『宮丘トモ子・霊感相談室』【心霊写真】

『宮丘トモ子・霊感相談室』

【心霊写真】

 ある月曜の午後、依頼人が帰ったあとの事務所でトモ子はお茶をいれてひといきついていた。霊能力を使ったあとは思考回路がしばらくの間、しびれたようになってしまうので、必ず一時間ほどは何もしないでぼんやりと過ごすことにしているのだ。時に予約がたてこむと休息をとらないで何件もの相談を続けざまにこなすこともあるのだが、そんな日は何時間寝ても疲れがとれなくなり、疲労が重なって回復の為に何日もかかってしまうようになる。プロとして仕事をするようになり、休息のとりかたは最善の注意をはらうようになったが、それでもペースが乱れて体調を崩すことがある。こんなふうに霊能者ならではの苦労というものがあるのだが、そういったことは普通の感覚ではないから一般にはなかなか理解してもらえない。偉大なる霊能力者としてしられるエドガー・ケイシーの伝記を読んだ時、彼もまた霊視を行った後は必ず睡眠をとって休息したのを知り、ついに同類をみいだしたような安堵感を得たものだった。

 二杯目のお茶をゆっくり楽しんでだいぶ意識がすっきりした頃、純子が事務所にやってきた。純子は市内の私大に通う女子大生である。講義とアルバイトの合間には、トモ子の事務所で電話番をしているのだ。トモ子がまだ休息をとっているような時にはけっして話しかけてこないが、元気そうにしているとすかさずなにかしら話を聴きだそうとする。純子自身は霊感はないのだが、トモ子の仕事には好奇心をかくせないのだ。

「あのねトモ子姉さん、週末に友達がキャンプに行ってきたのよ。それでスナップ写真に変なものが写ったとかでなんだか心配そうだったのよ。画像を転送してもらったんだけどちょっとみてもらえないかなぁ。」
「いいわよ。画像だせる?」
「ちょっと待ってね。」
 本来は予約の依頼メールをチェックしたりホームページを編集する為のパソコンなのだが、純子のプライベートメールもブラウザでみられるようにしてあった。純子は手早く添付ファイルを探しだして液晶画面に表示してみせた。
「ほら、これなんだけどね。どう思う?」
 純子の後ろからパソコンの画面をトモ子がのぞきこんだ。
「なるほど。オーブがたくさん写ってるわね。」
「オーブって、白っぽい丸い物体ね。それとほら、この真ん中の人物の頭のところがぼうっと白く光っているようにみえるでしょう。これ、なんなのかしら。」
「こういう写真はよく撮れるのよ。最近のデジカメはとても高感度になったからね。昔のフィルムカメラよりも案外、写りやすくなったようね。」
「雑誌の写真にもよく白い丸いのが写っていることがあるわよね。ああいうのって出版社はチェックしないのかしらね。」
「単にレンズのゴミとか、光の加減としか思っていないのでしょうね。それに別に怖いものではないから心配ないのよ。」
「あら、そうなの。よく邪悪なものじゃないかって心配するひとがいるじゃない?あまりすごいのが写るとお祓いしたほうがいいんじゃないかって考えたりするわよね。この写真は心配ない?」
「この場所はキャンプ場でしょう。それに写っているひとたちのオーラもみんなバランスがいいし問題はなさそうね。土地の波動も安定しているようだし、この画面からは強いネガティブな波動は感じられないわね。写っているものは確かに四次元的なエネルギー体だけれど、偶然と考えていいんじゃない。まったく問題ないわよ。」
「偶然でこんなにたくさん四次元のエネルギーが写ったりするわけ?」
「もちろんすべての現象はおこるべくして起きるのよ。ひとがたくさん集まるところやパーティなんかやってると人間の想念もとても活発になるから、たくさんの思念が発信されるの。それは四次元にも広く放射されるから共鳴する意識が近くにあると集まってきやすくなるのね。」
「ということは・・・。ここに写っているいろいろな光はなんらかの意識体ってこと?それっってつまり幽霊ってことなの?」
「そうねぇ。幽霊といえば幽霊だけど。四次元にはさまざまな意識体があるのよ。自然界にだって実にさまざまな生命体があるじゃない。単細胞生物にはじまって、昆虫や鳥や獣、そして人間。大きいものから小さなものまで。二本足から何十本という足をもつもの。空を飛んだり水中を自在に泳いだり。ありとあらゆる形態の生命があるでしょう。それ以上の種類の意識体が四次元にはあるのよ。だから私たちがよく思い描く人間の姿をした幽霊なんて四次元世界では本当に無数にある意識体のほんの一つでしかないのよ。」
「そんなにたくさんいろいろな種類の幽霊がいるっていうわけ?」
「まあね。幽霊とは違うんだけどな。たとえば有名なアニメで小さな女の子が森のなかで愛嬌のある妖精と出会うでしょう。あの妖精のキャラクターはとっても可愛いし、テーマソングも流行ったから小さな子供なら誰でも知ってるわよね。あんなのも四次元にはほんとに棲んでるのよ。あたしも森に散歩にいくと、時々見かけるけれど・・・」
「え、お姉さん妖精がみえるの?」
「だってそれが役割だもの。」
「えー、いいなあ。楽しそう。」
「可愛いものばかり見えるわけじゃないから、大変なのよ。」
「怖いものも見えちゃうってこと?」
「本当に怖い意識体は感じるだけでも本当に危険なの。彷徨っている霊魂と出会ったりすると大変ね。私も長いこと修業してきたけれど、実は人間の霊魂と向き合うのが一番むずかしい課題だったな。」
「そうなんだ。四次元の世界でも人間関係が一番大変なのね。」
「そうね。この世界とその点では似たようなものなのよ。現実の世界で動物とうまく付き合えなくたって苦労する必要はないでしょう。でも人間関係はどうしたって避けられない。四次元世界でも同じなの。動物そのものという形態をもっている霊と人間霊はそもそも意識波動が違うからそう滅多に遭遇したりしないものなのね。お互いのテリトリーみたいなものがあってね、そう簡単には接触しないようになっているの。」
「四次元には四次元の秩序があるっていうわけね。」
「そういうこと。だから写真に写るような光は好奇心で集まってきた意識体であるケースがほとんどといっていいわね。邪悪なものが写ることはまず滅多にないし、もし本当にそんなものが写ってしまうようなことが起きたら、現実には既にトラブルが起きてしまっているだろうから。写真どころではないかもしれないわね。」
「ひゃー、こわいなぁ。そんなものが写らないようにするにはどうしたらいいのかしら。」
「興味本位で幽霊が出そうな場所で肝試しをしたり、怪談なんかで盛り上がったりしないことね。」
「やっぱり出そうな場所ではなにか出るっていること?」
「いかにも出そうな場所っていうのはね、土地の波動がそもそも低いとか、とても不安定だったりすることが多いから。いろいろな意味で怪我したり、トラブルが起きたりする可能性が高くなるの。けっして幽霊がでて災いをもたらすことだけが原因とは限らないものなのよ。」
「そうね。怖いものしらずっていうのが、いちばん怖いことなのかもしれないね。じゃあ、友達には心配ないって伝えておくわね。」
「鑑定料はあなたのバイト代からひいておくわよ。」
「えー、そんなぁ・・・。」
「ふふ。だって霊感相談室ですもの。きっちりお代はいただきます。出世払いでいいわよ。」
「りょうかい!」

 週末には大通り公園でビヤガーデンが開かれるようだ。事務所の窓から公園を見下ろすとテントの設営のためのトラックが止まっていた。札幌にも短い夏の季節がやってきた。お盆の季節でもある。

(※この物語はすべてフィクションであり、実在する人物をモデルとしてはおりません。)