2022-10-04の雑記:ピアノライブのこと

日毎に秋が深まっている時期なのですが、天候が不安定でなんとも落ち着かない日々です。知らず知らずのうちに疲れが蓄積して、うまくいくはずのことがうまくいかないことが増えます。

何事も思うようにならないのが人生ではありますが、全ての人類にこれまでの人生訓や経験則が当てはまらない未知の時代に突入しています。

どうか日々余裕を持って焦らずにお過ごしください、と言ってみたところで何の励ましにもならない状況です。

あまりにも不安だったり、こう着状態だったり、いろいろなことが多すぎる時代です。少しでもお力になれればと思い、このようなイベントを計画しました。

私の霊力を持ってしっかり皆さんをお守りさせていただきます。

今回のイベントには命をかけております。

ピアノライブの詳細はトップページからのリンクでご確認ください。

ピンとくるかとは思いますが、このイベントにはお祓い、厄払い、のような意味があります。ただ、相当なエネルギーの変化が起きることが多いので、念の為注意を書き添えてあります。繰り返しますが、どうか無理をして参加されることのないようにだけご留意ください。

定員までまだ余裕があります。

IMG 3476

2022-09-12:カウンセリングを検討されている皆様へ

満月、良い月が見えましたね。

木星も見えていました。宇宙の神秘を感じさせられます。

木星は約12年で太陽を一周します。12年は人間の人生の一つの節目の年数になっているのは、おそらく木星の影響なのでしょうね。そんなことをつらつらと考えながら月を見てましたが、満月というのはあれこれと内面を揺さぶるものらしく、考え事が次々に浮かんできます。

暑さもやっと過ぎまして「〇〇の秋」というキャッチフレーズがあるように、自分の内面の問題にスポットを当ててみようかな、と思う方は少なくないのではと思います。

カウンセリングにいらっしゃる方にとって、最善のタイミングがあります。

しかしながら、今後は「自分にとっての時期」について考えない方がいいように思います。

なぜなら、私たちは煩悩まみれですし、月の満ち欠けの影響も受けます。自分を冷静に客観視して、今だ!とタイミングよく物事を行動に移すなんてまず無理は話です。

何事においても、とにかく自分のことがわからない、おぼつかない、だからこそ私たちのような役者がいるのです。

ところでスピリチュアルという冠を私は本当は使いたくないのですが、長年この肩書きで、このメニューで仕事をさせていただいている手前、あまり変えるのもどうかと。やむをえず使い続けているところです。

実際のところは「霊視鑑定」ですので、座ったらズバリと悩みについてのアドバイスをします。

ただし、ご本人のペースは最大限に尊重します。ズバリとはいえ、ゆっくりじっくり、そしてわかりやすくを開業以来ずっと心掛けています。

私、元々、小学生向けのゲームを作る仕事をしておりました。難しい仕組みを難しい言葉を全く使わずに、わかりやすく伝える工夫は元々、得意な方です。

スピリチュアルな用語は一切、使いません。一般的な人に馴染みのない霊的な世界のことも、あまり多くは話しません。

今、必要な、最小限の知恵をできるだけわかりやすくお伝えをしています。

なので時期は選ばず、思い立った時が最善のタイミングと思ってください。

やっと空いている日程も安定的に掲載できるようになってきましたので、まだまだ多くの方にご利用いただけるのではないかと思っています。

ではお会いできる日を楽しみにお待ちしております。
IMG 3047

2022-09-02の雑記:ライブの準備は山を駆けること

ピアノを弾く人って本番前は延々とピアノに向かってリハーサルをするのかもしれません。

私の場合は山を駆け回ります。体幹を鍛える、バランスを整える、五感を研ぎ澄ます、そのためには自然の中でできるだけ緊張状態を作ります。

山道は、気をつけないとケガをしますからね。そこを駆け回ってると、ものすごく集中せざるを得ない。その時間の中で野生的な感覚が蘇ってきて、霊力が増します。長年の修行から会得した感覚でしょうね。

なので、あまり楽器に向かうようなリハーサルはしませんし、音楽性を磨くような訓練は最小限しかやりません。
IMG 3069

2022-08-31の雑記:8月も最終日となりました

10月のピアノ公演の準備に入っています。
とはいっても、ウォーキング、ヨガが中心。
音楽を奏でるのは体。体という楽器を通して、現れてくるものが、たまたまピアノと共鳴するだけ。
ピアノは弾くものではなくて、ピアノが共鳴して手伝ってくれるだけのこと。演奏するのは自分の体です。

そこをしっかり整えておかないと、思ったような音楽を表すことができない。

音楽をやるのですが、今回は祓い清めを狙っています。
音楽会というのは名ばかり、実質的には加持祈祷でしょうね。

でも、ピアノを弾くのに真言密教を語るのもナンセンス。

音楽は音楽として成立していないとつまらないし、色気もない。

だから、あくまで体裁は音楽会。

それはさておき、今日はパソコンの断捨離。
IMG 2995

8月も終わり。いよいよ9月に入りますね。
西暦はあまり気にしないことにしている、のではなく、とらわれたくないだけ。
でも今日(8月末)と明日(9月1日)で何かが変わります。
何か、としか言えませんが。

写真は15年も使っていたMac。ずっと前に現役引退させましたが、最後のお役目を果たすべく、少し前からデスク脇にセットアップ。当時の書類で、このMacでしか読み出せないものがたくさん残っていたのです。ハードディスクに埋もれていたデータを一旦この古いMacに転送。互換性の高いフォーマットに変換。そしてまた取り出す。この作業を延々と繰り返していました。

昨日ついに全ての変換が終わり、役目が終了したところで廃棄の手順へ。内蔵HDDの初期化です。ゼロデータの書き込みを3回繰り返します。その作業に入った途端、エラーが発生。カーネル(裏でこっそり動いている仕組み)が吐き出す見たことのないエラーメッセージ。これは致命的な故障が発生した症状です。初期化はあきらめて、中のHDDは蓋を開けて取り出して別途、消去して処分することにします。個人情報が残っているHDDなので、そのまま手放すわけにはいかないんですよね。

パソコンは精密機械だし、ミクロの世界で電子が高速で飛び交ってます。人間の神経系のような作りになっているので、私たちの精神状態と共鳴しやすいです。いわばパソコンの調子は、使う人の意識だったりストレス度合いで変わります。

このMac君、いや、Mac姫(女性形)、もう力尽きてもいいと悟ったのでしょう。(ちなみにモノには性別もあります。)

このことからふと思ったのです。

普通ならとっくに寿命を迎えていたはずのパソコンがなぜここまで延命できたのかといえば、自分の意識がどこかで「まだ最後の仕事を終えるまでいかないでくれ」と引き留めていたからに相違ありません。

所詮は機械、とはいえ人の想念と深く結びついているものなのでしょう。

人間同士の関係とあまり変わらないかもしれません。

このMacは、このあとはリサイクルにだしてSDGsに貢献させます。

シンプルな思考のワーク

というのを人に教えている手前、自分でも実践してます。

シンプルになる、という変化は恒久的なものなので、根本からエネルギーバランスが変わってしまいます。その反動はかなり大きいです。

あ〜だめだ。こんなテクニカルなことを書いたらシンプルどころではないな。でも、シンプルな思考に行き着くには、複雑なプロセスが一旦は必要になってしまう。そこは必要悪かな。

断捨離とは、一旦、混沌に陥ることなり。

文月二十八日の雑記:シンプルに生きる

あまり社会情勢にはコメントしない主義です。
コメントするより、コミットする主義なので。

毎日、想定外のことが起きていて、これからも続く気配です。
想定外の事態に備える方法はひとつしかないと思っています。

それは、あらゆることをシンプルにすること。

ここから先、言語化するとシンプルじゃなくなるので、以上ということにします。

ブログもシンプルが一番、伝わるのでは。

IMG 2976

文月十八日の雑記:混沌から生まれる明日

もう77年、でもまだ77年。

沖縄戦で。シベリア抑留で。私の先祖が一人ずつ亡くなっています。

先祖といっても母の世代は共に暮らした記憶がある人たちですから。さほど遠い昔ともいえません。亡くなった先祖の写真も残っています。

が、骨はもちろん返ってきませんでしたし、亡くなった時の詳しい事情もわからないままです。

何もわからないのも不憫だと思い、外務省経由で入ってくるロシアの新しい資料を精査して、亡くなった地名を発見したのはほんの数年前のことでした。

ロシアの役所にも、日本人遺族のことを考えて、地道に資料を保存、整理し、わかりにくい日本人の名前をローマ字で注意深くパソコンに打ち込んでくれた人がいるってことなんです。

戦争はお互いが敵同士になってしまう。でも、必ず和解し、共存し合える時期がきます。

けれど一方で新たな火種が勃発してしまう。人類は延々と同じことを繰り返しているようにみえます。

でも、どうでしょう。こんなにも私たちの人生観や生きることの価値観が揺さぶられる時代もなかったのではないでしょうか。

当時は生きるか否か。究極の二択を迫られた時代でした。

でも、今はただ生きることではなく、自分らしく生きられるかどうかが重要な時代になってきたと思います。

物事の価値観が根底から覆されることが増えました。そのたびに私たちは、生まれてきた意味を問われていくことでしょう。

IMG 2908

文月十六日の雑記:満月の戯言

時々、戯言を書きます。
が、単なる私の哲学的な思考だったり、雑多な想念の吐き出しているものにすぎません。
読み飛ばしていただいて結構です。

特にカテゴリーが「ポエム」になっているジャンルは、単なる空想、妄想の産物ですからね。

個人ブログだからご了承ください。

暑いようなそうでもないような、微妙な天気が続く夏です。
引き続き熱中症には気をつけましょう。
IMG 2862

文月一日の雑記:太陽さん

先月(水無月)は、とうとう記事を書かないまま過ぎてしまった。

何かしら、書いておこうと思いながらも、書き記すことができずにいました。

書くということは自分を見つめる作業でもあるけれど、それだけであれば日記でいいわけです。私の場合はそうではなく、誰かのために書き記しているわけです。自分の気ままな雑記という体裁にしてはあるけれど、本当はそうではありません。

最近は、自分の日常を発信して収益を得るような、そんな生き方もありな時代です。公私の境目があるようなないような時代です。悪いことではないと思うけれど、反面、自分を守る術がなくなる気がして怖いとも思います。若い人には安易に有名になるとか収入が得られるということを目指してほしくはない気がするのです。

あまり語りませんが私は二十代の半ば大成功を収めました。今となっては前世のことのような遠い記憶ではあるのですが、今でもその功績を讃えてくれるファンの人がいます。自分としてはもうなかったことにしても構わないのですが、世間はそうはさせてくれないようです。いまだに思い出してくれる人がいることを、素直に有難いと思えるようになりました。これこそ年の功というやつでしょう。

ところで、最近あまりにも騒がしい世の中になってしまい、どうにか自分を落ち着けて、しっかりしたものの見方、書き方、表し方ができないかと思います。

まだまだ明日があるのだから、日々、襟を正して、命を大切に過ごしていこうと思うのです。

太陽さん、今日もありがとう。

皆さんも夏を精一杯にお過ごしください。
IMG 2706

そこにあるものが美しい

夏至を過ぎました。今年も半分過ぎたんですね。

円山公園のスナップです。
IMG 2265

今、自分が見ているのが地球で一番美しい風景なんだろうと思うんです。

でも、私たちは、ここではないどこかへ、見たこともない幻想の風景を探しにいこうとしますよね。

コロナ禍で、どこへも行けない期間が長く続いている中で、身近な環境で楽しもうという気運が増して、どこにいってもキャンプグッズが並んているわけですが。もしかしたらキャンプ場にすら行く必要もないのではないか?

北海道なんて自然だらけなんだから。いつでも木陰ですずむことができます。
時間と費用をかけて遠くへ行かないと娯楽にならないのではなくて、時間もお金もかけないで、今すぐそこにある環境で、伸び伸び楽しむことが大事な時代ですよね。

一番、身近にある自然こそ、もっとも美しいのかもしれませんよ。