聖なる杯を讚える詩

ある時、大地の上で奇跡を行なうものがあった。
多くの民がその奇跡に歓喜し、これこそが神の業であると言った。
しかし、鳥たちは一羽も鳴きもせず、喜びのダンスを舞うこともなかった。

また、別の時代に神殿の傍らで癒しを行なうものがあった。
多くの民がその癒しに驚愕し、我も我もと癒しを求め押し寄せた。
しかし、一時の宴のあと、癒されなかった者たちの怒りと罵声だけが
深い谷に響き渡った。
動物達は一匹たりととも人々の行ないに目もくれなかった。

そして、今の時代に人々の住む街で導きを示すものがあった。
多くの人々がその言葉に魅かれ、ひらめきを得る者、
出会いを得る者、癒しを得る者が続出した。
が、その招待状を得られない者たちからはいつも
不満の声がもれきこえた。
空の聖霊達は届けたくとも届けられない招待状の山を前に
寂しそうにしていた。

いつの時代も、時を待たない者は時によって滅ぼされた。
実が熟さぬうちに収穫したものは、未熟な実に毒され、
病に伏した。
さまよい歩く苦しみに一時、耐え切れないばかりに
さらに迷いの迷路の奥深くに迷い込み、魔のささやきに
耳をかたむけ、頭上の天使達の声に気付くことはなかった。

が、一方で時を待つもの達のもとには必ず聖なる導きが
届けられた。
聖霊達は時の扉の向こうからやってくる。
そして、みえないメッセージを届ける。
届けられたメッセージは、ゆっくりと、
静かに受けとった者の聖なる杯を満たし、
やがて歓喜の声となって響き渡る。
鳥や獣たちも、共に歓喜のダンスを踊り、
喜びの天使達が空に祝福の虹をかける。

時を待つものは幸いである。
祈りを忘れないものは永遠である。

時の扉がひらかれるものは、神の光により
その聖なる杯が満たされるのである。

亡き人の思いをつづる詩

「この世に亡き者より」

私のなきがらに伏して涙するあなた
あなたの悲しみを私は永遠にわすれない

私の思い出にすがり、それを再びとりもどしたいと
神様に願うあなた
あなたの切なさを私はいつまでもわすれない

あなたが私を思う時、
私もあなたを思う

あなたが私と暮した時を思い出し、
その甘く、ささやかな幸せの風に
身を委ねていた瞬間がよみがえる。
その刹那を私は生きている。

あなたが私を思えば思うほどに、
私はふたたびよみがえり、あなたの中に生きられる。

あなたがすでに失われた私の身体を
思い出し、それを取り戻したいと
天に泣きすがる時、あなたの流した
涙のなかに私は生きられる。

涙かれるまで、
悲しみにくれるがよい。
その悲しみのなかで、私はあなたを思う。
心はりさけるまで、
別離の寂しさにうちひしがれるがよい。
その痛みのなかで、私は呼吸する。

あなたが私を取り戻したいと
神を憎んだとしても、
その憎しみというカオスのなかで、
私は泥を味わい、澱みを呼吸し、
あなたを思うだろう。

あなたが私を殺した人達を憎み、
偽善者達を攻撃し、罪深き闇に落ちたとしても
あなたの怒りのなかで、私はあなたを愛する。

あなたの怒りを、あなたの憎しみを
私の愛で、光にかえよう。

だから、涙かれるまで、
私を思い、探しもとめるがよい。

別離の痛みで心がはりさけても、
この世のすべてを憎んだとしても、
神そのひとを敵に回したとしても、
私を追い求め、すがりつくがよい。

あなたの祈りのなかで、私は生きつづける。
そして、あなたを永遠に思いつづける。

私の大切なひとよ。
私の永遠なる思い人よ。
私たちの絆は永遠である。