二人の天使のものがたり
兵士はいつのまにか部隊と離れてしまい、一人で村人を守っていた。
おびえる年寄りや子どもたちを励まし、闇にひそみ襲撃してくる敵に目をひからせていた。
目はらんらんと輝いていたが、もはや精気は失われ、しかばねのようにほおはやせこけていた。
兵士は、もはや自分が誰であったのかすら思い出せないほどしょうすいしていた。
ただひたすら誓いを守る為だけに生きていた。
これが自分の使命なのだ、と。
重い鎧が肩にくいこんでいるのに、もはや痛みも感じないほど体は疲れて切っていた。
また夜があけた。
遠くで戦いの音が聞こえるような気がする。
休んではいけない、眠ってはいけない、と自分に言い聞かせるのだが、兵士にもはやその気力は残っていなかった。
どれぐらい時間がたったのか。
きづくと兵士は手に剣も盾も、持っていなかった。
身にまとっていたはずの鎧も着ていなかった。
あたりは心地よい風が吹き渡り、見渡すかぎり光かがやく草原であった。
ふと一歩あゆみだす。足にさわる草花の感触が心地よい。
おおきく深呼吸をする。甘いよい匂いがかすかに感じられる。
それは足元の小さな花が香っているのだった。
小川で水を飲む。
ひとくち飲むほどに、体が清められ、すがすがしい気持ちになっていく。
あれほど神経が緊張しきっていたのに、すっかり安らかになっていた。
みあげると小川のむこうに少年がたっていた。
身長は兵士の半分ほどだろう。まだあどけない表情がのこる少年であった。
兵士は、なにか用事か?と尋ねようかと思った刹那、少年がこたえた。
「おじさんをむかえにきたんだよ」
「ぼくといっしょにかえろう」
問いかける前になぜ?と一瞬、疑問に思ったが、兵士はなぜか少年の言葉をとても懐かしいと思った。
「おじさんはもう兵士ではないんだよ」
「ぼくと同じなんだ」
もう兵士は兵士ではなかった。
気づけば兵士もまた少年の姿になっていた。
手をとりあって丘をのぼった。
階段があった。
登ろうと思った瞬間、エスカレーターのように押し上げられるように自然に階段を登っていた。
体は雲のように軽く、心は言葉にならないほど穏やかで安らいでいた。
少年は、問いかける前に思ったことがわかるらしく、
「ここはどこかって?」
「僕たちの家だよ」
ああ、そうだった。と元兵士だった少年は思い出したのだった。
「ここが僕たちの家だったね」
「そうだよ。ここが僕たちの本当の家」
元兵士はとうとう、地上に兵士として降り立ったいきさつを思い出したのだった。
わたしは成すべきことを成し遂げた。
命を人々の為に捧げたのだった。
それは尊いことであった。
元兵士は自分の一生をふりかえりながらそう思った。
気づけば墓場に立っていた。
そこは天国にある兵士たちの墓場。
ひとつの十字架の前にたった。
そこに元兵士は、人間だった時の自分の名前を見つけた。
自分が息絶えた後、村人達が丁寧にほうむってくれたいきさつをはじめて知った。
「わたしは人々を守り抜いたと思っていたが、私こそが人々に守られ、支えられ、力を与えてもらっていたのだ。私は国の為に尽そうとした。国王に忠誠を誓い、戦いに勝つことが栄誉だと信じ切っていた。それが私の力となり、人々の為であると思いこんでいたのだ。
でも、本当の力は私自身の存在そのものであったのだ。人々と支え合うことが、私を支え私は生きられた。私が生きることで人々も安心して暮らせた。人というものはそうやって共存していくものなのだ。」
「私は、自分が強くなることが人の為だと思い、一生を戦いに捧げてしまった。けれど、私は二度と戦うことを望むまい。」
「また地上に人として生まれ変わることがあるのなら、戦わずに和平を結ぶよう人々を導こう。人が人同士、戦うのではなく、奪いあうのではなく、与え合える仕組みを作る為に一生を捧げてみようと思う。」
ふたりの少年たちは、新しい未来の地球を思い描きながら、目を輝かせていた。
それから幾歳月。