卯月十一日の雑記

今日はなんだかよくわからない天候ですが、午後は幸い晴れてきました。
ここ数日の天候は春を通り過ぎてもはや初夏の気配。ちょっとペースが早すぎるようです。この天候がなにを言わんとしているのか、考えざるをえない気がします。そうはいっても日々できることを淡々をこなすよりないのですけれどね。
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卯月7日(上弦)の雑記

今日は上弦の半月。あたらしい月のサイクルも、あっというまに7日目となりまして、二十四節気はあと数日で「立夏」です。どんどん1年が過ぎていく、こわいぐらいに早い感じがします。

以下とっても他愛のない雑記です…。

今月はじめにタイヤ交換をしてから、なんとなくハンドルがブレる感じが気になっていて、一度タイヤを点検してもらわないとだめかも?と思っていました。今日は運転中にあまりにもハンドルが重かったので、タイヤをチェックしてみると、なんと釘が刺さっていました。近所の専門店でみてもらいました。すると、あいにくパンク修理は不可能な状態(致命的な箇所に刺さっていたらしい)。やむをえず一式交換することになりました。

不思議なんですが、パンクしたのは後輪。で、違和感を感じた時はまだ空気は抜けはじめていなかった。でもハンドルがとっても重くてこれ以上は走れないという感じがしました。

タイヤもいろいろなものを引き受けてくれているのでしょう。おそらく寿命が来ていたのだと思います。パンクで教えてもらえなかったら、違う形でトラブルを引き寄せていたことでしょう。も有り難い出来事でした。

それに今日は、ずっと空には龍神雲がつきそっていてくれたから、しっかりこれからの準備をしなさいという意味でもあったように思いました。image

今日(5月2日)の桜〜大切なご案内(牧 好成さん札幌セッション受付中)

神宮の桜はまだ三分咲きというところでしょうか。梅園のほうはまだまだこれからといったところです。
今日は天気もよくて、お花見の皆さんも和やかに楽しんでおられるようでした。神様の祝福ですね。

さて今日は大切なご案内があります。
年に二度ほど北海道に来てくれる牧好成さん、来月の予約を受付中です。
なかなか予約がとれなかった方、今回のチャンスを是非いかしてください。
詳細の確認、お申込みはこちらからお願いします。

光のサロンでは日程の告知のみさせていただき、取次ぎ&お問い合わせへの対応はしておりませんのでご了承ください。

牧 好成さんとお母様の天音 結さんとは昨年、北海道の御神事に同行させていただきました。来月もまた道内を一緒に回って神々に祈願をさせていただく予定です。

※追伸:牧 好成さんのセッションは5月7日時点で満席になったとのことです。
※今回のセッションはご本人の事情によりキャンセルになりました。次の機会を待ちましょう。
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幸恵さんのカムイミンタラ

先日、久しぶりに知里幸恵記念館を訪問。先代の館長が亡くなってからははじめてでした。遺影に手をあわせてきました。

偶然、居合わせた幸恵さんに親しい方に生家を案内していただけました。幸恵さんが幼少期に遊んだ庭に、福寿草がたくさん咲いていました。幸恵さんの魂がいまでもそこで楽しく遊んで暮らしている、まさしくカムイミンタラのような世界でした。

幸恵さんが命をかけて書き残していったアイヌ神謡集の序文にかかれていることが、まさしくこれから表面化してきます。あらためて幸恵さんの思い、祈りに共感してくれる人達がひとりでも多くあらわれることを願ってやみません。
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幸恵さんもまた、風のようにこの地上におりたち、風のように去っていかれました。たった20年の命。でも尊い重い命だったと思います。

弥生十八日:わたしたちの宝もの

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いつも未来が希望に満ちたものになるように祈っているのですが、そんな時ふと見上げると、たいてい彩雲が出ています。空のうえでも同じことを願っている存在があるんだと思います。
私たちと、空の向こうにいる天使たちと、共にひとつの未来を思い描いているとしたら、なにか嬉しくなりますよね。

皆さんの宝ものはなんですか?

ずっと希望を携えていける未来。そんな日がきたらいいですよね。

私はそれを信じて、毎日祈っています。

皆さんの明日が希望に満ちたものになりますように。

そしてこの大地が豊かになりますように。

皆さんの未来を私は信じています。信じているということを証明する為に生きているのかもしれない、と思うこともあります。実際、そうなんです。必要以上にがんばり過ぎることもありますが、がんばっているところを見せたいのかもしれない。日々の取り組みを見ていただくことで、なにを私が信じているか、どんな未来を確信しているかを知っていただきたい。

未来は決まっていない。だから、創り上げるしかありません。立ち止まってはいけないんです。少しずつでいいから、日々前へ前へと。それぞれのペースでいいからみんなで共に歩んでいくしかないんです。

「みんなちがってみんないい」

そんなふうに進んでいこうじゃありませんか。

と、雲の上で微笑んでいる誰かさん達も思ってくれているようですから。

弥生十五日:満月になりました。

春がきて、すこし日差しが温かい日が続いています。年度の変わり目でもあり、日常が慌ただしく過ぎていきます。

いつもと違う気がする。
このまま月日が流れていくことになにか違和感がある。

そんな感覚が気になる方が増えているようです。

私が生まれて幼少期までのほんの数年を過ごした道南の小さな漁村。成人してからぶらっと訪れてみたら生家はもちろん見当たらなくて、それなりに広い町並みだと思っていたのに、本当に小さな箱庭のような土地でびっくりしました。海岸まで100mあるかないか。裏はすぐに雑木林。どんなに年月がたってもよく覚えているのです。その当時、感じていた違和感を。

どうしてここにいるんだろう?
自分は誰なんだろう?

もちろん、当時、こんなふうに言葉で意識していたわけではなかったかもしれない。けれど、自分という存在がなんなのかわからなくて、漠然とした不安のような、違和感を感じていました。海に沈む夕日がいつも寂しくて、泣きたいような気分になるのです。でもなぜ泣きたいのかもわからない。

この違和感がずっと消えず、周りに合わせてみたり、自分ではない自分を演じて失敗して疲れ果ててみたり。散々な人生でした。楽器を演奏することを覚えて少しはバランスがとれるようになった気がします。

自分がわからない。この疑問があまりにも深く大きくて、どうしてもそこに向き合うしかなかった。

ある時、光の世界からメッセージが届くようになって「向こう側に自分を知っている誰かがいるらしい」と気づいた時から、ついに生きる希望が得られるようになったんです。これでやっと生きていけるかもしれないと思えるようになった。そして少しずつ自分がいったいどういう存在だったのか過去生を知ることで自己受容ができるようになっていくわけです。その過程は長い年月が必要でした。心の準備も必要だったし、現実を生きる自分との折り合いをつけることも重要でした。なんといっても日々の仕事に追われてもいました。人生って複雑にいろいろな要素がからみあっていて、光の世界のことにばかりのめりこんではいられなかったんです。

あとで気づくのですが、自己受容の為にはいろいろな人間関係を構築するなかで考えたり、向き合ったりすることが必要だったんです。近道はなかったということですね。

でも、少しでも早く楽になりたかったし、もっともっとたくさんのことを知りたかった。焦りがすごかったですね。でも次第に落ち着いてきて、やっと今日に至る。そんな感じでした。

今、たくさんの人が現実への違和感をすごく抱えているようです。自分の内面にもなんともいえない違和感を抱えている人もあると思います。誰にも説明のしようもない、なんともいえないものかもしれません。自分でもわからないものを他人がわかるわけがない、と思っている人も多いでしょう。私もずっとそう思っていましたから。この生まれつき抱えてきた「なにかわからない感覚」を自分でも説明できないのだから、見せようもないし、理解してもらえそうもない。最初からあきらめるしかない、そう思っていました。

でも違うんです。

私たちのことをすべて知っている存在がいるのです。

その存在がいる世界を私は「光の世界」と呼んでいます。

最近は日々増えてきました。光の世界からたくさんメッセージが降りてくるのです。

『 私たちはあなたのことをしっている。あなたのすべてを知っている。あなたはひとりではない。ずっとずっとむかしから、私たちはあなたを見守り、サポートしている。 』

そんなふうにたくさんの人にむけたメッセージが私のハートに流れこんできます。あまりにもたくさん流れこんでくるので、自分の呼吸がどこにいったのかわからなくなるほどです。伝えないとあふれてしまうので、とりあえず書きなぐりですが今お伝えできるだけ伝えておこうと思いました。

ほんのすこしの勇気と行動力さえ持ってもらえれば、お会いできるのですよ。

どなたでもいつでも歓迎しています。明日はきっと、光のサロンの扉をひらいてください。image
聖なる光の世界からのメッセージをもって、お待ちしてます。

今大切なこと

今日は空がなんだか違ってみえました。

今、地球全体が大きな変化の過程のなかにあるようですね。
日々たくさんの情報が降りてくるのですが、情報といってもまとまらないし、整理もつかないような情報です。そんなことより(笑)、春なので。外で深呼吸しましょう!!
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如月二十一日の雑記:3月の締め事あれこれと私のカウンセリングについて

3月、16回目の確定申告がおわりました。
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昨年は長らくお世話になった会計事務所さんから離れ、自力で確定申告に取り組みました。新しい会計システムに慣れずほとんど手作業になってしまいました。結局、3月15日の当日ぎりぎりまで作業してなんとかクリア。でもきっと細かい不備があったような気がします。そのせいかもしれませんが税金がだいぶ増えました。

今回はやっとシステムに慣れてなんなく作業は終わり。私の場合は税務署だけでなく、道庁にも提出書類があります。年に一度の道庁に詣でて検印をもらい、確定申告がやっと完了。個人ナンバーの書き込み欄が増えていたり、制度は毎年のように少しずつ変化していく。本当にこれを日本中の人がしっかりクリアしているのか?と考えるとコンプレックスに陥りそうになってしまいます。今回はFreeeというクラウド会計システムを使いました。口座やカードの明細を自動取得してくれるので、一度設定しておくといつのまにか明細が取り込まれていて、かなり作業が軽減できます。自営の方にはすごくお勧めです。

そういうしているうちに春分の日、つまりお彼岸の時節。

1年に一度しかない春のお彼岸。これまでの生き方、そしてこれからの生き方を考えるよい節目でもあります。

前回、歯の検診で何箇所かチェックされましてしばらく治療がつづきます。経験的にすごくがんばると歯も悪くなります。歯茎もそうですし、歯そのものも痛みがでたり、欠けたりする。そんなときは生き方をすこし見直してみる必要がありそうです。

がんばらない生き方は難しくありません。
がんばればいいことはあるかもしれません。
でも、がんばらなくても、それなりにいいことはあります。
それに、がんばってうまくいかなかったら、かなり凹みますよね。

あまりがんばらず、それなりにいい結果がでたら、そこからもうちょっと自然体で気負わずにうちこめたり、集中できたりするのでおのずと結果がついてきます。

ある程度、努力して積み重ねたものがあるなら、少し力を抜いてみることもひとつの学びです。
力の抜きどころ、自分ではわからないものです。そんな時は信頼できる人にコンサルティングをしてもらうといいでしょう。

この1年いろいろな方(あちらの世界の存在も含め)からたくさんの応援をいただきました。おかげでたくさん方向修正もできましたし、力のいれどころ、抜きどころに関して気づきをもらいました。

若い頃は親身な意見をもらってもしっかり受け取りきれなかったことが多かったように思います。気をつけてと言われれば、わかってるよ!と強がる、そんな感じでした。
今は気をつけて、といわれれば身に覚えがあれば本当にありがたく感謝をもって忠告を受け入れるようになりました。

歳を重ねたということもあるのだと思います。自分の人生、自分の力だけでここまでこれたのではないということが、今では本当に身にしみて理解できます。若い頃は受け入れることができなかったことも、今ならしっかり腑に落とせる。歳を重ねること、経験を重ねることってこんなに大きな意識の変化をもたらすんだ、そのことは若い頃には想像すらできなかった。でも、せっかくここにきて、こんなふうに思えるのだから、この見識を人の役に立てられることに使っていきたいんですね。

私のカウセリングってそんなに気軽に受けられないものなのかもしれません。金銭的に難しい方もたくさんいらっしゃると思います。そこはよくわかっているのですけれど、今はこの料金設定をせざるを得ないのです。経済的に苦しい方にも平等に機会があればいい。その方法、手段が少し見えてきた気がするのですけれど、実現までにはもう少し時間がかかりそうです。

またカウンセリングを受けるタイミングをはかりかねている方もたくさんいるような気がします。何年もHPを見ていました、という方が結構いらっしゃるので。実際、このタイミングで最善でしたね、ということもあります。でも早いほうがよい場合もたくさんあるんです。

誰かが背中をおしてくれる、なんとなくそのタイミングがくることもあるけれど、そうではない場合もあります。あなたの人生のステップアップのタイミングは自分が「本日にてこれまでの学びを卒業して次のステップに入学をする!」と意識をもてばおのずとあらたな人生の学校は門戸がひらかれます。

私はこの十数年、自分は「力が足りない、資質も足りない」と思っていました。コンプレックスの固まりような人間でした。今でもたくさん足りないものがあると自覚しています。でも、ないものはないので仕方がない。そうではなく、今の自分が力をつける為によりよい結果を後に出せるようにすべきことがなんなのか見失わないよう、導きを毎日神様に願っています。
時に自分の経験、能力では向き合えい課題もたくさんいただきます。そんな時は無力感におそわれます。だからといってなにもしないのではなく、たとえ今はゼロの自分であってもできるだけはやくプラスに転じる為の導きを願います。そうすると学びが気づきのチャンスが自然にやってくる。そうやって私は自分の足りない資質を磨き、不足している経験をブラッシュアップしながら歩んできました。いつも自分を磨いているのはコンプレックスが強いからでもありますが、皆さんの人生がよりよきものであるよう皆さんが結果を実感していただけるよう、力になりたいから、よいお手伝いがしたいからです。

人生は一度きりではない。ないけれど、この時代いま置かれている絆は最初で最後なんです。今生での家族、友だち、仕事仲間、信頼できる恩師、それらすべてのご縁は永遠に二度とやってこない「最初で最後のご縁であり機会」なんです。私達はみな永遠の存在だけれど、ご縁は一度きりです。一度きりの素晴らしいご縁が私達の周りにあふれている。その尊さを大切にしてください。

すべて最初で最後の一度きりのご縁なのです。

手のひらにふわりと落ちた雪の結晶を虫メガネで観察したことがあります。どれも美しい六芒星の形をしています。不思議なことに皆すこしずつ違うのです。でもみな六芒星なんです。みな同じ種なのにひとつひとつ違う。私達の魂もみな六芒星の同種だとすれば、ひとつひとつ違うのもまた摂理。みな違う存在が未来永劫、二度とないご縁でむすばれている。なんて尊く、素晴らしいことなのでしょう。

ありがたい、とよくいいますが「有り難い」とはけしてふたつ同じものはない唯一の尊さを現しています。ありがたいご縁に囲まれている私達の人生、なんとありがたいことでしょう。

さあせっかくのありがたい尊い人生を私達は授かっているのですから。悔いのないように日々を歩んでまいりましょう。

私のもてる知恵と経験と能力のすべてを、ご縁のあった皆さんの為にこれからもご提供してまいります。皆さんにとってよき魂のガイドとなれるよう、これからも日々精進していきます。

私の能力は皆さんに役立てていただきたいから磨いてきたのです。ご活用くださいね。

皆さんの不完全さは、私にとっては宝のように愛しい未来の希望の土壌です。私もとても不完全な人間ですが神様にいつもお願いをしてたくさんの種をまいていただきました。おかげでいろいろなことがわかるようになったのです。この力、皆さんの未知の土壌に希望の種をまく為に、きっとお役にたつと思います。私達は不完全である為に生まれてきて、それぞれの自由な人生をデザインしながら来世へと歩んでいきます。完璧である必要などないのです。

ご精読ありがとうございました。