昨日、熊本で大きな地震がありました。被災地の皆さんには心からお見舞い申し上げます。今も救助活動が続いていると思いますが、遠くから見守りたいと思います。
2016年の熊本地震があった年、私はピアノを弾きました。ゲストで知人を招いて数十名の方の前で、復興への祈りの音楽を披露させていただきました。
皆さんは祈りますか?
どうしようもないことが起きてしまった時
自分が無力で小さくて絶望してしまった時
そんな時、私は祈るしかないと思って生きてきました。
自分の身にも震災の被害が降ってきたこともあります。身近でも体験し、遠くから同胞の痛みをなん度も味わってきました。本当に日本は自然災害の多い国だと思いますが、もはや近隣諸国もさほど変わらないのだということも見えてきました。
歳を重ねたから見えてくるものもあるでしょうが、それ以上に時代が変化していく、地球全体が大きく動いていく、と言わざるを得ません。
私のオンライン勉強会で、先日、日本は一つの意識体であるというお話をしたばかりなのですが。今回の地震でも私は強いメッセージを感じます。ブログで公開するような内容ではないと思いますが、でも知りたい人や知るべき人には伝えたい思いもあります。ネットで(一般公開)の発信を私は基本的にしていないのです。変えるべきだろうか?と思い悩むこの頃です。
今、お伝えしたいことを一つだけ。
災い転じて福となす、という言葉あります。
英語ではBlessing in disguiseと置き換えられます。訳すと同じような意味ですが。ニュアンスがだいぶ違う気がするのです。
日本語の持つニュアンスは、自分の視点を変えましょう、考え方を切り替えましょう、ではないかと。私はそう感じるのです。つまり「あなた次第でどうにでも受け止められますよ」と。もっと言えば「どんな苦境でもめげずに、へこたれずに力強く前進し続けましょう」とも聞こえます。
本当にそんなことを言い続けていられるでしょうか。私自身の中にはもうそんな気力が残っていない気がします。自分が無力すぎます。そして無力であるということに逆らえる気がしません。
でも英語の「Blessing」には希望を感じます。
エンジェルカードでもよく私はこの「Blessing」のキーワードを引き寄せます。日本語で一番、近い言葉はなんでしょうか。一般的には「祝福」というのかも。でも、今、私が訳すなら「委ねる」です。
「天の意思に委ねなさい」です。
これからも災いはやまないと思います。安心して暮らせる時代はもう戻ってこないかもしれません。であるならば「天に委ねる」という気持ちを持ちながら生きるしかないような気がしています。
祈りも天に委ねる、です。委ねる、は祈るよりもさらに「お天道様任せ」のニュアンスが強いです。何もかも委ねる、です。そうすれば「祈ることすらできないほど絶望していても、希望が受け取れる」気がするのです。
何があっても希望を受け取りましょう。そういう時代なんだと思います。





















