取材のご依頼

(閑談カテゴリーを新設しました。いい歳したおじさんの与太話なのですごく暇で時間を無駄にしてもいい方だけご覧ください)

昔の仲間が発行している同人誌。定期的にどこか(とある会場)で配布しているらしい。あと私たちのところには、取材のお礼という形で現物が届きます。私の知らないことまで網羅されていたり、内部の人間にしかわからない(共感されない)情報がほとんどでは?身内の良い思い出本にはなってます。

と思いきや、某報道関係の方からH社の特集を組みたいとの連絡があり、資料をお貸ししていました。先ほど返却されてきたので、今この状態です。(信頼感のある大手放送局の方が取材力は圧倒的にあるし、いつか番組になったら楽しみな気がします。)

実際、取材の依頼は最近割と多くて、ネット系だったり今回のように国内の大手某放送局だったり様々です。G業界在籍中も会社全体での取材はそれはもうひっきりなしで、最盛期は常にカメラマンやライターさんが訪れていたり、TV番組で取り上げられることも多かった。当然専門誌には毎月のように大量に情報が流れていたので、特に雑誌メディアとの距離はすごく近かった。今と違ってあの頃は雑誌、小冊子が情報発信の要でした。ネットで最新情報を得る時代でもなく、ましてSNSという言葉もまだ使われていなかった。

業界を離れてもう四半世紀になるのですが、当時はユーザーだったと思われる世代の方から問い合わせがあったりすると、時代が変わったのを実感するし、年月を超えて自分が残してきた功績がどんなものだったのか、客観視ができるようになってきました。

自分の生き様って、自分で確認するのは難しいもの。まして直接、批評をもらったり意見をもらうことがない業界だったので、自分たちが置かれている位置がよくわからなかった。その不満もあって、より人と近い位置で何かをやってみたい欲求が高まってもいた気がします。今はかなり近くなりました。ほぼ全て面と向かって、という取り組みなので。

G業界だった当時は、人との距離が遠すぎた。もっと距離を詰めたいと思い、個人的にピアノライブを始めました。ピアノソロアルバムを録音した時はまだ会社に在籍中だった。それで勢いをつけてG業界を離れ、個人でカウンセリングの仕事を始めたわけです。

そして丸24年経過してしまいました。G業界が約20年だったので人生で一番、長い取り組みになりました。もうしばらく続きそうですし。

G業界での功績も、やっと今それなりのことをしたんだと振り返ることができるようになってきました。ではカウンセリングの仕事についてはどうか?24年もやっていても、まだまだだなと思うことも多い。けれど、やっと少しずつ芽は出てきたと言えるかもしれない。そう思える場面も少しずつですが増えてはきました。でもね、まだまだなんですよ。だからあと20年(生きてるのか?)ぐらいしたら、もう少し自分を見つめられるようになるかなあ、と思うのです。

ちなみにカウンセリングの仕事で取材を受けたことはないです。これからも受けることはないでしょうし。メディアに出る意味がないし。そもそもメディアって何?これだけSNSで情報が拡散される時代にメディアの役割ってなんだろう。ないと不便な面もあるけれど、もうすでにほぼネット経由の情報だけで必要十分になってきた。世代格差(いわゆるデジタルデバイド)はあるけれど、それも時間の問題だろう。あと四半世紀もすれば手元の端末で日常の全てが事足りるようになるでしょう。

時代は変わりゆくね。

この先をどこまで見届けられるかわからないけれど、変化のスピードがますます早くなって楽しみでもある。けれど、日々やってくる見えない津波のようなものへの対処が大変だ。本当に毎日サバイブ(survive)している感じです。
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2025-09-12:25回目の夏

このサロンで25回目の夏も過ぎようとしています。季節を振り返ると、こんなに気候変動が進むとは。こんなに夏が暑くなるとは。それが一番印象が強い。

最初の夏(つまり2001年、サロン開設の年)は、暑かったけれど毎日自転車で走り回ってもさほど苦ではなかった。当時、私はサロンの物件を探すために毎日、自転車でこの界隈をぐるぐる走り回っていました。いくら探しても良い物件が見つからず、ガイドブックもないのに見知らぬ土地に一人で彷徨っている気分でした。

今でもガイドブックもなしに未知の世界を歩んでいる状況にさほど変わりはないのですが、当時と違うことが一つあります。それは、私の中にある導きを信じた結果、どうなったかわかっているということです。

当時から私は未来のことをある程度、見て知っていました。が、それは漠然としたイメージでしかなく、現実主義者だった自分にとっては、全くとるにたらないものという感じでした。ただ、必ずこうなるといったビジョンにずっととらわれ、こだわり、そして結局はそれに従って歩んできてしまった。人に言わせれば、大馬鹿者です。(良くない言葉ですが、ここでは自分を評価する言葉なのでご了承ください)本当に私は愚か者だし、どうしようもない偏屈な人間でしょうね。でも、こんな自分を笑って許してくれている存在がいるのを知っているんです。

未来に関するビジョンはこうなる、ああなる、という漠然としたイメージだったり、時に数字だったり。啓示の形態はさまざまです。人の体や想念を紐解く時は、色や形で教えてもらえるし、運命の仕組みは幾何学模様で不思議な図形で示されたり。私はさほど学問を積んできたわけではないので、幾何学を論理的に理解はできません。が、啓示の中にあるさまざまな情報を落とし込みながら、日々いろいろな悩みや苦悩の根元にある仕組みを紐解いてきました。この世界の摂理、ルールは実に平等です。誰にでも等しく作用している。運命はがんじがらめに見えるけれど、違う視点から見ればそれは単純に私たちがいかに守られているか、導かれているかということに過ぎない。不自由な世界に生かされているけれど凄まじい壮大なスケールの恩寵の中で私たちは生かされ、育まれている。

とはいっても、こちとら現実の世界に生きているわけで、摂理がわかったところで食ってはいけないわけですからね。このおそろしいほどのギャップは致し方ない。歯痒いというか、全身がむず痒いというか言葉で表現できるレベルではないですけれど。

今日は昔から私が受け取っていた啓示の意味の一つがついに理解できて少しだけ安心しているところです。それは自分の役目や運命に関することで、25回目の夏の終わりにやっとという感じです。未来に関する啓示は、こんなに時間をかけないとわからないことが多いです。

自分が生かされている意味が知りたい人は多いと思う。でも、その時が来ないとわかりようもないことなんです。ではその時っていつなんだ?という話ですよね。それはわからない。神のみぞ知るです。でも、そろそろかな?と思ったら確かめたらいいんです。私が現役でいるうちは確認できるので。

私が引退したら、、そうですねえ、私か代わりの者が転生してくるまでお待ちください。

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