7月のピアノワークショップの申込み状況〜大切な選択をしようとする時の考え方について

7月に大切なワークショップを予定しているので、そのことに関連して少しまとめてみました。

ワークショップに参加される方、参加するかもしれない方、今回は参加できない方、あまり興味がない方、どなたにでも共通する話もありますので、どうぞお読みになってください。

今回のワークショップのテーマは、「自分と出会う」です。
この意味はとても深いです。スピリチュアリズムの観点からいえばもっとも大切な言葉だと思います。悟り、に近い概念ですから。

私達の実体は「魂」であることは当然ですが、一方でこの現実のなかでいかに生きるか日々の選択を迫られています。この世界は有限、かたや魂は無限の世界に属していて、その中間にあって私達の精神は、ゆさぶられ、抑圧され、急かされ、それはそれは過酷な毎日をすごしています。それなのに、ぶれない、動じない、なんて無理というものです。このことを仏教では、とらわれても仕方がないのだ、とらわれることにとらわれるな、というようなことを説いているわけです。

でも、現実に私達は日々、選択を迫られ続けるし、揺れ動くし、不安定になります。どうしようもないけれど、どうにかしたいわけなんです。

そんな日常は日常。おいといて(おいとけないとしても、おいといて)。「自分と出会う」ことも、本当に大事です。ここを掘り下げられないと、人生、後悔が増えるリスクが高まります。

自分と出会う、とはすなわち「永遠の命である魂とつながる」ということです。生まれる前の自分の姿を知ること、ともいえます。

そんなことができるの?と疑うのではなくて、そこも大事だよね、とまずは受け入れる。そこからスタートです。

そして、そのことに造詣が深い人、導いてくれる人と、接触をこころみるわけです。自分ひとりでわからない、できないことは、経験と資質を持っている先駆者を頼りましょう。できるだけ実績がある人がいい。それから、ただいるだけでいい、と言ってくれる人がいいですね。
音楽なんかでやんわりと誘導してくれる手法も、はいりやすくていいです。単なる話を聞くだけのセミナーでは特に初心者は難しいでしょう。瞑想しましょうといっても、普段やらない人は瞑想することで緊張してしまうから、向きません。

そして現実をすっかり忘れるぐらい異次元的な環境がいいんです。本当に非日常が理想。そういう環境を作り、言葉だけはなく、究極リラックスしている状態で感覚的なところに響いてくるメッセージを受け取るとうまくいくんですね。

それが自分の本質に共鳴する内容ならば、自分とつながる「潤滑油」になり得ます。

こういう機会は実はすごく少ないんです。あまり実践している人もみかけません。

しっかりとしたリーダーに出会い、導いてもらうことが大切なので、これから「自分と出会う」ということ実現したい方は、ぜひ覚えておいてくださいね。

そして、もうひとつ。

私が来月開催するワークショップは、今日現在のところあと数名の空席を用意してお申込みをお待ちしている状況です。申し込みされる方が、踏み出すのをのんびりお待ちしている感じです。

参加される方の分のお席は用意しているので、参加できない人はいないんです。あとは個々のタイミングでご連絡していただければいいと思います。

こういう貴重な機会、また少人数枠の内容だと、遠慮される方がいます。自分が参加していいのかな?と思ったり、自分に受け止めきれるのかな?と思ったり。特にあまり出歩かない方、グループのワークは初めてで緊張しそうで怖いと思っている方、いろいろな思いを抱えている方がいると思います。
今回のワークショップでは、グループセッションはありません。本人が話さなければいけない場面、気持ちを打ち明ける場面はないです。セラピーではないから。基本的に、すべて「受け取る」だけです。ぼんやりそこに座っているだけでいいんです。

皆さんはただ受け取りにきてください。ほとんどすべてのものをこちらから、お渡しします。ある意味、一生分(いや、もっとかも?)をお渡しします。

それぐらい普遍的なワークをやります。

予定の調整、参加費をどうしようという方もいると思います。そういう方に是非、ひとこと。
自分を大切にできるのはあなた一人です。あなたの人生の大切な時間も費用も、あなた自身に一番、注いであげてください。自分がちょっと勇気をふるって掴み取ったものは、多少、調整が大変でも、段取りが難しくても、なんの後悔も残らないどころか、良い経験、良い糧として長い時間、あなたの力となり、勇気となり、自立心を育ててくれますよ。

長時間のイベントに参加したことがない、金額的にも人生で最大の予算枠、という方にこそしっかりと感じ取ってもらいたい内容です。

あなたのための椅子をちゃんと用意しています。誰にも気兼ねすることなく、最前列に座ってくださいね(もっとも、今回は定員少数なので、全員、最前列なのですけどね)。

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なせばなる、は本当か?〜人生の進路選択に迷う時の考え方

なせばなる、という言葉があります。
シンプルな言葉はいかようにも解釈できるので、本当のところは、なんともいえないですよね。どちらかといえば、なせどもならざることが多いのが人生です。

進路相談も多いです。そういうご相談の場合、本当のところはどうなのか?ということを掘り下げます。目先の選択よりも、遠い未来に納得できる道筋を思い描けると、当座の選択もぶれなくなります。

受験生はとくにそうなのですが、とりあえず死力を尽くす、なんなら討ち死にしてでも、とでも言わんばかりに必死になっている方がいます。親御さんも同じく。ベストを尽くす、が最善と信じ切っているようです。

でも、そもそもそこで「ベストを尽くす」べきなんでしょうか。今すぐ完全燃焼することが人生にとってベストなんでしょうか。

わからないし、迷いながらも、燃え尽きようとしてしまうのかもしれません。

とりあえずベストは尽くしたほうがいい。一番、難しい道を選んだほうがいい。そのほうが「後が楽はなず」、そんな思い込みもあるようです。

もちろんこういう考え方が正しい場合もあるでしょうけれど、ほとんどの場合はさほど最善とはいえないようです。

本当に最善なのは、「自分らしく生きること」であり、そのために「必要であれば自分で決めたレベルでベストを尽くす」ことです。方法も、タイミングも、かける労力も、すべて自分で決めるのです。

そして、無理しすぎないバランスは自分にしかわからないものなのです。

ただ、若いうちは、その落とし所がわからないもの。少しずつ上手に配分ができるようになる。ということは、若いうちは、やりすぎてオーバーヒートしてしまうことも多々あるでしょうね。

ちなみにここでいう「若い」は、50歳ぐらいまで、です(笑)。それぐらいまでは、まだまだ若い。

60歳ぐらいで、少し落ち着くのかな?

私個人の話ですが。最近(ここ数年)、とある勉強に時間をさいています。それはなにかというと英会話。毎日、欠かさず新しい単語や言い回しを覚えるようにしています。ニュースも英語。映画やドラマはもちろん。頭のなかもできるだけ英語で考える。

自分で決めて、目標をもってそこに向かうことは苦労があっても楽しいものです。ゴールがみえて近づくと、わくわくするし、プライドも満たされます。しかも自己完結できるので、見栄っ張りにならずに済む。つまり人の評価も気にならなくなります。

そのようにして、自分のスキルの一部をいつもシェイプアップしていく。その目標を自分なりに最大に設定し、レベルを上げていく。ゴールはクリアにイメージしておいて、近づいていることを日々、実感できるように工夫する。そうすれば飽きないし、継続できます。

普通はこうする、とか。みんなこうしている、とか。やみくもにレベルが高いほうがいいという考え方はそろそろ捨ててください。
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20171116 夫婦間のトラブルを抱えている方へ

このコラムは初めてカウンセリングの申し込みを検討されている方への指針としていただきたく書いています。
今回は「夫婦間」のトラブルを抱えている方へ、事前にアドバイスを列記しておこうと思います。

夫婦間、もしくは同棲中やそれに準じるパートナーとの間で起きる問題は、大まかに分類すると、
・会話がなくなった、もしくは噛み合わない
・価値観が大きくすれ違う(例えば、子育て、仕事、転居、親の介護など)
・浮気(その疑い)
・どちらかが体調かメンタルにおいて問題を抱えている
・暴力(いわゆるDV。精神的なそれも含む)
・漠然とした違和感
・離婚に関わる対立(親権など)
などがあります。

どの問題一つでも、根深く簡単に解決出来ることではない場合が多いです。それ故、精神的、経済的に日々消耗していくケースが多く、出来るだけ早く誰かのサポートを求めることをお勧めします。
医療や福祉機関に相談されたり、場合によっては司法関係機関に出向いてみるのもいいです。その上で、別な視点からの意見アドバイスとしてスピリチュアルカウンセリングをお求めになるのもいいでしょう。

また、運命鑑定や人生相談などを他で相談されて、その上でセカンドオピニオンとしてご来訪されるのもいいと思います。

初めての方で、ご来訪されるのがどうしても難しいとか、遠方で交通が不便という事情がある方はお電話でも対応可能です(ただし道内在住、出身の方に限ります)。

長く時間がかかる問題と向き合う時、出来るだけ気持ちが消耗しない工夫をしていただきたいのです。相手があることですから時に長く待たされることもあります。手続きで時間がかかったり、診断や治療で待たされるかもしれません。また、自分の気持ちが整うまで時をおいたほうがいい場合もあるでしょう。

混乱したり、不安やストレスでいっぱいの状況では、大局的な正しい進路を自分で見極めることは、とても難しいです。訳も分からず虚しい行動、選択をしてしまうよりは、待つべき時は待つ、そして後に後悔するような選択はせず、一旦保留にすることも一つの知恵でしょう。

そして、気持ちが整い、冷静に事態を見つめられる条件が整っているようでしたら、その問題が「なぜ」出来したのか、「どんな意味」が隠されているか、答え合わせをしていきましょう。

私は長くたくさんの経験を積ませていただきましたので、みなさんのあらゆる状況を受け止めてしっかりサポートさせていただいています。霊視を重視しすぎて一方的に結論を押し付けるようなセッションにならないよう最大限、心がけています。

敷居は高くないですから、どんな問題でも気軽に投げかけてください。
また札幌以外の方は、あまり相談できるところがないと思いますので、役立てていただければ幸いです。
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直会(なおらい)〜神々の前に直らう

御神事の後で、お供えをさげていただくことを直会(なおらい)といいますが、もともとは禍(わざわ)いを直すこと、という意味があります。

神様に祈願をした後に、お神酒をいただいたり参加者同士でともに食事をとること、その時間のなかで神々が私達の心や身体を口からはいるものを通して直してくださる。そんな大切な場面でもあります。

集うことが苦手な方もいるかと思いますが、直会にもできるだけ参加することで、願いが叶うのだとしたら都合をつけて参加する意味はありそうです。

私も長年、いろいろな修行の場に参加してきましたが直会(のような場面)はできる限り参加してきました。そのすべてに意味があり、因果として結果がはっきりともたらされたように感じます。

レイキを通してどのように変われるか

レイキを学んでいただくことで、どのような変化がおき、具体的にどんな恩恵があるか、きちんとお伝えしきれていなかったような気がします。日々、時代も変化し、私達のおかれている環境も激変しているこの時流にあって、最善の取り組み方を日々模索していますので、発信すべき内容も刻々と変えざるを得ません。その時、そのタイミングでご縁があればお伝えする、という姿勢は変わりませんが「今日の段階でのひとつのまとめ」ということでここに記しておきたいと思います。ただ、明日にも変わるかもしれませんし、情報が不適切になった場合は予告なく削除したり変更することがありますのでご了承ください。

レイキは普遍的なエネルギーだが、私達は不安定な存在であり定まることはない

レイキの根源のエネルギーにはぶれがないけれど、私達はこの地上にあり、今の時流にのまれ翻弄されている現状、不調和に満ちています。基本的にレイキは「浄化」をうながし「調和」をもたらすエネルギーです。その特徴を最大限に発揮すべく、レイキのトレーニングを受けていただいています。講習はここ数年、個人レッスンのみで行っていて、ひとりひとりに適した実践方法でお伝えしています。ここに至るまで十年以上の歳月をかけてこの形になりました。過去に受講していただいたすべての方からのフィードバックがあり現在に至ります。多くの方の実践の積み重なったものが、私の技術として集約されていますので、ご縁のあったすべての方への感謝を表す為にも、このやり方を続けていこうと思っています。

個性にあったレッスンの意味

一律の講習を受けていただいたとしても、その方に合ったものとはいえません。レイキは日々実践していただくことで結果が出ます。一日10分でも20分でも、できるだけ毎日続けていただくことで、数ヶ月〜数年後には大きく変化します。その貴重な10分の効率がさほどよくなければ10年実践しても結果がでにくくなってしまいます。本人に適した方法を実践していただければ、時に数週間で最大限の治癒が置きますし、人生が安定し、向上します。

私の教え方は、完全にひとりひとりに特化した内容で、特に日々の実践していただくメニューは個別に考案します。レベル1では2〜3か月かけて修正して最善のものにしていきます。レベル2まで進まれた方は更に様々な技法を組み入れながら、その方の日常生活に自然に組み込めるような形で最大限の効果が得られるような内容にします。

がんばって努力しないと続けられないような難易度の高いメニューにしてしまうと継続できなくなるおそれがあります。一般的な講習では、一律同じ内容を実践するように学ぶだけで、それを10年やったところで意味がない場合もありえます。人により不調和の原因は様々ですし、なかにはそもそもレイキを学ぶ必要性のない方もいます。ほとんどの方は、その方にあったメニューを実践することでたくさんのメリットにあずかれます。

メリットその1〜体調面

基礎代謝があがりますので、血流の改善により細胞が活性化します。疲労回復が早まり、不調の箇所が自然に治癒します。ほとんどの方が1〜2か月で効果を実感されます。

メリットその2〜メンタル面

ストレスが軽減します。感情が安定しますので、対人関係が向上する方が多いです。過去のとらわれも自然に軽くなりますので将来にたいして明るいビジョンを描きやすくなります。レベル2に進まれた方には苦手な感情や、過去の体験にフォーカスした浄化、調和のメニューを実践していただくことで対処できるようになっています。

メリットその3〜人生を歩む意味

このあたりからレイキの講習のなかに、私ならではの、つまりスピリチュアルな側面からその方の人生の方向性についてのアドバイスなども含めながら、「自分のあるべき姿、進むべき方向性」について深めていく為の「内観」を取り入れています。特別な瞑想のメニューを実践していただいています。特にレベル3まで進まれた方の多くが「自分を再発見」されてました。それによって人生をより自由に充実したものにしていただけます。

今の時代ならではの問題ともいえる自立神経系のトラブルについて

かくいう私自身がそのトラブルを若い頃から保有している人間でして、レイキを学び実践し続けているのも自分がもっとも必要としている、そしてその効果を深く実感しています。眠れない夜があっても、不安にさいなまれてもがいてしまうような時も、穏やかに、速やかにバランスが整っていきます。またストレスからくる様々な症状を列記しますが、
・呼吸の乱れ(慢性疲労、無気力、集中力の欠如につながります)
・動悸(胸の不快感、痛みをともないます)
・みぞおちの不快感(食欲減退、嘔吐につながることも)
・前進のだるさ、関節の不快感や痛み
・ほてり、冷や汗
・突発的な感情の乱れ
・不安にとらわれて心が身動きできなくなる(将来への絶望感から逃れられない感覚)
・パニック発作(死んでしまうような恐怖)

ざっとこれぐらいでしょうか。私も日々、これらの症状が大なり小なり昔から続いているわけですがレイキを実践しはじめてから本当に減りました。ただ最近は時流なのか、また症状が増えてきた気がしますし、それは私だけではなく、世の中の多くの人がこれらの症状を感じ始めているようです。実際、今年にはいってからぐんとこういう症状を訴える方が増えました。レイキは特効薬といえるほど即効性はないのですが、副作用もありませんし日々実践していくことで基本的な治癒力が向上し学んでおくことで対処ははるかにしやすくなることは間違いありません。

ただ前述しましたように、個々に体質も気質も違いますのでその方にあったメニューを実践しないと効果がでにくいのがレイキの難しい面でもあります。どこでも誰にでも習っておけばメリットがある、ということはないので、受講を考えられている方にはしっかり見極めて選択していただきたいと思います。

自分にどのようなメリットがあるか知りたい

という方も多いかと思いますが、その方のエネルギーの状態をしっかり見極めなければ回答のしようがないことなので、やはり受講していただくよりないというのが実際のところです。事前に一度、カウンセリングを受けていただければおおそよの可能性については回答できます。

光のサロンでレイキを学ぶもうひとつのメリットについて

レイキは世界中に広がっている技術なので、どこでも習えます。今時、レイキの教師は本当にたくさんいます。実際、ほんの数日間の講習で教師になれます。私はこのレイキをこういった形で教えられるようになるまで修験者としての修行時代から数えると20年以上を要しました。レイキを教えることはさほど難しくはないのですが(とてもシンプルな技法ですから)、学んでくださる方にとって最善の結果を出していただく為には、受講される方のエネルギーの状態を見極めることが非常に重要です。体調不良の原因はなんなのか、なぜ自律神経が乱れてしまうのか、その原因を掘り下げていく為に長年の経験が生かされています。見極めができることで、最善のメニューを提示できます。それを日々実践していただくことで素晴らし結果がたくさん出ています。多くの方がどんどん回復し、不安から解放され、前進できるようになりつつあります。これは今は胸をはって断言できるようになりました。多くの方とのご縁があっての賜物です。本当にありがたいことです。

補足

また光のサロンでは、レイキを最終段階(レベル3)まで習得された方を対象に、高次元の存在とつながるワーク、宇宙意識との調和のワーク、他者のオーラの状態を読み取るリーディング能力開花のワークなど、さまざまな応用技術の講習を個人レッスンで対応しています。いわば後継者育成です。学びに終わりはありません。いつでも何度でも勉強にきていただきたいです。

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ネイティブの重さ

このお題はすごく重たいテーマなんだけど、かる〜く書くことにします。
ネガティブにフォーカスすると生きるのは嫌になっちゃうから。
でも、ポジティブにフォーカスすれば、こんなに素晴らしいことはない。なぜなら孤独から解放されるから。一人ではない、ということを感覚で実感できる。

私は人から理解されたくて、あえて「霊感」という言葉を用いるけれども、私がみえないものを感じられる理由は魂のルーツがネイティブだから。ただそれだけ。もともとは自然の一部。そういう魂を持って地上に生きている存在がほんのすこしだけど地球にはいる。その人達は、根底から自然の神々と一体なので、感じているもの、見ているもの、聴こえているものが「その他」の人と違う。この違うということを、お互いに感知できるのだけれど「なぜ違うのか」「どこがどう違うのか」をわかりあうこともシェアすることもできない。だから歩みよるのは大変難しい。やむをえず知識や経験を通して理解しあうよりない。数千年の歳月をかけても尚、その壁は高くて厚くて、乗り越えられる存在は多くないと思う。

「そうでない人」達からすれば、彼らは自然の神々とつながる教師みたいなもの。そして「そうでない人」達は、自然をどちらかといえば破壊してばかりで再生には興味がなさそう。神様の考えていることにも無頓着。

それでもネイティブ達は、けしてあきらめない。たとえ自分達のDNAが死に絶えても尚、けしてあきらめない。なぜならこの星が自分達の故郷だから。子孫がもう生まれ変わってくるチャンスがなくなったとしても、この星を見捨てない。いつかまた美しい自然が輝く時代になったら、彼らはまたひっそりと生まれ変わってくる。その時は人間の形をしているのかどうかわからないけれどね。

私は今この肉体はネイティブではないけれど魂のルーツはネイティブなので、ネイティブ達とアイコンタクトで理解しあうことができる。でも現実は普通の日本人なので、日本人のなかにいて友人もできなくて、仕方がないから空や雲や星と話しているうちに、この世で俗にいう霊感のある人になっちゃった。それはそれでユニークな存在ということで重宝がられて、おかげで職業が成立してなんとか食べていける。だからおかげ様でもあるのだけれど、この世に本当に居場所がなくアイデンティティを確立するのがすごく大変だった。いっそアイヌやイヌイットであったならよかったのにと何度も思ったけれど、選んでしまった家系はもう変えられないから。

自分のなかでは今更の話しだし、そもそも魂のルーツが違ったところで私が日々出会う人にとってさほど重要ではないのでね。こういう感性を活かして、皆さんといかに楽しく、明るい未来を創出し得るのか、そこが大事ですよね。

アイヌ民族の同志(魂が)が、がんばって活動しています。皆さん、どうか会いにいってください。彼が創りだす作品は、そのまま神々の祝福なんですよ。ひとつ持っているだけで、万が一の時に必ず守ってもらえますから。特に遠出が多いかた、必須です。

レイキとレイキではないエネルギーのはざまで

これはもしかすると以前、どこかで書いたのかもしれませんが、あまりきちんと意識して書いたことはないような気がします。

私が「レイキ」と、「それ以外のエネルギー」をどう使い分けたり感じ分けたりしているのか、についてです。これを説明するのはとても難しくて、中途半端に書いても誤解を招くばかりだし、意図的に伏せてきたともいえます。でも、それっぽいことを書いてみたり、レイキではないエネルギーワークをやってきたりしているので、なんとなく気づいている人は気づいているだろうし、そんなの最初からそうだと思っていたという人も多分いらっしゃるでしょう。

西暦2000年にレイキを学んだ時、これは素晴らしいものだと実感しましたが、それ以前から長年のさまざまな修行と神秘体験を通して感じていたエネルギーと比較している自分がいて、その違いはなんだろうとずっと研究してきました。最近になってやっとある程度の答えが出せるようになり、ここまで理解が深まれば教えたり伝えたりしていくうえで支障はないかなと思えるようになりました。ただ、そろそろレイキとそうでないものを分けて扱っていかないと、学んでいる皆さんに混乱を与えたり、誤解を招くおそれも出てきましたので、少しずつですが整理していきたいと思うようになりました。

私にとってはレイキはとても有効な手段でした。それそれによって素晴らしく心身が安定し、健康を回復しました。それは「めざましく変化した」といえるほど劇的でしたし、嬉しく有り難い体験でした。でも、私にとってレイキは「幾つもあるうちのひとつ」の手段でしかなく、これだけですべて満たされるということはありませんでした。

元々、私は霊的な感性があまりに鋭くて、森のなかにはいれば精霊の存在がわかるし自由に会話もできていました。人の背後にいる見えない存在たちの気配もいつも感じていましたし、自分が死んでいることに気づいていない方達ともたくさん交信をして、この地上のエネルギー世界をたくさん味わってきたのですが、そういった感受性故にとにかく疲れれていました。普通に生きることができないレベルまで神経を消耗しつつあったんです。それで厳しい修行を重ねていくなかで耐性を身につけました。その時に、たくさんの神秘的な技法(印やマントラ)を使ったんです。私は修験道で学びましたので、そこには古来からの秘技がたくさん伝えられているんです。それをひとつひとつ実践しながら自分に必要なものを選り分け、使っていくうちになんとか「自分と外側の世界」の境界線を確立することができました。そこからやっと宇宙とつながるというか、光の世界とつながるというところにフォーカスできるようになっていくわけです。その頃からアカシックレコードにアクセスできるようになりました。また高次元の意識(たとえば大天使たち)ともつながれるようになり、この世界の真理や、私たちの魂の由来について、神々の世界について学ぶようになりました。その探求のなかで、魂の輪廻の由来について無数の情報を受け取れるようになっていったわけです。

ですので、私のなかでは世間一般にいわれる「霊感」という感受性と、魂の輪廻の由来をひもとくアカシックリーディングに代表されるような「スピリチュアル」な感受性は、別々のものなんです。この段階ではっきりさせておきたいのですが、どちらの感受性もレイキでは活性化しません。根本的にレイキという技法がもたらす作用だけでは、霊感も、スピリチュアルな感受性も開花はしません。それぞれ相当な訓練も必須ですし、持ってうまれた資質も要因になります。まったく違う次元のものです。

私の定義では「レイキ」は心身をすみやかに浄化する為の本当に素晴らしいツールで、それ以上でも以下でもない。

霊的な世界と交信する人は、その為に自分のまわりに結界をつくることを学ばざるを得ませんし、霊感が弱ったり疲労した時に、それを回復する為のパワースポットを知らねばなりませんし、実際にそこに行かなければなりません。

アカシックレコードにアクセスしたり大天使と交信する人は、その為に必要なあらゆる環境を作らねばならないし、その感覚を維持する為に必要なあらゆる技術を磨かなければなりません。

それで私は霊的な感覚を守り、磨く為にパワーストーンをもっぱら用いることにしました。また、アカシックレコードにつながり大天使と交信する感覚を守り、維持する為に「光の技法」を学びました。そしてこれらを全般的に維持する為にレイキをほぼ完璧に使いこなしていると自分では思っています。私には必要なものすべてが必要だったのです。そして必要なものがひととおり私の手元に集まってきた、というより「与えていただけた」のです。どれかひとつ欠けても、今の私の能力を維持することはできなかったでしょう。

自動車がタイヤ、エンジン、ボディ、電子機器などの集合体であるように、私にもたくさんの技術が必要です。レイキは車でいえばタイヤとエンジンのようなものかもしれません。これがないとなんにもできなかったかもしれません。それぐらい素晴らしく有効なツールです。これからも磨き、使い続けていくでしょう。でも、ナビも必要だし、明るいライトやサンルーフも必要なんです。それらはレイキには含まれていない、けれど私には必要不可欠な技術なんです。

日本人でプライドを保って生きることの難しさ

プライド(誇り)を保てないのならばハラを切ったのが日本の武士道だったようです。
魂はプライドを磨く為に存在しているともいえます。

人生はプライドを感じながら更に高めていくもの。ただ、その高め方がこれまた千差万別。ご飯をつくってあげたり、なにかを指導したり、祈ったり、瞑想したり、ありとあらゆるプライドの磨き方があるものです。皆、一様でなくそれぞれのスタイルをもっていますが、向かうところはひとつ。自分を磨く、ということに尽きるようです。

プライドは磨きがかかればかかるほど、これまた傷つきやすくなります。だんだん生きることが難しくなるのです。他人にプライドを折られることに耐えられないこともあります。その時、魂は撤退を余儀なくされるのです。撤退といっても実際の手段もこれまた千差万別です。関係性を遠ざける程度なら軽いほうで、精神的に閉じこもってしまったり、肉体的に存在を消そうとすることもあります。

時代が時代ならもうこれ以上いかようにもプライドを保ちようがない場合に、そこで人生を閉じる。そういう選択を昔の日本人は実際に行っていたのです。ただそれは一部の階級の人に限られたことで、一般庶民にはそれも容易ではなかった。

日本という国で過去をいきた魂の多くは、けして上位の階級ではなかったのでプライドを保つことは難しかったことでしょう。それを保つ為の選択がある、という考え方を持つこともなかったでしょう。

なんにせよ、私たちがこの地上で前進し続ける為のエンジンは、プライドを磨き続けられるという希望なのです。それが断たれた時に、私たちは前進できなくなってしまいます。その時になにを選択するのか、これはとても難しいことです。この時代、私たちはかなり混沌とした社会性のなかで生かされていて、望まないとしても一人ではないのですから。プライドの高い魂は自分の選択に他人を巻き込むことをよしとしない傾向が強いですから。希望を絶たれるとどうしようもなくなる場合が多いと思います。こういう煮詰まり方をするのは日本人の特性で、他の国家、民族にはあまりみられない傾向です。

人生は日々ま〜るくなる為の修行なのか

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人生という修行のスタイルは、個々の魂においてかなり違います。
多くの人が「人間関係」のなかでもまれ、そして磨かれていきます。

でも、ある人達は人間関係のなかで葛藤したり、苦しんだりということを通して学ぶ方向性を持たずに生まれてきています。こういうタイプの魂は、人と接することでけして悩んだりしないのですね。悩むことはあっても深くひきずることはない。そうはいっても現実にはいろいろな問題が日々浮上するわけですけれども、そこにとらわれていると、ただひたすら虚しくなる…。自分はなにをやっているのだろう、と感じる傾向が強いのです。

一方で、大多数の人は、人間関係のなかでおおいにもまれ、翻弄されながら、カドがとれていくものです。魂はカドがとれていくほど丸みをおびて、しだいに美しく輝きを放つようになります。カドがあってギラギラしているのはまだまだなのかもしれません。

崩壊する縦の関係と、再生する横の関係。

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権威の失墜により、縦社会は崩壊していく一方です。個人の関係性においても、組織の中においても、縦の関係性は根幹から揺さぶられています。容易に変わらない組織もたくさんあるので、揺さぶられながらもやむを得ず体裁を保ちつづけていくよりない、そういう世界では引き続き表面上の権威も保たれていくでしょう。しかし、それははりぼてにしか過ぎず、実のところは抜け殻になっていくことでしょう。

一方で、横の関係は新たな再構築がはじまり、どんどん密になっていき、年月とともに堅固さを増していきます。いかなる権力もそれを無視することはできなくなり、実質的に権力そのものが分散化し、小さな集団でもそれなりの権限をもって機能できるようになっていきます。もっとも責任も同時に発生します。それはプラスに作用し、自浄効果になりますので、組織が腐敗する可能性はとても小さくなります。
新しい時代の横の関係においては、立場、役目、年代、性別の障壁はありません。個々が自発的に自分に最適の役割を担うようになります。誰も支配しませんし、管理しません。それでも全体が有機的に機能できます。それぞれは単細胞生物のように、実にシンプルに行動するだけなのですが、不思議と全体が調和してひとつの生命体であるかのように機能します。魂というのはもとより調和した世界に存在しているので、そういうことは原初から可能なのですが、人類がつくりあげた歪んだ文明と低い精神性が、私達の本来の可能性を歪め、封印してしまっていたのですね。その封印が解かれ、本来人間が持っている、あるがままですべて調和していく能力を発揮できる時代になったのです。

その為には、ひとりひとりが自然体であるがままの自分らしい生き方を一日も早く、実現することが大切です。自分が変われば未来が変わる、ということです。誰かが変えてくれるのを待っていたり、誰かが始めたら自分もはじめようではだめで、自分らしい生き方を見つけ今すぐに始めることが大切です。皆それぞれ持ってうまれた資質も、魂が望む方向性も違うのですから、最初は皆がてんでばらばらになり、右往左往することでしょう。混乱でというより混沌がすべてをうめつくします。しかし、混沌は本来は完璧な秩序でもあります。すべては元々法則性があり、大いなる摂理のもとに動かされているので、私達それぞれが自我を超越し、真理と一体になる真我の境地に至れば自ずとすべて調和していくでしょう。

あまり理屈っぽいことばかり書いていると、頭でっかちになってしまいそうでいけませんね。自分はどうすればいいのだろう、と考えてはいけません(笑)。

あるがまま、自然体の自分で生きる、というのは考えることではなく(少しは考えたほうがいいですが、なにごとも過ぎるのはよくありませんから)、そのまま「生きること」です。生きる、というのは食べることであり、寝ることであり、作ることであり、保つことであり、壊すことであり、楽しむことであり、悲しむことであり、失うことであり、得ることであります。失望することでもあり、希望を得ることでもあります。未来を見失うことでもあり、光を見つけることでもあります。そして、これらは一人ではむずかしいことばかりです。これからの時代は一人でいることが一番、不調和になるかもしれません。

一人でいる時間が長すぎる方は、一日もはやく助けをもとめましょう。また、もしもあなたの周囲に孤立している人がいれば、声をかけてあげてください。そうやって少しずつ、つながりましょう。つながってさえいればいいのです。整然と倫理的につながろうとする必要はありません。私達は元来、誰とでも手をつなぐことができます。つながり続けることが大切なんです。あきらめず、ねばりづよく、です。そうすれば、自然に秩序が生まれます。混沌はやがて美しいハーモニーとなり、すばらしい交響楽が地球から宇宙全体に発信されるようになるでしょう。地球が宇宙の中心になれるかもしれません。