お客さんを増やしたい方からのご相談

合同会社アンクを立ち上げたこともあり、少しずつお仕事を発展させたいというご相談も増えつつあります。どうしたらもっとお客さんが増えますか?というご相談に対しては、特にスピリチュアルな観点からの特効薬があるわけではなく、地道な努力に勝るものなしとお答えすることが多いです。でもいったい地道になにをすればいいのか、一から自分で仕事をたちあげた方はどのようにしたらよいのか見当もつかないこともあります。そういう方には一から地道にできることからやりましょうという提案をしていきます。そのなかで、もしも因縁からくる運気の停滞であるとか、その方の心のなかに隠された過去のいきさつが足もとにまとわりついているといったことが見うけられれば、その対策としてのセッションをしたりなんらかのワークをしたり魔除けのグッズを用意させていただいたりということはやっています。ありとあらゆる手段をもちいて四方八方から固めていくわけです。とにかく堅実さが大事なんです。な〜んだと思われるかもしれないけれど、特効薬というのはなかなか簡単にあるものではないし、薬が効く場合もあるけれどそれなりに基盤が整っていてこそ、ということもありますから。

今日の徒然:「自分が為すべきこと」かどうかを見定めることの重要さ

昨日はアンクで行政手続きの勉強会。起業に関するご相談が増えるなかで、法人設立を考える人もでてきた。改めて法人をもつことのメリットとデメリットについて学び、少し視野が広がった。

お役所の手続きは面倒。素人には本当にわけがわからない。分厚い書類をどんと積まれただけで腰がひける。経理も同様で、数字の処理と税務の手続きって本当に面倒。これもまた素人にはわけがわからない。社会保険の手続きもそうだね。

会社員をやめて自分で仕事をするようになり、役所に出向く機会が増え、本当に世の中の仕組みってすごいもんだなと実感した。社会ってこんなふうに大きく緻密に動いているのか…と、感動すら覚えた。

でも、実務は本当に面倒。だから詳しい人にお任せする。その代わりに浮いた時間を自分の得意な分野に集中して、結果を出していく。世の中は本当に持ちつ持たれつだと思う。支えあう仕組みがあってこそ、それぞれの人生を生きられる。

みんなそれぞれの個性がある。でも、誰しもが自分の能力をしっかり把握できているとは限らない。隠されたタレントを持っている人のほうがはるかに多いのではないだろうか。それぞれの独自の資質を掘り出して形にしていければ、その人は本当に輝いていくし、自由に羽ばたいていけるだろう。その為にも、不得意なことを無理して背負わないで、専門の人達にまかせていくのは大事だ。自分でやれるから、という考え方は本当に結果をだしたい時、時間が限られてきた時、自分にしか極められない方向性がみえてきた時は、些細なこともふくめて「自分でなければできないこと」なのか「人に委ねることが可能なこと」なのかを、しっかり整理して分類してみてほしいと思う。

ところで。個人的には日本の教育はあまり好きじゃない。いい面もある。でも個性を押さえつけてしまっている面も多々あるように感じる。個々の資質は本当に自然なストレスのない環境でないと育まれないものだから、そこをやんわりと受け止めつつ、でも枯れさせないように栄養を与えていく…その加減が本当に難しい。一律の教育のなかでは限界があるだろう。

良い教育をつきつめて考えていくと、やはり個人指導になっていくのだろうな。
自分も日々、個人の人達にたいしてカウンセリングをしていて、これはいわば、魂の個人レッスンなのだろうなと感じることがあります。やはり根っから教えることが好きなのかもしれません。

北海道でビジネスをしていくうえで本当に大切なもの

少しずつ経営に関するご相談が増えてきました。その度に思うことがあるので、今日は少し経営について考えてみました。

業種や形態を問わず、お仕事をする上で大事なのは「コンセプト」です。外来語が嫌な方もいらっしゃるようなので、そういう方の為には日本語で「方針」と書いておきますね。でも、すでに時代は変わってきたので、外来語で通します。

コンセプトは、できるだけシンプルで、そして普遍的、なおかつ魅力的でなければなりません。しかしながら、時代はどんどん変わっていきます。たとえば健康に関することであれば、ここ最近の風潮としては食に関すること、そして心との関係性が浮上してきています。もっと広くとらえるとそこには「生き方」や「死に方」に関することも含まれます。そうすると、ますます時代背景がからんできます。経済状況などもすごく関係します。だから、普遍的、魅力的であるだけではだめで、時に「柔軟」でなければなりません。

昨日まで魅力的だったコンプセトが一夜にして、精彩を欠くこともあり得ます。それぐらい、今は世の中が移り変わっています。ただ、私達の多くは流されてしまっているので(いいことではありません)、いったいなにが自分たちの暮らしにとって魅力なのか、よくわからないのです。やはりメディアの力は絶大です。そんななか流行を追いかける生き方はとても疲れます。できれば、そういうビジネスはよしませんか? 時代の流れを追うことが国をつくり、暮らしを豊かにすることもあるけれど。今はけしてそういう時代ではない。流行はおそらく、本質的に私達が進むべき進路の真逆を指します。

これからの時代のコンセプトが潜在的に宿していなければならない魅力の根底には、普遍的な真実が求められます。未来永劫ゆらがないほど、芯のあるものです。

そういう普遍性というのは、もともと北海道にはあると思うのです。そう、北海道のネイティブな精神のなかに、です。

いつもこの話になって恐縮ですが。先住民族の姿のなかに、学ぶべきものを見いだせないと北海道でビジネスを行なっていくのなら本当の成功にはたどり着けないと思います。

具体的になにをどうすればいいのかは、各自が考えて、行動してみてください。

もちろん、現実的なサポートは、こちらでお仕事として承ります。また、ひとまず光のサロンへビジネスのご相談でご来訪いただいてもOKです。

今日の徒然:ブログのパワー

時々、ブログを拝見するある開業医の方。クリニックの告知を、様々な媒体に載せていたとか。でも、患者さんとのトラブルが多く、次第にHP以外の広告をやめていったとか。新規の患者さんは、もっぱらHPをみた方か、家族や友人の紹介の方。そのほうが経営は楽になったと書いておられた。

今やHPもさることながら、ブログの告知効果ははかりしれない。ソーシャルメディアもたしかに広がってきたけれど。じっくり経営者の意見や考えを読めるブログに勝る広告媒体はないのではないか。

様々な形で自立して仕事をはじめる方、人とのつながりを一から創りあげようと思う方が増えてきた。最善はブログを書くことだと思う。とにかく書く。書く為の努力をする。だって、それが一番いいんだよ。

たしかにツィッターやソーシャルのほうが書きやすい。コメントもつくからね。でも、やっぱり仕事で成功したいならブログを書くべきだと思う。ソーシャルは二の次にしたほうがいい。ソーシャルは栄枯盛衰が激しい。今はたしかにFacebookが上昇気流だけど、所詮は舶来品じゃないか。フェイスブックとは書かないでしょう。でも、ブログはもはやBlogではなく「ブログ」だ。完全に定着した。でもブログはソーシャルじゃない(その側面もあるが…)。一方通行と思ったほうがよく、一方でソーシャルは双方向でつながるツールとして有効。うまく使い分けなければいけない。でも、基本ブログを充実させるのがなによりも有効。

お仕事でブログを書く方に注意して欲しいことをいくつか。
・情報は正確に
曖昧なこと、中途半端なことを書くぐらいなら、書かないほうがよい。
もし、書くなら、読む人にとって参考になるように、正しい情報を心がけよう。
たとえ、伝えききでも、間違った情報を書くと信用を失いかねないから。
URLを入れる時は、リンク切れは要注意。あれはとっても印象が悪いから…。

・個人的なことはどんどん書いていい
趣味だとか、なにを食べたとか、どこに出かけたとか。親近感を持ってもらえるからとても有効。
その際にカテゴリーを日記にしておくといい。
逆に、もし専門的なことや、大切なこと、あとで誰かに読み返して欲しいと思うような記事は、特別なカテゴリーに入れるといい。

・お仕事のこと
どんどん書くべし。たとえ、発展途上であっても、あるがままを正直に書くべし。それが信用してもらうたった一つの方法。誰だって最初から経験豊富なエキスパートにはなれっこない。駆け出しの時期はあってあたりまえ。絶対に見栄をはってはダメ。仕事に関してはあるがままの自分をさらけ出すこと。そうすれば、そんなあなたに見合うお仕事の依頼がはいってきます。

ただ、自分を卑下したりするのはとってもマイナスになる。そして自分の長所をアピールできないのは、とてもよくない。そんなあなたじゃ、お仕事を依頼する人はいないかもしれない。自分の「売り」はなんなのか。それを自分で見極わめるのは大変だから第三者に客観的にアドバイスをもらうのが吉。あとはきっと大丈夫、自分はいける、と自分にいいきかせてがんばるべし。

なにごとも継続は力なり。ありきたりだけどまぎれもなく本当の事だから、念のため書いておく。

起業の第一歩〜名刺について

会社員生活も長かったので今日までにたくさんの名刺交換をしてきた。今や世界の有名人であるソフトバンクの孫さんと名刺交換をしたことも懐かしい思い出。最近は起業した方から初めてつくった名刺をいただくことが増えた。そこにこめられているたくさんのわくわくドキドキを共感させてもらって、こちらも新鮮な気持ちになったりする。

会社員をやめて自立してから、いったい何度名刺を作り直しただろうか…いや、開業当初、名刺なんてあったっかな…。とにかくたくさんの試行錯誤を繰り返して今に至ったような気がする。

さて、今日は少々苦言になってしまうかも。名刺って最終的には情報として受取る人が役に立てられてなんぼだと思う。単なる挨拶の為のものではなく、自分を覚えてもらう為だったり、いざという時に連絡してもらう為のもの。奇をてらったデザインで名刺交換のインパクトを狙うのもあり。けれど、なかにはどうしてこんなデザインなの?と疑問に思わざるを得ないことも多々あります。そこで、今日は「受け取る側」からの意見を幾つか。

・シンプル イズ ベスト
なるべくシンプルがいい。見やすく、読みやすく、必要最小限の情報が「表にすべて」印刷されている。配色も、できれば色弱の人への配慮があるユニーバーサルデザインがベスト。

尚、個人的なことだけれど名刺はすべてスキャンして電子化している。フォントがちょっとかわいい感じだったり、手書きふうだったり、あるいは凝ったデザインのものほど認識されにくい。仕方ないので最小限、お名前だけ手で入力し、その他は空白のまま。一番、やっかいなのは表面と裏面と合わせ技(名前が表で、アドレスが裏等)の名刺。両面印刷の場合は表に連絡先、裏面には事業内容のご案内などというように、普通の使い分けをしてもらいたい。

・URL(HPのアドレス)のいれかた
正直なところ受け取った側の都合をまったく考慮していないものが多くて残念。せっかくHPのURLを印刷していれるなら、情報として有効かどうかをよく考えてほしい。URLはWebサイトの一番の顔だから。

とにかく一見して覚えられないアドレスはNGです。短めでも意味不明の文字列になっていないかどうかよく考慮してみて。一見してわかりやすく、覚えやすく、長さも限界を超えないものでないとまず見てもらえる可能性はない。

理想は一見して覚えられるほど短く印象的で分かりやすく機転のきいたURL。普通は独自ドメインが有利。無料ブログなどを利用している人はQRコードを印刷するなどしないと、まず見にきてもらえる可能性はないかも。名刺のURLを参考にしてHPにアクセスする場合は普通は検索で探します。URLは確認の為だけに用いられるだけでしょう。だとしても短く覚えやすいものにするのが見る人の為です。

・フォントサイズのこと
全般的に印刷サイズ、もう少し大きめにお願いします。老眼世代のことも少し考慮してね。色もコントラストが弱くて暗いところで見えない場合も多いね、気をつけて。

他にもいろいろあるけれど。どうしてこうなっちゃうのかな?という根本的なところに問題がありそう。
名刺はやはり名刺を上手につくれる人に依頼してほしい。コスト削減の為、自分で作るしかない人も多いと思うけれど、せっかく配るなら有効な告知ツールとしてちゃんと熟考して作ろう。外注できる人はデザイン性よりも、仕事を展開する上で有利なツールとしてどうなのか、そこのところアドバイスしてもらえる人に依頼するほうがいい結果になると思う。また、人に意見を求める時なんだけれど、名刺を作ってしまってから、これどう思いますか?と尋ねても参考になるアドバイスはもらえない。中途半端な意見は誰にとっても簡単には言えないものですよ。特にお仕事のことはお金につながるから責任重いしね。

お仕事で結果をだしたいのであれば、身内やお友達に意見を求めるより、専門家に相談しましょう。たとえ名刺一枚であっても一事が万事といいますから。いい名刺をつくって、しっかりお仕事の成果につなげて欲しいです。

名刺作りのご相談をもしもいただける場合は「作る前に」きてくださいね。出来たてほやほやの名刺に意見するのは、非常に…いいにくいですから。(既にある人は改めて作る、という前提で)。

※もっとも機能性をすべて超越した存在感をもつ名刺もある。アーティストさんによくあるのが表に名前、裏に携帯番号だけというパターン。名刺もパーソナリティの延長だから自由な表現を楽しむ。そういう境地に至ったものはいただく側も出会った思い出になりますからそれはそれで別格。

※かくいう自分の名刺って、どうなんだ。念のためスキャンしてみたらちゃんと自動認識された。ほっ…。

※以下、私のビジネスコンサルティングする時の名刺。
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ロゴのアイヌ文様がかっこいい。シンプル、最小限。いいね!

経営者の運気アップ

若い頃はワーカーホリックだった。望んでそうなったのだから後悔はしていない。後に身体の不調でどんなに苦しんだとしても、自ら蒔いた種でしかない。

だが、中堅となり後輩達を見守り、勤務評定をつけ、給与査定すら任せられる立場になった(役員でもない中間管理職に給与査定を任せること自体そもそも間違いだったと思うが)頃から、ワーカーホリックを見逃すわけにはいかなくなった。健康管理を優先すべし、ということを自分の部下に対しては徹底していた。ただ、自分自身はワーカーホリックの傾向は改善できず、最後にプレステのゲームを監修した時は、プログラマーと一緒に朝帰りする日々がほぼ1年続いた。朝帰りはしても定時出社だから、身体はきつかった。ただ、人生で一番体力が高まっていた時だったのでなんとか風邪もひかずに乗り越えることができた。

社員をワーカーホリックにしてはいけないし、極端な残業を強いてもいけない。

あの頃は残業はあまりにも常態化していた。締め切りを守ることは「お国のために労働奉仕は国民の義務」的な空気になってしまう。良く言えば連帯感。悪く言えば人権蹂躙。問題にならなかったのは、似た者同士の寄り合いだったからかもしれない。しかし家族経営なら許されるが、ほどほどの規模の会社になると、従業員に甘えはゆるされない。そこをしっかり見つめていかないと経営者の運気は下がる一方となる。

従業員にとって、望ましくない生活環境を職場が強いるとどうなるか。残業もそうだが、休憩をしっかり取れない、なんらかのハラスメントがあるなど精神的なストレスが多い場合も同義。人にはそれぞれ守護霊団がついていて、健康を害する要因に対して警告を発している。サッカーの試合でいえばレフェリーみたいなものだ。反則をする選手にはイエローカードが渡される。霊的な世界からみれば、人はみな平等で、経営者も労働者も同じ「ひとりの選手」でしかないので他者の健康を害するものにはどんどんイエローカードが渡される。

従業員の健康(肉体的、精神的両面において)を考慮しないと、経営者の運気はどんどん下がる。経営者の運気=会社の運気だ。

社員が皆、元気であれば会社も必ず元気になる。規模によって会社の運気の変動は1年で結果がでたり、時に10年かかってゆっくり変化することもある。100人規模を超えるあたりから3年〜5年というスパンで業績に運気ははねかえってくる。この1〜2年の業績は数年さかのぼった時期の社員の健康状態が反映している結果かもしれない。もし、そこに要因を見いだせれば改善の余地はある。特に問題がないのなら景気の影響かもしれない。経営方針の誤りかもしれない。今を起点にして計画を練り直せばよい。

大きな変革が無理でも、ちょっとした福利厚生を実現するだけでも運気はよくなる。この時期花粉症の人にはマスクを支給したり、コーヒーの粉をおいしいブランドに変えるとか。社長はポケットマネーを有効利用してほしい。

レイキとお金

レイキに限らず、あらゆる癒しの技法を学ぶにせよ、実践するにせよ、対価がある。そして、その対価にはゆらぎがある。どんな人でも、癒しの道を歩もうとすると、お金の問題から逃れられる人はいない。専門的な学校にすすむ場合でも学費というのは必要になるので、教えられる人が限られる領域で特殊な技術を専門的に、しっかり身につけようと思うと教える側、学ぶ側、双方ともになかなか大変なことである。

いったいそれが幾らであるべきなのか、どこに基準をおくべきなのか。いったいなにが最善なのか。議論のつきないテーマでもある。

レイキの初代、臼井先生がいくらで教えていたのか当時の金額を調べてみる。金額がわかっても、今と貨幣価値が違う。米10kgが幾らだったのか、大正末期の相場を調べて比べてみたりして、およそ今の価値に置き換えると幾らぐらいだろうと想定してみるのだが、当時にしてみればなかなかの金額であったことが伺える。そんな状況のなかで臼井先生には2000人の門下生がいたといわれている。それだけの人数の人が臼井先生の指導のもと、ボランティアで手当てを行っていたようだ。

一方で、臼井先生の門下生の中には授業料が高いといって離反し、独自の手当て療法として普及につとめ、やはり数千人の門下生をかかえるようになった人もあった。

臼井先生ですら、お金の動きを通して門下生を統一していくことはできなかったのだ。いつの時代でもそうだが、私たちはお金にまどわされる。人間の業のようなものかもしれない。そのテーマといかに向き合うべきか。

ボロをまとって神の教えを説いても誰も耳をかしてはくれない時代だ。かといって荘厳な神殿のなかにだけ神が宿るわけでもない。いったいぜんたい、どこにどう落しどころを見出せばよいのやら。定まることはないのかもしれない。

つぶやきもわざわいのもと(かもしれない)

経営者も、つきつめれば個人だ。個人であれば親族がいる。身内がいる。身内が経営に口をだす。それはかまわない。が、客について批判をする。これはまずい。内輪もめはいくらでも、もめてかまわない。が、それが外にもれだす。そうなると、経営がぶれ、商売運が傾くのだ。お客様は神様、という気持ちは経営者本人だけでなく、その身内にこそ徹底しておくべきだろう。身内が客を批判する、嫌う、という態度言動をとると、その分商売運が見事に落ちていくものだ。心あたりがある人は、まず身内の口をうまくなだめるようにしてほしい。まったくもって口は災いのもとである。ツイッターでの軽いつぶやきも同義。まったくもってご用心である。ITスキルは仕事にこそ活かすべきだが、身内の愚痴や戯言のたれながしの為に利用されるべきではない。

世襲の成立しない時代

最近、経営相談が増えている。相談者は代表の方ご本人であったり、または奥さんの場合もある。後者の場合は親族経営で、家庭においても経営においても奥さんが台所を取り仕切っているということだ。家計と会社の金庫の両方を預かるのは本当に大変な重荷になることだろう。社員に給料を払うだけでなく、時にもてなし料理もふるまう。社員が結婚するといっては特別にご祝儀をはずむこともある。会社すなわちもうひとつの家族と考える人は多いだろうし、実際にそれで社員ががんばれる。美しい図式だ。だが、それを世襲するのは不可能だ。なぜなら時代が変わってきているから。今の若い人たちは、上の世代に甘えるということをしない。上が可愛がろうとしても遠慮するから、おごりようがない、可愛がりようがない。上の世代からすれば若者に頼られていないから、それ以上面倒をみようとしなくなる。若い世代からすれば、目をかけてもらっていない、評価されていない、だから辞める。となってしまう。お互いの歩みよるきっかけすら見いだせず絆が深まらない。仕事をふりたい親方、仕事をしたい若者、お互いが膠着状態だ。おかみさんも、とりなす術がない。

そろそろ世襲ということも難しい時代だ。単なる世代交代をするだけでは経営はうまく引き継がれないだろう。中小も、仕事をうまく回していく為の経営コンセプトを根底から改革していく必要があるのではないだろうか。新しい時代ならではの経営コンサルが求められている気がして仕方ない。

ムードメーカー

この世にムードメーカーという職種はない。職場においてただ居るだけでいい、というのは某役所から天下りでもしない限り当世は許されないだろう。だが潜在的にはおおいに存在している。そういう肩書きはないとしても、周囲からムードメーカーだと思われている、または期待されている、ということは多々あるに違いない。

だが、上司があからさまに部下にたいして君はムードメーカーだからしっかりやってくれたまえ、などと業務命令が下ることはないかもしれない。もし、あるとしたらおそらく、その会社はワンマン社長がいてすべてをしきっているに違いない。

空気を作るのは社員の仕事ではない。経営者の仕事だ。だから、空気感を作る社員がいる、その存在に周りが依存する、期待するのは仕方ないとしても経営者が依存してはいけない。だが、実際のところはどうだろう。

東野圭吾のある小説に、これによくにた人間関係が出てくる。社長が自分の愛人を会社に雇いいれて社員の反感をかってしまう、という筋書きだ。そういうことが許されるのが日本の社会なのかもしれない。でも、それではこれからの時代、人はついてこない。会社の空気は理念で作るべきだ。何世代にもわたって受け継がれるような堅固な理念をしっかり作り上げられれば、会社は自然に命を成長させ、孫世代にもわたってその鍵の受け渡しを連鎖させていくようになる。