこんなにも無力なのか。

なぜこの世には間違った行いがはびこり、弱い者や守られるべき者が犠牲にならねばならないのか。

誤りが正されるために神の裁きがあるのなら、それは今すぐに行われるべきではないのか。

私は神に、宇宙に問いかけています。

こんなにも世の中、疑問だらけの時代はありません。

こんな時流の中でどこに信じるものを見出せばいいのでしょう。

命にかえてもいいと思えるほどの熱い生き方を可能にしてくれる機会があるのなら、それはどうすれば得られるのでしょう。

無力な私は、問いかけることしかできません。

それしかできません。答えのない問いかけです。

それがこの先、一生、続くのかもしれません。

人生は踏み絵のようだと思います。

隠れキリシタンの疑いをかけられた者は、聖母の絵を踏まねば処刑されます。

が、信仰を絶ち、絵を踏めば解放されます。

自分の魂より大切なものを踏みつけることができようはずもない。

できるはずのないものを強制するのが権力です。

しかし、権力は実は無力です。

形だけ踏んでも、心を折っても、魂が死んでしまっても、

それでも神の愛は消えないからです。

しかし、それを証明することができないのです。

証明できないものを伝えることはできません。

故に私は無でしかありません。

あなたたちは愛されているのに、それを伝えたくてもかなわないのです。

だから、私は問いかけ続けるしかありません。

なぜ、皆、盲目なのですか。

私には見えるのに、なぜ他の者には見えないのですか。

一体、私は何のためにこの世に遣わされたのですか。

その意味があるのなら、私に役目があるのなら、それを果たすべきは今ではないのですか。

今でないのならその時はくるのですか。

答えはありません。

このまま、無のまま終わる人生なのかもしれません。

時流は刻々と動いている

時流は刻々と動いている

つまり地球全体のエネルギーが変化している、ということを皆さんはお感じになっているでしょうか。

目線をできるだけ自分や自分の周囲にむけてみることで、より理解しやすくなります。
ただし気をつけていただきたいのは情報過多はストレスになります。
頭と心を休ませることを優先しましょう。

その上で今までと違うものの見方、考え方を身につける方が違和感なく新しい時代を感じられるようになります。

その先を知りたい、という方は知らない方がいいかもしれません。

時流が動いても自分は自分、あるがままに生きていくだけ。
そういう姿勢がまずは大事ですから。

知ることでほとんどの場合、ストレスを溜め、消化不良になり、嫌悪感が増すだけという残念な結果になりがち。

知識を身に付け、理解を深めることも時に大事ですが、今は全体が動いているのですから、各自の人生の根幹も揺れ動くということ。であるならば本当に必要な取り組みは何なのか。そこをしっかり見極めることが非常に大切なポイントになります。

単に知ることだけで満足しているようでは、時流に乗ることにつながりません。

誰しもよりベターな人生を選択できる時代ともいえます。日常の生活の一つ一つを見直すところから始めるのが無難なところです。そういう点では情報の断捨離が一番、おすすめかもしれません。

文月一日の雑記:太陽さん

先月(水無月)は、とうとう記事を書かないまま過ぎてしまった。

何かしら、書いておこうと思いながらも、書き記すことができずにいました。

書くということは自分を見つめる作業でもあるけれど、それだけであれば日記でいいわけです。私の場合はそうではなく、誰かのために書き記しているわけです。自分の気ままな雑記という体裁にしてはあるけれど、本当はそうではありません。

最近は、自分の日常を発信して収益を得るような、そんな生き方もありな時代です。公私の境目があるようなないような時代です。悪いことではないと思うけれど、反面、自分を守る術がなくなる気がして怖いとも思います。若い人には安易に有名になるとか収入が得られるということを目指してほしくはない気がするのです。

あまり語りませんが私は二十代の半ば大成功を収めました。今となっては前世のことのような遠い記憶ではあるのですが、今でもその功績を讃えてくれるファンの人がいます。自分としてはもうなかったことにしても構わないのですが、世間はそうはさせてくれないようです。いまだに思い出してくれる人がいることを、素直に有難いと思えるようになりました。これこそ年の功というやつでしょう。

ところで、最近あまりにも騒がしい世の中になってしまい、どうにか自分を落ち着けて、しっかりしたものの見方、書き方、表し方ができないかと思います。

まだまだ明日があるのだから、日々、襟を正して、命を大切に過ごしていこうと思うのです。

太陽さん、今日もありがとう。

皆さんも夏を精一杯にお過ごしください。
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あなたの涙は光の涙

人間はエゴが強い、執着がなくならない。

だから、苦しくなる。

大切だから、心配だから。

でもそれは言い訳。

本当は自分が可愛い。相手のためだからと言いながら、自分の思いやりを育てたいのが人間の本質。

いい人になりたい、温かい心を持っていると思われたい。

そんな見栄っ張りな意識がなくなることはない。

綺麗に見せようとすればするほど、裏地にこびりついた見栄、プライドが、がさつく。

でも、あまりに苦しくなると私たちはふと涙を流す。

もう無理と思った刹那あふれでるものがある。

エゴが浄められ、見栄もなにもない、人を思いやる美しい精神性が結晶した光のドロップ。

流れ落ちる涙が、あなたの人を慈しむ優しさ。そして、大切な人との絆。

涙を流すたび、あなたの中に慈しみが宿る。愛が膨らむ。

頭上のマリア様が微笑んでいる。
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そこにあるものが美しい

夏至を過ぎました。今年も半分過ぎたんですね。

円山公園のスナップです。
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今、自分が見ているのが地球で一番美しい風景なんだろうと思うんです。

でも、私たちは、ここではないどこかへ、見たこともない幻想の風景を探しにいこうとしますよね。

コロナ禍で、どこへも行けない期間が長く続いている中で、身近な環境で楽しもうという気運が増して、どこにいってもキャンプグッズが並んているわけですが。もしかしたらキャンプ場にすら行く必要もないのではないか?

北海道なんて自然だらけなんだから。いつでも木陰ですずむことができます。
時間と費用をかけて遠くへ行かないと娯楽にならないのではなくて、時間もお金もかけないで、今すぐそこにある環境で、伸び伸び楽しむことが大事な時代ですよね。

一番、身近にある自然こそ、もっとも美しいのかもしれませんよ。

久しぶりの「パピヨン」

ちょっと思うところあって、久しぶりに友人、ランディさんの小説「パピヨン」を取り出して眺めてみていた。エリザベス・キューブラー・ロスの見えない引力に導かれて遠い土地での体験と、実生活での父親の介護とが交錯しながら話は進んでいく。

ランディさんの小説は、ほぼ実体験で書いている。だから小説というよりはルポとかドキュメンタリーに近いんだが、ジャンルの設定として小説扱いになっているらしい。とにかく、この人の本は他に類がないと思うし、それでいてちゃんと明確なメッセージを秘めているという点が唯一無二だと思う。

発刊から随分年月が経つんだけれど、今だから読み応えがあり、隠されたメッセージがじんわりと伝わってくるようでもあり。時代をずっと先駆けているようでもあり。なんにせよ不思議な作家さんである。

頻繁にエリザベス・キューブラー・ロスの著作から引用されている箇所がある。その中にこんな一節があるので要約すると、

人生は一度きり。
本当にやりたいことをやるべきだ。
そのために何かを失うかもしれない。
その代わり、全身全霊で生きることができる。
そして人生の最後に自分の生き方を祝福できる。

結局、私がサロンでみなさんをサポートし続ける目的はここにある。
全く同じことをいつも考えている。

ただ、私が言うと押し付けがましいし、うのみにして欲しくもないから、あまり言わないようにしてます。人は言われたら考えるから。でも、人生の選択って考えるだけでは実行には至らない。

実行に至るためには、たくさんの努力や積み重ねがあって、辛いことや苦しいことも体験しながら少しずつ形にして落とし込んでいけるものなんです。一朝一夕で変えても、それは上辺だけになってしまいます。

人生の最後に、自分の生き方を祝福できる。そんな選択は、間違いなくかなり大きく、膨大な勇気と決断力が必要なことでしょうね。それを自分だけの力で引き寄せるのは不可能です。これだけは確信を持って断言できる。もう一人でがんばっても結果を出せる時代ではなくなりました。

(ランディさん、パピヨンの続きはあるの? そのうち本人にきいてます。)

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皐月十五日の雑記:三年ぶりのお祭り

三年ぶりのお祭り。季節感のある日常が少し戻ってきた感じですが三年前とは、だいぶ何かが変わってしまったようでもあります。

いろいろな意味で先の見えない時代になってしまいましたね。

でも、どんな時、どんな場合でも希望は見出せるものです。上を向いて生きていきましょう。

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卯月二十一日の雑記:この世で一番美しいもの

心の目が曇っていては、美しいものを見ることができない

けれど、心の目の曇りを晴らすことができるなら、あらゆるものを美しいと思うようになります

目の前にあるものが、尊く、大切で、美しいのです

石ころだって、磨けば輝きます

けれど、石ころを石ころとしか見ることができない心のままでは、

磨かれた石の本当の美しさを感じることはできないかもしれません

この世で一番、美しいもの

それはあなたの中にこそあるのです。

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涙かれるとき

なみだ

さびしい涙
うれしい涙
切ない涙
苦しい涙

わけもわからずあふれる涙
心から感謝があふれる涙

ひとりさびしく流す涙

大切な人を失った涙

怖くてどうしようもなくてしぼりだす涙

自分が誰だかわからなくて呆然とする涙

誰かの幸せの喜びをもらって涙する

誰かが元気になって安心して涙する

あたらしい命を授かって嬉しくて涙する

あたらしい始まりの清々しさに涙する

私が私であることの素晴らしさに涙する

けれど、

涙はいつか枯れる

どんなにあふれでて尽きないと思えても

その涙は必ずいつかは枯れるのです

この世には、本当の悲しみは存在しない
本当の喜びも存在しない

あるのはすべて虚しさ

虚しさにとらわれて、混乱して涙するのです

私たちは生きている意味を知らない
知らないから、こわくて泣けるのです

泣いても泣いても、虚しさは減らない

何も変わらない、ということに最後は気づいていく

涙は気づき

それが枯れた時、人は人でなくなるのでしょう
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