WiFiが繋がりにくいことがある

サロンのWiFiが繋がりにくいことが増えました。

具体的には5GHz帯が繋がりにくい。特に週末は、つながらなくなる頻度が増えてきてます。ご近所にWiFiルーターが増えてチャンネルが混んできているようです。

2.4GHz帯に切り替えれば空いているので、つながらなくなるようなことは起きにくいのだけれど5GHzの高速接続を使えないのも残念。

ルーターによってはチャンネルだけでなく、5GHzと2.4GHz帯を切り替える機能を持っている場合があるので、設定を変えておくと自動的に空いている方に切り替えてくれるようになります。そうしておけば、つながらないという事態は避けられます。

大事なときにつながらないのはちょっと困るので。帯域を自動切り替えに変更しておきました。プリンターなど周辺機器も忘れずに設定を変えておきましょう。

帯域を切り替える機能はメーカーによって名称が違いますが、バッファローはバンドステアリングと言っているようです。
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葉月二十一日の雑記:見えない未来への備え

秋も深まってきました。
この時期は、旬の野菜や果物をしっかり味わって、心と体に冬支度。

今年はコロナで一年が半分ぐらい密度になってしまったかのような印象があります。まだまだ影響がそこかしこに残っているようです。表に見えていない部分でも、じわじわと影響が出ているのではないでしょうか。

気持ちをしっかり切り替えるにはそれなりのリフレッシュと充電が必要です。切り替えようと力むと、かえってストレスになるかもしれません。

地球は大きく方向転換しようとしているのでしょう。であれば、まだその入り口に差し掛かっただけなのかもしれず、相当余力を残しておくことが大事になることでしょう。

できるだけシンプルに暮らし、見えない未来への備えをしておくように心がけたいものです。
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葉月十三日の雑記:過去を整理して未来を見つめなおしてみる

私たちは今を生きている。

そして、その今は明日(未来)に繋がるものでなければならない。

でも、ある人たちは今を生きていながら過去を引きずっている。
過去を振り返りながら生きるのでは、けして今を生きることにならない。

過去を振り返らない生き方。言葉にするのは簡単だが、実際には難しい。

私たちは過去から学ぶことができる。だから、しっかり過去を引きずって苦労することも糧にできる。

が、あまりにも過去が重すぎて心が耐えられなくなった時、とても残念なことが起きることがある。

私たちは有限の器の中で生かされている。重苦しい過去は整理して、荷を下ろすことが大事だ。

そうやっていつでも前を見て進んでいく。そんな今を生き続けていけば、まあまあな人生を完結できるだろう。

人生は長い。けれど、油断をすると道を踏み外す。数回の失敗ならまだしも、失敗を引きずり過ぎて、未来に繋がる生き方が難しくなってしまっては元も子もないのだ。

今を生きる。程よく過去を整理し、身軽にしてから、未来を見つめ直してみる。それだけですっきりと未来のビジョンが見えてくるものだ。https://live.staticflickr.com/65535/50396708458_f59040bb50_z.jpg

葉月十一日の雑記:未来のためにできること

ほんの少しだけ未来をみてくる。
そして、少しだけ心構えをお伝えする。

3年前、今起きていることのための準備をはじめていただいた。

そして今は、5年後、10年後のための準備を始めていただこうと思っている。

いずれは20年、50年、そして100年後にコミットできるようになっていただこう。そのために残された時を費やして全力を尽くそうと思う。
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ああ、やはり私は100年後に結果を確かめたくなって、再びここに戻ってくる気がする。

葉月三日の雑記:それでも日は昇る(久しぶりにちょっとだけHPのメンテナンス)

空き時間に、本当に久しぶりにHPの調整をした。

細かいことですが事務局通信の最新記事がトップ画面に反映されておらず、昨年の11月以来、更新されていないように見えていました。当然、新しい記事に気づいていない方も多かったことでしょう。これは失敗でした。

(お店の店先に営業カレンダーを掲載しているのをよく見かけますが、古いカレンダーのままだと、誰もお客さんが来なくなっちゃいますよね。)

それにも関わらず、予約をいれてださる方には感謝の一言です。

このサロンはいつもこんな感じで情報発信が不十分です。HPも長い年月放置しているのですが、それでも止まらずに動いているのだから、たいしたものです。

このサロンは、気持ちはプレハブ小屋の仮営業のつもりで始めました。すべてが手作り、ゼロから試行錯誤して立ち上げました。いまだに未完成、未成熟なので、それもまた自分には似合っているような気がします。

このままプレハブ小屋で終わりまでいくのか。どうなりますやら。

とはいえHPは少なくともご覧いただいて混乱をきたすような部分は整理していこうと思っています。古い情報も多いですから、それらがはたして皆さんの参考になっているのかいないのかも確認したいところです。でもそんな暇はないから、ずっとこのままかなあ。

こんなHPなので、皆さんもどうか気長におつきあいくださいませ。

結局、本当のところ、何をやっているのか、どんな感じなのか、来ていただいて直に確かめていただくよりありません。

それにしてもこのHP、どこか不具合があるだろうなあ。作った自分でもどうなっているのかよくわからなくなりつつあります。思い出しながら、少しずつメンテナンスします。

(ブログの更新日時表示に、西暦年を追加しました。これは2007年の終わり頃には気付いていて、追加表示しないとわかりにくいぞと気になっていました。やっと改善できました。ふぅ。)

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文月十七日の雑記:未知へ〜は、時が満ちたということかもしれない

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夢のなかで私は音楽の神様にレッスンを受けている。
穏やかで心地よい時間が流れる。
いつまでもここにいたいと思う。

そして目覚めると義務感だけが残っていて、せっかく受けたレッスンの中身を覚えていない。

せっかく大切なことを教わったのに、なぜ私は形にできないのだろう、ちゃんと習った通りに弾けないのだろう。

生きているうちに、神様が納得して下さるような音楽を作ったり演奏したりするようには、きっとならないのだろう。

それならなぜ神様のレッスンを自分は受けているのだろう。自分のこの中途半端な才能に何の意味があるのだろう。

こんな思いから脱却できないまま、人生がどんどん残り少なくなってきてしまった。活動できる体力や気力も年々、限られていく。焦りというよりはもはや諦めの境地。でも何もしないよりは、少しでもできることやれることを見つけては、何だか後片付けのような残務整理のような気分で音楽に取り組んでいる。日々ほんのわずかの時間、鍵盤に向かう。それだけ。

向上するものもなく、新しく生まれてくるものもわずか。

それでも神様のレッスンをふと思い出すことがある。

そしてその向こう側にあったはずの「思い」がかいまみえる気がする。

私は「なにか」しようとして生まれてきたのではなかった。

それはけして有名になるとかグラミー賞を取るというようなことではなかったはず。もっと自分らしい、ある意味、地味で平凡で、それでいてちょっとは自分が誇らしいと思えるような方向だったのではないのかな。

ずっと以前から目の前にあるものが、もはや当たり前になってしまい、それがそこにあることの意味を見失ってしまう。人にはそんなところがある。

あるのに気づかない。持っていることがわからない。自分にしかできないことがある、そのことに気づかない。

私はまだ気づいていないのだろうか。

それとも少しぐらいは気づき始めているか、そこに一歩でも近づけているのだろうか。

いい歳して恥ずかしいという気がするが、もうあとがないからやぶれかぶれでなんでもいいから何かやってみようかという気持ちになっているのかもしれない。

そういえばSoundCloudになんか上げてあったよね・・。と掘り出してみました。

昔はネットに音楽を置いても聞いてもらいようがなかったんだよ。
でも、今はリンクはるだけで誰でもどこからでも聴けるようになったらしい。

もしかして時代が自分に追いついたのかな?

確かに。私はネットが黎明期の頃からそこにいた。でもそこにいても誰も気づいてくれる人はいなかった。自分の音楽が虚しく空回りしているだけだった。

ハッシュタグつけてSNSに投稿したら少しは広がるのかもしれない。インスタ黎明期に実験したときは、何の手応えもなかったんだけどね。確かに今、時は満ちたのかもしれない。

そなえる

心に備えておいてほしいもの

それは人を思いやる気持ち

どんなにこの世界が荒廃したとしても、けして見失っていたくないものだからです。

人を大切に思う気持ちを、みずからの心の中にいつも備えておいてください。

自分をいたわること、自分をねぎらうこと、自分を愛することができればさほど難しいことではありません。

あなたの心は神様からの大切な預かり物。

心の中を、人を思いやる暖かい気持ちで満たすことが

「神様への愛をお供えする」ことになります。

そんなあなたを神様はきっと大切に守ってくださいます。
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 ーみんながきっと幸せになりますように。

文月十日の雑記:サロンのこれから

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夏から秋にかけて。この時期に毎年思い出すのは、サロンを立ち上げた時のこと。自分はいったいどこに向かっていくのだろうか。目的が明確であるようでもあり、まったく暗中模索のようでもあり。意識の中では光に向かって突き進んでいくという明確な信念がありました。一方で現実をみると、足がすくむような思いもありました。未知というのはとても怖いものです。

怖れがあってもなくても現実にはたくさんの試練がやってきます。未知に対する恐れは、ないよりはあったほうがよい、というのが自分なりの教訓です。恐れ知らずというのは無知からくるもの。もっとも、怖いもの知らず(無知)だからこそ無謀なこともできるというもの。もう19年も前のことですが、このサロンを立ち上げたことは振り返ればただただ若かったのだな、と思います。それぐらい怖れ知らずだったようです。

経験や知恵を重ねれば重ねるほど未知に対しての怖れは強くなります。それが人間の厚みなのでしょう。

若い頃にしかできないこともたくさんあります。経験を重ねなければ到達しえない領域もあります。人生にはいろいろな時期、状況があり、歳と共に変化していく。その時々でしか体験できないこと、学べないことがたくさんあります。

今、自分はここまで辿り着いた者として、今の自分だからこそ皆さんにお伝えできることや提供できることがあります。一年前の自分にできなかったけれど、今ならしっかり支えてあげられる。そういうことがずいぶん増えてきました。

特にここ数年の日々の取り組みの中で磨きあげ、結果に結び付けてきたノウハウはかなり優れている気がします。すごく結果が出ている事実をたくさん見るようになりましたから。

今もまた新しい取り組みを開始しています。いずれ皆さんにお伝えしていくことができるようになると思います。

心身の鍛錬も怠らないようにしています。まずは体幹をしっかり整えなければ。呼吸法も基本を見直しているところです。

今の自分の取り組みは数年後に皆さんにお渡しするための種まきです。一方で現在皆さんにお渡ししているものは過去、数十年にわたる自己研鑽の集大成です。いつも最大限で最善の取り組みをお一人お一人にしっかり手渡しをしています。

そのかわり時間がかかります。しっかりお渡しをしたいので致し方ありません。時がくればちゃんとご縁がつながります。その時をお待ちになってください。そして「今がその時だ」と思う方は遠慮なくサロンを訪ねてください。遠方の方はオンラインで繋がる時代ですから。ZOOMでお会いしましょう。

残暑が厳しいようです。体調にはくれぐれもお気をつけください。
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水無月二十五日の雑記:立秋も過ぎましたね

とても空模様が不安定で、なんとなく落ち着かないこの頃です。
それでも、空がそろそろ秋っぽい。

そして、行きたいところに思うように行けない初めてのお盆でもあります。

あらゆることが勝手が違うと、見えないところでたくさんストレスが蓄積します。上手に開放して、心穏やかにすごすように心がけたいものです。

〜お知らせ〜
先ほど事務局通信に初めての方へのご案内を載せました。
来週の二日間、まだ枠が空いています。タイミングが合わずお待ちになっていた方がいらっしゃいましたら、この機会にご利用ください。

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