水無月十四日:人の行いについて

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地方にいくと、ちょっとお洒落でオーガニックな野菜を盛り沢山に使った手料理を出してくれるお店があって、わざわざ行ってみたりするのですが。天気の良い休日などは混み合っていて、すごく待たされたり、売り切れてしまったりするものです。

営業時間も短い、冬季はおやすみ。対応は遅い。情報サイトにクレームが書き込まれているのを見かけるものです。
そういったお店の舞台裏はだいたいが家族経営で、毎日、土まみれで野菜を育て、その中から最小限の経費を工面して、なんとかオープンしてギリギリで運営しているのが実情のはず。

出向く方だってそれがわからないはずもない。けれど、人というのは満たされないと文句を言ってしまうものです。厳しい書き込みを見たお店の人たちがどんなに残念な気持ちになるかということを、想像することもできないのでしょう。
そんな行いをただ未熟さといって片付けてよいものか。

他人の下品な行いを批判する資格は私たちにはないのです。
人の行いに残念な面を見出すのは、全て自分の心のうちの現れです。
けして人の行いを見て、蔑(さげす)んではいけません。
蔑むのならば、あなたもまた、自らを蔑むことになるからです。
人を蔑むと、自らの品格をおとしめることにしかなりません。
考えること、思い浮かぶこと、全て品がなくなります。
結果的に、人生を満たすことがら全てが、輝きを失い、魅力的に見えないものばかりになっていくでしょう。
あなたが満たされないのは、あなたの問題。
神はあなたに「空」の器を与えたけれど、その器を「どのようなもの」で満たすのかは、あなた次第です。
自ら、品のないものばかり引き寄せ、自らの器をあふれんばかりにしておいて、なぜ神は私をもっと豊かにしてくれないのか、と嘆くことほど愚かなことはないのです。

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