
もしかしたら、どこかにこんな方がいらっしゃるかもしれないな……とふと思い立って、この記事を書いてみることにしました。
これからお話しすることは、私が子供の頃からずっと感じてきた、とても個人的な体験です。同じような感覚を持っている方がいらっしゃるかはわかりませんが、もしこの記事を見つけて、「あ、もしかしたら私もそうかも」とホッとしていただけたらな、と思っています。
子供の頃の私は、いつも「誰かが私を見守ってくれている」と感じていました。それは両親や家族といった現実の人ではなくて……ふと視線を感じて、空や天井を見上げてしまうような、そんな感覚です。もちろん姿は見えないし、声も聞こえないのですが、「いつも頭のずっと上の方から、何者かが私を見下ろしている」。そんな、半分妄想のような不思議な確信をずっと抱いていました。
でも、大人への階段を上るにつれて、いつの間にかその感覚を忘れてしまっていたんですよね。それが、30代の後半か40代に入った頃……「ずっと側にいてくれたのは誰だったのか」を一瞬で思い出した日があったんです。
そのことに気づいた瞬間、私の中で張り詰めていた「生きることの緊張感」が、すーっと解き放たれていきました。全身の力みがほどけていって、体の隅々にまで「ああ、もう何があっても大丈夫なんだ」という、深い安らぎが行き渡ったのを、今でも鮮明に覚えています。自分がこの世にやって来る前、どんな温かい存在と一緒に過ごしていたのかを心から確信して、本当の自分を取り戻したような、そんな衝撃的で愛に満ちた体験でした。
その時、私の中に満ちあふれてきたのは「人を導く力」でした。もちろん、私自身にそんな力があるわけではありません。ただ、私という「器」を通して、背後にいる聖なる存在が皆さんを導きたがっている……そう気づいた時から、私の本当の人生が始まりました。
生まれる前にいた世界での、聖なる存在とのつながりを取り戻し、この世界で彼らの「手」となって活動できる器を持つ方は、きっと他にもいらっしゃると思います。
私のように導く役割を担う方もいれば、知恵を授ける方、背中を押す勇気を与える方。そして「癒す力」を受け取って、傷ついた誰かに優しく手を差し伸べる資質を持った方も、少なからずいらっしゃると思うんです。
ただ、聖なる存在たちは直接言葉を届けることができません。だからこそ、その素晴らしい力に目覚めるための方法やタイミング、そして安全につながるためのコツが必要になってきます。私はこれまでの経験を通して、その大切なノウハウを受け取ってきました。
もし、この記事を読んで心が動いたり「もしかして、私のことかもしれない……」と感じる方がいたらなるべく早めに会いに来てくださいね。
私も、できるだけ長くここでお待ちしていたい気持ちはあるけれど、現実世界での時間はどうしても限られていますからね(笑)。お会いできる日を、心からのんびりとお待ちしています。
