直会(なおらい)〜神々の前に直らう

御神事の後で、お供えをさげていただくことを直会(なおらい)といいますが、もともとは禍(わざわ)いを直すこと、という意味があります。

神様に祈願をした後に、お神酒をいただいたり参加者同士でともに食事をとること、その時間のなかで神々が私達の心や身体を口からはいるものを通して直してくださる。そんな大切な場面でもあります。

集うことが苦手な方もいるかと思いますが、直会にもできるだけ参加することで、願いが叶うのだとしたら都合をつけて参加する意味はありそうです。

私も長年、いろいろな修行の場に参加してきましたが直会(のような場面)はできる限り参加してきました。そのすべてに意味があり、因果として結果がはっきりともたらされたように感じます。

如月九日の雑記

一昨年、金銭面の流れが大きく変わりつつあるのを感じたので、サロンを立ち上げてから人任せだった税務を自分でやってみることにしました。昨年の3月、人生で初めての確定申告でしたが、体調不良で準備がままならず、いったいなにをどうやって書いたのやら。ぎりぎりセーフという感じでした。

あれから1年。今年は新システムを導入して挑戦。初めてのシステムを使えるのか不安でしたが、なんと3日間ほどでほぼ準備は整ってしまいました。「しょうきゃくしさん」とか「あんぶん」とか、日常で書いたことのない漢字の羅列にくらくらしましたが、間違えるとシステム側が次々に注意をうながしてくれるので、あれよあれよという間に出来上がってしまいました。画面の向こう側に人工知能がいるんですね。あとはプリントアウトして送るだけです。

人工知能は年々(いや、日々)進化しつつあって、いろいろなところですごく便利になりはじめています。最近いろいろな場面で人工知能さんと対話することが増えつつあり、本当にすごい時代になってきたと思います。

個人的にはスピリチュアルカウンセリングは人工知能で対応できるようになる、というのは確信していますけどね。ある仕組みができていないので今はまだ難しいのです。そのブレークスルーがあれば必ず可能になるはずです。

あと2週間ほどで春分ですね。お彼岸なのでご先祖様の喜ぶものをなにかいただきましょう。
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如月五日の雑記:陰陽のバランスを意識すること

午前中の日光浴はとても身体にいいです。 

私はとても不健康な人生を歩んできました。どこかで心機一転しなければ、と思ってはいましたがなかなか機会がなく、夜型(その延長で朝日を見ることが多い)のサイクルから抜け出せない日々でした。

人間の本来の体内時計は25時間らしく、日光を無視した生活をしているとどんどん夜更かしになり昼夜逆転してしまいます。それでも無理がきく若い頃と違い、少しの無理をしても自律神経が不安定になるこの頃は身体のリズムを整えることを優先しなければならなくなりつつあります。

より健康的な生活ができるようになってきたのだからなにも問題はないはず。きっとない。いや、なにもない(笑)。
普通の生活のリズムが自分にとっては「未知」でとまどっているだけなのでしょう。

未知に対して無意識に怖れを抱くもの。
自分の身体の状態が年々変化することにも「怖れ」があり、周囲の環境が変わることへの「怖れ」も常に感じている。仕事や家庭の環境が変わることの「怖れ」もあります。

本当に私達の人生には「怖れ」がいつもついて廻るもの。

でもこれらの「怖れ」があまり意味のないものだとしたら?

そう考えてみてください。

だとしたら…。

今日はここまで、です。あまり書きすぎると神様に怒られますので。
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雪の反射で紫外線が増えてきました。日焼けに注意しましょう。
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如月三日の雑記:チャンスを引き寄せること

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サロンの電話機がついに寿命がきまして、新旧交代しました。
このサロンを作った時、まだ床の造作もできていない段階で、電話回線が開通したのでひとまず電話機を買ったんです。
最初に鳴る瞬間をどきどきしながら待ったのを今でも覚えています。
そして、初めてのコール…そしてご用件は、「わたしの詩に曲をつけていただますか?」
という問い合わせでした。

そんなこんなの無数のさりげない思い出が自分のメモリーのどこかにしまわれているのでしょう。
しかし、そのメモリーも次第に壊れつつあるような(笑)

とにかく物覚えが悪いし、回転も遅いし、ひとつひとつの仕事がなかなか片付かないし、という感じです。それでも新しいことをはじめたりしているので、回らない頭を無理にまわすとものすごく肩が凝るんです。自分ですぐに治すのですが、これがまた結構、時間がかかります。歳をとるってこういうことなんだな、と実感しまくりのここ最近です。

若い頃は歳をとることなんて考えもしなかった。けれど、もはや若者とはいえない年齢に達してしまった自分も、改めて若い人にいいたい。人生は短いのだ!とね。

人生は常に選択できるんです。日々の小さな選択の積み重ねが時に大きく人生を転向させるきっかけを引き寄せる。

宿命といわれているどうしようもない人生の試練だって、絶対に変えられないというわけじゃない。

運命の仕組みを理解することよりも、よい導きを得て行動することのほうが時に早く結果がでることもあると思う。

チャンスは人との縁の向こうからやってくる。いばらの道を進んだ向こうからじゃなくて。
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睦月二十二日の雑記

雪まつりも終わり、観光客が少し減って穏やかな雰囲気になった円山公園周辺です。二十四節気は、立春もすぎまして今日から「雨水(雪が雨にかわって降る)」です。北海道はまだまだ雪が深いのですが、季節は確実に春に向かっています。

丁度1年前の今頃、私は四日間の断食をしていました。自律神経の調子が良くなかったので、回復を少しでも早めるため、また体の中に溜めこんだストレスをしっかりリセットするために取り組みました。あれから春夏秋冬、四季が一巡して再びこの春を迎えてました。1年前の2月に比べ、大地の気が高まっているのを体を通してはっきりと感じ取ることができています。疲れが溜まると体全体の気の流れが悪くなります。新春のこの時期は、体が生命力を目覚めさせる新たなサイクルに入る準備を整えます。そうすることで1年をしっかり過ごせるようになります。

この時期、体は溜まった毒素をしっかりと吐き出そうとし始めることが多いです。10年以上前ですが、突然体中に皮膚炎が出たことがあります。ちょうどこの時期に発症しました。症状が収まるまで1年を要しました。春夏秋冬1年のサイクルを経て翌年の2月頃に自然に治りました。それ以降も体に毒素が溜まると膝から下がかゆくなったり、皮膚炎がが出ることがあります。今ではかつてほど悪化することはなくなりました。体は何歳になってもこの時期に大地から上がってくる自然の息吹を体全体で受け止め、解毒する力を高めているのでしょう。現代の私たちはとても精神的に生きていて、神経をすり減らすべく集中し、頭を使いすぎています。神経の疲れは自律神経にとても悪影響を与えます。皆が自律神経が参っているそんな時代とも言えるかもしれません。

瞑想を深め、スピリチュアルな感性を目覚めさせることが私にとってはすごく大切なテーマです。そのためには体と心、そして神経系の安定感が欠かせません。その為にまずしっかり生命力を高めること、心をいつも穏やかに保つこと、神経をしっかり休ませバランスを保つこと、これらを1年を通して、自然の恵みの力を借りて整えていくよう心がけていたいものです。

季節は春を迎え、新たな1年のサイクルがいよいよ始まります。北海道に暮らす私たちはこの恵まれた自然環境をしっかりと生かし、それぞれの人生をしっかり歩んでいきたいものです。この1年が皆さんにとって健康的で充実したものでありますように願っています。

ちなみに今日のこのブログはiPhoneの音声入力で作成しました。このぐらいの内容でしたらほとんど修正する必要がない精度で変換してくれます。使い方は簡単です文字入力画面のどこかにマイクの形をしたボタンがありますそれを押すだけです!よかったらお試しください。
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(投稿時に手違いがあり日付がずれました)

立春も過ぎましたが皆様いかがおすごしでしょうか

この景色をみる度に思うことがあって。それは、かつてここに立ったであろう先住民が今この風景をみてどんなふうに感じるのだろうと。自分の気持ちと同じではないかもしれないけれど、きっとこれは一緒。

それはとても美しい大地だということ。豊かで恵み多き大地。空はひろく、水は奇麗で、生き物達のサンクチュアリ(かつてはそうだった)。こんな大地に生かされていることを自然の神々に思わず感謝の祈りを捧げずにはいられない。

この山の頂きに立った先住民達は皆、そう思っていたのだろうな。

この街はこれからどんなふうに発展を遂げるのだろう。ここに住む人達の子孫はどんな人生を授かるのだろう。その方向性は今、この大地を共有している私達の日々の行いにあるのだと知っている人は多くはないのかもしれない。
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さて、かたくるしい話しはさておき。
新年となりました。(立春を過ぎましたので)
大寒も過ぎ、節分も終わってしまったのですが、けして冬眠をしていたわけではありません。長くサロンをやっていると知らず知らずのうちに溜まってしまうものが多く、整理をしたりしているとあっという間に一ヶ月ぐらい過ぎてしまいます。

おかげさまで、ここ最近は体調も上向いてきており一年前のことが嘘のようです。ただ身体の感覚は以前とは違い、特に自律神経の感受性のようなものが研ぎ澄まされてきたようです。

一昨年末からいよいよ神経系がおかしいかも?と気付きはじめ、丁度1年ほど前にいっきに変調が起きたのです。神経性の症状(おそらく人類が体験するあらゆる、それらの症状)を私は若い頃から一通り体験しつづける人生であったので、なにを今更という感じもあり、ほぼ無視をしてきましたが、1年前のそれはとても素通りできるレベルではなかったのでした。

最近は調子がよくなってきたとはいえ神経性の不調と完全に離別できかといえば、まだまだそうではなく、かえってより身近になったという感じでしょうか。これまでは背中あわせで口もきかなかった不仲だった「それら」と、今はしっかり向き合って一体感すら感じているともいえます。

身体の仕組みは私達が思っている以上に複雑であるけれど、とてもよくできているのです。そして、あらゆる神経性の症状はきっと私達を守ろうとして「なにものかが」そうであるように仕向けているのですね。

すごく苦しい時期も多数あったけれど(今でもまったくないわけではなく)、それらが通りすぎていくまでの間に、過去を振り返ったり、身体と向き合ったり、神様に感謝したり。そしてサポートしてくれる人達に応援をお願いしたりできる。

私達は人の輪のなかで生かされているようです。そのことを神様はしっかり見つめてほしいと思っているようですよ。

皆さんはいかがですか。苦しい辛いことはすべて意味があって私達の人生にふりそそいできます。背中を向けず、向き合ってみる勇気をお持ちになってください。

そこから気づきがあり、感謝が自然とわいてくるようになりますから。

でも一人で向き合うのが難しい時はサポートをしてくれる人にコンタクトを取りましょう。必ずいるのです。あなたのことを気にかけている人がこの世には必ずいるのです。

人の輪の大切さに気づければ、ずっと生きていけます。この人生も来世も。

この空の高さはあなたの希望の尊さ
この空の青さはあなたの志の強さ
この空をわたる風があなたに勇気を与えます
その勇気があなたの人の輪を讃えます
そして、きっとあなたは力強く生きられると。神々があなたを賛美する歌声が響き渡るのです
心を空にして、耳をすませばきっとあなたの心にも響くでしょう
あなたの未来の豊かさを祈る、神々の賛美歌が。

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師走十九日の雑記:もうすぐ大寒

まもなく大寒。雪も深く、まだまだ気温が低い日々。でもここを超えると春が目の前という時期です。

余計なことにとらわれず、ぐんと前へすすむ準備をしっかり整えるべき時期ともいえます。今すべきこと、後回しでもかまわないこと、生涯やらなくてもいいこと。日々三択、いや本当は二択なのですね(後回しでいいことは結局やらなくてもいいことだから)。

物質的な断捨離はできてもエネルギーの断捨離は自分では確認が難しいものです。今すべきことはできれば今すぐとりかかりたいものです。
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次の新月にむけてのカウントダウン

セッションが終わった後は、古いデジタルテープのバックアップ作業の為に機材チェック。あると思っていた機材が不足していることが判明したので手配したり、親指シフト*の練習をしたり。あとどうしても今取り掛からないといけない調べ物に時間を費やしたり。

今日やるしかないことをやっていたら、とっぷりと日も暮れて世間は皆帰宅して夕食時のはず。光のサロンは過去15年間ずっと一人ブラック企業を貫いてきました。そろそろホワイト企業に転向したいものです。その為にも今日やるべきことを淡々とやるしかありません。

今日はあと一件これまたどうしても今日中にやらないといけない鑑定のお仕事が残っています。これをクリアしないと今日を終われないのです。

皆さんも今為すべきことをしっかり見極めてくださいね。今日から次の新月にむけてカウントダウンです。

*親指シフト
ちょっと変わったキー入力の方式。ローマ字入力よりキーストロークが少なくて済むので習得してしまえば日本語入力が速くなるはず。ほぼ30年ローマ字入力で文章を打ってきたけれど。まだまだ書かないといけないこともあり、かといってまだ音声入力に行くのもどうかと(というより、一人でぼそぼそ喋るのは、一度やったことがあるけど、なにかを呼びそうでちょっとね。)限られた人生の時間、少しでも節約できるなら、多少の月日はかかったとしても今から親指シフトに移行する意味はあるだろう、と。まだまだぽつりぽつりとしか打てないのですけれど。
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2017年、新年のごあいさつ

西暦では新しい1年のはじまりですね。
2016年は自分にとっては激動の1年でした。振り返る暇もなく、年もあけまして明日にむけての準備を始めたところです。今年もいろいろな意味で深く掘り下げていこうと思っています。光のサロンはおかげさまで16年目にはいります。どうぞよろしくお願いいたします。
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霜月二十六日:穏やかに迎えられたこの日を思う

今日そして明日という日をそれぞれどのような思いでお迎えでしょうか。

私のなかには信仰と呼べるようなものはおそらくなく、ただ真実ありき、そして光へとむかって歩み進んでいく。そんな人間です。表の部分、裏の部分、幾千の経験があり、ひとまずは人の殻をかぶって存在しているわけです。でも本質の部分はひたすら光を求めて歩んでいる。ただそれだけという限りなく単純な人間だと自分では思っています。

クリスマスという今や国民の一大イベントのような日を今年はとても感慨深く迎えました。というのも昨年の今頃、私は病院のベッドの上で七転八倒しながらもがき苦しんでいたからです。唐突に激しい目まいと嘔吐、動悸、四肢の痺れにおそわれました。症状から「脳梗塞」も疑われ一通りの検査を受けました。一夜空ける頃には症状もひきましてそのまま退院。医学的には特に異常はなかったのです。

記憶にある限り人生で二度目の入院でした。その後もしばらくは自律神経が不安定で、何度かパニック発作にもみまわれたりしました。振り返ってみると今年は幾つもの病院にお世話になった一年でしてこんなに医療費がかかった年もありません。ちょうど同じタイミングで後頭部に突然、血腫ができまして、それもみるみる大きくなってしまったので、さすがにこれは切除手術を受けました。

こういった自分の身におきたことを1年かけて味わってきたのですが、その意味を紐解くというよりも、人生のなかで最も自分が不安定な状態のなかで過ごしてきまして、結果的に今まで以上に修行を積まされました。医学的には健康体であることが証明されていますし、精神状態が穏やかであるなら、残るはエネルギーの不調和が不安定さの原因です。長年の修行で学んできた技法をひとつひとつ検証する機会にもなりました。また新たな技法も試したりしています。そうこうしているうちに今までになく神々との一体感が増してきましたし、自然の精霊達とのつながりもしっかりしてきました。

数日前に冬至が過ぎたタイミングでいよいよ時が来たという感覚が強くあり、今日にいたります。

私は生まれつきこういう人生を歩むべくして存在している。だからあるがままに自分を生きていく。ただそれだけなんですね。よりシンプルに自分らしさを日々実践していくのみ、という感じです。

この1年、だいぶペースを落としておりましたので皆さんにはとてもご不便をおかけしました。また体調についてお気遣いをいただくことも多く、とても嬉しくもあり本当にありがたかったです。今回ばかりは皆さんの応援を素直に糧として受け取らせていただきました。多くのお力をいただいたことに改めてお礼を申し上げます。

さて、私には皆さんにお伝えできること、お渡しできるものが山のようにあります。これから先、私は皆さんに与えられるだけ与え、皆さんには受け取れるだけ受け取っていただこうと思います。そして皆さんのこれからの人生と次世代の若者達の未来が明るく希望に満ちたものになることを確信しながら日々を歩んでいこうと。

そんなことを考えていましたら懐かしい歌声が心に響いてきました。高校の英語の授業でブラザーがよくこの曲を聴かせてくれました。ことあるごとに心に蘇ってきて口ずんだりしてしまうのです。私のなかではこの願いはすでに成就している気がしますので、今日は皆さんの未来の為にご紹介したいと思います。

いろいろな名演奏がありますが、一番原点に近い方の音源がありましたのでこちらどうぞ。

ピート・シーガーというフォークシンガーの歌唱による「We shall overcome」という曲です。あえて曲の由来や歌詞の意味は記しません。心で感じ取っていただきたいので。英語が苦手な方でも演奏のエネルギーを感じ取ってみてください。なぜかこういう演奏は日本語より英語のほうが響きわたる感じがあります。

私は英語はとても良い言葉だと思います。日本語よりもシンプルで使いやすいエネルギーを宿しています。そこから感じ取ると自分をニュートラルに保ちやすい。一方で日本語はとても意味が深く、重い言葉が多いように感じます。こういう内容のメッセージを日本語にすると、うまく伝わらなかったり時に曲解されそうな気がします。

そして今日はクリスマスなのでなんとなく特別な日という感じもありますし、日本の時代の流れはこれからが大きな転換期となりますので今日これまでご縁のあった皆様へ私からのメッセージを以下に記して今日のブログを閉じます。

聖なる日、どうぞ穏やかな時をお過ごしください。

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光の輪が無限に降り注ぎ、あなたの未来を彩ります。

あなたの願いが、夢が、虹色に輝き、
おおきな喜びとなって人々を癒やすでしょう。

あなたが願えば願うほど、その思いは大きな波となり、
人々の悲しみを癒やし、絶望を希望に変え、
闇を光で照らし続けるでしょう。

あなたが輝くごとに、光の輪が地上に広がりゆきます。
そしていつの日か、地上に神々が降り立ち、調和が形づくられていく。
老いることの怖れはなく、飢えることの絶望もなく、
命は明るく輝き、喜び、歌い、舞い、そして支え合う。

あなたの祈りが、行いが、力となり国を動かすでしょう。
あなたが未来を信じ、光をこの世に灯す為に一日一歩ずつ進むことで、
小さなさざ波は、大きな力となり、いつの日かこの星を変えるでしょう。

私達は今けしてあきらめないということを学び理解する時期にきています。
あきらめない、ということはなにも怖れないということ。
希望は叶うのだ、と人に伝える勇気を持つこと。
そして絶望に耐え、批判や攻撃にさらされても負けない強さを身につける必要もあります。
ひとりでは難しくても、手を取り合って進めばかならず乗り越えられる。

あらゆる試練は乗り越えてしまえば糧となります。
難しい試練を乗り越える時、先駆者の知恵が必要です。
光の導きはあなたに必要な人の輪と、未来へとつながる知恵を与えてくれます。

あなたの祈りが地球を照らす灯火となるのです。
あなたの希望があらたな人の輪をつくりだす波の力となるのです。

無限の光があなたと、あなたの関わるすべての縁を豊かに照らします。
そして永遠の調和へと地球を導くでしょう。

今日までのご縁に心からの感謝と愛をこめて。
そして明日からの未来が豊かな日々であることへの感謝を光の世界へ贈ります。

皆さん、ありがとう。
天(そら)よ、星よ、月よ、大地よ、ありがとう。
そして我が命よ、ありがとう。