水無月十四日:人の行いについて

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地方にいくと、ちょっとお洒落でオーガニックな野菜を盛り沢山に使った手料理を出してくれるお店があって、わざわざ行ってみたりするのですが。天気の良い休日などは混み合っていて、すごく待たされたり、売り切れてしまったりするものです。

営業時間も短い、冬季はおやすみ。対応は遅い。情報サイトにクレームが書き込まれているのを見かけるものです。
そういったお店の舞台裏はだいたいが家族経営で、毎日、土まみれで野菜を育て、その中から最小限の経費を工面して、なんとかオープンしてギリギリで運営しているのが実情のはず。

出向く方だってそれがわからないはずもない。けれど、人というのは満たされないと文句を言ってしまうものです。厳しい書き込みを見たお店の人たちがどんなに残念な気持ちになるかということを、想像することもできないのでしょう。
そんな行いをただ未熟さといって片付けてよいものか。

他人の下品な行いを批判する資格は私たちにはないのです。
人の行いに残念な面を見出すのは、全て自分の心のうちの現れです。
けして人の行いを見て、蔑(さげす)んではいけません。
蔑むのならば、あなたもまた、自らを蔑むことになるからです。
人を蔑むと、自らの品格をおとしめることにしかなりません。
考えること、思い浮かぶこと、全て品がなくなります。
結果的に、人生を満たすことがら全てが、輝きを失い、魅力的に見えないものばかりになっていくでしょう。
あなたが満たされないのは、あなたの問題。
神はあなたに「空」の器を与えたけれど、その器を「どのようなもの」で満たすのかは、あなた次第です。
自ら、品のないものばかり引き寄せ、自らの器をあふれんばかりにしておいて、なぜ神は私をもっと豊かにしてくれないのか、と嘆くことほど愚かなことはないのです。

水無月七日の雑記:糧にならない失敗はない

大きな失敗や、取り返しのつかないことをしてしまった時。
先行きがみえなくて、前向きな気持ちを持てなくなっている時。

そもそも生きているだけで、いろいろ起きるものなのに、それに加えて面倒なことが増えるばかりのご時世です。

こんな時代をどう乗り越えていけばいいのだろうか。そう思わない日はありません。

何事も糧になる。

宗教でも哲学でもなく、実際のところ、失敗も苦難も必ず糧になります。そうできるような仕組みが用意されています。

そこがわかっていると希望を見失うことはなくなります。

でも、ずっと苦しいままかもしれない閉塞感が募ると、本当に辛く、苦しくなってしまう。そうなる前に手を打つことが大事です。

ここはいさぎよく、白旗をあげましょう。降参してください。

意地も見栄もはらない。今、自分は助けが必要です、自分で自分を保てません、そう周囲に宣言しましょう。

きっと手を差し伸べてくれる人が現れます。

そうやってなんとしてでもこの苦難を乗り越える。その向こうに収穫が待っています。https://live.staticflickr.com/65535/50157090988_5cbd8289fc_z.jpg

皐月十八日の雑記:こんな時は

ぱっとしない天気が続きますね。

九州を中心に今年も災害が起きてしまい、なんともいえない気持ちになっている方の多いのではないでしょうか。

こんな時はできるだけ気分転換をはかって、とらわれないように。そして日々のなすべきことに専念してみる。

明日は必ず来るし、その日できることを精一杯取り組むだけで、それなりに良い明日になる。

足元をみて、できることからとりくみましょう。
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閏卯月十三日の雑記:ストレスフルが引き寄せるのは

満月っていうだけで気持ちが不安定になる。

それが私たちの自然な姿。それを抑えたり、我慢しようとするとストレスになる。発散したいのに、それをさせないのは不自然。

普段から不自然な要素が生活の中にたくさんあると、ストレスフルになり、そんなタイミングで満月が来ると、爆発しやすくなります。

ストレスフルな状態は同様の関係性や出来事を引き寄せてしまいますので気をつけたいものです。
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閏卯月六日の雑記:神仏に手を合わせる

手を合わせて拝んでいる方の横を、そっと通り過ぎた。

きっと、よほどのことがあったのだろう。
そんな時、人はこの世のものではないものに真っ直ぐに気持ちを向ける。

これからそんな人が増えてしまう時代になるかもしれない。

だとしても変わらず暖かく見守っている存在はいらっしゃるのです。
ときにすがる、頼る気持ちも大事です。

これからは、苦しみを何かに委ねる、ということがすごく大切だと思うのです。
その苦悩が大きければ大きいほど尚のこと。
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Gmail宛のメールがほとんど迷惑メールに振り分けられてしまった

いつもGoogleのサービスを幾つか活用している中でも、一番お世話になっていると思われるのがGmail。

この頃、ほとんどのメールが迷惑メールに振り分けられる現象が起きている。以前にも同じようなことがあったけれど、つい先日もそんなことがあったばかり。ずいぶん相次ぐな、という印象。

今回はやけにメールがこないので、気づくのが早かったけれど。稀に一通だけ迷惑メールに振り分けられた場合は、しばらく気づけない場合もあるので要注意です。

皆さんも気をつけて。

またキャリアメールの場合、受診できるように設定をしないと着信しないケースもあるようです。(以前は受信できていても、ある時期を境に受信できなくなる場合もあります、その場合は個別のメールアドレスに対して受信許可の設定をする必要があるようです。)

メールって、なかなか不確実な連絡手段なのですよね。もしかしたら届かないかも、という心構えを持って使うようにしてください。本当に大事な場面では代替の連絡手段が必要です。
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誰にでも夜明けはくる

それぞれの夜明け

時は限られていて、誰しも普遍性という制約に縛られて生きねばなりません。
そこから逃れる術はなく、命の炎が燃え尽きるまで時の束縛は消えません。

が、あるがままに時の束縛を見つめていますと、束縛と思っていたものが実は神様の壮大な実験なのかもしれない、という気がしてきます。

さあ、あなたならどう生きてみる?

そんな神様の大きな眼差しを感じます。
であれば、生きてみるのも良いのではないでしょうか。

どんなに厳しく、過酷な束縛の中であろうとも。
あえて生きてみる。

明日をあなたにとっての夜明けとするのかどうか。

一人一人が決めることができること。

日は毎日、のぼります。
自分のタイミングで、よし、と。
上向いていく自分を思い描いて生きていくだけで、全てが変わってくるものです。
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卯月二十一日の雑記:いつもより清々しい新緑です

少しずつ散歩やハイキングをする人が増えてきたようです。ほとんどの方がマスクをつけてます。

人の動きが減ったせいで(もっぱら交通量の関係でしょう)やはり空気が綺麗になったんだと思います。いつもより、新緑が透明感があって清々しいんです。

こんなメリットもあるんだよね。
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