知恵を求める生き方

レイキでは初代の「人に親切に」という言葉を受け取ります。ただ、個人的にこの言葉は忘れていい、と生徒さんに言っています。そのわけはセミナーで話しています。

本当の親切ってなんだろう。

自分にこだわり、自分らしく生きること。そのうえで人との関わりを構築していくことが大切なんだろうと思います。それが伴わないと、なにかが掛け違っていく。気づけることもあれば、気付けないこともある。今、気づけなければ、遠い未来に必ず気付かされることになります。

なんにせよ、結果的には自分と他者との間に溝がなくなる。調和していく。そういう段階まで修行しなければなりません。近道はないようです。であるならば、なるべく遠回りもしたくないものです。その為の知恵というものを探し求めていこうじゃありませんか。

ご予約の際のお願い

代理のご予約申込はお受けしません。

せっかくお申込みいただいて、お断りするのはとても心苦しいので、どうかルールは守ってください。

iMacのモデルチェンジ

Appleのデスクトップは実質、iMacという機種のみですが昨夜、モデルチェンジが発表された。MagicTrackpadという入力デバイスも同時にリリースされ、マウスに代わるあたらしい入力デバイスとして普及するのかもしれない。iMacという名前の製品になってから、今の機種で4代目(=4台目)を使用中。途中でCPUがIntelに移行する、という大転換があったにもかかわらず、OSはなにごともなく進化して実に高性能で使いやすく、そしてけしてフリーズしないという安定感を実現したのは素晴らしい。昔のMacはとても簡単にフリーズした。時々、故障もした。そして、時々火花や煙を出すこともあった。もっとも当時Appleは弱小メーカーで使う人はAppleマニアしかいなかったので、たとえ火をはいても後生大事に修理をして使い続けたものです。今時、そんなトラブルをおこしたら訴訟問題です。大メーカーになってしまったAppleですが、これだけ長く愛用していると、ユーザーというよりメーカー側の立場になってものを考えているんですよね。業績がよかったりCEOの体調がよいと安心をしたり、わるい噂をきくと心配になったり…。おかしなものです。

Appleは使いにくい、という意見の人も少なくないのですが、あまりご存知ないのだろうなと思います。故障したり、不具合があっても周囲にきいてもわからないとか。使いたいアプリケーションが手に入りにくい、とか。どんなパソコンでも不具合や故障は発生します。取扱店が少ないので故障修理が心配という方でも、ピックアップデリバリーで故障対応する業者も増えてきましたので、今はさほど心配しなくても問題ないはずです。アプリケーションについては、たしかにWindowsにあってMacにないものも無数にあります。逆もいえます。iPod、iPad、iPhoneとの親和性ということだけでも、今やかなりのアドバンテージ。iPhotoやiMovieといった標準のアプリとの連携で画像や動画が自由に編集できる(しかも誰でも簡単に!)のは、Macならでは。

動画編集をする仲間も増えてきて、作品を見せつけられるにつけ、うかうかしていなられないなぁと思うのですが、撮影に出向く暇がないので今しばらくパワーアップする必要もないのですが…

合宿

今回の合宿は支笏湖。セミナーの場所として訪問するのは初めて。何年もあたためてきた企画だっただけに、この場所で開催できるということ自体、個人的にはかなり思い入れがある。とても内容の濃い時間だった。ここにはきっとまた訪れることになるでしょう。

参加した皆さん、ごくろうさまでした。

パワーストーン講座

今、初級のクラス編成中です。
公募はしていません。お申込み、告知はレイキ修了者が対象の連絡網で行っています。

ここ最近、開催をさぼっていたものですから今回は参加希望者がずいぶん多いです。3クラスぐらいになってしまうかもしれません。日程調整が大変です。

この初級講座の内容は大変に濃く、またヒーリングやカウンセリングにも応用がききます。将来的にはブレスレットも自由自在にデザインできるようになります(中級)。絶対に作れるようになります。ただ、それなりにトレーニングを積む必要はありますが。

オーラバランスを鑑定して自由自在にパワーストーンを組み合わせてアクセサリーを作る。これは本当に誰にでもできるようになるのです。もう随分、卒業生もいます。皆、ブレスレットをつくって周囲の人にとても喜ばれているようですよ。

夏の合宿

今月はヒーラーさん達の合宿があります。夏、湖のほとりで合宿なんてきいただけで、なんとなくわくわくしてきます。学生時代、楽しいキャンプや合宿の思い出というのはあまりないので、主催する側なのにちょっとだけ、うかれています。でも泳げるような場所ではないし、遊ぶ暇はまったくないのですけどね。

ヒーリング、カウンセリング、いずれのメニューもそうですがどのクラスも毎年、どんどんレベルがあがっていきます。みんな気持ちが若くて、新しい知識や感覚にたいしてとても貪欲です。次々に吸収してしまいます。こっちも負けていられない、という気持ちになりますがまだ当分は追いつかれそうにはないので、うさぎとカメでいえば、昼寝中のうさぎの気分。こうやって油断しているうちに抜かれるんでしょう。でもすぐに抜き返しちゃうぞ、と思っていますけど。冗談はさておき、本当に勉強熱心な人たちがたくさん集まってくれて、励みになります。今回もきっと素晴らしいトレーニングになることでしょう。

対等な関係ってなんだろう

たくさんの人間関係の鑑定をしてきました。人間関係のバランスを見抜くのは得意な鑑定です。話しをお伺いしていると、ぱっとみえてくるのでイメージがつかめてしまえばお名前すらお伺いしなくてもわかってしまいます。ビジネスの鑑定では名刺をお持ちいただいて、ずばずばと答えていきます。組織の構図や、法人であっても取引の関係性をみることは同じように可能です。法人の場合は、まずは代表者とそれに準じる経営陣の名簿(名前は伏せてあっても可)があれば鑑定できます。

人はそれぞれ経験も人間性も志も違うので、対等な関係というのは厳密には存在しません。それなのに仕事は均等で利益も折半ではバランスが悪いのです。そこにはなにがしかの依存関係というのが発生してしまいます。どちらかが与え、どちらかは受け取る。そういう関係ができてしまうわけです。ほんのわずかの差であれば年月を重ねても不調和はおきません。が、極端に不均衡があれば長く続けていくことは不可能です。関係が壊れてから、あるいは修復不可能になってからご相談にみえる方も多いので、その場合には事後の対策を練ることになります。これから長い年月、関係をバランスよく作り上げていけるかどうか不安な方は、将来にむけて必要なアドバイスをお伝えしています。

今日のつれづれ

ブログエディターのラインセンスがきれていて、昨日は更新ができなかった。
パソコン、エディター、サーバー、インターネット、電磁波防止グッズ、老眼鏡、ミネラルウォーター、ビタミン剤、レメディ、ラジオ、おやつ(ドライマンゴーがあれば最高)・・・とまぁ、ブログを書くときに必要なものを書き出してみると、あるわあるわ。他には椅子とか机とか。座り心地の良いクッションとか。まだまだありそうだ。(おっと、この季節はエアコンもしくは扇風機も!)

サロンをひらいた当初は、広い空間をもてあましてしまい、いったいどうしろというのかと神様を呪いたくなった。今はモノがふえて、どう処分しようかと整理に頭を悩ませている。倉庫を借りようかと画策しているぐらいだ。

モノというのは何年も仕事をしていると自然に増えていく。最初は空っぽでなにもない、としても日々つもりつもっていくものだ。それが生きるということだ。

セッション中に、よく体調の鑑定をする。あと何年でどういう病気の症状が起きやすいかといった鑑定をするのだが、なぜわかるのかというと、過去を探るわけです。体がどんなふうに疲れているか、酷使されてきたか、ヒーリングを実践していると少しずつわかってくるのです。手の感触として、ああこの感じは、こういう負担が体にかかっているときのものなんだな、とほんの少しずつ学んでいくのです。何年もやっていくうちに、手の感触と体調との関係がわかってきます。病気の症状との関係性もだいたいわかってくると、今度は逆に今後の予想ができるようになります。こういったことも、とにかく積み重ねが全てだと思います。

なにごとも年月の経験を重ねていくことに勝る技はないのでしょう。

ピアノの弾き方も、ろくに習ったことはないのですが、いつもぽろぽろと好き勝手に弾いているうち、少しずつ自分の響きやスタイルができていったのです。ピアノにしても、キーボードにしても、自分の好みの響きというものがもうほとんど出尽くしてしまったのはちょっと残念。いつも新しい音色を探しているのですが、もうこれ以上見つからない。かといって、今更新しい楽器を修得することは難しいし。でも新しい響きを見つけたい。というのはいつも考えていることです。

人生で大切なこと

人生のビジョンとはなにか、ということがカウンセリングを行う時に、実はかなり重要な要素になっている。相談内容がなんであれ、霊視する時にはその人が潜在的に携えている人生のビジョンを感じ取っている。はっきりみえている、といってもいい。

だからけしてぶれないアドバイスができる、ということだ。どんなに厳しい意見であっても、受け取る人にとって必ず糧になる、ということがわかるのは相手の人生のビジョンがみえているからこそ。

ビジョンがあるかどうか、ということは本当に大切だ。また、支え合う関係性においてもそれぞれのビジョンが合致しているかどうか、共鳴しあっているかどうか。なんらかの形で連帯があればうまくいく。だがビジョンが合致しておらず、共感しあっていない関係性においては、どちらかの魂が著しく疲弊していく。5年、あるいは10年という年月のなかで少しずつなにかが崩壊していく。

ビジョンは簡単に定まるものではない。そして一生かかっても尚、形にすることが難しいこともある。それでも、人はビジョンを探し求める。関係しあうなかでお互いのビジョンを探り合うこともある。一生かかっても、掘り下げ、定め、そして具体化しようとする。結果のでない人生もある。だが、良い結果、悪い結果、というのはないのである。いかなる人生であろうとも、ビジョンにむかって進んでいくことがなによりも一番、重要なのだ。

なにかを信じること。みつめつづけること。保ちつづけることだ。

ビジョンをみつけ、さだめ、形にできた!完成した!そんな人生など存在しないのでないだろうか。

おしらせ

私は修験者としてながい間、古神道の瞑想、祈祷などの修行をつんでいました。さまざまな手ほどきをしてくださった恩師が先日、天に召されました。

恩師は宗教法人をもっていました。一方で私自身はサロンの運営を自分なりにこだわりをもって行っていますので、仕事の方針が違うことから恩師については公にはしていません。また、私自身もこのサロンを開いてからは恩師とほとんど交流を絶っていました。精神的にも自立しなければ、という思いからくるものでしたが。今思えばもっと近くにいてあげたかったと悔やまれます。

私自身がこうやって、ひとびとの魂の本質と向きあう基礎体力を作れたのも、恩師のもとで瞑想と滝行に精進できたことがすべての基盤となり、今でも大きな力となっています。なにがあっても、私は日本の古い伝統である神秘の技法を学び、受け継いだ人間であるという大きな自負があります。あえていえば、わたしは日本人であり日本の伝統的な精神を受け継いだネイティブなシャーマンです。このことを一生の誇りにして、これからも皆さんの為に、すべての力を出し切っていく所存です。

いうまでもないことと思いますが、私自身は一切の宗教と無縁です。なんのとらわれもありません。信仰に対して完全にニュートラルな位置にいる。このこともカウンセラーとして非常に大事な資質である、と考えています。

自分のなかで、ひとつの時代がおわりました。これは大きな転機になるのかもしれませんし、ならないのかもしれません。ただ、受け継いだ力を生かさなければならない。大きな使命感を感じます。