by sasagawa ~ 2012年05月19日(土) 21:59 pm
「ひろしま被曝ピアノ」を紹介してみたが、思ったよりリクエストがないので少しばかり寂しい気持ちになっている。売れないことが残念なのではなく、興味を持っていただけない事と、Mogariの意味を感じ取っていただけていないのかな?と思ったこと。
多くの人が苦しんだ記憶を宿した土地の浄化には、すごく長い時間がかかる。その為にはできるだけその記憶を後世に残していく必要がある。なぜこんな古いピアノを大切に保存する人がいて、祈りをこめてピアノを弾く人がいるのか。その向こうにあるものがなんなのか。一人でも多くの人に、心にとめておいて欲しいと思っている。なぜそれが必要なのか。この国が豊かに発展する為に、どうしても土地は清らかにしていかなければならないから。
土地を清めることは一人のちからでは難しい。たくさんの人の、長い年月に渡る努力が積もり積もっていく。そしてやがて土地には清く優しいエネルギーが満ち、そこで得られる暮らしは自然であたたく、人に優しいものになっていく。その土地で作られた食べ物をたべて人は満たされ、健康に暮らせるようになる。戦いも対立もなく、人々はお互いに思いやりをもって静かな平和をてにいれる。かつての大和の国がそうだったように。
幸い、日本は島国だから、そのことを再び実現しやすい環境にある。日本の人々に気づいて欲しいことは、もっと私達は過去を癒す必要があるということだ。癒しが必要な場所は、けしてヒロシマ・ナガサキだけではない。昨年も新たに忘れてはいけない土地が増えてしまった。このことをこれから先もずっと忘れないようにしていかなければならない。
日本の周囲の国にも、まだまだ浄化が必要な土地は広がっている。私達の先祖が侵略し、土地の人達を苦しめてしまった場所もある。自分達の歴史に刻まれていない遠い過去からうけつぐべきMogariもまだ残っているかもしれない。
今はヒロシマのことを思い出す時期でもなんでもないのだが、こういう作品が手元に届く、それを通して自分なりのヒロシマへのInoriを持てるかどうか。そのことを神様はけして試したりはしないし、Inoriを持つかどうかは完全に個人の問題。だからどちらでも構わない。でも、日本がもっと豊かになれるのなら、その為になにをすべきか。各自で考えてみて欲しい。
自分はInoriがすごく大事だと思っている。だから、そのことをできるだけ伝えていきたいと思うし、自分なりのInoriの形を少しずつでも現していこうと考えている。
新月まであと二夜。考察はひとまずそこまでにして。そこから先は我がInoriよ天に届け。そう願ってなにかを始めてみたい。
春のエネルギーがうまく共鳴できなくて自然とつながる回路が弱い感じがして、いろいろなことが不安定になりやすくなっている。風が読めない。水の波動がぼんやりする。その代わり、火が強くなりつつある。火が強くなれば海が動く。気をつけよう…。
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by sasagawa ~ 2012年05月19日(土) 21:37 pm
久方ぶりに、森のなかに出向いてみた。が…。どうもいつもと、なにかが違う。たしかに新緑はいつも通りあおくて美しいし、空もあおくてどこまでも高いというのに。なにか違う、という感覚がある。春になってからキタキツネをよくみかけるようになった。夜中に道路を横切るのはいつもなら野良猫なのに、この春はなぜかキツネが多い。春先に熊が住宅街に出没することも珍しい。山の生き物達も異変を感じているようだ。このなにかが違うという感覚は大げさにいえば山が風邪をひいていて調子が悪そうなのだ。こんなに美しい季節なのに、森のなかにいてもあまり気持ちよくない。新芽もいまひとつ元気がない。森の生き物達もこれではエネルギー不足になってしまうかもしれない。山の幸がエネルギー不足だとすれば、貴重な春のパワーを充電しきれず、夏、秋、そして次の冬が辛くなる。生態系が乱れれば森のなかではいろいろな不調和がはびこり、私達の健康や生活にも影響がでかねない。なぜ山は風邪をひいてしまったのだろう…。
今年の春から夏は、私達も風邪をひきやすくなるかもしれない。寒い日は我慢せずフリースかストーブを。
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by sasagawa ~ 2012年05月18日(金) 19:42 pm
3日間、いろいろ考察をしてきて、考えすぎてしまった。
いったい自分はなにをしようとしているのか・・・。
なにか大事なことを感じ、伝えようとしている。であればその次にくるものを、しっかり提示できるようになりたい。それもまた自分の願いであり、祈りだ。
Mogariが必要なのであれば、それに対して自分が与えられるものはInori。
ではInoriをどのように、どんな形で表すことができるのか。言葉か。ジェスチャーか。否、やはり音楽なのか、と思う。その形はどのように、どんな形で。
毎夜、夜なべをして音色を探り当てていて、今日もまだ模索する段階が終わらないと思う。でも、なにかないか。なにか作り出せないか。今日、なにかInoriを形にできないか。そう祈っている。
追記>Ustreamでなにか流せないか、検討中というか準備中。特に昨年、放送したプログラムが完結していなかったメッセージをなんとか仕上げたい。
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by sasagawa ~ 2012年05月17日(木) 22:05 pm
音色探しは続いている。まだまだなにかを形にするまでには時間がかかりそう・・・。なので今日も考察だけ。
土地が与える負の影響について。土地にまつわる因縁を解消すべく、地鎮祭をしたり、その土地で起きた過去のできごとを鎮める為の様々な祭礼を行ったり、あるいはその場所で亡くなった人を供養したりすることも、とても重要だ。
土地にまつわる浄化を考える時、時間軸をどこまで遡れるのか。せいぜいが60年から80年というところだろう。人間は自分の寿命と同程度の時間軸しか遡れない。それ以上の過去の出来事については、先祖(親や祖父の代の血族)達と共に弔いを行うよりない。代々、受け継いでいる祭礼があればそれを、代々供養しているなにかがあればそれを続ける。それでだいたい150年から240年ぐらいまでは遡れる。それよりさかのぼって過去、そこで起きた出来事を浄化しようと思うと、民族や国家単位で執り行う必要がでてくる。しかるべくモニュメントを作り、公園にしたりする。神社仏閣を建てる必要があるかもしれないし、あるいはもうすでにそこに建っているかもしれない。
なにか良くない出来事がかつでそこであったのではないか、と感じる時、私達は自然にまず神社を作ろうとしたり、なにかしら社を建立してなんらかの神様を祀る。これは土地からの因縁を封じたいという意識からくる。そしてそれは数百年単位というオーダーで大きな年月を超越できる流れだ。
個人が土地からの影響を考える時、せいぜい60年から80年としよう。その範囲であれば記録があり、誰かがまだ覚えている。もし、一人でもその記憶を携えている人がいれば気に留めておかなければならない。だから、ひとつ土地に長く住む心がけも大切。古くからそこに住まう人と交流をし、その人達が行なっている祭礼に参加することも意識しておきたい。季節毎の、お盆や正月や節句のまつりごとなどには積極的に参加したほうがよく、また個々の家庭における習慣も、特に祖父母の代からのものはきちんと受け継いでいくほうがよい。
転居が多い人などは、短期の滞在であればなるべく波動の穏やかなところを選ぶ必要があり、重い空気がいつも満ちている場所にはなるべく出向かないなどの工夫が必要になる。終の住処として新しい土地に移住する時、特に都道府県を超える時は、いろいろな意味でゼロからの再出発になる。できるだけ、土地の影響のありなしについて詳しい人に鑑定をしてもらいながら、落ち着く先を見定めるようにしたほうがよい。また、その土地の歴史についてもよく学ぶこと。伝統行事にもきちんと参加すること。近くの神社仏閣にもよく出向くようにすること。大事にしなければいけないことはやまほどある。よい手本は、周囲の信心深い人達の行いをよくみて学ぶこと。郷に入れば郷に従え、これに尽きる。
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by sasagawa ~ 2012年05月17日(木) 18:02 pm
知人の天野和公さんが、ミャンマーから直々にヴィバッサナー瞑想を取り入れて普及活動をしていらっしゃるのに刺激をうけて、当サロンのレイキセミナーでもみんなで実習してみました。
実はこれ、僕は中学生ぐらいの頃からやっていて(笑)、その道30年以上の達人です。まぁ達人というのは冗談ですが、その当時からこういう事に興味があって寝る時なんかによくやってました。今回初めてセミナーで取り入れてみましたがレイキとのコンビネーションで素晴らしい瞑想効果がでてきます。面白いのは瞑想をしましょう、という心構えがまったく必要ないんです。どんな姿勢でも、どこでなにをしていてもできます。
また、今回のセミナーでは秘伝をひとつ伝授しました。これを使えば、更にいつでもどこでもヴィバッサナーが実践できる、というもの。習った方は是非、毎日実践してどんな成果がでるか。30年後のお楽しみです。簡単であればあるほど、結果的には良い効果がもたらされると思います。なにごともシンプルがいい。
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by sasagawa ~ 2012年05月17日(木) 13:33 pm
AIR COUNTER-Sの数値、今日はほぼ通常値に近づいていて、室内はずっと0.07〜0.05以下。このぐらいの数値なら札幌市の測定結果とほぼ同じレベルだ。さっき地面において測ったら0.08だった。やはり地上は少し高くでるものなのだろう。
これは昨日の瞬間最大数値。こんな数字を初めてみた。

撮影する少し前に0.4を超えていた。この後はどんどん下がって0.1前後になった。雨のなかを訪れたゲストが数名、テーブルについた瞬間の出来事だった。雨が放射能を持ち込んだ?のかもしれない。いったいなんだったんだろう?
なんにせよ、今日は普通の数値でよかった。時に数値が高くなる日もあるということらしい。その影響がどれぐらいあるのかないのか…。
※少し調べてみた。雨が降るとビスマスという自然界にある放射線の影響で少し増えるのは自然現象らしい。だが、この数値はそれだけで説明がつくのだろうか?
※更に調べてみたところ「大気中に含まれる天然放射性核種のラドンの娘核種が雨とともに地上に降下するため」に、瞬間的に数値は高くなる。データをみたところ通常の1.8倍ぐらいまで上昇するようだ。最大値はともかく(ピークが高く出るのはAIR COUNTER-Sの傾向なのだと思う)、その後落ち着いた時の数値(0.12前後にすぐに落ち着いた)を考えれば、降雨時には必ず起きる現象ということらしい。
※反省。あまり神経質になりすぎるのもいけない。放射線測定はほどほどに…。
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by sasagawa ~ 2012年05月16日(水) 23:20 pm
仮録音準備中・・・とりあえず音が出でるようになった、という段階。録音までにはまだかなりの工程が。
いろいろ模索してますが、思うような音色もみつからず、形になるレベルに気持ちも高まっておらず。ただ淡々と内観の7日間になってしまうのかもしれませんが為すがままに。
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by sasagawa ~ 2012年05月16日(水) 21:54 pm
まだ、これといってなにか形にできているわけでもなく2日目。準備不足は否めず。唐突に思い立ったことだから仕方ない。
「もがり」について、今一番感じていることは先祖供養だ。私達の血のなかに流れている先祖代々受け継いだもの。そのなかに紛れ込んでいる因縁だ。若い頃は「因縁」の実体も意味するところもわからず、ただ怖れだけがあった。子供時代にさんざんひどい目にあったので、とにかく見えない因縁は怖いものだと刷り込まれた。憎しみの対象ですらあった。そのおかげで子供時代の我が家には平穏な月日はほとんどなかったから。人を憎まずに済んだことは幸いなのかもしれないが実体のみえない敵を憎むことも難しく、ただやりばのない怖れが募る一方。子供だった自分にはなにもできず、どうしていいかすらもわからなかった。やがて唐突にみえない敵が自分の身体におそいかかり、神経を麻痺させ、気力を奪い、日々の余裕をむしりとっていった。武器も防具もなかったので、やむをえずそれらを求めて修行を始めることになった。どの防具や武器がどのように効いたのかは、わからない。わからないが、とにかくなにかしら打たれ強くなり、見えない敵にふりまわされることはなくなった。だが、結局因縁というものの実体はなんなのか。長い年月その正体についてはわからないままだった。
日々、人様の人生相談を通して過去の因縁にも無数の形があること、それは簡単には消えてなくならず必ずどこかで解消されるべくしてこの地上に生きるものにまとわり続けることがわかってきた。ことは簡単ではなかった…。結局それは土地にあり、人々の行いにあり、過去・現在・未来を通してそこら中にある。どこにでもあるものなのだった。付け焼刃では解決にならない。かといって放置しておけば日々はびこる。まさに雑草のようなもの。すべての人々の周りからそれらを排除することは容易ではない。けれど、心がけるより他に手立てはない。
自分のなかの因縁が解消したとしても、私達のDNAは先祖の肉体のそれであり見えない無数の要素を遺伝的に受け継いでいる。そのなかには悲しみもあり、絶望もあり、辛い記憶もある。罪悪感もあれば虚しさもあるし孤独感もある。満たされなかった欲求もあれば、強い敵対心からくる憎しみもある。恐怖、不安、怖れ。ありとあらゆるネガティブな感情のエネルギーは遺伝子のなかに組み込まれてバトンを渡される。そしてそのバトンをどこでどのように自分の身にまとっているのか、私達は容易に自覚できない。
先祖から受け継いだ因縁が形になるのはおおむね成人してからだ。それ以降は親の加護の力が薄れる。自立するにつれ影響が強くでるようになる。失敗が大きくならないうちに、芽のうちに摘むようにするしかない。商売をする人は割りと先祖を敬い大切にする。それは日々、命がけだからだ。危険が伴う仕事についている人も同じく。そのような仕事をしている人達の家系はわりと年月を重ねるにつれて因縁が軽くなる傾向にある。一方で会社員など大きな組織に所属していると仕事の成功の可否がでるまで月日がかかるから、即影響の出やすい健康運や家庭運に障りやすくなる。いずれにしろ影響を受ける本人にとっては人生の大きなトラップ(落とし穴)のように思えるのだ。
現代のMogariはどうあるべきか。見えない過去から自分達のDNAに受け継いでしまった因縁をどう供養し、乗り越えていくべきか。
ひとつは自分の人生の失敗は自分だけの失敗ではなく、受け継いだものかもしれないと考えることだ。であれば先祖供養で解消できる。すべてを自分一人で背負う前に、そもそも自分の原点はゼロ地点でなく、マイナスの原点であったかもしれないと考えてみることも必要だろう。
もうひとつは、自分の親族、血族のなかでも(親兄弟や直系の子供)因縁が強くでる者とそうでない者がある。その場合にはチームワークがとても大切なのだ。自分だけの問題ではない、と考えることができるだけでは不足で、血族みんなで共同体として先祖を供養していく作業に取り組めるかどうか。親兄弟がいるのに自分だけで背負うことは難しい。家族内で分離や対立があるとチームワークが望めずなかなか因縁解消がはかどらないケースもある。
あまり因縁を強調するとうさんくさい霊能者のセリフのように聞こえてしまう。が、ないということはない。信心深い地域の人達にとってはごく自然なことなのだ。供養という言葉よりも「祀る(まつ)る」という言葉のほうが多く使われるかもしれない。祟りを怖れる意識が強い地域もある。なぜ怖れるか。なぜ死者を悼み、弔うのか。その背景には見えない因縁を怖れる意識がある。怖れるばかりでなく、その影響をしっかり受け止め、乗り越えていく心がけをもつことで事態は動く。たとえ私達ひとりひとりに因縁を解消する知恵や技術がないとしても、気持ちがあれば導きはある。まず過去から受け継いだDNAのなかにある穢れを意識することだ。それを清らかにし、先祖と共にすがすがしい未来を共に迎えたいと願うことからはじめる。
過去の穢れを見つめる作業。その為のなにか、きっかけがあればと思う。なにか形にできないかと昨夜から夜なべ仕事をしているのだが・・・
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by sasagawa ~ 2012年05月16日(水) 21:25 pm
今日は気になったのでAIR COUNTER-Sを持ち歩き。午後、雨が降った後はずっと高い数値を示している。上下が激しいので平均はどれぐらいかわからないが0.10とか0.12には頻繁に達していて。これではいくらなんでも通常値(0.04)にはならないのではないか。厳密な測定器でもないので、これだけではなんともいえず。雨と空間線量の関連はないのだろうか。
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by sasagawa ~ 2012年05月15日(火) 15:43 pm
死ぬってなんだろう、死んだらどこに行くんだろう、死んだ人の魂っていつ天国にかえっていくんだろう、身体がないことが死ならば「いつもそこにいる人達は誰でそこから来るのだろう」という自問自答を子供の頃からしていた自分にとって、どうも「弔う」という事の意味や必要性が他の人達は少し基準が違っているのかもしれない。決定的に自分が見ているもの、感じているものは人とは違うということを受け入れたのは、かなり最近になってからだ。人と違うということを受け入れるのは、容易ではない。ならばどう生きればいいのか、という命題と向きあわねばならないから。ときに自分は精神が異常なのではないかとも思ったし、実際ちょっとおかしかった時期もある。
だから、自分がこういう感受性を持って生きていることを気付かされるきっかけになったのは、祖母の死であり、あるいはまた若くして亡くなった叔母の死でもある。祖父が亡くなった時も、死んでしまったというより、本当のその人の「もとの姿を取り戻した」という感覚しかなく、死を悼むどころか元気になってよかった、とほっとする心持ちになったりして、そういう自分の感覚をどうしていいか持て余すほどだった。
人はけして死んだりしない。消えてなくなったりしない。肉体の死は終わりではない。
でも、皆はそう思っていない。
それは理解の差とか、感性の差というより、生まれ変わってきた時の立ち位置のようなものが根本的に自分は人と違うらしい。そんな自分にしかできない事があるのかもしれない。人生前向きに考えてみたら、死がもたらす大きな絶望や悲しみを和らげてあげれるのじゃないか。ちょっとそんな生意気なことも考えてみるようになった。どんと受け止めて差し上げましょうなんて大きな事は言えない。けれど、少しぐらいならなにかしてあげられるかもしれない。それぐらいのことは言っても恥ずかしくない年になったし。
大和時代からの書き方をあえて使わずにMogariと表現してみた。そのほうが、今の時代のわたしたちにはしっくり来る気がする。古代の私達はおそらく文字をもたなかったのではなかった。当時の日本語は、琉球の言葉にも、アイヌの言葉にも似ていたと思う。とてもあたたかくて、心地のいい言葉だった。書き表すことは大切ではなく、心を伝える言葉を皆、使いこなしていた。人々、皆の心がいつも清らかだったからそれでよかったのだろう。
私達の、今日のMogariはどうあるべきだろう。形はとらわれなくていい。それぞれの場所で、それぞれの形で。手放し切れない悲しみや絶望や切ない記憶と向きあってみては。
私はそんな皆さんのMogariをお手伝いできる人間だと思う。
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