2023-08-09:時間(とき)は主観的なもの
1日が早かったり、ゆっくりだったり。
10年があっという間だったり、ものすごく長かったり。
ものすごく遠い記憶が不意にリアルに蘇ったり。
自覚できている時間の流れが主体的すぎて、定まった物差しはないのかもしれない。
無自覚な世界では時間はもっと遅いかもしれない。あるいは過去にとらわれず未来を感じているかもしれない。
人生は広大無辺に思えることもあれば、すごく狭く細長い暗い迷路のようでもある。
私たちは主観でしか物事を感じたり理解できない。
でも実際には、感じられない自覚できないところで動いている世界との関わりがたくさんある。
あるようでいてないのが時間かもしれない。
ないようでいてあるかもしれないものが、未来の可能性かもしれない、そう考えることで救われる気がする。
無意味な一日、虚しい一年、寂しい一生としか思えなくても未来はある。未知の可能性はいつでも無限にある。
そこを探しにいく。そう思ってみるだけでちょっと気持ちが晴れることだろう。