春まであと一歩

しらばく更新がとまってしまいましたが、日々かなり忙しくしています。2月頃から仕事がこみはじめて、まだおいつかない状況です。一方で新しいことにもとりくんでいて、仕事が少し減るとその倍、新しいことが増えている・・・という状態でして、自然に更新のほうが後手になっています。
ところでかなり珍しいものを仕入れられることになり、楽しみがすこし増えました。でも、ご紹介できるようになるのは当分先になりそうです。でも準備だけははじめておかなければ。ご報告したいことなども日々どんどん増えていきますが、もうブログでちまちま書いて伝えられるレベルではなくなってきました。でもいったいどうすればいいのか、などと悩む暇もないのでそのうちなんとかなると思います。期待しないでお待ちください(笑)

それにしてもここにきて、また冬景色に逆戻りですね。。。北海道の春はもうわずか、待たされるているようです。

釣りのごとく

今日はふと強力なインスピレーションを感じ、それを形にしようと刹那的に精神力が高まって集中して創作にとりかかろうと思いました。が、あっというまにそのひらめきはかげろうのごとく、風にのって遠ざかってしまった。

釣りをしていると、不意にあたりがきます。どきっとしてじっと息をこらして待つのですが、それきりで終わることがよくあります。今日のあたりは、本命ではなかったのかもしれません。

#昔はあんなに釣りに行く時間も体力もあったのになぁ。もう行けないのかもしれません。

人生を変えるのは・・・

人生はなんの為にあるのか。いろいろな言い方がありますし、どれもひとつの側面を現していて正しいと思われます。これは、というものを一つ選ぶことは難しすぎるのですが、今日はこんな切り口で考えてみたいのです。

人生とは「自分に足りないものを探す旅」である。

足りないもの。お金や財産という人もあってよいでしょう。でも、心に不足しているもの、ということがもっと大切です。人間いつか死ぬわけですが、その時に地位も名声も財産も、もって帰ることはできない。でも、心の表情はそのまま魂にひきつがれます。心が満たされないまま人生を終える、ということは避けたほうがよいのです。

いつの世でもお金に困っている人がいます。一方で、人に施しをして神様のようだと尊敬される人がいます。そうすると普通は心が満たされていないのは貧乏な人で、人々から神様と尊敬されるほど施しをする人の心はきっと愛と思いやりで満ちているのだろう、と考えます。

山本周五郎の「赤髭診療譚」に、お金に困っている長屋の住人にいつも施しをする登場人物があらわれます。お金がなくて困っている人に、自分の稼いだ分をほとんど貢いでしまうのですが、その彼が病に倒れ、いよいよ最後という夜に若い医師に告白をする場面が印象的でした。彼は若い頃に夫と子供がいる一人の女を死なせてしまった。その罪滅ぼしに、という気持ちで長屋の住人に施しをしていたというのです。

人間は愛なくしては生きられないものです。大切な愛を失い、絶望のどんぞこにあっても尚、この人物は「罪」を背負うことによって生きられた。楽ではなかったかもしれないが、愛した女と暮らした、たった1年の思い出を胸に残りの人生をすべて罪滅ぼしに生きた。いったいなにが足りないものであったのだろうか、と考えてしまいます。これほど罪をまっすぐに背負い、自らを厳しく罰することができる生き方、というのは実にバランスがとれているように感じるのです。

私たちの心は、とても不便にできていて、昨日も明日もなく「今」を生きています。たった今すぐ、満たされていないことが「足りない」と感じるようにできているようです。過去をいつまでもひきずってしまうのも過去が過去でなく心のなかでは「今」につながっているからです。明日はきっと満たされるだろう、と光明がみえてもなかなか辛抱ができない。できるだけ早く満たされたいと願い、安易な選択をしてしまう。心が飢えると手におえません。

罪を背負った男がそれでも絶望せずに、罪滅ぼしに生きられたというのは、一生分「心」が満たされるほどに愛し、愛されたからに違いないでしょう。人間の心はいつも「愛」をもとめ、「愛」で満たされることを強く願うようにできている。これは間違いのないことだと思います。

今心が苦しいのは、お金を求めているのか、財産を守ろうとしているのか、誰かの為に盾になろうとしているのか。それとも、ただ「愛」を求めているのか。そこを考えてみると人生が変わるかもしれません。

金子みすず

ここ数日、以前、ご縁のあった人達の名前をあいついで見かける。さほど深いつながりではなかった人達だけれど、皆個性的で光かがやいていた。ずっと昔に縁が遠のいたきりの人もいれば、今でも人を介して近しい人もある。その人達の名前を、あるメディア上で、あるいは知人からのメールでそれぞれに知ったここ数日だった。詳細は言うまい。ひとつはとても残念なお知らせだった。もうひとつも、とても悲しいお知らせだった。かろうじてもうひとつは、祝福すべきお知らせだったことは幸い。

人生はさまざまである。でも、この人達はこれまでも、そしてこれからもきっと多くの人にたくさんの影響を与え続けるだろう。そしてその人達の名前は歴史の記録のなかにけして埋もれてしまうことはなく、永遠に刻まれていくことは間違いない。大きな航跡をえがいて輝く存在感をはなつ生き方をもつ人達。

そんな人達の生き様をみるにつけ、人の人生には本当にたくさんの可能性があることを改めて実感する。ものの大小は重要ではない。発展がすべてなのだと思う。人と比べないで、自分らしい歩みを止めないことだ。

みんな、たまには「金子みすず」をじっくり読もうよ。おいしいお茶の香りでも楽しみながら・・・。

歯磨と左利き

歯医者さんですすめられた歯ブラシを使っている。毛先が普通のと違って先端の毛だけ少し長い。磨き方も少し工夫が必要で、歯ブラシを立てるようにして毛先の部分が歯と歯茎の間にしっかりはいっていくようにみがく。子供の頃なにかで磨き方を学んだのだと思うが、こういう磨き方は教わらなかった。今の子どもたちは歯磨をどこで学ぶのだろうか。食後のキシリトールガムもすすめられた。やっぱりいいんだな。

私、なぜか歯磨だけ、ひだりききです(あとは耳掃除と…)。左手は楽器を弾く時もたくさん出番があるので、おそらく忙しい自分のような者でもなるべく左手の感覚が鈍らないように神様が配慮してくださったのかな?と思ったりして・・・。

学生さんの行き場がないのですが

光のサロンのようなところに来たくてもこられない若い人達、例えば学生さんなんかを受け入れてくだる方はいないだろうか・・・。紹介しますので挙手をお願いします。札幌市内か近郊で。メニューは「こころ」を受け止めてくださるような内容で(やはりカウンセリング?になるでしょうか)。料金も良心的な範囲であればいいのですが。

#その後、若干名の方からお申し出をいただきました。紹介といっても連絡先を伝えることぐらいしかできないので、受け入れ体制はそれぞれで準備をお願いいたします。それによってあえて紹介しなくとも、自然に広がっていくと思いますのでよろしくお願いします。

アニマルメディスン

先月の「魂の学校」でアニマルエッセンスの作り方を指導した。アニマルメディスンはとても効果的だ。ダイレクトだしすごくわかりやすい。ひとつひとつの命には一番調和するアニマルメディスンが存在する。それを感じる呼吸法を実践指導することがあるが、自分の体がどんな性質を宿しているか非常に明確に浮上するので、肉体との調和を学ぶにはとても効果的だと思う。北海道の動物でメディスンカードを作ったらきっと素敵なものができそうだ。

過去を思い、未来を想う

日本にも津波が押し寄せた地球の裏側の大地震で、NASAによれば地球の地軸や自転の速度がわずかに変化したのだそうです。地球も長い年月をかけて確実に変化していくことは、過去の歴史を振り返っても間違いのない流れなのでしょう。札幌近郊に財政破綻で有名になってしまった小さな市がありますが、中心部に山があります。夏場、登ってみると道端にたくさん貝の化石が落ちています。そこが昔、海だったということです。反対に、今、海の底に沈んでいる大陸に、遠い昔にいったいどんな文明が栄えたのかと空想してみるのも時に楽しいものです。さて、私たちの時代は未来人が思い出してくれるほど伝説のような素晴らしい栄えある文明にたどりつけるのでしょうか・・・。