4月は魂の合宿を予定しています

はやいものでもう3月も終わりますね。4月は中旬に合宿を予定しています。まだ定員になっていませんので、まだご案内に気づいていない方はこちらでご確認くださいね。

いつも合宿を企画、運営していて思うのですが、もうちょっと気安く参加していただいてもいいのかなぁと思う一方で、でも遠足じゃないから楽しい雰囲気をかもしだすこともできないわけです。かといって真面目くさって勉強する感じではないんです。

魂の本来の姿に近づくことで、より自分らしい生き方が実現しやすくなる。魂の本来の姿に近づく為には、現実を離れて瞑想したり、スピリチュアルなメッセージに耳を傾けてみたりすることがとても大事です。

皆さんの多くは現実にとらわれすぎたり自分の内面の不調和に意識を向けすぎていると思うんです。自分をとりまく現実や、内面の不調和をなんとかしなければ、と気負ったりすることが多いのではないでしょうか。そしてもっと努力をする為の努力というのか、もっとがんばる為の学びや訓練を引き寄せようとはするけれど、自分の魂が願っていることやその為に日々工夫すべきことに意識を向けることは少ないのではないでしょうか。

今回の合宿はけしてがんばって勉強したり、深い気づきを求めたりする場ではありません。皆さんの人生がそれぞれの魂の願いに沿ったものに近づくように必要なメッセージをお届けしたい。そんな内容にできたらいいなと思っています。

興味がある方は検討してみてください。決心ができた方はお早めにご連絡ください。

※参加条件としてレイキのレベルをある程度求めていますが理由については掲載してありますのでご参考になさってください。ちなみに同じような条件の過去の合宿にレベル1〜2の方が参加したことはありました。これから学ぶ予定の方でも内観して決断していただいた場合はご参加可能ではないかと思います。

なりたいものになれる

誰だってなりたいものになれる。
だって、そう思う心は神様からの贈り物なのだから。

なりたいものに、ただなれると信じて、
明日の自分にただわくわくしていればいい。

けして未来の自分を疑わず、人に惑わされず、
ただなりたいものになれると思っていればいい。

どうすればなれるのか、なんて絶対に考えない。
考えることは悩むことだから。悩むことは神様の望んでいることではないから。

あなたは、きっとなりたいものになれる
ただそう信じて、おもいきり光を浴びつづけていればいい。

光の玉お分けしました

先日、ある方に光の手当てご利用いただいた際に、新しいエネルギーが流れはじめたので、それを安定的に維持できるよう「光の玉」をおすすめし、受け取っていただきました。

丁度、手元に水晶玉のストックがあったのでその場でご用意させていただきました。なるべくご本人に合うものをお分けできるようにするには、いつも複数の水晶玉を用意しておく必要がありますね。水晶はいきものです。ただ、土から掘り出されて丸い形に加工されたままでは、まだ目覚めてはいません。それを目覚めさせ、役割を与え、オーナーになる人と良いエネルギーの絆ができるまで導いてあげなければいけません。

光の波動と、龍神のご加護をいただけるようにしっかりと調整してお渡しすることができました。末永く守っていただけるよう祈念しています。よいご縁をありがとうございました。

光の玉

水晶は、上手に扱えば素晴らしい効果を発揮してくれます。
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素晴らしいことに、思いを伝えたり、育てたり、現実を引き寄せたりする為にも本当に役立つものなのです。
ただ、そのかわり扱うには相当な熟練が必要なのです。

できるだけお届けしていきたいと思ってます。
光の玉・・・

(お若いお二人の幸せの為に、用意させていただきます。もうすぐお届けしますのでもうちょっとお待ちください。)

レイキとレイキではないエネルギーのはざまで

これはもしかすると以前、どこかで書いたのかもしれませんが、あまりきちんと意識して書いたことはないような気がします。

私が「レイキ」と、「それ以外のエネルギー」をどう使い分けたり感じ分けたりしているのか、についてです。これを説明するのはとても難しくて、中途半端に書いても誤解を招くばかりだし、意図的に伏せてきたともいえます。でも、それっぽいことを書いてみたり、レイキではないエネルギーワークをやってきたりしているので、なんとなく気づいている人は気づいているだろうし、そんなの最初からそうだと思っていたという人も多分いらっしゃるでしょう。

西暦2000年にレイキを学んだ時、これは素晴らしいものだと実感しましたが、それ以前から長年のさまざまな修行と神秘体験を通して感じていたエネルギーと比較している自分がいて、その違いはなんだろうとずっと研究してきました。最近になってやっとある程度の答えが出せるようになり、ここまで理解が深まれば教えたり伝えたりしていくうえで支障はないかなと思えるようになりました。ただ、そろそろレイキとそうでないものを分けて扱っていかないと、学んでいる皆さんに混乱を与えたり、誤解を招くおそれも出てきましたので、少しずつですが整理していきたいと思うようになりました。

私にとってはレイキはとても有効な手段でした。それそれによって素晴らしく心身が安定し、健康を回復しました。それは「めざましく変化した」といえるほど劇的でしたし、嬉しく有り難い体験でした。でも、私にとってレイキは「幾つもあるうちのひとつ」の手段でしかなく、これだけですべて満たされるということはありませんでした。

元々、私は霊的な感性があまりに鋭くて、森のなかにはいれば精霊の存在がわかるし自由に会話もできていました。人の背後にいる見えない存在たちの気配もいつも感じていましたし、自分が死んでいることに気づいていない方達ともたくさん交信をして、この地上のエネルギー世界をたくさん味わってきたのですが、そういった感受性故にとにかく疲れれていました。普通に生きることができないレベルまで神経を消耗しつつあったんです。それで厳しい修行を重ねていくなかで耐性を身につけました。その時に、たくさんの神秘的な技法(印やマントラ)を使ったんです。私は修験道で学びましたので、そこには古来からの秘技がたくさん伝えられているんです。それをひとつひとつ実践しながら自分に必要なものを選り分け、使っていくうちになんとか「自分と外側の世界」の境界線を確立することができました。そこからやっと宇宙とつながるというか、光の世界とつながるというところにフォーカスできるようになっていくわけです。その頃からアカシックレコードにアクセスできるようになりました。また高次元の意識(たとえば大天使たち)ともつながれるようになり、この世界の真理や、私たちの魂の由来について、神々の世界について学ぶようになりました。その探求のなかで、魂の輪廻の由来について無数の情報を受け取れるようになっていったわけです。

ですので、私のなかでは世間一般にいわれる「霊感」という感受性と、魂の輪廻の由来をひもとくアカシックリーディングに代表されるような「スピリチュアル」な感受性は、別々のものなんです。この段階ではっきりさせておきたいのですが、どちらの感受性もレイキでは活性化しません。根本的にレイキという技法がもたらす作用だけでは、霊感も、スピリチュアルな感受性も開花はしません。それぞれ相当な訓練も必須ですし、持ってうまれた資質も要因になります。まったく違う次元のものです。

私の定義では「レイキ」は心身をすみやかに浄化する為の本当に素晴らしいツールで、それ以上でも以下でもない。

霊的な世界と交信する人は、その為に自分のまわりに結界をつくることを学ばざるを得ませんし、霊感が弱ったり疲労した時に、それを回復する為のパワースポットを知らねばなりませんし、実際にそこに行かなければなりません。

アカシックレコードにアクセスしたり大天使と交信する人は、その為に必要なあらゆる環境を作らねばならないし、その感覚を維持する為に必要なあらゆる技術を磨かなければなりません。

それで私は霊的な感覚を守り、磨く為にパワーストーンをもっぱら用いることにしました。また、アカシックレコードにつながり大天使と交信する感覚を守り、維持する為に「光の技法」を学びました。そしてこれらを全般的に維持する為にレイキをほぼ完璧に使いこなしていると自分では思っています。私には必要なものすべてが必要だったのです。そして必要なものがひととおり私の手元に集まってきた、というより「与えていただけた」のです。どれかひとつ欠けても、今の私の能力を維持することはできなかったでしょう。

自動車がタイヤ、エンジン、ボディ、電子機器などの集合体であるように、私にもたくさんの技術が必要です。レイキは車でいえばタイヤとエンジンのようなものかもしれません。これがないとなんにもできなかったかもしれません。それぐらい素晴らしく有効なツールです。これからも磨き、使い続けていくでしょう。でも、ナビも必要だし、明るいライトやサンルーフも必要なんです。それらはレイキには含まれていない、けれど私には必要不可欠な技術なんです。

ヒーリングに関するコラム(あるヒーリングセッションのカルテより)

これはあるヒーリングセッションの忘備録です。
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数回目のヒーリングセッション。あいかわらず頚椎のあたりの緊張が強い。背骨にそっての流れは以前に比べれば数段、スムーズになり、腰から下への流れはあまり支障がなくなってきている。

頭部のヒーリングの際にオーラの澱みが気になったので、エネルギーを再度活性化して様子をみる。ほどなく浄化がどんどんはじまり、体全体の気の流れがよくなってきた。以前はあまり深く探れなかった頚椎と後頭部の周りを入念に触れていく。右肩まで突き上げるような反応があり「なにか」に触れているのがわかるのだが、その実体がどこにあるのか絞り込めない。しばらく時間をかけていくうちに、後頭部のあるポイント(頭部から数センチ浮いた位置=つまり、肉体ではなくオーラの側)で強く反応していることをつきとめ、そこに集中的にエネルギーをいれる。今日は外れないかもしれないと思ったが、やがてふっとその「影」は消滅した。位置的には、自己受容に関連する意識領域なので、コンプレックスや苦手意識といったものを抱えておられたのかもしれない。

本人も最近は瞑想もしっかり取り組んでもらっているので、そのなかで自分と向き合い乗り越えておられたのだろう。世間一般でいわれるコンプレックスやトラウマというのは「単なるエネルギーのブロック」でしかないことは明白で、それをとりはずせれば改善する。ただ、ヒーリングをしていれば必ず外れるというものでもなく、やはり本人が自主的にエネルギーを活性化する努力をし、日常の生活面でも向上に励むことが大切だ。その為に、毎回のヒーリングセッションの合間にも、食べる食品について、栄養やビタミン、ミネラルについて、季節毎の食材についてなど、様々なアドバイスを繰り返している。きちんと実践してくださる方は、やはりこうやって確実に進化していくようだ。

おそらく次回あたりからもうヒーリングは必要なくなっていくだろう。より瞑想を深めたり、チャクラバランスを調整したり、うまくすれば自信を回復してもらう段階までレベルをあげていけるかもしれない。
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※1時間のヒーリングの間、見た目ではただあちらこちらに手を当てているようにしかみえませんが、頭のなかでは実に様々な分析や判断をし、今後の予見もたてています。思った通りになることもあれば、予想しきれないこともあります。まだまだ修行中という感じです。ヒーリングを学びたい方のご参考になれば幸いです。

もろもろのいいわけとおわび

磁気嵐のせいばかりではけしてないのですが、ここ最近ちょっと仕事が滞りぎみで、いろいろな告知も遅れ気味だったり、ご依頼のものがまだお届けできていないなど、ご不便おかけしまくっています。順次、追いついていくかと思いますので「そのうちになんとかなるのだろう」と、どなた様ものんびりゆっくりお待ちになってくださいませ。

磁気嵐対策が必要な時代になるのかもしれません

たぶんというか、いや間違いなく今回の不調は磁気嵐でしょう。北海道でもついにオーロラが見られようですこれも磁気嵐の影響だと思います。太陽活動の影響で磁気が乱れるのはよく知られていて、強い磁気嵐がくると電子機器にトラブルが起きることがわかっています。ただ生命体にどれぐらい影響があるのかどうか、まだほとんど解明されていないようです。個人的に磁気や電波の影響は感覚的にはすごくわかるので、ここ数日の集中力の低下はやはり太陽からの影響が強く出ていたのだろうなと思います。

先週後半あたりから体調不良を訴えていた方も多かったのでこれが原因だったかもしれませんね。季節の変わり目でもあり、けっこう辛かった方も多かったかな? ここ数年こういうことが増えてきて、わりと警戒して太陽活動をモニターしているのですが、たとえわかっていたとしても逃げようも避けようもなく、どうしようもありません。なにか磁気の乱れに対して効果的な対処方法がみつかればいいのですが。

また、近年はWiFiの電磁波がどんどん増えていて、非常に微弱な電波ではあるのですが数が数だけに安易に大丈夫とは言えないのではと思っています。瞑想なども近くのパソコンと携帯の電源を切るだけでもかなり穏やかに入れます。これが常時、周囲にあるのとないのとでは、人生でどれぐらいストレスの差が生まれるのか、はかりしれないでしょうね。健康への影響もきっとあるでしょうし。

あまりネガなことは書きたくありませんが、まったく気づいていない方も多いようですので、できるだけお気をつけください。

またどうしても必要でない方はせめて寝る時は携帯の電源はお切りください。

迷った時は例によって森へ…。

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いつもの散策路は雪がくさって足をとられたり、膝まで埋まったりで四苦八苦。手でバランスとりながら、どうにかこうにか歩く。一歩ずつあわてずあせらずじっくりと歩く。そうするしかないから、腹を据えてなるようになれで歩いていく。

この森は自衛隊の演習場が近いので平日の昼間から機関銃の音が聞こえる。森にひびく連続的な機械音はアカゲラが樹をつつく音とそっくりだ。どんなに言い訳しようとも銃は人を殺す為の道具なんだよな、と思うと滑稽を通り越して、なぜか人の愚かさが哀れにすら思えてしまう。いつになったら私たちは武器を手放せるのだろう。いつになったら殺しあうことから卒業できるのだろう。その日はやってくるのか…。そんな思いが考えるというかぼんやり思考の外側を通りすぎていく。そんなことより、とりあえず歩こう。前へ。足元が悪すぎるから。

親には親の、子には子の葛藤がある

春休みで実家に帰省中の大学生が親御さんに連れられてご来訪になられた。親元を離れて一人暮らしをはじめるうちに、少しずつ人生について深く考えるようになったのだという。そして漠然とした不安にもかられると。

その子にはこれからの20年がどんな人生になるかを説明し、なぜそういう流れが用意されていたのか、なにを心がければよいのかを説明してあげた。その子にとっての人生の調和とはなにかをできるだけ具体的な例を取り上げたり、注意すべき項目を箇条書きにしたりして1時間しっかりレクチャーしてあげられたと思う。おそらくもうこの子は少なくともこれからの10年はぶれることなく生きていけるだろう。そこから先、また迷ったりすることがあれば…その時はまだ再会することになるのかもしれない。あるいは就活の時期にまた連絡があるかもしれない。

帰り際、親御さんともちょっと立ち話をした。いろいろご不安もあったようだけれど、なんの心配もないということを強調しておいたので、だいぶ安心していただけたのではないだろうか。

親は親で子を心配し続けるものだ。そして子は子でそんな親の気持ちをどう受け止めていいのか迷うもの。いずれわかることではあるけれど、わかってしまえば楽になれることもあるから。そこをお伝えできた時はよかったと思う。
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20年分も未来を透視してどうなの?はずれたりしないの?とご心配くださる方もいらっしゃるかもしれないけれど。こういう情報をお伝えすることについて私のなかにはなんの不安も怖れもない。だってこの力は私のものではなく、神様の愛だから。みんな愛されている。ただそれだけのことだから。お伝えできてよかったと心から思うし、ご相談者の未来が充実するように、共に見守っていきたいと思う。ただそれだけです。